第6話 スキルと魔法

女将にはおやっさんから事情を話してもらうことにした。

なんでも『カミさんに伝えるのは俺の役目!』とのことらしい。

お前のカミさんだったのかよ。

十年以上の長い付き合いだが初めて聞いたぞ。


まああれでも元B級冒険者パーティの一人だ。

悪いようにはしないだろう。


そして今、アタシとエリーは宿屋の一室にいる。


今後のこと、そしてアタシのスキルについて話すためだ。


「一応、パートナーとなったエリーにはアタシの事を話しておくぞ。当然だが他言無用で頼む。」


スキルは基本、万が一を考えて公開する事はあまりしない。だが、エリーにこのスキルを隠し続けるのは検証の上でデメリットが多い。


まあ万が一バレても評判はともかく戦闘の上ではあまりデメリットがないし、マリーとしてある程度の地位を築いておけばキレイなアレクに変化してもヤバい風評は立たないだろうという計算も含んでいる。


「はい! 絶対に漏らしません!」

「まあ、そう固くならなくていいぜ。アタシのスキルは……見て貰った方が早いか」


そう言うと、俺は性別を変化させた。


「えっ? ……えぇっ!?」

「こんなふうに性別を変える事ができる。今の俺だと身体能力が強化されてC級程度の強さだ。ただし魔法は無理だな」


正確には魔法が少し使えそうな気もする。

だがまあ、今話す事でもないだろう。

いつか検証の際に少し付き合って貰おう。

さっさとマリアに戻って説明を続ける。


「……とまあ、こんな感じだ。名前はアレク。今のマリアって名前はアタシが子供の頃につけられそうになった名前だな。女の子ならマリアにする予定だったらしい」


流石にエリーもあっけに取られたようだ。

まあ俺もこんなスキル聞いたことがないし驚くのは当然だな。

エリーは男に耐性がないのか段々と顔を赤らめていく。


「まさか、パートナーってそういう……」

「まて、誤解だ!」

「いえ、マリー……アレク様が望んだ事であれば伽に関しては詳しくありませんが……。優しくしてくださいね?」

「そういう意味じゃない!」


あらぬ誤解をしていたようだ。

俺はエリーの一瞬見せた大人の色気にドキリとしつつも、話を元に戻す。


「まあとりあえず、スキルを覚えたから検証をしようとしてたらエリーを見つけたって訳だ。だから魔法使いとしては初心者だぜ?」


「初心者……ですか。マリーさんは初めて魔法を使ってあの威力なのですね?」

「まあそうなるな。基礎魔法を使えるって分かったのもその時初めてだからな」

「あれで基礎魔法……? はっきり申し上げます、マリーさん。貴方の魔法はかなり特殊です」

「は?」

「ある種の天才と言っても良いかもしれません」


いきなりの天才発言だ。

これがもう少し若かったらドヤ顔になるところだが、流石に増長する時期は過ぎている。


「魔法は数十あるとも言われる属性のうち、数種類を選び、長年かけて極めるのが普通です」


それほど多様に属性があるのか。

無駄に分類しすぎじゃないか?


