第23話 嵐の前の……

「はい、ゆーくん、あーんして」


 いつもはエマが食べさせてくれる朝食を、今朝は伊織が食べさせてくれる。見た目は卵焼きだが、何の卵かは知らない。……魔物とかだったらヤダなあ。



「この世界、食べ物は私たちの世界とほとんど変わらないんだね。びっくりしちゃった」


「ああ、まあな……」


 創った奴が適当だからな。



「ユウ様、いけません」


 朝一から、エマの声が低い。



「そんな得体の知れないものを食べては。私の料理を食べてください」


 と言って、エマは俺の顎を掴むと無理やり自分の方を向かせる。


 ゴキッ、と嫌な音が鳴った気がしたが、もう気にしない。つーか、する余裕がない。




「得体が知れないのはあなたでしょ? 何当たり前みたいにゆーくんの隣に座ってるの? ゆーくんの隣にいていいのは私だけなんだから、退いてよ……今すぐ……! ねえ、退いて……!」


「あなたこそ退いてください。というか、ここは私とユウ様の屋敷ですよ。どうぞ遠慮なく消えてください」


「あなたがどっか行ってよ。私とゆーくんはいつでもいっしょなの。当然だよね、だって私たちは、夫婦なんだもん」


「ふん、またおかしなことを。ユウ様、耳を傾けてはいけません。腐ってしまいますよ。妻の私の言うことを、聞いてくださいますよね?」


「あはっ! あはははっ!! ゆーくんゆーくん、この女おかしいよ! 腐ってるのは自分なのに! おっもしろぉい!」




 こんな会話の中心じゃ、些末な問題だ。


 屋敷で一緒に暮らすと言い出した伊織は、まるで我が家のように屋敷に居座っている。



 あ、ちなみに、全壊した屋敷はエマが魔法で元に戻した。


 建物を完璧に元に戻すには、その構造や造り方を完全に把握してなくちゃいけないらしいが、壊れる前とすっかり同じに戻っていた。……どこかの錬金術師みたいだよな。


 でも……なんか、また壊れそうな雰囲気だ。



「ゆーくん……?」


 思わずため息をつきそうになっていると、伊織から不穏な空気が……。



「どーして何も答えてくれないの? まさか……その女の味方をしてるわけじゃないよね……?」


「いや、そういうわけじゃ……」


「ユウ様、なぜその女の肩を持つんですか……? 昔の女だからといって気を遣う必要はありません。どうぞ正直になって下さい」


 …………これ、詰んでね?


 右へ行っても左へ行っても死が待っている。



「ちょっと二人とも!」


 と思ったら、前方に逃げ道があった。


「やめなさい朝から! 全くみっともない。アプロディーテ様も怖がっているじゃない」



「べ、別に怖がってないぞっ!」


 と言っているが、この女神、アーディの後ろに隠れながらこのセリフを言っている。


 エマにはそれほどビビッてなかったのに、伊織にはマジでビビってんなコイツ。



「伊織、あんまりプロ助をイジメないでやってくれ」


 だがこれはチャンス! 話の中心を俺からプロ助にすり替えてやる!



「そいつちょっと人見知りするんだよ。だから優しくしてやってほしいんだ」


「わたしは人見知りというわけでも……ひぃっ!?」


「大丈夫だよプロ助ちゃん」


 いつの間にか、伊織はアーディとプロ助の背後に移動していた。



「私、全然怖くないからね。一緒にご飯食べよう? ゆーくん、見てて。私、プロ助ちゃんとは仲良くできるから」


 などと供述していたが、


「ユウ様、朝食は外で取りましょう。この女は危険です」


 というエマの言葉に、


「なにそれ……危険なのはあなたでしょ……? 私はゆーくんの頼みを聞いてるのに、どうして何もしていないあなたがゆーくんの隣にいるの……ッッ!? ゆーくんから離れて!! 離れろよこの、アバズレ!!!!」


