閑話 ロマック

男はマリーを片付けると、本来の目的であるリッチ・ホワイトの確認へと向かっていた。


かつて創造主である魔王ファウストを作りしもの。

いわば創造主の創造主。


魔王ファウストはとある理由、傍から見れば混乱しているとしか思えない理由により創造主への反逆を実行し、それでいて自らの親を殺すことをためらったが故、封印することにした。


だが同時に彼が封印を解かれた時のことを考え、恐れてもいた。


ゆえに魔王は決断する。

万が一にも封印を解かれぬよう、二重に重ねた封印に新たに一つ封印を追加した。

さらにその際、魔王自身が創造した魔族を一人、刺客として一緒に封印する事も忘れずに。


リッチ・ホワイトを苦しませずに葬るための刺客として、幾人か創った魔族の中でも強力な力を持ったもの、それがロマックだった。

実際に彼の力は強力であり、条件さえ完全に満たせばほぼ全ての生物を葬ることができた。


その彼にリッチの使用する魔法や使い魔たちについて、いくばくかの情報を与え封印する。

もしも時とともに封印がゆるくなり、解けるようなことがあれば彼が憂いを断ってくれるだろうと考えて。


その強力な力を持つがゆえの反動だろうか。

ロマックは偶然にも封印が解け、自分だけが人の世に出てきた時、真っ先に武術を学んだ。

自らの絶対的勝利が必ずしも起こらない不都合を望むように。

暗殺ではなく真っ向からの勝負を行う武術という分野に強く惹かれていった。


封印の解除方法を探したのはその後だ。

魔王の封印による副作用で封印に干渉できない事はわかっていたし、当初はすぐに解けるものだと思っていた。


だが、数年待っても封印が解ける気配がない。

普通の魔族ならともかく、ロマックの寿命は人と大差ない。

それは人に似せて創造されたが故の弊害でもあった。


彼は仕方なく、かろうじて干渉可能だったリッチ・ホワイトの使い魔達を復活させる。

使い魔たちは主とのつながりが深い。

そのつながりを利用して、リッチ・ホワイトに直接攻撃ができないかという打算の元に蘇らせた。



(……あなたは?)

「おや、言葉や顔だけではなく、私のことも失ってしまいましたか。メイ殿。まあ直接絡むことはほぼなかったので仕方ないでしょうな。私はロマック。主に仕えるもの」

(……あなたのような方はいなかったと記憶しておりますが)

