第2話 出会ってしまった二人

 俺の目の前を大剣を背負った大男が通り過ぎて行った。


 俺のことを不審そうに見ていたが、俺のほうこそ、そいつを不審そうに見ていたことだろう。


 周りを見回すと、草原っぽいところに突っ立っている俺――逢沢 脩(あいざわ ゆう)は唸り声を上げる。


 ……っていうか、ここはどこだ? 俺は何してたんだっけ?


 考えて、思い出した。




 俺、殺されたんだ。彼女に。




 あの女、迷いなく心臓を狙ってきやがった。我が彼女ながら大したもんだ。


 ……なんてこと言ってる場合じゃない。一度状況を整理しよう。


 自分で言うのもなんだが俺はジゴロだ。女を口説き、そいつから巻き上げた金で生計を立てていた……というか、居候してた。通称、ヒモ。



 だけど……アレだな、同時に何人も相手してたのが悪かった。嫉妬深い彼女1に刺されて、死んだのである。


 一応、自分でも悪癖っていう自覚はあるんだ。でも気づいた時には手を出してるんだから、やっぱ悪癖としか言えない。


 あれ? でもいつ殺されたんだっけ? ああ、そうだ、コンビニから帰ってきたときだ。証拠に、俺の手にはコンビニで買ったホットスナックやパンが入った袋がある。エコバッグを忘れたから袋代取られたっけ。ま、俺の金じゃないからいいけど。



 いや、よくない。俺死んだんだぞ。享年二十二歳だぞ。


 てことは、ここは死後の世界ってことか? 俺みたいなやつでも地獄に行かずに済むんだな。ああ、よかった。


 さっき大男がいたし、人はいるらしい。とりあえず人を探そう。むさくるしい野郎に見られて気分が悪いし、取り急ぎ女子を探す。できれば俺好みの美少女を!



 そんなわけで草原を歩いていると、遠くに人が倒れているのが見えた。


 ジゴロたる俺の目は見抜く。さっきみたいな大男じゃない! 女の子だ!



「君、大丈夫かい?」


 気取った声で話しかけるも、少女は無反応。いや、少しだけど示した。「うぅ……」という、か細い声を。


 怪我でもしてるのかと思い、うつ伏せなのを仰向けにするが、怪我はないらしい。じゃあ、どうしたんだろう、と考えていると……



 グゥ~~~~。



 地響きかと思うくらい、すごい音が聞こえた。……今のってまさか……




 パクパクムシャムシャ!!


 という音が聞こえそうなくらいの勢いで、女の子はパンを口に運んでいき、


 一分かそこらで、女の子は俺が渡したホットスナックとパンを食べ終え、パックのジュースまで飲み終えた。



 食べ方や飲み方が分からないらしく、いちいち教えるという面倒はあったが、そんなことは気にもならない。


 だって、目の前の魔法使いっぽい子が、超かわいいから。


 小づくりな顔に、アーモンド形の大きな瞳は、まるでエメラルドみたいに綺麗だ。


〝魔法使いっぽい〟というのは、格好がそれっぽいから。


 大きな黒い帽子と黒いマントに、左眼には黒い眼帯。かなり短い黒のプリーツスカートを穿いて、両手には黒い手袋をはめている。対照的に、髪やまつ毛は雪みたいに真っ白だ。服が全体的に黒いからか、スカートから除く白い太ももが妙に艶めかしい。



「ありがとうございます。おかげさまで助かりました。見ず知らずの私を助けて下さるなんて、なんてお優しい方……」


 なんて言いながら、心なしかウットリした目で俺を見てる気がする。


 反射的に、背筋にゾクリと悪寒が走る。


 は、話を変えよう。



「ところでさ、なんで倒れてたの?」


「はい、それが……私としたことが、魔法を使いすぎてしまったようです」


 女の子はニコリと笑って自己紹介をする。



「申し遅れました。私は……エマ。エマ・リリーです。よろしくお願いします。覚えていただけると、嬉しいです……」


 名前からするに、日本人じゃなさそうだ。でも言葉は通じてるな。あの世は全員日本語で喋るんだろうか。


「俺は……えぇと、ユウ・アイザワです。こっちこそ、よろしく」


 俺も名乗ると、リリーはまたウットリした顔になって何事か呟いていたが、小さすぎて聞こえなかった。


 なんて言ったんだ?



「さっき、魔法を使いすぎたって言ってたけど……」


 魔法使いっぽいと思ったら、マジで魔法使いだったのか?


