第29話 見も心もご奉仕します
つーか、この世界にもラブホなんてあるんだな。
今さらながらそう思う。
内装も結構まんまだ。懐かしいな、この高級ホテルっぽい感じ。
だがさらに懐かしいのは、
「さ、ゆーくん。ジッとしててね? すぐに疲れをとってあげるから」
と言った伊織が、俺の唇を塞ぎ、そのまま勢いに任せてベッドに押し倒してきたことだ。
柔らかな体の感触と、果物のように甘い匂い。唇同士が触れ合い、体の芯に一気に血が集まっていく気配がした。
「伊織っ!!」
気づいた時には、攻守逆転。
ついさっきまで俺の上にいた伊織が、今度は俺の下に。
俺が伊織をベッドに押し倒した格好になった。
「きゃっ!?」
伊織の口から零れたのは、妙にかわいらしい悲鳴。
だが、それは嬉しそうな、何かを期待するような悲鳴で、それが俺をさらなる行動に駆り立てる。
キスをしたまま伊織の服を脱がせると、黒い下着が顕わになった。
「きれいだよ伊織。とっても」
囁くように言うと、伊織は嬉しそうに、そして恥ずかしそうな顔ではにかんだ。
もう一度キスをし胸に触れると、体を震わせつつ、俺の体に手を回してきた。
「ん、んっ……ゆーくん、好き……すきぃ……」
艶めかしい声に、体が熱くなっていくのが分かった。
手を下へと伸ばし伊織のスカートを捲りあげる。すると、黒のキャットガーターをつけていた。
……これをつけてるってことは、コイツ、最初からそのつもりだったんだな。
そう思うと、体の芯が熱くなっていく感覚があった。
俺の指が敏感な部分へ触れた途端、細い体がビクンと震え「んっ」と吐息のような声が漏れる。
キレたらアレなくせにこの反応……
「ふふっ。ゆーくぅん……」
とろけるような声が、笑みが、俺を包み込む。
そんなことをされると、俺もいよいよ止まれなく……
「何を、しているのですか……?」
突然聞こえてきた声に、時間まで止まったような錯覚を覚えた。
声のした方を見ると、そこにはエマがいた。
白のレースの下着に、キャットガーターをつけた、エマが。
顔の陰を、かつてないほどに深く、黒くした、エマが。
その姿に、俺は頭も体も一気に覚めていくのが分かる。
し、しまった!
俺としたことが、伊織にばかり気をとられて、エマに気が回っていなかった!!
ま、まずい。これはまずいぞ! 早く何とかしないと……
「お、落ち着いてくれ、エマ。これはその……ちゃんと説明できるから」
「ええ。ええ、分かっていますわ、ユウさま」
エマの声は相変わらず低い。
まるで海の底を思わせる暗く沈んだ声だ。
「そのメスに誘惑されたのですよね? ユウさまはお優しい方ですから、断り切れなかった……ええ、分かっています。悪いのは貴方ではありません」
そこで言葉を区切ると、暗い目をそっと別の対象へ移す。
その先にいるのは、下着姿で、未だうっとりとした顔で俺を見つめる伊織だ。
伊織は、ふと、さも今気づいたかのようにエマを見た。
そして、
「エマさん。いたんだ。もう帰ったのかと思ってた」
などと言うのだから、俺はもう気が気じゃない。
ヤバいヤバい、これマジヤバい。
伊織は気づいているんだろうか。部屋の温度が、下がるどころか凍り付いていることに。
「今、私がゆーくんを癒してるの。賢いエマさんなら、邪魔しないでくれるよね?」
気づいてないなコイツ。
いや、コイツの場合、分かったうえで、自分がさらに優位に立つために煽ってる可能性もあるから始末に負えん。
「ふ、ふ、ふふふ。ふふふふふふふふ……」
肩を小刻みに震わせて笑うエマ。
……いや、笑ってるけど笑ってねぇぞコイツ。
「私が賢い? ふふふ、いいえ。私は賢くなどありません」
エマはどこか自嘲的に言った。
「ユウさまにご奉仕するのに粗相があってはいけないと思い、先に体を清潔にしておこうと思った私がバカでした。欲に塗れた汚らわしいメスがッ……!」
「きゃーっ! ゆーくん、エマさんがこわぁい」
俺の顔が、突然何かに埋められた。
視界が暗くなった代わりに、柔らかい感触と甘い匂いに包まれ、
唐突に、そのどちらも消えた。
世界に光が戻ったが、視界はさっきとは異なっている。
視線の先に、さっきまで俺がいたはずのベッド、それにそこに寝たままの伊織の姿があった。
「怖いのは貴女ですよ。まだ状況が理解できていないだなんて……怖いくらいの馬鹿さ加減ですね」
エマの言葉で、俺はようやく状況を把握できた。
俺はエマの腕の中にいる。エマは一瞬のうちに俺を伊織から奪い、距離まで取ったのだ。
「私としたことが。申し訳ありませんユウさま。私の所為で、いらぬ気を使わせてしまいましたね。でも、もう大丈夫です。気を使う必要もありません。そこの汚らわしい淫乱女は、私が片付けて差し上げます」
そう言うと、エマは杖を、まるで銃口を向けるかのように伊織へと向けた。
「ちょっとエマさん! 勝手に」
ドォンッ!