そう言えば昔組んだ女、二種類しか魔法が使えない事で弄り倒してたら切れられたな。 ……悪いことをした。


「それに基礎魔法の威力……。今から私が基礎魔法を使いますね。全力です」


そう言うとエリーは手から火を灯す。

だがその炎は前世で見たマッチ棒やライターのようであり、マリーとしてオーク戦のときに見せた魔法に比べると頼りない。


「これが一般的な威力です。マリーさんの魔法、アレは明らかに異常な威力でした」

「そうは言ってもな。アタシはアレが初めてだぞ」

「それがおかしいのです。基礎魔法はその人間の基礎の力を使うから基礎であり、なにか高める理由があるとしか思えません!」


しかし基礎ねぇ……。

鍛えたのは身体強化くらいだぜ。


「アタシは元々男だ。魔物を倒すたび力を吸収して身体強化がされていったけど、それだけだぜ」

「え? 力を吸収? 魔物から?」

「ああ、冒険者なら割と常識だぜ。 男はそのままだとたいして強くならないが魔物を狩ると力が増えて強くなっていく」

「初耳ですわ……」


そう言うとエリーは考えるような素振りをみせた。


「マリーさん、私が家庭教師から盗み聞きして学んだ知識と貴方の実戦で学んだ知恵、二つの擦り合わせをおこないましょう」


マトモに習ってる訳ではないのか。

……家庭の事情的に習わせてくれそうにないな。


こうしてアタシ達はしばらく時間をかけてお互い認識の擦り合わせをおこなった。


……長くなったが、エリーの話をまとめてみる。


基礎魔法が強くなる事はない。

基礎魔法は種火のようなもので、呪文で根源?に働きかけて大きな力を呼び寄せる。

使えば使うほど強く、応用も効くが人間の寿命では極められるのは数種類が限界。

呪文は他人が決めたものでも良いが自分がしっくりくるものが最適。

魔法は装備か魔法で防御するのが普通。


……思っていたより習得に時間がかかるんだな。

アタシの身体強化に対する認識はこうだ。


魔物を倒してエネルギーを吸収。

自分の強さと相手の強さ、その差が離れてれば離れてるほど、その力を吸収できる。

吸収は個人差があり、一人で戦う時が最も効率がいい。

肉体そのものの強化と身体強化は別で相乗効果がある。

効果は永続的、ただし筋肉が衰えると結果的に能力も落ちる。

武器の攻撃は身体強化でダメージを小さくできるが、何故か魔法の一撃は身体強化の効果がなく、どれだけ鍛えてもあまり意味がない


「……ざっくりこんなとこか。出鱈目なスキル持ちは前提条件をひっくり返してくるが、今はこれで十分だろ」

「マリーさんのスキルは出鱈目そのものの気がしますが……」

「言うな。少し自覚はある」



試しに炎の基礎魔法を使う。

激しく燃え盛る炎がカーテンを焦がす。

ん? カーテン?


「マリーさん、止めて、止めて!」

「お、おう」


慌てて火魔法を消して水魔法を使い、カーテンの火を消す。

……今度は部屋が水びたしだ。


「やはりスキルの影響でしょうか」

「多分な。そもそもアタシが魔法を使える事がイレギュラーだ。ちょっと訓練場に行って試し打ちするから手伝ってくれ」

「ええ、これ以上は宿屋の弁償も馬鹿になりませんから」


言うな、悲しくなる。


アタシ達はギルドの裏手にある訓練場に移動する。あまり人はいない。


「今から基本的な魔法を唱えます。【火球よ敵を焦がせ】〈ファイアボール〉」


その詠唱と共に拳の二倍ほどの大きさの球がまっすぐ突き進み、20mほど離れた壁にぶつかって弾けた。


面白そうだ。

アタシも唱えてみるか


「【火球よ敵を焦がせ】〈ファイアボール〉」


体から力が抜け、右手に集約される。

……魔法を唱えるとこんなふうに力が抜けるのか。

初めての体験だ。


そうして撃ち出された火球は、拳の半分サイズの火の玉だった。

弱々しい火の玉は五メートルほど進んだところで消えてしまう。


「これさ、アタシがさっき使った基礎魔法より威力低くね?」

「なんというか……。まるで魔法初心者の撃った魔法ですね」

「そもそも初心者だ。まあ初めては何事も上手くいかないモンだからな」


その後も何度か試すが同じような強さの火球しか出せない。

疲労感がヤバい。

どうやらこれが俺が使える魔法の限界らしい。


「どうやって上手く撃つんだ?」

「えっと何度も根源から借りる事で繫がりが深くなり、少しの持ち出しでより多くを貸してもらえるとか」


諦めてエリーにコツを効くが、微妙な回答だ。

銀行の融資実績かよ。

ただ明らかに俺の持ち出しが多い。

街のサラ金並みの悪徳業者だ。


「もしかするとマリーさんの力は身体強化の延長線上で、魔法と似て非なるものかもしれません」

「だろうな。アタシの戦闘スタイルとも噛み合わないし魔法の訓練は最低限で良さそうだ」


次に俺の基礎魔法を出してみる。

手のひらから溢れる炎と熱が焦がそうとする。

俺は炎を操って手に熱が来ないよう調整する。

さて、ぶん投げるか。


「あれ? これ、どうやって撃ち出すんだ?」

「基礎魔法では遠距離攻撃ができません。ですので皆さん魔法を訓練す……」

「閃いた。鞭にしてみよう」

「はい?」


炎を鞭のようにしなった形に変え振り回す。

……悪くないな。

流石に距離に限界はあるが、距離で言うと5歩……3メートル半に少し届かないくらいか。


次に槍、剣、斧と形状を変えてみる。

ふむ、実際の刃物と違って切れたりする事はないようだ。

切れるように氷にしてみるか。

……剣はイケそうだが氷の鞭は駄目だ。柔らかさが足りない。


まあ十分か。


「ありえないです……」

「どうしたエリー。珍しく目が死んでるぜ」

「いえ、マリーさんの規格外っぷりに少し現実逃避をですね!」


ふくれっ面になっているな。

だが何事も一長一短だ、俺は普通の魔法が使えないからな。

少なくとも遠距離攻撃は無理だ

優しくその事を教えてやる。


「十年くらい練習したような柔軟性を持つ魔法を一日で使えれば十分じゃないですかね! これを基礎魔法と言うのはおこがましいです! マリア式魔法とかで良いんじゃないでしょうか!」


何故怒っているんだ。

というか怒りの感情もあったんだな。

少し安心したぞ。


「せっかくたまにはお姉さんらしいところを見せようと思ったのに……」


なるほど、魔法の指導をすることでお姉さんぶりたかったのか。


「言っとくけどアタシの年齢はエリーより上だぞ」

「そこは聞こえないフリをしてください!」


なかなか可愛いやつだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る