第9話 幌馬車

結局、『幌馬車』と受ける事で話はついた。

依頼内容は隣町までの荷運びとその護衛。

推定ランクはE。期間は予備含め四日。

想定される敵はゴブリンとオオカミ。

まあ楽勝だ。


しかし、幌馬車はもっと遠くへの依頼をこなしているはず。

こんな短距離での移動は珍しいな。


今、アタシ達は街道沿いを『幌馬車』が所有する専用の馬車に乗って移動している。

目の前には明るい緑髪の女性。

名前はコリンといい、このチームのリーダーだ。

人数はあたし達を含めて六人。

コリンとアタシ達の三人が荷物の見張り。

コリンのイケメン彼氏が御者。

あとの二人の男……ワクツとアビドルの二人は外で馬に乗って索敵やらなんやらやっている。


「どう、このクッキー? 王都の人気店のもので、なかなか手に入らないのよ」

「おいひいです」


ングングと小動物のように食べるエリー。

カスがほっぺたについてるので落としてやる。


「あ、マリーありがとうございます。お礼にどうぞ」

「おう、ありがとな」


エリーから出されたソレをアタシも受け取って齧る。

うん、焼いた小麦粉とバターの香ばしさがナッツの匂いと絡まって口の中に広がる。

うまい。


「エリーちゃん、ポットのお茶をどうぞ。マリーちゃんもね」

「ありがとよ。 ……見た事がない入れ物だな?」


このポット、金属でできており注ぎ口も尖っていない。前世の水筒に近い構造なのだろうか。


「付与魔法で熱が逃げないように封じ込めたマジックポットよ。なんでもポットの中で熱を逃さずに循環させているとか」

「それは凄いですね。高かったんじゃないでしょうか」

「少しお値段はするけど、王都のものは遠くに運べば中古でも新品より高く売れるわ。実際に使うことで耐久性も証明できるし」


そう、『幌馬車』は独自の物販ルートを持っている。

事実上の行商人だ。

行商人がギルドに所属しているといっても良い。

ランクDだが財力ならCランクの『俺』だった頃より上だ。


「冒険者向けの洋服も見てみる?」

「へえ洋服もあるのか」

「ええ、付与魔法付きだから軽くて丈夫よ。二人の服装を見る限り……街の『アラクネア洋服店』で買ったのかしら?」

「凄いですね! 正解です」

「へぇ……。今シーズンの最新情報までチェックしてるのか」


新発売の服までチェック済みとは恐ろしい。

このこまめな情報収集こそが商人としての才覚か。

視線に気づくと、コリンが解説してくる。


「そこまではチェックしてないけど、作ってるお店でデザインに癖が出るの。そうねえ、あの店の服装だとこのフードなんてどう?」


そういうとアタシに差し出してくる

真っ赤で可愛らしいフードじゃないか。

ちょっと着てみよう。

うん、手鏡で姿を見るがなかなかだ。

……赤ずきんの童話に出てくる女の子もこんな感じだろうか。


「似合ってますよマリー」

「あら可愛い、もし良かったらあげるわよ?」

「マジか!? ……いや、ちゃんとお金を出そう。幾らだ?」


商人からはタダでモノを貰ってはいけない。

後で必ず痛い目を見るからだ。

これは冒険者に伝わる暗黙の了解でもある。

『幌馬車』は冒険者と言うより商人だからな。


「ふふ、正解ね。 もしタダで貰ってたら魔物が出たときの囮役やらせてたわよ?」

「そんなんで良いのか? じゃあやっぱりタダで頼む」

「マリー……」


いたずらっぽくウインクしていたコリンの顔が引きつっている。

エリーも可哀想なモノを見るのは止めてくれ。


「……はぁ。 まだランクも上がってない貴方にその任務は荷が重いわ。クッキーのお代はサービスしておくからそれで許してね」

「マリー、私が稼いで買いますのでちょっとだけ待ってて下さい」


いかん。

このままではエリーをダメ女に尽くすダメ女好きにしてしまいそうだ。

……ん? それはそれでいいのか?