「基本的に私はあなた達側使えとは別の任務で動いておりました。故にファウスト…… 魔王ファウストからの封印も緩いものでございます」



試みは失敗したが、仮死状態からの復活直後は意識が混濁していたようだったので、同じ主の使い魔だと言いくるめる事に成功した。


だが彼らを利用してリッチ・ホワイトを暗殺、あるいは封印を開放しようとする試みはすべて失敗に終わった。

彼らは封印の場所を知ってはいたが、ロマック同様に干渉できなかったため、封印が解けるのを待つという選択をした。

その間、最も力が振るえるであろう領主の元へ仕えることに決めた上で。


「お前が、私に使えたいという者か?」

「はい、ここまで武術を学んでまいりましたので多少の護衛の心得はございます」

「……いくら欲しい?」

「はっ、この地にて仕えることができるのでしたら給金は最低で構いません」

「安いというのは良いことだ。明日から仕事を学びに来るがいい」


「ドゥーケット様、あの山は資源が眠っているかもしれません。採掘隊を結成したほうが良いかと」

「ならんならん! 資源など掘るのにも金がかかる! あるかないか分からない資源より金を節約するほうが大事だ!」

「せめて冒険者を……」

「もし万が一資源が眠っていたらことだ。冒険者が根こそぎ取りに来ないとも限らん。そのまま放置して誰も立ち入らせないようにしろ! これは命令だ!」

「……承知しました」


領主の館にて執事として潜り込むことに成功したロマックは、幾度か山の封印破壊を提案するも失敗し、冒険者の立ち入りすら許されなかった。


「ドゥーケット様、先代が封印していた山で魔物が繁殖しております。このままでは溢れてしまいます。どうか、冒険者を雇い間引きをお願いします」

「いくらかかる?」

「月に…… 金貨二十枚あれば足りるかと」

「年に札二枚を超えるではないか! 高すぎる! ……そうだ、売ることはできるか?」

「売却……ですか? 冒険者ギルドは土地なき国とも呼ばれる集団です。摩擦を産まないために買取はしないかと」

「冒険者個人ならどうだ? 名目は割引とか統治とかそんな名目でだ! 代金は安く、維持費は高くして売りつければ良い」

「そのような提案が受け入れられるかどうか…… ギルドの上の人間の目に止まらないように調整をした上で依頼を出してみます。」


「やはり先の要件では難しいようで…… ギルドマスターがお見えになっています」

「ぐぬぬ、絶対に金は出さんぞ!」


だが当初難航していた封印の解除も、いくつかの幸運が重なり、最初の封印が解かれてから二十五年、奇跡的にすべての封印が解かれた。


使える主もいなくなり、体も全盛期ほどに動かなくなった今、創造された時に受けた使命だけが彼を支えている。


ロマックは自身の存在意義を証明するため、リッチ・ホワイトに確実に止めを刺すために戻ってきた。



元いた場所では、エリーが治療を行っている。

リッチの体は魔法を弾いて軽減するが、効果が全く無いわけではない。

それに加えて、マリーのスキルの影響で増幅された基礎魔法が回復魔法を使うときの威力を高めている。

結果、スキル攻撃による崩壊を食い止め、僅かながら回復させることに成功していた。


「おや? まだ死んでいないようですな?」

「っ!〈守護壁〉!」


ロマックの存在を確認すると、エリーは即座に魔法で結界を張る。

ロマックはその結界を見るとため息を軽くつく。


「破壊するまで少々時間がかかりそうですな。マリー様にもお伝えしましたが、敵対しないのであれば見逃しますが、いかがいたしますか?」

「私がエリーと答えを違えるはずがありません」

「でしょうな」


一言だけ短く呟くと、ロマックは両手の爪で守護壁に穴を開けようとする。

その様子を見ていたリッチは弱々しい声でエリーに話しかける。


「エリー……さん。僕は大丈夫だから、逃げてよ」

「そういうわけには行きません。マリーが来るまでの辛抱です。耐えてください」


その一言にロマックは手を一瞬だけ止める。


「残念ですがマリー様は亡くなられました」

「嘘ですね。騙されません」

「嘘ではありません。私が直々に腹を裂きましたので。嘘だと思うなら山の方に見に行ってはいかがですか?」


エリーもまた、回復の手を一瞬だけ止める。

だが、毅然とした態度は崩さない。


「……いいえ、マリーは死にません」


僅かに唇が震えている。その様子をみたリッチは体を起こそうとする。


「エリーさん。僕をもう少しだけ、ケホッ、回復させて」

「いけません、まだ動いては……」


だがエリーの言う言葉は、彼には届かず、リッチは無理やり体をおこす。


「僕も、戦うから」


リッチは指で空中に魔法陣を描くと、炎がロマックを襲う。


「ふむ…… 封印と怪我で弱っていてこの威力。流石は主様の創造主ですな。私、感服いたしました」


「でき…… れば、そのまま帰って欲しいかな」

「残念ながら。貴方を始末する事は私の存在意義そのものですので」

「そりゃ、キツい…… ゲホッ」


その答えをまたず、リッチは血を吐く。


「アンデッドになっても、人間はあっけないモノですな」

「そうでもねぇぜ?」


背後、いや上空から声をかけられると同時、斬撃がロマックを襲う。

ロマックは回避をするも間に合わず、右腕が千切れ飛び、衝撃で膝をつく。


空中から降りてきたマリーの一撃だ。


「さあ、爺。昇天させてやる。アタシを眼の前にして立たねえなんて言わせねえぜ?」

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