正体を知ったデボラと悲劇のロゼ



「———ハァハァ‥‥‥彼はもしかして」



息遣いが荒くなって、目元がじんわりと熱くなる。

胸の鼓動が耳にまで伝わって、ドクンっ‥‥‥ドクンと世界がまるで遅くなったかのような幻覚に襲われる。




————こんな気持ちは初めて‥‥‥




そして私の記憶がフラッシュバックする‥‥‥


朧げな微かな記憶‥‥‥夢のような記憶

数ヶ月前に天族で起きたゼフの復讐で私の‥‥‥あの忌々しい魔法が失われた


たった数秒で何千何万もの命を刈り取る最悪の魔法


今まで多くの命を奪い、汚れた手はもう二度と戻らない


一生‥‥‥いいえ、私が死んでも残り続ける憎しみと罪


誰も助けてくれなかった牢獄‥‥‥





そして‥‥‥私の心の中に入り込んできた兆し‥‥‥


それは世界から大罪人と追われ、世界を敵に回し、人々から憎まれる彼だった


命を平気で奪い、世界各国で事件を起こすバラトロに次ぐ最悪の組織の主


そんな彼がなぜ、私の魔法を‥‥‥





けど、あの魔法を‥‥‥‥罪を消してくれるのなら誰でも構わないと思った




どうせ夢なのだろうと‥‥‥これは現実ではないのだろうと‥‥‥

なら、少しの希望くらい望んでもいいと思った‥‥‥





そして夢の中で流れ込んできた彼の感情はとても悲しいものだった‥‥‥





私と同じで孤独だった‥‥‥


これだけ世界を騒がせ、敵を作り、憎まれている人がこういう普通の人だったなんて。夢の中の私は驚きもしたし、そして嬉しかった。私と彼は孤独を感じているのだと‥‥‥




あの虚無の統括者が私と同じなのだと嬉しかった‥‥‥‥




あの時“彼”は私の手を掴み取り、私の魔法を‥‥‥




そして






私の心を奪っていった







この数ヶ月間、疑問に思っていた私の微かな魔法。

その疑問が彼を目の前にしてようやく晴れた。




「———まさか、レオンさんが‥‥‥‥虚無の統括者だったなんて」




驚きの余り口元を押さえて、再び心臓の鼓動が早くなる。

私も人のことは言えませんが、まさか私と同じ学生だったなんて‥‥‥

それも同級生の男子‥‥‥



ということは



「———あの頂きの魔法もレオンさんがっ。な、なんて言うことでしょうか‥‥‥あの厄災の魔獣をレオンさんが?!これは‥‥‥一体私はどうしたらいいのでしょうか」



———誰かに話しましょうか?誰かにレオンさんがあの虚無の統括者だと‥‥‥



言ったところで誰も信じてもらえないでしょう‥‥‥世界各国が喉から手が出るほど欲しい情報ですが‥‥‥学生が、それも20にも満たないなんて誰も信じてくれないでしょう


それに彼の正体を知っているのはきっと学園では私1人‥‥‥同じ町出身のアザレアさん方も知らないでしょう‥‥‥なぜ、彼は隠しているのでしょうか‥‥‥


なぜ、それ程の力を持っていながら平和ではなく、世界を敵に回すのでしょう?

彼の目的は?何を成し遂げると?自信を偽り、周りを騙して一体彼はどれ程の罪を重ねると言うのでしょうか。



20にも満たない子供が一体どのような体験をすれば、そのような行動を成すのでしょう




そう考えても答えは出ない一方で‥‥‥‥




「そういえば彼といつも一緒にいるファシーノさんは‥‥‥知っているの?騙されているの?」



レオンさんがいなくなった後のテーブルで考えていますが、ファシーノさんがどちら側なのか謎のままです。もし、ただ騙されているのなら何故、レオンさんは彼女を側に置いているのでしょう?秘密が漏れないように彼女を脅して、酷いことをっ!?




———っていけません!

そんな破廉恥な考えはいけません!




「スゥゥ——ハァァ———」




深く深呼吸して考えましょう。でも、なぜ彼女はいつも一緒にいるのでしょうか‥‥‥もし、騙されているのではないとしたら、彼女はレオンさんが信用している人物になります



そうなると、ファシーノさんは月下香で相当の実力者なはずです。



ファシーノさんの魔法を見る限り、相当の手練れ‥‥‥やはり後者の方が正しいのでしょうか



「———ぅん‥‥‥分かりません。それもですが、彼は何故私に何も言わないのでしょう。彼なら私が気付いていると知っているはず‥‥‥わざと泳がすつもり?それとも‥‥‥」




決して言わないだろうと信用している?




「———は!まさか!『その魔法を奪い、自由にしてやったのだから分かるよな?グヘヘへ』」




など考えているのでしょうか?!わ、私はいつか呼び出され‥‥‥あんな事やこんな事を強制されるというの?!






