第6話

 翌朝。


 朝食をとった、そのあと。


「考えたんだけど、家を買わない?」


 そう切り出してみた。



「家……? 急にどうされたんですか?」


「ずっとホテル暮らしってわけにもいかないだろ? だから、落ち着ける場所があったほうがいいと思うんだ」


 毎日のように魔法で記憶を書き換えるってのも、なんかアレだ。この世界にも警察的な組織は当然あるだろうから、下手なことして目をつけられても困る。そう考えての発言なんだが、



「ユウ様……っ」


 エマは感動したように口元を押えている。


「私とのことをそこまで考えて下さるなんて……分かりました」


 エマは何かを決意した様子でうなづく。



「そういうことでしたら、全てこの私にお任せください。必ず、ユウ様のお役に立って見せます」


 と言って、エマは昨日貰った小袋から金貨を四枚俺に渡し、そそくさとどこかに消えた。


 止めてもムダそうだし、ここは言われた通りにしておこう。


 ……嫌な予感がするが。




 エマから渡された金で食べ歩き開始。……懐かしや。殺される前もよくやってたっけ。


 つーか、この世界食べ物も前の世界と似てる。エマが作ってくれたのもそうだけど。


 リンゴやオレンジっぽい果物や、キャベツっぽい野菜、たこ焼きやクレープまである。


 ギャンブルは……カジノが近日中にオープンするのか。機会があったら行ってみるか。




 それから二時間くらいたって、


「ユウ様っ! お待たせしました!」


 エマが満面の笑みを浮かべて戻ってきた。



「一緒に来ていただけますか? お見せしたいものとお渡ししたいものがありますので」


 言われるままエマについていくと、


「ご覧ください! 今日から、ここが私たちの愛の巣ですっ!」


 手のひらで家を指し、やはり笑顔のエマ。



 その先にあるのは……


 家……というより、屋敷だった。


 二階建ての、庭に噴水とかある屋敷。



「ここ、どうしたの……?」


 なんか、いやな予感がするが、とりあえず訊いてみる。


「譲っていただきました」



 ………………………………



 どうしよう。メチャクチャ嫌な予感がする。


「さあユウ様、屋敷をご案内します。こちらへ」


 屋敷の中は部屋数が多く、娯楽室もあるらしい。なんかビリヤードとか置いてあった。あと風呂が広い。しかもサウナ付き!


 それに対する俺の反応は、


「おお……」


 だった。



 なんかもう、それしか出てこない。


 ヒモ……もといジゴロやってたが、こんな屋敷には住んだことないし。何なら実物を見たこともない。


「よかった。ご満足いただけたみたいですね」


 エマは満足した様子。



「ユウ様。これからは、私がユウ様のお世話をします。着るものも食べるものも、すべて私がご用意しますので、それを使ってください。他のものは一切使ってはいけません。今着ているお洋服も、捨てていただきます。いやとは、言わせません……でも、ユウ様はきっと仰いませんよね?」


「いやです」


 なんて、もちろん口に出せるはずもない。 



 そして、俺の冷や汗が止まらないのは、エマのセリフと迫力だけが原因じゃない。


 だってこの屋敷、ところどころ争った形跡があるんだもの。




「いた! あの女だっ!!」




 予感的中。


 怒号と共に、屋敷にガラの悪い男たちが乗り込んできた。



「なんですか? ワラワラと鬱陶しい……」


 一秒前までの甘ったるい声と雰囲気を一転させ、海の底よりも冷たい声のエマ。



「なんですかじゃねぇだろっ!! 急に俺たちの屋敷に入ってきたと思ったら訳の分かんねぇこと言って俺たち全員を追い出しやがって! 舐めてんのか!?」


 大層ご立腹なのは、筋骨隆々の体に袖をギザギザに切った、なんか世紀末っぽい服装の男。


 そいつの周りには、細身の男や背の高い男、小柄な男なんかが武器を持ってエマを睨みつけている。



「訳の分からないことではありません」


 が、エマはあくまでも冷静だ。


「この世界のモノは、すべて私のモノ。私のモノはユウ様のモノ。そしてユウ様は私のモノ……したがって、この屋敷も私たちのモノなんです」


「やっぱり訳が分からねぇじゃねぇか!!」


 ジャイアニズムにキレる筋骨隆々の男。そらそうよ。



「てめぇら、俺たちが誰だか分ってねぇみてぇだな! 俺たちは強盗団! そしてここはそのアジトだ! さっきは不意打ちで後れを取ったが、この人数には勝てねぇだろ! 覚悟しや――」


「黙りなさいっ!!」


 急に大声で遮るエマ。ビビる強盗団(自称)だが、俺はビビらずすんだ。元カノのおかげで慣れてるから。


 つーか筋肉男、てめぇ〝ら〟って言った? ひょっとしてその〝ら〟には俺も入ってるのか?



「ポッと湧いて出たゴミムシの分際で……私とユウ様の時間を邪魔するなんて……万死に値します!!!」


 激しく顔を歪めて、エマは杖を前にかざし、



「――――――――」



 何事か呟く。瞬間、




「あっつぅうううううううううううううううっっ!!?」「ぐあああああああああああああっ!!」「な、なんだよこれぇっ!?」「てめぇなにしやがったぁっっ!!?」




 絶叫する強盗団たち。



「あっはぁ、いい声……」


 恍惚とした表情のエマに、筋肉男が焦った声で訊く。



「てっ、てめぇえええええええ!! 俺たちに何しやがったあああああああっ!!!」


「別に何も。ただ、貴方たちの体温を操作して、ギリギリ意識を保ててギリギリ死なないくらいまで上げただけです」


「な、なぁにぃいい!? 人の体に直接干渉する魔法は、国の許可がない限り禁止されてるはずだぞ!!」


 強盗団が法を語るのか……(困惑)。



「大丈夫です。貴方たちのようなゴミムシが死んだところで世間は悲しみません。だから……安心して死になさい」


 ヒィッ、と強盗団から小さな悲鳴が漏れる。


「ああ、そうそう、言い忘れていました。この魔法、術者から離れると効力も薄れます。もし、まだ生に未練がある場合は、即刻この屋敷から出ていくことをお勧めします」


 強盗団たちは顔を見合わせると……



「お、覚えてろよ!」「このままじゃ済まさねぇからな!」


 そんな捨て台詞とともに屋敷から出ていった。


「ユウ様、申し訳ありません。汚らわしいゴミムシどものせいで、いやな思いをさせてしまいました。でも、ご安心ください。ユウ様に仇名すもの、降りかかる火の粉はすべて、このエマが振り払って差し上げますから」


 ウットリした表情で言うエマ。


 つーか……うん、今のは俺じゃなくてエマにかかった火の粉だけどな。



 …………この家、カタギが住んで大丈夫系なのか……?

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