短編【有能なのにパーティーを追放される男の話】

八木耳木兎(やぎ みみずく)

短編【有能なのにパーティーを追放される男の話】

「お前は追放だ、アレックス」


 一瞬、言葉の意味を飲み込めなかった。


「な、何を言ってるんだ……ミシェル?」


 勇者パーティーの男剣士である俺、アレックスは、パーティーのリーダーたる勇者・ミシェルに言葉の意味を問いただした。



「言葉の通りだ。お前をこれ以上、我々のパーティーの一員として認めることはできない」


「で……でもあんまりじゃないか。俺は二年前に入団してから、パーティーでも屈指の高レベル剣士として、がんばってきたつもりだ。俺が無能なお荷物だったら仕方ないかもしれないけど、このパーティーきってのアタッカーとしてそれなりに貢献してきたと思ってる。それなのに、俺を追放するなんてひどいじゃないか!」 


 動揺を隠しきれず、思わず早口でまくし立てる俺を、ミシェルは蝿か何かを見るような目で見てきた。


 どんな言葉を紡いでも、目の前のミシェルの顔は追放の二文字を俺に突き付けてから眉一つ動かすことはなかった。


「どうか考え直してほしい。不満点があるなら改善するから!」




 やがてミシェルはすっくと立ちあがると、魔王のごとき形相で俺をにらみつけてきた。


「ひっ……」


 あまりの威圧感に、俺は思わずのけぞって尻もちをついてしまった。


 一歩、また一歩と、俺との距離を詰めてくるミシェル。


 俺は恐怖で全く動けないままに、今すぐ胸倉をつかめるところにまで距離を詰められた。




 怒気を抑えられない調子で。


 おびえる俺を見下ろして。


 ミシェルは、叫んだ。




「女子パだッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」




 ◆   ◆   ◆




「嫌だ嫌だ嫌だ!!!パーティーにいさせてくれ!!!」


「出て行け!!!! ぶち殺すぞセクハラ野郎!!!!!」


「何だよミシェル!!三年間ここにいたんだからこれ以上いたって変わらないだろ!!性別なんて大した問題じゃなッッッ……」


 体の芯にまで響き渡る激痛が、俺の体を走った。


 俺の股間に、女勇者ミシェルが膝を打ち付けていたからだった。


「生物学上は男だな?」


「………………………はい」


 股間を抑えて痛みに打ち震えるが、それでも俺は引き下がることはできなかった。


 俺の純粋な願いを、今この場で絶やされるわけにはいかなかったのだ。


「……待って、待ってくれ。俺はパーティーのメンバーたちを心から尊敬している。彼女たちと一緒にロマンあふれる冒険へと旅立ち、栄光と感動を分かち合えたらどんなにいいか。その気持ちは入団以来変わっていないつもりだ。このパーティーに置いてくれ!!」


「女子パの意味知ってるのかお前……? 女性であることが第一条件だって、メンバー応募欄にも書いてあるはずだ! お前は生まれた時点で対象外だ、たとえ女装で性別を偽ろうとな」


 ミシェルにそういわれて、俺はつい自分の恰好を確認した。


 レース素材のブラウス、所々にフリルの付いた裾、丈が短く動きやすいプリーツスカート。


 確かに、今の俺は端から見れば女子に見える容姿をしている。服装と、ほんの少しのメイクの結果だ。


「し……仕方がないじゃないか。こうでもしないと、俺が入団希望しても門前払いにされるんだから」


「渋々やってるみたいな言い方をしているが、前にパーティーメンバーがお前が酒場で踊り子の女として踊っているのを見たらしいぞ。そういう個性があるんだな?」


 言い返せなかった。だんだん女装することで新しい自分に出会えることが楽しくなって、パーティーメンバーと関係ないところでも何回か女装していたが、まさかメンバーにそのことを見破られていたとは。