「痛い痛い痛い痛いっっ!! 爪が! 爪が腕に食い込んでる!! 血が出るうっ血するぅっっ!!!!」



 涙目で叫ぶプロ助。


 …………いや、もうさ…………


 うるさい。


 テンションと文字がうるさい。


 朝っぱらから何してんだコイツら。もっと静かにしてくれ。俺は低血圧なんだよ。



「あら怖い。ここにいたら、きっと私、殺されてしまいます。ユウ様、逃げましょう。もちろん、一緒に来てくださいますよね……?」


「おまえっ! こっちが下に出てれば付け上がって!! ゆーくんを離せっ!! はやくっっ!!」


「痛い痛い!! ほんっとに痛いっ! 骨がっ! 骨がミシミシいってるぅ!!」


 伊織の剣幕にも全く気圧されることなく、エマは見せつけるみたいに俺に体を押し付けてくる。



「哀れなメスですね、見苦しい。あなた、自分がユウ様の足を引っ張っていること、自覚がないんですか?」


「止めなさい。このままじゃ袋小路よ」


 アーディが疲れたように言った。まだ早朝なのに。



「あなたたちは一度落ち着いて話し合ったほうが……ででででででででっ!?」


 パンの上に目玉焼き(何の卵かは不明)を置いて食べようとしたアーディの手首……エマは右、伊織は左……を掴み、思い切りねじっていた。



「あなたも学ばない人ですね。この食事は、私が、ユウ様の為に、作ったものです。何を当たり前のように食べようとしてるんですかバカなんですか?」


「そうだよ。これは私が、ゆーくんの為に、作ったものなのに……どうしてあなたが食べるの……? ゆーくんがお腹を空かせたらどうするの……!? 責任取れるのっ!? ねえっ!!」


「わ、分かったわよ悪かったわよ! だからお願い止めてぇ! 人間の手首はその方向には曲がらないからぁ!!」


 二人から逃れたアーディは、涙目だった。



「君たち、冷静に落ち着きなさい。そんなこと言わずにさ、食事は皆でした方がいいだろ? アーディも入れて皆で食べようよ」


 さすがに不憫なのでそう言うと、


「……ユウ様がそう仰るなら」


「ゆーくんがお腹いっぱい食べた後なら……」


 妥協(?)してくれた。



 つーか、この状況はマズイ。俺はもちろん、プロ助の精神とアーディの体がもたない。


 早く何とかしないと……




「は? 何言ってるんですか? 朝食を作ったのは私ですよ。私が、ユウ様の為に」


「貴女こそ何言ってるの? これは私が作ったの。だって、私は四百五十八回もゆーくんの朝ごはん作ってるんだもん。だから、これも私が作ったものだよ」


「……まったく、なんて愉快なメスでしょう。数は関係ありません。肝要なのは質と愛情。いずれも私のほうがより優れています」


「ねえ、知ってる? 人間の細胞って、二か月でほとんど入れ替わるんだって。つまり今のゆーくんは私が作ったの。だからゆーくんは私のモノなの」


「貴女頭が悪いですね。ユウ様がこちらにいらしてから、お食事は全て私が用意しているんです。つまり、今のユウ様のお体は私が作った。従ってユウ様は私のモノです」


「屁理屈ばっかり。ゆーくんのこと何も知らないくせに……」


「ふん、何も知らないのは……」


「黙れっ!!」


 伊織が急に声を張り上げたので、ビビるアーディとプロ助。



「私はゆーくんのことは全部知ってる! だって、ずっと一緒にいたしこれからもいるんだから、知らないはずないっ!!」


「ふふっ! ついに正体を現しましたね。貴女はただ、〝知っている〟と思いたいだけ。なんて無知蒙昧な……」



「黙れぇっ!!」



 あ、ヤベ。伊織が爆発寸前だ。早く止めないと。


「伊織、さっきから喋ってばっかりで喉渇かないか? 落ち着いてミルクでも……」


 しかし、時すでに遅し。



「死ねこのメス豚ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」


「いいえ。死ぬのはあなたですよ」



 カッ!


 と、辺りが光に包まれたかと思うと、




 ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!!!




 爆発した。


 ……………………ヤバいなこれ、だれか助けてくれ。

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