第3話

「ここ、どこなんだ……?」


「『リーベディヒ』帝国、その王都です」


 エマに言われて周囲を見る。そこに広がるのは中世ヨーロッパ的な、言ってしまえばRPGでよく見る街並みだった。遠くには、純白の大きな城も見えた。


「ユウ様の仰る怪物についてご説明します。さ、こちらへ」



 そうして連れていかれたのは〝換金所〟と看板の出ている店だった。


 中は結構賑わっていた。男も女も、冒険者や戦士のような恰好をしているやつが多い。


 壁には張り紙がしてあって、その前には人だかりができている。そこには魔物の討伐依頼なんかの張り紙があった。


 が、エマはそれには目もくれず、一番奥にある受付っぽいところへ直行した。そして、



「すみません、換金をお願いします」


 黒マントの内側からなにかを取り出す。それは手のひら大の、緑色に輝く宝石だった。


「お預かりします……あら?」


 受け取った受付の女性が驚いたような声を出した。


「こ、これ……ジャイアントオークの〝魔石〟じゃないですか!」


 その言葉を聞いた周りの奴らがざわめきだす。




「な、なんだって……?」「まさか、あの子が倒したってのか?」「『騎士団』でも手を焼いていた化物を……!?」「まさか……」




 なんかめっちゃ驚かれてるな。


「そんなにすごいこと、なの?」


 訊いてみると、


「当然じゃないですか!」


 とのこと。いや、それより……



「君、ずいぶん詳しいね」


「え? はい。一応、換金所の職員ですから。基礎くらいは……」


 ちょっと照れ臭そうに髪をいじっている姿は中々かわいい。そうそう、こういう素朴な感じだよ俺が求めてたのは!



「そうなんだ。実はさ、俺、こういうことにあまり詳しくないんだ。だからもしよかったら教えてく」


「ユウ様」


 俺の言葉を遮るようにして、エマが言う。



「随分と仲がよろしいのですね。お知り合いですか? でも、さっきは記憶喪失と仰いましたよね?」


「いやいや、ちょっと気になったから訊いてみただけだよ」


 ニコリ、と笑みを返しておく。


 ……あっぶねー。つい、いつもの癖で。



「し、少々お待ちください!」


 エマの剣幕にビビった女性は奥に引っ込んでしまう。……なんか懐かしいな。前世でもよくこういうことあったっけ。仕方なくエマに気になったことを訊いてみると、


「ジャイアントオークは、LEVEL5の魔物なんです」


 エマは何でもないみたいに言う。



「魔物はLEVEL1から5までにランク分けされているんです」


 曰く、LEVEL5は高度な訓練を受けた騎士が100人がかりで相手にしないと倒せないらしい。


 エマはそれを一人で、しかも一撃で倒したのか。なんてヤベーやつ……さすが自称最強の魔法使い。やっぱ、コイツは怒らせないようにしなきゃな。



「倒した魔物はこうして〝魔石〟と呼ばれる結晶に代わります。それを換金所に持ってくると、お金と変えてもらえるんです」


 まもなく、女性が戻ってきた。


「申し訳ありません。偽物を使った詐欺の可能性もありますので、一応調べさせていただきました」


「失礼な。本物ですよ」


「はい。確認いたしました。こちら、賞金になります。ご確認ください」



 ドン。



 と、妙に重量感のある音と共に、灰色の小袋がカウンターの上に置かれた。金……かな?