———ダン!!





頭が混乱して、テーブルに頭を打ちつけてしまいました‥‥‥周りの視線が痛いですが、仕方ありません!



「———これは小説で読んだことあります!王子様が呪われたお姫様を救う物語。様々な物語が派生していますが、女の子の王道の物語。ま、まさか!」




そして私は考えました。



これは‥‥‥‥







禁断の恋と!









「———世界を敵に回した悪人が、呪われたお姫様を救って全てを奪っていき、決して結ばれる事のない恋、です!はわわわわぁ!!」



なんて事でしょう!これは、心を奪われたお姫様は悪人からの命令に嫌でも従っていしまい、全てを委ねてしまう‥‥‥‥ああああああ!






———ダン!!






「おおい、あの嬢ちゃんどうしたんだ」


「ほっとけ、きっとあの男に逃げられたんだろうよ。あんなに可愛いのに捨てたあの男は見る目がないカス野郎だ」


「ああ、違いねえ。今度あったらあのガキを殴ってやろう兄弟」




周りがざわめいていることを知らず、当の本人は煮詰まり‥‥‥





「———そう言う事ですのね“レオン様”!私の体を自由に出来ても心までは自由には出来ませんわ!」




と既に心も奪われているデボラだが、当の本人の発言は頭が混乱しているせいで意味を成さない。



その後デボラは前とは比べ物にならい程に、性格が少しだけ、ほんの少しだけ歪んだのだった。テーブルに額を付けているその表情は真っ赤に染まっていることを誰も知らずに‥‥‥







◊◊◊







「———フアァァァ、今日も一日眠いな」


「あら、まだ朝のホームルーム前なのに昨日何していたのかしら?」


「いいや、何も」



と休日が明け、学園の朝のホームルームまで席についていた俺とファシーノ。

俺は眠たくて机に体を委ねながらだらけきっていた。とそこにいつもの顔見知りが近くまできた。



「おはよう」


「おはようレオン君。ファシーノちゃん」



と気さくなに声を掛けてくれたのはレオナルドとアシュリー。こちらも「おはよう」と返して2人は俺の前の席に座った。

すると今度はガイが来たので挨拶をしておこうと思ったが、なんだか廊下ざわついている。




「———一体どうしたんだ?」



と不思議に思いながら廊下側に聞き耳を立てていると、ガイが近くでこんな事を言った。



「最近、我らAクラスに嫉妬し、対抗心を燃やしている上級生がいるようです。対抗戦で負けた腹いせか、目立った罰なのかさておき、それを理由に嫌がらせを受けていると聞きます」


この話は前にレベッカ先輩とヴァレンチーナ先輩に聞いていたが、ガイも知っていたのか。


しかし、なぜ誰もそのような噂をしないし、そのような行為を目の当たりにすらしないのだ?俺の考えではどうせ脅しているのだろうと思うが‥‥‥‥何ともクソみたいな行為だ




「———それは無視できませんわ。嫉妬なんて醜いものです。私達Aクラスに何かあればお仕置きが必要です」




大人なアシュリーは言葉では冷静だが、内心相当怒っているだろう。顔が笑っていないし、物凄く怖い。




そんな中、Aクラスの扉が開かれ、ウルティア先生が来たのかと思った。

しかし、そこにいたのは‥‥‥





「———ロゼ‥‥‥?」






「———っみ、見ないで‥‥‥」





そう、そこにいたのは下着姿で身体中あざだらけの変わり果てたロゼの姿だった。





「———ロゼ!一体何があったの?!」




と俺たちは急いでロゼの元へと駆け寄り、アシュリーは自身の制服をロゼにかけた。しかし、ロゼは涙を我慢して、口元を噛み締めながら何も言わない。



それどころか廊下からはクスクスと嘲笑う声が聞こえていた。



「———フフフ下着姿で歩くなんてとんだ痴女ね」


「———絶対誘っているだろう。今夜攫うか?」



など、下衆な者達にロゼの肌が露見され、俺たちはそんな奴らを睨み返して追い出した。ロゼはずっと口を開かないままで、何があったか分からない‥‥‥いいや、あらかた理解してきた。




そしてAクラス中が沈黙に包まれる中、ある1人の同級生が口を開いてくれた。




「———ロゼちゃんは私を守ろうとしてくれたの!それで私の代わりにロゼちゃんは‥‥‥うぅぅぅ」



とその場で泣いてしまい、何があったのか全て理解した。



俺は何も言わないロゼの頭に手を乗せて、優しく撫でた。

その髪はクシャクシャで可愛い虎耳が萎んでいた。





「———何も言わなくていい。後のことは俺たちに任せろ」





そう言い終わると、アシュリーはロゼを連れて医務室へと運んで行った。

残された俺たちは同級生から話を聞くことにした。



そしてその内容は俺の怒りを買うのに充分過ぎるほど反吐が出るものだった。

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