伊織の言葉を遮るのは爆発音。
そして、ベッドからは黒煙が上がっている。
エマが伊織を攻撃したのだと分かりギョッとなるも、
「さあユウさま。これで邪魔者は消えました。改めて、私が癒して差し上げます。精一杯ご奉仕いたしますから、もし至らない点がありましたら」
ドォンッッ!!
エマの言葉を遮るのは爆発音。
そして、俺の真横からは黒煙が上がって……
「げほっ! ごほごほけほっ!」
吸い込んじまったクソ! しかも目に入って沁みる!
「勝手に――」
未だ咽る俺の耳に、伊織の低い声が入ってきた。
「勝手に、ゆーくんをとらないでよ。せっかく私が疲れをとってあげてるのに、貴女の所為でまた疲れちゃうでしょ? ゆーくんを返して」
黒煙が上がっているのは、エマの首から上にかけてだ。
今までならビビってたところだが、前にもあったし、ましてさっきの今だ。流石に慣れちまった。
「それは私のセリフです」
煙の中から出てきたエマは、当然のように無傷だし。
「貴女のような異常者と一緒にいると、ユウさまは気の休まる暇がありません。それに、ユウさまを癒して差し上げるのは伴侶である私の役目です。分かったら、どこへなりへと消えなさい」
「何言ってるの? 消えるのは貴女。早く返してよ。ゆーくんは私が癒してるんだから。うぅん、私にしか癒せないの。だって私、全部知ってるもん。ゆーくんが喜ぶこと」
「演技ですよ。言ったでしょう? ユウさまはお優しいお方。貴女に気を使っているんです」
エマの言葉は軽いが、逆に俺は内心焦る。
まずい。伊織が今にもキレそうだ。何とかして機嫌を取らねば……
「ですから、あとは私に任せて、貴女は消えてください」
瞬間、伊織の下に紅黒い、複雑な文様を描いた魔法陣が浮かび上がったかと思うと、
「ちょっと――」
伊織が何かを言うよりも早く、おそらく転移魔法を使ったのだろう。伊織を部屋から追い出してしまった。
「まったく、本当に卑しい女……」
まるで汚いものを吐き出すかのように言ったエマ。
俺を見たかと思うと、ウットリとした笑みを浮かべ、先程までとはまるで違う、優しく甘い声で言う。
「お待たせいたしました、ユウさま。貴方のエマが、疲れをとって差し上げますわ」
次の瞬間、俺はベッドに仰向けに寝そべっていた。
そして、その真横にはエマがいて、俺に自分の体を押し付けるようにして、俺を抱きしめていた。
「あ、あの、ユウさま。いかがでしょうか? 私、体は清潔にしていますから、貴方様のためなら、どんな要望にも応えてみせますわ……」
そんなことを、間近で、恥ずかしそうに、それでいて期待するように言われたら……
「エマッ!!」
「きゃっ!?」
かわいらしい悲鳴が聞こえたと思えば、いつの間にか俺がエマを押し倒した格好になっていた。
状況を理解したらしいエマは、一度は腕で体を隠すような仕草をしたが、すぐに腕をどけ、真っ赤に染まった顔で俺を見てきた。
まるで、何かを求めるみたいに……
白い肢体に触れると、まるで電気を流したかのように体が震えた。
艶めかしい声が漏れるも、構わずに唇を塞ぎ、さらに体をまさぐった。
エマの体温は、まるで熱したように高くなっていく。
触れるたびに体を小さく震わせ、ために口から零れ出る吐息交じりの声。俺の手の中で、只されるがままに身を任せる銀髪の少女……
そんな彼女の表情が、声が、仕草が……
何もかもが俺を刺激し、さらなる行動に駆り立てた。
「エマ。俺、もう我慢できそうにない……」
「はい。はい、ユウさま……。私は貴方のものです。顔も胸も腕も足も、髪の毛一本に至るまで、貴方のもの。どうぞお好きになさってください。私はどんなことでも受け入れますわ」
そんなことを言われて、冷静でいられるはずもなく、
俺は一心不乱に、エマを求めたのだった――
やっちまった……
ホテルを出た俺は、頭を抱えたい衝動に駆られていた。
あそこまでするつもりはなかったのに、つい雰囲気に流されて。
いや、それもあるんだが……
「ふふっ。ユウさま、私は幸せ者です。あんなにも愛していただけるだなんて」
正直に言おう。
エマが魅力的だからっていう理由も大きい。
やべーな。なんかどんどんドツボにはまっていってる気がするが……
ま、いい。何とかなるだろう。こういうのは気楽に考えていかなきゃな。
俺は楽観主義者だ。どうやらそれ以外のことにはあまり意味がないようだ。
ところで、伊織をどこへやったのかとそれとなく訊いてみたところ、
「ふふっ、ユウさまは知らない方がいいかと。ただ、あの女にふさわしい場所、とだけ言っておきます」
とのことだった。
「……? 随分騒がしいですね」
大通りまで戻ってくると、エマが煩わしそうに言った。
確かに、大通りはちょっとした騒ぎになっていた。
特別人通りが多いというわけじゃない。ただ、そこかしこで人が集まって何事かを話している。
一体何話してんだ?
好奇心から近くで話を盗み聞くと、それは全く予想外の内容だった。
魔物を討伐しに行った皇女が、負傷したというのだ……
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