第12話 悪魔
イケメンの方を見ると、そっちも片付く所だった。
「おいおい嘘だろお!? G級ごときにうちの二番手がやられちまったあ!」
大声のしたほうを見上げると、山賊の親分がこちらを見ている。
コイツ二番手だったのか。
どうりでウザったい技を使いこなす訳だ。
「強かったぜコイツ、アタシの次にな」
「クソガキがあ! ……だが、コレでおしめぇよ」
男はニヤリと笑う。
「【……来たれ】〈召喚・デーモン・僧侶級・ビ・フー〉」
ババアの呪文が完成する声。
そしてパリン、と何かが砕ける音がした。
時間切れか、クソが。
砕ける音と同時に、どうしようもないほどの悪寒が走る。
それは他の皆も同じようだ。
人だけではなく、馬も異常を感知したのだろう。
狼に襲われたときも、盗賊の矢の雨が降っている時ですら暴れなかった馬車の馬が逃げようと暴れ出す。
召喚魔法。
長い詠唱、そして魔力の媒介と引き換えに異界から精霊や悪魔を呼び出す魔法だ。
基本的に金と時間のかかるこの魔法だが、威力は凄まじい。
魔族が召喚した悪魔と人間が召喚した精霊とがぶつかりあい、その余波で都市が一つ消えたという伝説すらある。
この世界の戦術、戦略兵器。
それが召喚魔法だ。
それが今、発動した。
黒い霧のようなものが集まり、形になっていく。
召喚された生き物は素人が適当に包帯を巻いたように、全身が包帯のような布で乱雑に巻かれている。
唯一肌が見えるは片目だけ。
その片目が、ギロリと蠢いていた。
「我ハ、悪魔ビ・フー。契約ニ、応ジ、参ッタ」
「まさか、本当に悪魔を呼べるなんて!」
イケメンが叫ぶも気にした様子もない。
……クソババアめ。マジモンの悪魔を呼びやがった。
悪魔なんて呼べるのは魔族くらいだろうが。
「フェッフェッフェ……。あそこに居る奴らを倒しておくれ」
そう言うとババアはアタシ達を指差す。
「了」
絶望的な悪魔の声が響く。
「フェッフェッフェ……。アタシの仕事は終わりさね。帰らせて貰うよ」
「おう、例の石ころは勝手に持っていけ」
「言われなくても持っていくさ……。そうそう、お嬢さん達。一つ教えといてやるよ。コイツはあんまり強くないけどね、コイツの近くでは魔法は使えないよ。せいぜい頑張るんだね」
「さっさと行け!」
絶望的な一言を残して去って行くババア。
ババアを守っていた野郎も気がつけば消えていた。
どうやら盗賊ではなくババアの仲間だったらしい。
立った姿勢のまま、歩き出す様子もないのに悪魔がアタシ達を見ながらゆっくりと移動する。
アタシ達は誰と申し合わせるでもなく、馬車の手前で陣形を作っていた。
山賊親分にも警戒するため探して見たが見つからない。
逃げた……いや、そういうタマじゃないな。
どっかで攻撃してくるだろう。
クソっ、最悪だ。
「まずいわ。スキルは大丈夫みたいだけど、アタシの呪文が効かない」
「私もです。弱体化の魔法がかき消されました、と言うより全体的に魔法の力が弱くなっています」
魔法には頼れそうにないな。
イケメンがボウガンを放って牽制する。
「目が弱点かと思って僕のスキル『精密射撃』で狙ってみたけど……。駄目みたいだね」
地味なスキルだな。
陰湿でイケメンらしからぬスキルだ。
包帯野郎の目に刺さるが特に気にした様子はない。
傷口から黒い霧が少し吹き出ると矢が抜け、地面に落ちる。
「なにか弱点はねえのか?」
「悪魔はその身を削られ続けると黒い霧になり、やがて消えてしまうと聞いたことがあります。 おとぎ話の類だと思っていましたが……」
回答は意外にもエリーからだった。
家庭教師から盗み聞きした内容か。
「要するに悪魔でも殺せば死ぬって事だな」
「そんな滅茶苦茶な! 悪魔と持久戦なんて!」
「だけど今のところそれしか方法がないわね……。逃げてみる?」
「無理だな。おちおち逃がしてくれるようなら余裕ぶってのんびり歩いたりなんてしないだろうさ」
コリンが撤退を提案するが切って捨てる。
なにより『幌馬車』が馬車を捨てて逃げれば金銭的にも再起が難しくなるのは間違いない。
それにさっきまで青かった空の色が紫色に変わっている。
逃げられないような仕掛けがされていると見て良いだろう。
アタシは剣を構える。
「マリー!?」
「……コリン、ジクア、お前らボウガンでも石ころでも何でも良いから遠くから攻撃しろ。魔法以外だ。山賊の頭がどこかに潜んでるからソイツが出張ってきたらそっちを対処だ」