とりあえずアタシは被っているフードを自腹で購入し、ついでにエリーとお揃いの髪留めも買う。

意外と安かった。

まさか馬車の中でいい買い物ができるとは。


「コリン、良いかい?」


コリンと盛り上がっていると、御者席のイケメンから声がかけられる。

話を聞くと、少し先の山と草原の間道方面でオオカミが食事をした跡が見つかったらしい。


「今回は食料はあまり積んでないから狙われる心配は少ないけど、用心に越したことはないわ」

「アタシもなにか手伝おうか?」


サーチアンドデストロイなら任せろ。


「今はまだ大丈夫。もしオオカミが出たら二人で一匹ずつ相手してね?」

「はい、任せて下さい!」


エリーは緊張しているな。

声が強張っている。

軽く脇腹でもつついておくか。


「ひぃあっ! 何するんですか!?」

「なんとなくプニプニしたかった。許せ」

「もうっ! 許します!」


許してくれるのかよ。天使か。


その時、馬車に取り付けられたベルが鳴る。

回数は三回。

一回鳴らす事に五匹だと言っていたな。


と言うことは十から十五匹のオオカミか。


馬車が一度停止する。

どうやらここで迎え討ってしまうようだ。

まあ急いで逃げなければいけないほどの脅威でもないし、荷物の安全性を考えれば妥当だな。


アタシは武器を構えると外へ飛び出す。

今回、大剣は持ってきていない。

代わりにアタシでも振り回ししやすいサイズの剣を持ってきている。


練習場では何度か振り回した。

だがまだしっくり来ていない。

今までの力でねじ伏せる方式ではなく、技術で切る方法が必要な気がする。

……駆け出しの頃はそういう戦い方を習っていたな。


「お気をつけて!【彼のものに盾を、彼のものに鎧を】〈守護〉!」


エリーが防御魔法をかけてくれる。


草原の草は高く茂っておいる。

大人だって隠れられそうだ。


馬車の近くの開けた場所に降り立ち、あたりを見回すと草むらの中を何かが走り回っているのが分かった。


アタシは後ろから襲われないよう、馬車を背に構えて敵が来るのを待つ。



構えてからすぐに、一匹のオオカミが草むらをかぎ分けて飛び出してきた。


とりあえず半歩移動して急所を外す。

飛び出してきた勢いを利用して腹に一撃を入れた。


「臭い口でキスを迫ってきてもお触り禁止だぜ?」


キャウン、と犬のような鳴き声と共に転ぶオオカミ。

腹から血を流しているが息がまだあるようだ。

喉を刺して確実に止めを刺す。

手負いの獣は確実に仕留めなければ手痛い反撃を食らうことがあるからな。


外にいた索敵担当の男……ワクツだったかな?

彼はアタシを見て問題ないと判断したのか、コクリと頷くと別の狼の方へ向かっていく。

いや一応アタシG級なんだから手伝えよ。


次は二匹同時に飛び出してくるが問題ない。

アタシは一匹の口に剣を突っ込んで絶命させると、死体ごともう一匹の首を切り飛ばそうとする。


「おらっ! ……ちっ!」


やはり力が足りない。

オオカミの死体をもう一匹にぶつける事で牽制はできたが、ぶった切るまではいかなかった。


「〈ファイアボール〉!」


馬車から魔法が飛んできた。

エリーの声だ。

炎を受けたオオカミはあまりダメージは受けていないようだったが、援護射撃に驚いたのたろう、慌てて逃げ出そうとする。


そうはさせねぇぜ?

アタシはオオカミのケツの穴めがけて後ろから剣を突き刺すと、そのまま内臓をかき回すように剣を回してやる。


「ケツに熱いのが欲しけりゃ最初っから言えよ。昇天させてやる」


そのままオオカミは絶命した。

周囲に気をやると、あたりは静かになっていた。

もう一匹くらいはオオカミいたはずだが、逃げてしまったらしい。

コリン達の方からも剣の音や魔法が飛ぶような音はない。


終わったようだ。


「ただいまっ……と!」

「おかえりなさい。こっちも片付いてますよ」

「さっきの魔法ナイスタイミングだったぜ」


馬車が動き出したので戻るとエリーが水を渡してくるのでありがたくいただく。


「マリーちゃんやるじゃない! 今いたのは全部で十三匹よ。四匹は逃亡したけどあとは全部倒したわ」


コリンが手放しに褒めて来るがアタシ的には不満が多い。


「あれくらいはな。ただ武器がしっくりこないんだ。もっとこう、大剣で敵を潰すような戦い方が好みだが」

「うーん、マリーちゃんの体格だとそれは流石に難しいわねぇ」

「かと言って今使ってる剣より重くすると軸がブレる」


「私の魔法で力を底上げして使えるようにしましょうか?」

「それに慣れた状態で万が一離れ離れになると危険だぜ?」


三人揃えばナントカと言うが、なかなかいいアイディアが浮かばない。


「思い切って、短剣にしたらどうだい?」


三人でうんうん唸っていると御者席から声がかけられる。

イケメンだ。生きていたのか。


「さっきの動きを見てたけど、あれだけ動けるなら短剣のほうが良いと思うんだ」


イケメンめ。

人の気も知らずに的確なアドバイスをしてきやがる。


「確かにアタシだってそれは考えたけどよ、武器の威力もリーチも落ちるんだよ」

「それならちょっと訳ありだけど、面白い短剣があるよ。コリン、アレを」

「え? アレ? アレかー。ちょっと待っててね」


そう言うと、馬車の中にある荷物をかき分けて一つの箱を取り出してくる。


箱を開けると、中には巨大な包丁が二振り入っていた。

柄から刃まで一つの金属でできていて、刃の部分だけでもアタシの肘くらいの長さがありそうだ。

刃紋がゆらゆらと動いているようにも見える。


「これは『魔女の刃』という業物だよ。呪われてるけど」

「いや、呪われてるなら意味ねーよ」


このイケメン、ケンカ売ってんのか?

この包丁でぶっ刺すぞコラ。


「呪いと言ってもたいしたものじゃないのよ。基礎魔法を常時発動してないと掴めずに手から滑り落ちるだけ」

「魔法にも干渉できるから魔法を無効化して切る事もできるね」


コリンとイケメンが交互に説明をしてくれる。

いやどれだけ丁寧に説明されようと、実質女性専用の近接限定武器じゃねーか。

そら売れんわ。


「慣れれば魔力の込め方で長さを変えられるから武器の長さもある程度調節が効くわ」

「ちなみに魔法も使えないわけじゃないんだ。地面に捨てて魔法を唱えれば良いからね。」


「いやこれ使うくらいまで近づいてたら魔法唱えてる間にぶちのめされるだろ」

「それが唯一の問題なのよねー」


最大の問題だろうが。

こんなモン無詠唱持ちとか特殊スキル持ちでもない限り売れんわ。


……アタシにピッタリだけど。

そうか、コレがエリーの『絶対運』の力か。


「まあ、試し斬りしてみて良いからさ、良かったら買ってよ」

「よし、ちょっと腹を貸せ」

「いやいや、僕のお腹で試すもんじゃないでしょ!?」


下らないやり取りをしつつ、その後は特に何事もなく隣町に着く。

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