瞳に現れた影



「———お願い‥‥‥乱暴にしないで‥‥‥」



「———ああ?それはてめー次第だ」





お願い‥‥‥誰でもいい




お願い‥‥‥私を




助けて————










そんな時だった、私の後ろから———————




————ガサガサ




と音が聞こえた—————




「———ああ?誰だ?今お楽しみ中なんだよ?」




そして勢いよく黒い影が現れ————





「————はってめっ————————」







—————ドゴォォオオオン!!!






と明後日の方角から何かがぶつかった音が森中に響き渡る。

その音に驚いて目を瞑っていた私は目をゆっくりと開けると、そこにいたのは覆い被さっていたガブリオレではなく—————




「————レ‥‥‥‥オン‥‥‥‥?」




そう、地面に仰向けで倒れている私の上にいたのは誰でもない、レオン本人だった。




「———助けに来たっ」




———その一言、


その一言でこれまで我慢してきたあらゆる感情がこぼれ落ちていく




「————レ‥‥‥オン。私はっ、私は‥‥‥‥もう‥‥‥ダメかと‥‥‥もうこの体は汚されるんだと‥‥‥‥」



頑張って耐えて、耐え抜いていた言葉。衣服を切られて、胸が露出して恥ずかしくても目の前の彼に伝えたい‥‥‥彼の瞳を見ながら‥‥‥この言葉を‥‥‥



涙と震える口でうまく言葉にできなくても‥‥‥




「———誰にも迷惑をかけたくなくて‥‥‥でも、私はみんなを‥‥‥‥救いたくて‥‥‥ぅ‥‥‥、あっ‥‥‥ありが、とぉ‥‥‥っ」




ボロボロと涙が溢れて、目の前が滲んでレオンの顔がはっきりしなくても、彼の匂いで安心する。きっと今の私はひどい顔になっている‥‥‥


不良で男気質で、性格が横暴な私‥‥‥虎族として強く、舐められないように毎日毎日家族に鍛えられ闘い続けてきた、この体。硬くてとても乙女とは言い難い筋肉。


だけど、醜くても、無様でも、私は‥‥‥‥今‥‥‥とても嬉しい



「———遅くなってすまないロゼ。後は俺に任せろ」



私の‥‥‥涙で溢れる私の顔を見て、レオンは優しく話しかけて来た。

そして、レオンに抱き抱えられているこの格好‥‥‥肩に回されている手っ、恥ずかしいという感情と幸福な感情が頭を惑わしていく


すると、レオンは衣服を脱ぎ、私の背中へと回して、その衣服を覆い被せてくれた。




「————ゴクンっ」




———レオンの上半身裸の姿は見てしまった私は涙ながらもあろう事か、高揚してしまっていた。でも、仕方ないのかもしれない‥‥‥


あの絶望的状況で、もう諦めて心が壊れそうになった時に、白馬の騎士が私を抱えて助けてくれたのだ‥‥‥!

白馬の騎士とは程遠いような存在のレオンだが‥‥‥あの状況で落ちない女などいるわけがないっ。



落ちて当然なのだっ





ふっ————どんなに精神や肉体を鍛えても結局、私は女だったのだな‥‥‥‥




ならば、惚れた男をこれ以上危険に晒してたまるかっ‥‥‥!



涙をレオンの着せてくれた服で拭い、赤く腫れた目で彼を呼び止める



「———レオン行くな!いくらお前でもあの人数を相手に勝ち目はない!2年と3年相手に勝てる訳がない‥‥‥それよりも他の皆のとこへ——————っ!?」


「大丈夫だ。他の皆のとこへは俺の友達が助けに行っている。それに安心しろ、コイツらに負ける俺ではない」



そういってレオンは前へ歩いていく。その後ろ姿はとてもカッコよく、男の背中をしていた。俺に付いてこいと言っているかのように‥‥‥獣族としての本能が刺激された。


私は唯じっとレオンの遠のいていく背中を見つめながら願うしかなかった‥‥‥‥焦がれるしか出来なかった‥‥‥謝ることしかできなかった‥‥‥


レオン1人では勝てるはずがない‥‥‥‥無傷で済むはずがない‥‥‥

勝てないと分かっていながらレオンは私の為に向かっている。


酷い結果になるかもしれない‥‥‥でも、先程の衝撃音で誰かが気づいたかもしれない‥‥‥ここは森林演習場だから寮生の誰かか教師が‥‥‥きっと駆けつけてくる


それまで耐えるしかない‥‥‥‥私がここから離れて助けを求めて行きたいのに‥‥‥腰が抜けて、足が未だに震えて立てそうにない‥‥‥‥


すまないレオンっ‥‥‥どうか、どうか耐えてくれ‥‥‥





「———レオンっどうか‥‥‥無事でっ」







◊◊◊







「———たくっ‥‥‥いってぇーなー」



いきなり影から現れたかと思えば、俺は衝撃な痛みと共に木々を薙ぎ倒しながら、吹っ飛ばされた‥‥‥クソがっ、ロゼで楽しもうと思ったのにどこのカスが邪魔しやがった



「———許さねぇっ」



そして俺は吹っ飛ばされてきた方向へと駆ける。痛みからして頬を殴られたようだが、この俺が気づかない速さで殴ってくる奴とは


ロゼを助けにきたようだが、俺たちの人数を相手に自殺でもしにきたのか

それとも勝てると踏んできたのか‥‥‥バカかのどちらかだっ!



「———ははは!!楽しくなってきやがったぜ!この俺に一撃を入れた奴は一体誰だぁ?!1年共の中だと、あの特待生のうちの誰かか‥‥‥もしくは‥‥‥」



———ちっ、嫌な記憶が蘇るぜ

そうさ、あの時だ‥‥‥学園都市対抗戦でこの俺を見下した女ぁ!


ファシーノっ‥‥‥あいつのおかげで俺は、俺の地位も威厳も、全て壊された。


獣族国のS Sランク‥‥‥狼族の最強格であり、俺の兄イゾラート=ルーペ

その弟であり、兄に並ぶと言われている氷帝のガブリオレ様が!


あんな、あんな何処の女かも分からない無名の女に俺は敗北したっ‥‥‥!

狼族の男が‥‥‥この俺が女に負けるなど‥‥‥あれで2度目だ。


獣族の女王の娘、リコリス=ヴォルペに負かされたあの時以来の屈辱だ。


俺はこんな所で油をうっている場合じゃねーんだよぉ!


俺こそが最強だ!俺がいずれ兄を超えて‥‥‥そしてリコリスを超えて獣族の王座につく


所詮は勝った奴が正義だ!最後に立っていた奴が正義だ!


何と言われようと、卑怯と言われようと、勝った奴が正義を語れるんだよ!


じゃなきゃ何一つ守れやしねぇ‥‥‥何も奪われねーよーに‥‥‥俺は最強になるって決めたんだ‥‥‥俺の道を妨げるんじゃねーぞぉ!




「———この世界は力こそ全てだ!」




そして茂みを抜けて、元いた場所へと戻ってきた。


しかし、俺の目に映ったのは、数十人の2年3年の仲間が地面に伏せている光景だった。そして、その先にいたのは驚愕した表情のロゼと、もう1人‥‥‥‥




「————遅かったな?後はお前だけだぞ?」




月明かりに照らされた黒い髪、そして俺の瞳を覗いてくる黒い瞳

そうだ、コイツは‥‥‥‥



「————お前、あのファシーノの連れのレオンだったか。ファシーノはどこにいる。あの女がやったんだろう」



今は、こいつ1人しか確認できないが、この状況からするにファシーノがやったに違いない。このレオンとかいう1年は何も特色がない才能の欠片もない、ただのファシーノの金魚の糞だ。


魔族の貴族の息子を決闘で倒したらしいが、所詮1年同士の喧嘩だ。2年と3年とではレベルが違うっ


コイツらがこんなカスにたった1人のカスにやられる訳がねぇ!



「———一体どこにいるファシーノ!さっさと出てこい!今度こそ俺の本気でテメェを泣かせてやるぜぇ!」


「———ファシーノはいない。コイツらは俺1人がやったが、どうした?」


「———はっ!テメェが1人でだと?笑わせるなよガキ!テメェめてーなカスがコイツらを相手出来る訳がねーだろう?!さっさとファシーノを出しやがれ!俺は今無性にムカついてんだよ!」



気に食わねーぜ。あの顔、あの態度。あの目!

腕の一本や足の一本くらいなくなってもいいよなぁ!?





「————解放————雪翠華」





俺こそが最強だ‥‥‥俺こそが正義だ!



「————俺が氷帝と呼ばれている意味を知っているか?」


「————いいや、知らんな」



本当に気に食わねーぜっ 

どいつもコイツも俺を見下しやがってっ




「————なら、その身を持って知るがいい!」




———狙うはその右腕‥‥‥‥!



俺は全速で地面を駆ける。狼族の身体能力を生かして、そして魔法で筋力も俊敏差も強化して、誰にも追いつけない速さで奴の右腕を‥‥‥懐に飛び込む!


誰も俺の動きを見切る奴なんていねぇ、この速さについて来れる奴なんて世界に数えるくらいしかいねぇ‥‥‥こんなカスには2度と見ることの出来ねぇ領域だ



「————右腕あばよ」



「————」



「————レっ、レオン!!?」




————————ドス




空に血飛沫が飛び散り、地面を赤く染め、月明かりで血が輝く。

生々しい匂いと、地面に落ちた右腕を見て、俺は笑いあげる



「————はははは!!何にも反応できねーよなぁ?雑魚はどこまでいっても雑魚だ!ほらほらぁファシーノ出てこい!連れの右腕を落としてやったぞ?!これじゃあもう魔法も剣も上手く扱えねーなぁ?あはははは‥‥‥‥‥‥‥‥‥あ?」



————おかしい、腕を斬ったというのにコイツは何も喚かねえ


何も言わねえ、何も動かねぇ


きみ悪りぃな



「————まあいい、さあてとファシーノが出てこねーならこのロゼを好きにさせてもらうぜぇ?!」



その時だ、ロゼへと歩を進めようとした時、俺の背後から凄まじい殺気が襲った。俺の獣族としての勘が警告を鳴らす。




「———テメェ、どういうつもり‥‥‥‥‥‥‥‥だ?」




俺は目を大きく上げて疑った。俺が斬ったはずの腕を奴は拾い上げて、切断面に押し当てた。すると、奴の右腕は切断面とくっつき指を動かした。



「————て、テメェは一体‥‥‥‥!?」



ありえねぇ‥‥‥腕を斬られて騒がねぇのに更には腕をくっつけるだと?

気味が悪いを通り越して‥‥‥コイツは一体‥‥‥



「————中々の動きだ。さすが獣族。だが、腕を斬り落としたくらいで俺が喚くとでも思ったか?こんな痛みはもう慣れている」



「————はっ!ぬかせ!テメェは一体何者だ?!腕を斬られても声をあげねぇ、それに腕をくっつけるなんざ‥‥‥テメェ回復魔法を使えるのか?それも神官クラスの」



「————さあな、これが回復魔法とは最近まで知らなかったがな。それで、さっさと続きをしよう」



————このカス‥‥‥痛みに慣れているだと‥‥‥腕を斬られた痛みは想像を絶する痛みだ‥‥‥それを慣れている?何なんだコイツは‥‥‥それにさっきの殺気はコイツからか‥‥‥?


あの押し潰されるような錯覚と、息も出来ない感覚は‥‥‥

コイツは一体何者だ


ただのカスだと思っていたが‥‥‥コイツは人を殺すことに何も躊躇いもない瞳をしている。頭が狂っているのか‥‥‥それとも



コイツは危ねぇ匂いがぷんぷんしてきたぜぇ

コイツの化けの皮剥がしてたっぷりと痛ぶってやろう‥‥‥あはははは!!



「————なら、何回もその腕、その足を斬り落としてやるよ!」



「————ああ、やってみろ。もう、できないと思うがな。————ロゼを弄び、その肌に触れたお前を俺は、許しはしない。さあ、遊びの時間だ」



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