 エマは小袋の中から金貨を取り出し、それをかざして両面を確認する。


「たしかに。さ、ユウ様、参りましょう」



 俺はエマの後を追おうとして、壁の張り紙が目に入った。そこには、最近出没する強盗団の情報を求むということが書かれていた。


 どの世界も物騒だなあ……



「きゃっ!?」


 紙に集中していたので、誰かとぶつかりそうになってしまった。反射的に手を伸ばし、その華奢な体を支える。



「ごめん。大丈夫?」


 すると、彼女は呆気にとられた顔をして、


「うぅん、そっちこそ」


「いや、俺も大丈夫だよ。それより、よかった。君に怪我がなくて」


「なにそれ。変なの」


 と、ちょっと照れている。この冒険者風の彼女、見た目は派手だが中身はピュアっぽい。いいね! そういうのも……



「ユウ様」


 と、俺の思考を遮る声。


「誰ですかそれは。全く、ほんの少し目を離した隙にこれだなんて。まさか……」


「いやいや、何でもないよ。ぶつかっちゃったからさ、謝ってただけ! ごめんね、それじゃあ」


 早々に話を切り上げ、換金所を後にする。


 そこで、話を変える意味も兼ねて手配書っぽい紙のことを訊くと、



「この国を脅かすのは魔物だけではありません。〝お尋ね者〟もいますから」


 どの世界も、世界平和ってわけにはいかないらしい。


「まあ、いいです。ではユウ様。こちらをお納めください」


 と、さっきもらった小袋を差し出すエマ。



「おう、サンキュ」


 やべ、反射的に受け取っちまった……


 ついいつもの癖で。大丈夫だろうな、これ。



 経験則から言って、エマに係わらないほうがよさそうだ。


 金だけ貰ってってちょっと心が痛む……と思ったが、前世で日常的にやってたしまあいいや。


 これ以上迷惑はかけられないから、と告げると、意外にもエマはすぐに引き下がった。



「そうですか……では、またどこかでお会い致しましょう」


 と言って、雑踏の中に消えていった……




 さて、これからどうすっかな。


 やっぱ、まずは腹ごしらえといくか。腹減ってコンビニ行って帰ってきたら殺されたから、腹減ってたんだった。


 というわけで、レストランっぽいところへ行くと、



「あら、ユウ様」


 エマと会った。


「こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね」


「そうだね」


「ユウ様もお食事ですか? 私もです。一緒に食べましょう?」


 そんなわけで、一緒に食事をとった。




 ~食後~


 エマと別れて食後の散歩をしていると、


「ユウ様」


 また、エマと会った。


「奇遇ですね。お散歩ですか? 私もです。実は戻ってくるのは久しぶりなもので、物珍しくって」


「……ソウダネ」


「せっかくですから、ご一緒してよろしいですか?」


「モチロンサ」




 ~一時間後~


 広場っぽいところに出ると、大きな像があった。


 めっちゃスタイルのいい、女性の像である。


「あらユウ様」


 またまたエマと会った。



「すごい偶然ですね。またお会いするなんて」


「ああ。そうだな……」


 軽く答えて、なるべく関係のない質問をする。



「なあ。これなんの像なんだ?」


「これは『アプロディーテ』像です。この世界を創った『女神』だとか」


 エマはどうでもよさそうに答えて、


「それより、またお散歩ですか? もう、言ってくださればお付き合いしますのに」




 ~2時間後~


 エマと別れ今日泊まる宿を探していると、


「ユウ様」


 またまたまた、エマと会った。


「なんという偶然でしょう。こんなにお会いするなんて……」


「……つーか、偶然じゃないよね」


「はい。私もそう思います。これはもう、運命……ではないでしょうか!」



 つーか、つけてたよね。ずっと俺の後をついて歩いて、タイミング見計らって声をかけてきてるよね。通称、ストーカー。


 本能に従って距離をとろうとしたが、俺の危機察知能力は間違っていなかった。


 こいつ、エマは……俺を殺した彼女と同じタイプの女だ!


 嫉妬深く、支配的で独占欲が強い! 通称、ヤンデレ!


 となると、ここで邪険にするのはマズい。ヤベー魔物を一撃で倒すやつを敵に回したら……俺は二度死ぬ!



「そうだね。これはもう、運命だ」


「まあ! ユウ様もそう思って下さるだなんて……エマは幸せ者です……」


 喜んでくれた。しゃーない、ここはこのまま合わせて……



「ユウ様、実は私も、宿無しの身なのです」


 エマは上目遣いに俺を見て、


「一緒のお部屋に泊まりましょう? ユウ様は記憶喪失ということですし、やはり放っておけません」


 そして、妙に恍惚とした表情で続ける。


「ご安心ください。ユウ様の面倒は、すべてこの私が見て差し上げますから。そう、すべてを……」



 ……どんどんドツボにはまっていく気がするが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る