「まあ、その話は別に本題じゃない。ただ女装癖があるだけの男なら、別に害はないしな。座れ。納得できんというなら一から教えてやる」


 そのテーブルの席―――俺たちの勇者パーティーにとって定番の寄合場所となっている、街の酒場の四人テーブルの席に座れといわれた。


「巧妙な女装でよくも我々を騙してくれたもんだ。私まで二年間騙されていた。セクハラ男の上に女装癖がある特殊な性癖の奴を、二年間も内部に入れていたとはな。リーダーとして不覚だ、一生のな」


 言われるがまま席に座る俺に詰め寄って、こちらを睨みつけてくるミシェル。一年以上このパーティーにいて性別がバレなかったから、これ以上いてもバレることはない、という驕りが俺の中にあったのかもしれない。


「で……でも、ミシェルは、最初会った時、俺の剣の腕を認めてくれたじゃないか」


 入団した日にテストと称して剣の太刀筋を見せろといわれたから見せたが、あの時ミシェルになかなかの腕の持ち主だな、と褒められた嬉しさは今でも忘れられない。


「確かにお前は剣の腕は立つし、剣士にしてはスピードも速いし、暗殺者のようにアクロバティックな動きができるから、メンバーのアタッカーとしては申し分ないと思って入れた。丁度当時の我がパーティーは、スピード面で劣っていることが欠点だったからな」


 彼女の言うとおり、当時のミシェルの勇者パーティは当時スピード面で欠点を抱えていた。


 だから俺は彼女たちの力に少しでもなりたいと思って入団し、それ以降必死に経験値を積み、レベルを上げてきた。


 彼女たちのパーティーの一員として冒険したいという気持ちがあったのだから、その程度の努力は当然だ。


「だが半年前だ、最初に違和感を感じたのは」


 いわくありげにミシェルは、昔話を語り出した。しかし当の俺は、半年前の出来事になど見覚えがない。


「お前が持ち前のアクロバティックな剣技で飛び上がるとき、メンバーの何人かが、お前のスカートの内側に棒と袋のようなものがぶら下がっていたのを確認したんだ」


「……プライベートの話を話題に出すのは違うだろ」


「なぜ穿いてなかった? スカートの下」


 豹のように鋭い目つきで、こちらに視線を突きつけてくるミシェル。


「セクハラ男で女装癖がある上に露出狂。そんな性癖の奴を女子パに入れられると思うか?」


 セクハラは誤解だとして、女装癖と露出狂を持つことがそんなにおかしいことだろうか。


 人間誰しも、新しい自分に出会いたい願望、今のありのままの自分をさらけ出したい願望という二つの矛盾した欲求に支配されている。俺だけが、それらの欲求を非難されるいわれはないはずだ。


 それに、何より体が男だから女子パに入れないという理屈が短絡的だ。


「体が男だからって、女子パに入れないわけじゃないだろ! 姫騎士ミスティの女子パにいるブリューメルさんは、体男だけど女子パにいるし!!」


「心は女だからな、あの人は。女性に欲情しない人だから、女の子たちも安全なんだ」


「俺だって体が男で心が女な可能性もあるじゃないか!! そうだ、俺は体が男なだけで心は女の子だから! オレッ娘なだけで!」


「自分に言い聞かせるように言うな!! ……まだ終わってないぞ」


 俺の弁解を一蹴しつつ、逃げ道を少しずつふさぐかのようにミシェルは話を切り替えた。




「あれは三か月前、湖に言った時のことだった。美しい自然の景色に我々パーティーもリフレッシュをしようと思い、みんなが水着に着替えて水辺で遊んでいた」


 そう言われて、胸の中にあの頃の美しい思い出がよみがえってきた。


 日頃ダンジョンへの踏破やモンスターとの戦いに明け暮れている俺たちにとって、冒険者たちにとっての景勝地として愛されているその湖での日々は、久々に心と体をリフレッシュできる癒しの瞬間だった。