もう出し惜しみしてる場合じゃねぇ。
フルパワーで行くぜ。
「アイツはマジでヤバい。エリーはアタシがアイツから離れるタイミングで定期的に回復とか支援の魔法を投げてくれ。無効化されてもだ」
アタシは火魔法を発動させる。
威力が落ちたような感覚はない。
やはり普通の魔法とは違うのだろうか。
「マリー、君は……」
「死ぬ気はねえよ。スキルを全力でいけば、アタシが多分一番攻撃力と回避力が高い。そしてあと二時間も粘れば街から支援が来る、そうだろ?」
イケメンに悲壮感がただよっている。
流石にアタシみたいな美少女が突撃するってのは気分が悪いか。
「僕の名前覚えてたんだね……」
そっちかよ。
アタシの心配しろよ。
「じゃあいくぜ」
「マリー、最後に君のそのスキルについて……」
「ジクア、今はそれどころじゃないでしょう?」
イケメンがスキルに興味を持ったようだがコリンがたしなめてくれる。
スキルは自分からバラす分にはいいが聞くのは冒険者にとってタブーだ。
「乙女の秘密を聞くなんてスケベな野郎だ」
「なっ!? 違う、そんな意味じゃない!」
まあ、アタシもマジメに答える気はないさ。
それに、実際今それどころじゃない。
魔法を無効化されるなら効くかどうかも分からないしな。
アタシは悪魔にむかって突撃する。
アタシの間合いまであと七歩の距離まで近づいた所で、悪魔の体を取り巻く包帯が一本、しなる鞭のように飛び出してきた
剣の間合いに入らせねえつもりかよ。
そうは行かねえぜ?
横殴りに攻撃してくるそれを剣で切りつける。
「っ!?」
簡単に切れると思ったそれは、ガキンと硬質な音を立ててアタシの剣を受け止めた。
マジかよ。硬え。
ってマズイ!
包帯が鞭のようにしなるとアタシの体に巻き付こうとしてくる。
なら目には目を、鞭には鞭だ。
「ファイアローズ!」
アタシは以前から使っていた炎の鞭を手から出すと包帯に叩きつけた。
アタシを襲いかかってきた布の刃は、炎の鞭によって焼き払われる。
やはりアタシの魔法は無効化できないらしい。
「魔法……? ナゼ?」
「さあな! 包茎野郎には乙女の秘密は分からねぇよ!」
速攻で魔法とバレた。
アタシの魔法の秘密を知ろうとか生意気な奴だ。
アタシだって知らねぇよそんなの。
包帯野郎は足を止めて考え事をしている。
なんか知らんがチャンスだ。
アタシは間合いを一気に詰めると思い切り胴体を切り裂いた。
……が、体に巻き付く包帯は鎧の役割も果たしているようだ。
剣が弾かれてしまう。
――ならコレはどうだ!
ファイアローズを剣に巻きつけると、アタシは悪魔を包帯ごと焼き切った。
黒い霧が大きく吹き出る。
やった!
……が、なんら反応がない。
「借リ物デナイチカラ……原始ノマホウ?」
アタシは切って切って切り続ける。
手を、足を、顔を、体を刻むごとに、黒い霧が吹き出した。
更にはイケメンの野郎が放ったであろう矢が開いた傷口に刺さっていく。
だが、やはり反応はない。
傷口は黒い霧を吹き出すと共に塞がり、切ったという形跡すら残らない。
「効いてんのかコレ……?」
一度剣を振るごとに重い泥を混ぜているような感覚が手に伝わってくるが、まるで反応がない。
なら魔法も追加でおかわりだ。
氷魔法で敵を凍らせる。
……わずかに黒い霧が出ただけだ。
土魔法でつま先から先の地面に穴を開け転ばせてやる。
……空中で微動だにしない。
こいつ宙に浮かんでるのか。
なら岩の槍を生成して腹にぶち込む。
……たいして効いた様子がないな。
風の刃と水の刃も同様だ。
なら毒魔法はどうだ。
刃に毒を滴らせて切るがやはり反応はない。
アタシも何の毒を生み出したのか知らないが無反応は意外だ。
コイツ痛覚がないのか?
それとも本当に効いていない?
その時、悪魔が思考を終えたのかアタシの方を見てきた。
目と目が合う。
悪寒を感じたアタシは数歩後ろに跳び下がって体勢を立て直す。
同時に回復の魔法が飛んできてアタシの体を癒やした。ナイスだぜエリー。
「原始のマホウ……。危険ダト判断スル!」
場の圧が更に強くなる。
少しは本気になったようだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます