第28話

「ちっとも解決してないっ!!」


 外へ出るなり、プロ助が叫ぶ。


「どうした急に」


「どうしたもこうしたもあるか! 何にも解決してないどころか余計に拗れてるじゃないか! ほんとお前はいつもいつも……」


 ……何をいきなりキレてるんだコイツ。


 伊織にビビってたと思ったら急にキレたり、忙しい奴だな。


 なんて考えている間にも、プロ助は喚き続ける。



「聞いてるのかゆうっ! お前の所為で私は……ぶへっ!?」


 言葉の途中で、開いた玄関のドアがプロ助を吹っ飛ばした。



「お待たせ致しました。さあユウさま、参りましょう」


「お待たせゆーくん。行こ」


 エマが俺の右腕に、伊織は俺の左腕に、それぞれ自分の腕を絡めてきた。


 甘い匂いが両側から香り、さらに柔らかな感触が当てられている。


 傍から見れば甘い光景かもしれないが、



「まったく、貴女のような人がユウさまのお手を煩わせるだなんて。ほとほと失礼な女」


「ふふっ、そうかもね。ねえゆーくん、今日はありがとうね。私のために」


 伊織は〝私のために〟を強調して言った。


「ゆーくんは私のために好意でやってくれるんだから、エマさんはお家で待っていてくれていいんだよ? 煩わせるわけにはいかないから」


「は? ユウさまは、私に、案内を手伝ってほしいと仰ったんです。私は貴女と違って頼られていますし、貴女と違って無責任な真似もしませんわ」


「そうなんだ。ゆーくんは私のために、エマさんも誘ったんだね。やっぱりゆーくんは優しいなあ」



 ……あのさ、だからさ、怖い。


 怖い怖い怖い怖い。マジでこえーよ。勘弁してくれよ。


 ぎゅっと体を押し付けられても、素直に感触を喜べん。



 伊織のこういうところはマジで相変わらずだな。さっきから、伊織がしゃべるたびにエマからどす黒い殺気が煙みたいに立ち上ってやがる。


 おかげで俺たちの周りだけ気温が下がったみたいだ。


 見た目は美人なのになー。こういう女の黒い部分はしっかり黒くて……



 何て考えている間にも、エマは案内をしてくれた。


 伊織が煽った時はどうしようかと思ったが、意外にもエマは真面目に案内人として説明してくれる。


 ……つーか、随分詳しいなコイツ。俺が来る前から住んでるっぽいし、当然といえば当然なんだろうが……



「ま、こんなところでしょうか」


 主要な施設の案内は終えたらしい、エマが軽く息を吐いた。


「なんか、この世界ってRPGみたいだね。ゲームの中に入ったみたいで、ちょっと楽しかったかも」


 エマに礼を言った後でのこの感想。


 だが、エマにはどちらの言葉も届いてはいないようだった。何故なら――



「ユウさま、たくさん歩いてお疲れなのではありませんか? お疲れですよね? いけません! お体を休めなくては!」


 そう早口でまくしたてられ、ようやく自分がどこにいるのかに気づく。


 妙にきれいな、まるで城みたいな外装をした建物の前にいることに。


 ウカツ! ここは所謂、ご休憩所じゃないか!



 いや待て。別にウカツでも何でもないだろ。


 だって、向こうから誘ってるんだし? 女子に恥をかかすのは俺の矜持に反する的な? 据え膳食わぬは見たいな?


 右を見ると、エマは上目遣いに、頬を赤く染め、何かをねだるような顔をして、俺に体を押し付けてくる。


 柔らかな感触と、仄かに薫る甘い香り。


 そんなエマに、俺は……俺は……



「そうだねエマ。ちょっと休憩していこう。実は歩き疲れてしまったんだ」


「まあっ! やはりそうでしたか。ご安心ください、私が癒して差し上げますわ……身も心も」


「ありがとうエマ。たのし」


「ゆーくん」


 みだよ、という言葉を遮るのは、海の底よりも暗い声だった。


 左を見れば、伊織はどす黒い雰囲気を発しているではないか。……俯いていて表情が見えないのがちょーこえー。



 つーか今度こそウカツ!


 伊織がいるのすっかり忘れてた! くそっ! エマの顔と仕草にムラっときちまったばっかりに!



「あら、貴女まだいたんですか? 案内は終わりましたから、もう帰っていいですよ」


 止せばいいのに、エマがまた煽りやがった。


 空気が凍り付く音が聞こえたのは、決して幻聴じゃない。



 俺の本能が警鐘を鳴らしているのが分かる。ヤバい、また殺される! 冗談じゃねぇ! 古傷が疼いてきやがったたたたたたたた



「エマさんこそ」


 俺の焦燥をよそに聞こえてきたのは、不自然なほど明るく、それでいて優しい声だった。


「案内が終わったなら帰ったらどう? これ以上煩わせるのは悪いし、それに……」


 そこで一度言葉を区切って、クスリと嫌な笑みを浮かべる。



「こんなところでゆーくんを誘惑するなんて、下品だよ。みっともないし、そういうのよくないと思うな」


 と言って、自分の体を俺に押し付けてきたかと思うと、


「ゆーくん、疲れたならもっと早く言ってくれればいいのに。……でも、そうだよね。ゆーくんは優しいから、私に気を使ってくれたんだよね? 私のためにありがとう。でも、もう大丈夫だからね。私が疲れをとってあげるから。今までみたいに……」


 盛大なブーメランを投げつつ、エマにマウントをとりつつ、俺の体を撫でてきた。



「うひっ!?」


 不意を突かれたことと、撫でられたのが弱い部分だったせいで、おかしな声が出てしまった。


 いかんいかん。情けない声を出すなんて俺の沽券に関わるからな。



 伊織の口から出てくる言葉は相変わらず甘い。


 俺は知っている。これは、伊織がキレる二段階前だ。


 ヤバいヤバい! コイツがキレるとホントマジでヤバい! 


 何とか機嫌を取らなきゃな。俺はコホンと咳払い。



「二人とも落ち着いて。喧嘩なんてしないでくれよ。皆で一緒に休憩しようじゃないか」


 みんなで? と二人の顔の陰が濃くなったような気がしたが、ほんの一瞬、伊織が何か閃いたような顔になったのを俺は確かに見た。


「うん……うん、そうだよね。私はいいよ。私はゆーくんの提案を否定したりしないから」


「ユウさま」


 エマの白い手が俺の顔を挟み、無理矢理に自分の方を向かせる。


 グキ、と嫌な音が鳴った気がしたが……気にしない。



「勿論、私は貴方に従いますわ。だって私は、貴方の伴侶ですもの」


「うぃっ!?」


 今度はエマに弱い部分を撫でられおかしな声が。



「行きましょうユウさま」「行こっかゆーくん」



 エマに右腕、伊織に左腕をとられたまま、


 俺は半ば引きずられるようにして向かったのだった――

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