 その美しい緑と青に包まれた景色とその他もろもろは、俺にとっても非常に目の保養になった。




「そこではっきり確認したんだよ。水着のメンバーたちを見ているお前の下半身の中心前部が、スカートが破けるくらい盛り上がっているのをな」


 世にもおぞましいものを見たかのような表情で、ミシェルはあの時のことを俺に話した。


「あれはスカートの中に隠し持ってた剣の柄だから……」


「苦しい言い訳は聞き流すことにして、魚人族やウンディーネ族の、人間とは違う肌が鱗とかゲル状の人たちを見ているとき、うちの女子たちを見ていた時以上にお前の股間が盛り上がっていたんだ。間違いない、お前は男として女に欲情している。セクハラ男で女装癖があって露出狂でおまけに守備範囲も広い、こんな性癖の男性など、女子パでは即出禁が妥当だ」


 そ、それの何が悪いっていうんだ。守備範囲が広いことは、あらゆる個性を持つあらゆる女の子たちを愛しているということだ。人々のいざこざが絶えない世の中で、俺が様々な女性たちに普遍愛を持っている寛大な人間であるという証拠じゃないか。それに。


「大体俺は彼女たちを見てただけだ。何か変なことをしようだなんて一切思っていない」


「もう言い訳にもなっていないが、良いだろう。ちょっと、そこの店員さん」


「あ、はい。ご注文でっ……しょうか……?」


 ミシェルの言葉に反応した店員の女の子は、俺を見ると明らかにおびえた表情を見せてきた。客に対して失礼な店員だな。


「この男、夕べ一人でこの酒場にいたとき、どんな独り言をつぶやいた?」


 店員の女の子は、顔を真っ赤にして嫌悪感を露わにしつつも、何かを告発するかのようにその言葉をつぶやいた。


「小声だけどはっきりと……『俺の×××をカーバンクルちゃんにしゃぶらせたいなー』って……」


「はいもう完全アウトだ。ほら出て行け」


 話し合いの余事なしとばかりに、酒場から追い出そうと俺の首根っこをひっつかんできた。このままだと本当にこの酒場からも、パーティーからも追い出される。


「嫌だ嫌だ嫌だ!!! お前のパーティーにいたい!!! いさせてくれ!!!」


「セクハラ男で女装癖があって露出狂で守備範囲も広くてケモナーでしゃぶらせたい願望のある!!!!こんな特殊性癖山盛りの奴を女子パーティーに入れられるか!!! 冒険なら男たちと一緒にしろ!!!!!」


「35だからもう新人としてどこかに加入しても気を遣われるだけなんだよ!!」


「歳だなおい!!!!!」


「頼むよ! このパーティーで冒険することが生きがいなんだ!! このパーティーに置いてくれ!!」


「……そんなにパーティーを離れるのが嫌なら」


 急に口調が冷静になるミシェル。


 条件付きでパーティー追放を撤回してくれるのか、ありがとう!と感謝しようとしたのもつかの間、ミシェルはレア度SSSランクの自身の名剣を柄から抜き、切っ先を俺の股間の方に向けて告げた。




「この場で【それ】を切り落として行け。それがないなら、女と言えなくもない」


 しばしの沈黙。


「……出ていきます……」




 俺を外に追い出した直後、ミシェルは残酷なまでに速いスピードで、酒場の扉を閉じた。


 俺は悲しみに暮れながら、その街を孤独に去るしかなかった。




◆   ◆   ◆


 一年後。俺はとある酒場に来ていた。


 今の立派に成長した自分を見せて、俺を追放したパーティーを見返してやりたかったからだ。




「…………何しに来た?」


「俺、チートスキルに覚醒したんだ!!」


 何にだ、と見るからに怪訝な表情で聞き返すミシェルに、俺は堂々と答えた。


「【性転換】に!」


「…………それはチートじゃない」

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短編【有能なのにパーティーを追放される男の話】 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012

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