第35話

「まったく、喧しい魔物ね」


 俺の真横から、心底鬱陶しそうなエマの声が聞こえた。


「私たちの仲を邪魔するだなんて、本当に低俗で、知能の低いこと……」


 小さく、口の中で呟くように毒を吐いたエマは、しかしすぐに興味をなくしたように笑顔を浮かべて俺を見上げてきた。



「さあ、ユウさま。これで邪魔者は死にました。心置きなく、ピクニックの続きができますね」


 ……その話、まだ生きてたのか。


 急に攻撃したから何かと思ったが、どうやらそれが目的だったらしい。



「プロ助さん、出してください」


「はぁ?」


 プロ助は目をパチクリさせて、意味が分からないという顔でエマを見た。


「出せって……何をだ?」



「決まっているでしょう? テーブルとイス、それにティーセットです。早く出しなさい」


「ふん、いやだね! さっきわたしを売ろうとしたくせに都合がいいぞ! 誰が……アッハイ、出します」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 エマに脅……もとい、頼まれたプロ助が、前回のように用意しているところへ、アーディが焦ったような、驚いたような声を出した。



「貴女って子はいきなり何をしているの! せっかく私が交渉をしようと……」


「交渉?」


 すると、エマは全く予想していなかった言葉を聞かされたように単語をなぞった。



「そんなことする必要はありません。倒した方が確実で手っ取り早いでしょう?」


「それはそうだけど……」


「ユウさま、紅茶とケーキをどうぞ。城にある材料を使って作りました。お口に合うといいのですが……」


 起きたときいないと思ったらそんなことしてたのか。



 前回と同じようにティータイムの準備を整えたエマが、俺にケーキを食べさせてくれる。


 疲れたように肩を落としているプロ助、呆れた様子のアーディ。


 いつも通りの光景に、随分あっさり解決(?)したな、と思った時……



「っ!? うぅ、ぁああ……っ」



 苦しげに呻いたエマが、俺に体重を預けるようにして寄りかかってきた。



「お、おいエマ!? いきなりどうし……まさかっ」


 一つの可能性に思い至り、上空を見る。


 正確には、エマが攻撃をしたところ……リバドラを。


 その直後、



 未だ立ち込めていた黒煙が、強風と共に一気に晴れた。


 そしてその中から、リバドラが現れた。


 さっきの風は、奴が黒煙を払うために羽を動かしたために発生したらしい。



「やってくれたな……」



 あ、ヤバい。


 いくつも修羅場をくぐってきた俺には分かる。


 コイツ、キレてる。キレてる奴の声と喋り方だこれ。



「人の体を粉々に砕いたと思えば、今度は喋っている最中に攻撃してくるとは……」


「えぇっ!? いやいや違う違う! さっきのはわたしじゃないぞっ!?」


 狼狽えるプロ助。


 それはリバドラに睨まれたからだろうが……違う。奴が見ているのはプロ助じゃない。



「はぁ……はぁ……ぅ……っ」


 苦しげに呻くエマ。


 正確には、その黒い眼帯の下……眼帯が外れると露出した、心臓の鼓動のように明滅する魔石だ。



「っ!」


 ただならぬ雰囲気を察したのか、エマを守るようにアーディが間に割って入った。


 剣こそ抜いていないものの、かなり神経を張り詰めているのが分かる。


 まずいな。今にも戦闘が始まりそうだ……



「おい、おいプロ助っ」


 いつの間にか俺の背に隠れているプロ助に小声で話しかける。


「なんかヤバいぞ。あいつの弱点とかないのか? 仮にも女神なら何とかしろっ」


「無理だっ。あいつわたしのこと恨んでるっぽいし、出ていきたくない!」



 こいつほんと、つっかえ!


 ……いや待てよ。そうだよな、リバドラはプロ助のこと恨んでんだし、いざとなったらプロ助を囮にして俺たちだけ逃げるか。



「おい、ゆう! 言ってなかったが、わたしはお前の心を読めるんだからなっ!」


 そういや、前も心を読んできたっけ。あの訳の分からん空間で。


 でもなあ、エマはこんなだし、アーディは一度あいつに負けてる。


 となると、プロ助生贄作戦は最終手段として考えとこう。コイツ一応女神だし、万一捕まっても何とかなるだろ。



「待て待て! 今あいつの弱点教えるから、それは仮にプランZとしてくれ!」


「だったらもっと早く言えよ……」


 プロ助の言う弱点とは、奴の胸で鈍い光を発している水晶のことらしい。


 あの水晶は奴の急所であり、水晶を破壊すれば奴の体は形を保てなくなるそうだ。


 未だ不完全な状態であり、体も戻ったばかりで不安定らしい。



 いかにも弱点ぽいなと思ったが、考えてみれば当然か。水晶をプロ助が割って体がバラバラになったんだもんな。


 だが、そういうことなら、



「おいプロ助。ちょっと耳貸せ」


「な、何だっ!? 囮ならやらないぞ!」


 ビビって逃げようとするプロ助に、俺は作戦を耳打ちした……




「――つまり、我々は、あなたと友好を結びたいと考えているのです」


 意識を外へ向けると、アーディがそんなことを言っていた。


 いやいや友好って……



「ふ、ふざけるな!! 人の体を粉々に砕いたりいきなり攻撃をしておいて友好だと!? 大体貴様、つい昨日我にケンカを売ってきたではないか!!」


 ……うん、まあそうなるよな。


 自分勝手にも程があるよな。これだから人間は……



「これだから人間と言うやつは!!」


 期せずして、同じことを考えちまった。


 何て考えていられない。アーディの所為で、奴は完全に臨戦態勢だ。



「プロ助!」


「ああもう、失敗しても私は知らないからな――」


「行ってこいっ!!」


 この期に及んでゴチャゴチャ言う女神の首根っこを掴み、思い切りぶん投げた。



 リバドラの元まで飛んで行ったプロ助は、


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 力任せに、リバドラの体から水晶を抜き取った。



「ゆうっ!」


 プロ助が投げてきた水晶を俺はキャッチする。


 瞬間、リバドラの顔色が変わった……気がする。



「き、貴様っ! それを返せ!!」


「断る!」


「返せと……言っとるんだぁああああああああああああああああっ!!」


 相当焦っていたのだろう。


 俺に向けてリバドラは口からバーストストリーム的な攻撃を乱射する。



 やっぱ、そう来ると思ってた。


 そして、それは俺の狙い通りだ。



「そんなに返してほしけりゃ返してやるよっ!!」


 水晶をリバドラに向けて投射する。


 もっと正確に言えば、奴の攻撃の直線状に。



「しま――っ」


 気づいた時にはもう遅い。


 奴の攻撃は俺ではなく弱点である水晶を直撃。それは粉々に砕け散った。



 それを合図としたようにリバドラの体にヒビが入り、それは瞬間的に全身へと広がっていき、


「く、くそぉおおおおお! 我は体を元に戻したかっただけなのにぃいいいいいいいいいいいいっ!!」


 粉々に爆散した。



 それは広範囲に飛び散っていったが、俺たちに当たることもなく……


 エマの苦しげな表情も消えた。



 こうして俺たちは魔物退治に成功したのだった。

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