第34話

「さあ、ユウさま。足元にお気を付け下さいね」


 言いながら、いつかのように魔法で石やら枝やらを弾き飛ばすエマ。


 それに、と俺に向けていた笑顔から一転、暗い表情となり、



「売女皇女にもお気を付けください」


 実の姉にとんでもない称号を与えたエマは、ゆっくりと狙いを定めるように杖の先端を向けた。


 アーディは体をビクッと震わせ、だがどうやら気力を取り戻したようだった。



「ちょっと何よその言い方!」


「ふん、昨夜の出来事をもう忘れたんですか? 私を差し置いてユウさまとあのような……あんなあんなあんなあんな!!」


 杖を持つエマの腕が小刻みに震えている。


 今にも攻撃が繰り出されそうな雰囲気に、アーディは焦燥を取り戻した。



「ま、待って待って! 本当に何の話っ!? 私、昨夜の記憶ほとんどないのよ。貴女を呼び戻しに行ったところまでは覚えてるんだけれど、その後……何か、とんでもないものを見たような……」


「記憶がない?」


 エマの低い声が聞こえたかと思うと、柔らかな感触と甘い匂いが消えた。


 短い悲鳴が聞こえたのでそっちを見ると、



「ユウさまとあんなことをしておいて覚えていないだなんて……随分都合のいい頭をしているんですね。でも、私は忘れませんよ。決して。絶対に」


「痛い痛い痛い痛ぁい! 止めてエル! 手首があり得ない形になってる!」


 尼が手を離すと、アーディは涙目で手首をさすり始めた。



「私がユウさまと愛し合っていたというのに、あんな……あんな……」


「あんなって……私一体何をしたのよ?」


 すると、エマは意外にも口ごもった。視線をあっちへそっちへさ迷わせ、さっと顔に朱を散らした。



「そ、それはその……えぇと……と、とにかくっ!」


 コホンと咳払いをすると、エマはまた俺の腕に手を絡めてきた。


「私たちは愛し合っているんです。貴女の入り込む余地はありません。さようなら」


「だから冷たすぎないっ!?」



 カオスな夜が明けた朝。


 俺たちは再び鉱山に出向いて魔石収集をしていた。


 無能のプロ助がうっかり割ったという水晶玉。それを一つに戻す為だ。



 簡単に見つけられるかとちょっと不安だったが、その心配は杞憂だった。


 というのも、魔石を体に埋め込んでいるエマがソナーのような役割を果たしているからだ。


 魔石に近づくと、左目に埋め込んだ魔石から魔力が奪われていく感覚に陥るらしい。



「お、また見つけたぞ……まったく、さっきから探しているのはわたしばかりじゃないか。エマ、自分のことなんだからもっと真面目に探せ」


 とプロ助。



 …………



 ……………………



「誰が何ですって?」


 今度はプロ助との距離を詰めたエマが、喉元に杖の先端を当てていた。


「もとはと言えば、あなたが無能なのが悪いのでしょう? 私はおろか、ユウさまにまでこんな労働をさせるだなんて……」


 と言って、プロ助を杖で小突いている。



「謝罪しなさい、ユウ様に! ほらっ。早くっ!」


「いたいいたい! すみませんごめんなさいっ! ダメな女神でごめんなさい!!」


 これももはや見慣れた光景だな。



 アーディはまたエマを窘めてるみたいだが、俺はもうスルーしていこう。コレは自業自得だしな。


 そんなこんなで、欠片は順調に集まっていき、



「こんなもんか?」


 やがて、それは真っ赤な手のひら大の球体となったが……



「やっぱ、一か所欠けてるな」


 エマの左目に埋め込まれてるのは、やっぱ魔石なんだな。


「ええ、ユウさま。しかし、これで欠片も集め終わりました。如何でしょう? 今から、ピクニックの続きをするというのは……」


 完全に他人事のエマ。



 が、その時、俺たちを襲う重力が増したような感覚。


 同時に、正気のようなものまで感じる。そしてその発生源は……



「っ!?」



 思わず、球体を落とす。が――


 それは地面に落ちることなく、空高く〝飛翔〟した。



 漆黒の体と、赤い眼を持つ竜の姿となって。



 それは確かに昨日と同じ黒い竜……リバイバル・ドラゴンというらしい……だが、その体は以前見たものより二回りは大きい。


 そして左目がない、隻眼の竜だ。あれは、エマの左目に埋め込まれた魔石ってことだろう。



 そいつは、たしかな威圧感と存在感を以って、俺たちを見下ろしていた。




「    ――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオ――    」




 咆哮に、ビリビリと肌が震える。



 ――本物。



 その二文字が、否応なく頭に浮かぶ。


 思わず気圧されそうになるが……



「俺の……」


 音ではなく、声が聞こえた。



「俺の体を粉々に砕いた大馬鹿野郎は……どこだぁああああああああああああああああああああああっ!!」



 …………



「おかげで体が小さくなるわ喋れなくなるわ……おまけに妙な奴らの相手もしないとならねぇしでいい迷惑なんだぞこっちはぁああああああああああああああ!!」




 …………



 ……………………




「「こいつです」」



 俺はプロ助の右腕を、エマは左腕を掴んで前に突き出す。


「えっ? えっ? なになに? なんなんだ一体っ?」


 突然のことにプロ助は動揺してるみたいだが、俺たちは無視……というより、リバイバル・ドラゴンが先に言う。



「ほう。貴様が砕いたのか……」


 妙に渋い声で言って、ギロリと隻眼でプロ助を見下ろすリバイバル……つーか、いちいち『リバイバル・ドラゴン』っていうのメンドイから、これからは〝リバドラ〟と呼称することにしよう。



「ち……違う違う! 砕いたんじゃない! うっかり落っことしたら砕け散っただけだ!」


 手を振って弁解するプロ助だが、ちっとも弁解になっていない。



「どっちにしてもお前のせいだろうが! ただ球を運ぶこともできんのか、この無能がっ!!」


「う、うるさいっ!」


 プロ助はなぜが逆ギレした。



「わたしは神だぞ! 偉いんだぞ! おまえもわたしが創ったんだぞぉ!」


「玉運びもできん無能神か」


「うるさいうるさいうるさぁい!」


 プロ助はちょっと涙目だった。


 なにか〝無能〟って言葉にトラウマでもあるんだろうか。



「それで、その無能女神が、いまさら我に何の用――」



 ドォオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!



 突然の轟音。


 今さら聞き間違えるはずもない。エマが魔法を放った音だ。


 だが、分かるが故に嫌な予感が。見れば、空中から黒煙が上がっている。


 もっと正確に言えば、リバドラから。



 どうやら、あっさり倒してしまったらしかった。

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