第25話

 それは朝食を済ませた後のことだった。


「はあぁ~~~~……」


 自室に戻り、ベッドに寝転がり思わず出た大きなため息。


 それは一人きりだと思い、出てしまったんだが、



「ユウさま……」


 いつの間にか俺の部屋にいたエマが、何やら悲壮な顔で俺を見ている。


「どうしたんだ? つーかいつの間に入って……!?」


 突然のことに体が強張る。エマに抱き着かれたからだ。


 ……美少女に抱き着かれてるのにな。まずは最初にビビるんだよな。それもこれも伊織の所為だぞクソ。



「申し訳ありませんユウさまっ! 私としたことが、ため息をつかれるほどお疲れたのに気付かないだなんて!」


 ああ、そういうことか。


「いいんだよ、エマ。気にしないで。体調管理は俺の責任……」


「いいえっ!」


 エマは俺の言葉を遮るように言った。



「私の責任ですわ! だって私は、ユウさまの伴侶ですもの。……お辛かったでしょう? でも、もう大丈夫です。今楽にして差し上げますわ」


 ……なんか、今から殺されるみたいなセリフだけど大丈夫だよな、これ。


 と、一瞬身構えたが、



「私がマッサージをして、癒して差し上げますわ……身も心も」


 俺も視線は、一点に止まる。


 エマの、露になった黒い下着に。



 いつかのように、黒いレースのフリルのついた細布が太ももに巻き付けられている。


 そしてその奥には……やはりいつか見た、黒いレースの下着があるのだ。


 もともと短いスカートをめくりあげるものだから、すべて露出してしまっていた。



 そういや、そのキャットガーター、伊織がよくつけてたなあ。


 ストッキングを着用せず、生足で過ごすための下着。俺が足フェチだからなあ、うん。



 なんて考えている間に、エマがベッドに上がり俺の上に覆いかぶさるような格好になった。


「さあユウさま。精一杯ご奉仕させて頂きますわ……」


 ちょっと頬を赤らめて、そんなことを言われたら、



「エマッ!!」


「きゃっ!?」


 妙にかわいい悲鳴が聞こえ、気づけばエマと俺の位置は逆転、俺がエマをベッドに押し倒したような格好に変わっていた。



「そんな恰好で俺を誘惑するなんて、エマはいけない子だな」


 髪を撫でると、エマはくすぐったそうに、それでいて嬉しそうに目を細めた。


 顎を指で挟んで上を向かせて、そっと口づけをする。



 キスをしつつエマの胸に触れると、体がビクンと震えた。


 服をまくり上げ、背中に手をまわしてブラのホックを外す。


 羞恥からか、エマの顔はさらに赤くなって、直接触れるとついに声が出た。



 口からは微かな吐息が漏れ、それが余計に俺を行動へと駆り立てる。


 胸を触っていた手が下へのび、スカートの中へと入る。めくりあげると、さっきも見たキャットガーターから、その奥の黒いレースの下着までが露出した。



「んっ、ぁん……っ」


 エマの艶めかしい声が耳に届き、自分の心臓が大きくはねたのが分かる。


「ゆ、ゆう……ぁっ……んんっ」


 普段はアレなくせに、俺の手の中で悶えるエマ。


 その姿に、俺はいよいよ止まらなく……



 なった、そう思った時だった。


 急に体から力が抜けてしまった。


 まるで糸が切れたように、ベッドにごろんと転がってしまう。……あ、あれ?



 な、なんだ? 一体どうなってるんだ?


 その疑問への答えは、すぐに帰ってきた。エマの静かな笑い声だ。



「え、エマ……?」


 同時に、俺の頭はどんどん覚めていく。


 さっきまであった体の中心に血が集まっていく感覚も、今は拭ったように消えている。


 この時点で予想はついていたが、


「ようやく効いたようですね」


 という言葉で確信した。



 仰向けに寝そべった俺の上に、またエマが跨った。


「お料理の中に薬を入れたんです。もちろんユウさまのために。だってそうすれば、これからは二人きりで過ごせますもの。他の人たちには出て行ってもらいましょう。大丈夫、ユウさまのお世話はすべて私はしますから、何も心配はいりませんわ」


 エマは妙にうっとりとした表情で、合わせた手を頬に当て、しかしエメラルドの目には暗い光を宿らせている。



 クソッ、俺としたことが油断した!


 伊織との間に挟まれて、そこまで気が回らなかった。



 でも……まあいっか。


 いやよくはないが。俺にはプロ助の加護とやらがあるからな。薬の効果はじきに切れるだろ。


 その後でまた考えよう。とりあえず、今はエマを刺激しないようにしないとな。



「……こんなにうまくいくなんて」



 そのとき、なにか声が聞こえた気がした。だが、その声はかなり小さく、俺にはその内容までは聞こえなかった。



「エマ? 何か……」


 言ったか? そう続けようとしたが、




 ドォンッッ!!




 それを轟音が遮った。



 それは、家の壁が破壊された音だった。



「なっ、なんだ!?」



 思わず声を上げる。ついでに上体も起こす。



 俺の視線の先で、粉塵の中、ゆらりと人影が蠢いた。




「まったく、随分と、ふざけた真似をしてくれますね……」




 そして聞こえてきたのは、聞きなれた声。




「この……クソ虫が……ッッ!!!!」




 まるで汚いものを吐き出すかのように、忌々しく吐き捨てたのは……




「え、エマ……?」




 今、俺と一緒にベッドにいるはずの、エマだった――

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