「はい。私、魔法を使いすぎるとお腹が減ってしまうんです。お恥ずかしい……」


 リリーは言葉の通り、恥ずかしそうに頬を染める。



「あの、ユウ様? もしよろしければ、私の……」


 そのとき、リリーの声を遮るようにして、ドン! と轟音が響き渡った。


 俺は慌てて振り返り、そして、思わず息をのむ。




「――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!――」




 目の前に、怪物がいた。


 全長三メートルくらいの、ぶっとい丸太みたいなのを持った、RPGなんかに出てくるオークみたいなやつが。



「おい、何だこのTHE・モンスターみたいな奴!?」


「なにって……ただのジャイアントオークですよ?」


 俺とは対照的に、落ち着き払った様子のリリー。


 ……なんつーか、明らかに年下の女の子が冷静なのに大の男が動揺するって、すごくカッコ悪い気がする。それにジゴロとしてのプライドが許さん。


 そう考えると、急に落ち着いてきた。



「大丈夫です、ユウ様。私にお任せを」


 そう言って、リリーは立ち上がると杖を持って俺の前に立つ。


 そう、杖……。俺がリリーを魔法使いと思った理由は、身の丈ほどの長さの杖を持っているからでもある。


 ジャイアントオークはリリーを〝獲物〟として認識したらしい。雄たけびを上げて丸太を振り下ろそうとする。


 対するリリーは、静かに杖の先端をジャイアントオークへ向け……




「――――――――」




 何事か、呟く。


 瞬間、


 ジャイアントオークの足元に、複雑な文様を描いた巨大な魔法陣が浮かび上がり、陣の内部は一瞬で〝紅黒(あかぐろ)い光〟に包まれた。 



「……っ!」


 そして光が晴れたときには、ジャイアントオークは跡形もなく消え、代わりに緑色に輝く石が落ちていた。


「まったく、私とユウ様の時間の邪魔をするなんて、このゴミ虫が……!」


「り、リリーさん?」


「ユウ様! ご覧いただけましたか!?」



 突然、リリーが声を上げて詰め寄ってきた。


 なんかすごい毒を吐いてた気がしたけど気のせいだよな、うん。


 つーか、さっきから様ってなんだ様って。


 ……ま、いっか。美少女に〝様〟付で呼ばれるって、なんかこう……支配欲が満たされる感じするし。



「私の魔法、いかがでしたか? こう見えても、私、最強の魔法使いなんです!」


「すごいね。思わず見惚れちゃったよ」


 とりあえず褒めておこう。



 ――相手が乗っているときはこちらも合わせる。



 それが鉄則だからな。


 見れば、エマは驚いたような、それでいて嬉しそうな顔をしていた。



「ところでさ、リリーさん」


「リリーさんだなんて。どうぞお気軽に〝エマ〟とお呼びください」


「エマ」


 ここは素直に呼んでおく。相手が乗っている時は以下略。



「この辺りのこと教えてくれない?」


「はあ……この辺りの、ですか? 構いませんが……」


 褒められて嬉しそうだったエマの顔が怪訝に染まる。


 仕方ない、口から出まかせでごまかせ! 口先三寸は俺の十八番!



「じつは俺、記憶喪失なんだ。名前は覚えてるけど、それ以外の記憶がなくて……」


 俺はちょっと愁いを帯びた表情を作り、さも深刻そうに言う。


 すると、怪訝だったエマの顔がみるみるうちに同情的になっていく。



「ユウ様……なんてお可哀そう……珍しい格好とお名前ですし、ひょとしたら外国の方かもしれませんね。お任せください! 私が何でもお教えします」


 優しい。ちょっと罪悪感がないでもないが、この程度を気にしていてはとてもジゴロはできない。俺の面の皮の厚さは自他ともに認めるところだZE☆!


「どこからご説明しましょうか……では念のため、一から説明させていただきますね」


 エマはそう前置きしてから、



「私たちが暮らしている国は『リーベディヒ』といいます。


 この世界には〝魔力〟というものが存在します。魔力は地面の中を流れており、それは人体の血管のように複雑に張り巡らされています。


 私が魔法を使えるのは、その魔力の流れを詠み、引き出しているからです。魔法の使い道は……さっきのようにゴミ虫を排除することや、ほかにも日常生活でも使用する場合があります」



「ふーん。あのさ、さっきの怪物ってさ、他にもいるの?」


「はい、たくさんいます。でも、それを説明するには王都に行ったほうがしやすいですね」


「オート?」


「ええ。さあ、ともに参りましょう!」


 と、エマは俺との距離を詰めてくる。


 言葉に呼応するように、俺たちの足元に複雑な文様を描いた魔法陣が浮かび上がり――



 つぎの瞬間、景色が変わった。


 石畳の地面に中世ヨーロッパを思わせる街並み。冒険者風の格好をしている男や騎士っぽい恰好をしているやつ……様々な人間たちが街を闊歩している。


 ほんの一瞬瞬きをしただけなのに……さっきのは転移魔法的なアレか?


 驚く俺に、エマは言う。



「ようこそ、『リーベディヒ』帝国へ」

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