第26話

「随分と、ふざけた真似をしてくれますね」



 ドアを破壊し部屋に侵入してきたエマが言った。



「よりにもよって、この私の姿を真似るだなんて……」




 敵意どころか殺意に満ちたエマの声。



 それを受けて、エマが笑う。



「あら、偽者にしてはよくできていますね」(脩といるほうのエマ)


「黙りなさい。この出来損ないの偽者め……!」(侵入してきたほうのエマ)


 エマとエマの視線が交錯する。



 エマが二人……来るぞ!



 いやいや、来ねーよ。つーか……



「えっ!? どういうこと!?」



 なんでエマが二人いるんだ!? まさか……




「エマ、お前……双子だったのか……!?」




「違います」


 と、侵入してきた方のエマが言った。


 ……つーか、気の所為かな。答えるまでに、変な間があったような?



「伴侶の家族構成くらい、きちんと覚えてください。後でお仕置きをしなければいけませんね……」


「す、すまん……」


 あれ、これ理不尽じゃね?



「ユウ様。本物のエマは私です。もう、本物の伴侶くらい、きちんと見極められるようになってください。安心してください、私はお仕置きなんて、そんな酷いことしませんから。やっぱり、アレが偽物ですよね」


「ふん、なるほど」


 侵入してきたエマが、すべてを見透かしたように、そして軽蔑するかのように鼻を鳴らした。



「なんですか……? すごく嫌な笑い方……」


「あら、ごめんなさい。私、分かってしまったんです。あなたが、なぜ私に姿を変えたのか」


 侵入者のエマがクスリと笑う。



「考えてみれば当然です。ユウ様が心から愛してくださっているのは私だけ。あなたの本当の姿では、ユウ様の寵愛は受けられませんもの。

 だからあなたは、私に姿を変えた。自分では、どうすることもできないから。

 ……ふふっ。骨の髄まで負け犬ね、あなた」



 最後の言葉は、心の底から見下したような、憐れむような声だった。


 ……煽りすぎだろ。どうやら、あっちが本物みたいだ。となるとコイツは……



   「ふざけないでっっ!!!!」




 さっきまでの静かな声が嘘のような、大声が響き渡る。そしてこの声は……



「伊織……?」



 聞き間違えるはずもない。それは我が親愛なる元カノ、伊織だった。だが、姿はどこからどう見てもエマだ。


 ほんの一瞬、その姿が揺らいだように見えた。つぎの瞬間――



「私が貴女の姿を使ってやってるのには、ちゃんと理由があるの。これは――」


「当てましょうか」


 エマが伊織の言葉を遮るように言った。



「貴女、ユウさまに恩を売るつもりだったのでしょう? 私の姿をしてユウさまを監禁し、その後で自分が救世主として現れる。そうすれば、ユウさまは私を見限り貴女を抱きしめる……私を陥れ、ユウさまを独り占めしようとしたのでしょう? ふふっ、浅はかな女ですこと」


 エマの口調は嘲笑うようだった。


 反対に、伊織の周囲の空気が冷えていくのを、俺は肌で感じ取った。


 ま、まずいぞ。これは……



「うるさいっ!!」



 伊織がブチ切れる、合図だ。



「せっかくゆーくんと一緒に暮らせると思ってたのに、どっか行ってよ邪魔なんだよっ!!」


 この状態になった伊織に殺された経験を持つ俺は秘かに恐怖に震えるも、エマは今朝の怪訝な態度から一転、余裕綽々だった。


「せっかくゆーくんと二人になるために貴女に『ゆーくんが貴女の料理を食べたがってる』って言って追い出したのに! どうして戻ってくるのっ!!」


「ああ、それは……」


 と、エマは自分の後ろ……部屋のドアを視線で指す。そこには、



「彼女が教えてくれたんですよ。貴女がよからぬことを企んでいることを」


 ピンク色の髪をした幼女女神が一柱。


「へえ」


「ヒィッ!?」


 恐る恐る中の様子を窺っていたらしいプロ助は、伊織に一睨みされて飛び上がらんばかりにビビっていた。



「プロ助ちゃん、喋っちゃったの? 秘密にしてねって、ちゃんと頼んだのに……」


 せっかく姿を変える魔法をかけてくれたのにそれも台無しだね、と伊織。


 ……それもプロ助の仕業か。



「だ、だってっ、ぇ……エマがぁっ!」


「あら、私の所為なんですか?」


「ヒィイイイイッ!?」


 ……なんか、アレだな。流石に可哀そうになってきた。



「落ち着け二人とも。冷静に落ち着くんだ。ね? いったん落ち着いてさ、お茶でも飲んで話し合おう。ほら、エマも座って。ずっと立ったままだと疲れるだろう?」


 と、ベッドに横になったまま言う俺。だってまだ体が動かないんだもの。



「ユウ様」「ゆーくん」



「アッハイ」


 二人から名前を呼ばれ、自然と背筋が伸びる。



「これは私たちの問題です。このメスには、きつい灸をすえてやらないといけませんから」


「それはこっちのセリフ。私とゆーくんの邪魔をする奴は、誰だろうと許さないから……」



 マズいぞ。これはマズイ。この二人が本気で激突したら、ここら一帯が焼け野原になりかねない。



「では、こうしましょう」


 エマが人差し指を立てて言った。



「私たちで、ユウ様に精一杯ご奉仕をするのです。ユウ様のお世話を、すべてさせていただく……。そのうえで、一体どちらがユウ様伴侶に相応しいか、選んでいただくのです……」


「ふぅん、あなたにしてはいい考えだね」



「いや、ちょっと……」


 

「ではユウ様」


 瞬間、俺は自分の体が魔力宙に浮くような感覚に襲われ、気づいた時にはエマの腕の中にいた。


「これからは、私が身の回りのお世話をします。いつも通りに」


 言いながら、自分の体を俺に押し付けるようにして抱き着いてくる。



「だからさ……」



「!! ちょっと貴女何してるのっ!?」


 それを見たエマは、血相を変えて駆けてきたかと思うと、エマの反対側から同じようにして俺を抱きしめてきた。


「うぅん、ゆーくんは私がお世話してあげる。今までとおんなじだよ。だってゆーくん、私がないとダメなんだもんね」



 ちょっと俺にも喋らせてくれよ。


 という言葉は……



 体の両側から押し当てられている柔らかな感触と、押し特有の甘い匂いに上書きされ、どこかに消え去った。




 そんなわけで、恐怖の同居生活、開始。




「うぅっ、もうやだぁ……ぐすっ」


 ……始まる前から慄いてる女神がいるが。

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