デボラの憎しみ
————そして週末の休み
俺は久しぶりに1人で外を出歩いていた。いつもだったらファシーノもついて来るのだが、何やら女子会があるらしく商業地区のどこかにいると言っていた。
アザレア達やAクラスの皆んなと顔を合わせない日は意外に新鮮であり、こうして外の空気を街並みを見て回るのはとても楽しい。
そしてファシーノが女子会中という商業地区を歩いていると、若いカップルや子供を連れた親子、ベンチに座り会話を楽しむ老人達と笑顔が溢れている。
こうして日の当たる明るい世界を見ると、とても心が安心する。
俺たちが守り、目指す物が目の前で繰り広げられている光景は何とも幸せなのだろう。
この平和を壊したくもないし、終わらせたくもない。
平和を過ごし、裏の闇を知らず過ごし、毎日幸せに生きる。
今、俺の目に映る様々な種族は、この平和を作るのにどれだけの犠牲があるのか知らない。
知らなくていい
俺達がいくら身を犠牲にしても、いくら仲間を犠牲にしても、世界を平和にする為に選んだ道。感謝も祝福も名誉も富もなく、ただひたすらに平和を望んでいる。
どんな偉業を達成しても誰も見ていなければ英雄にもなれない。
それなのに俺達は、月下香は世界から拒まれ、恨まれ、憎しみを買っている。
世界の反逆者にして大罪人である月下香の主、ネロ
世界の歴史の中で初めて到達した頂きの魔法を唯一行使した存在
全てを黒く染め上げ、全てを無に帰す最悪の魔法
厄災の魔獣を一振りで殲滅したその黒き輝きは世界から拒まれ今では追われる身
そんな存在がこうして沢山の人が歩く大通りを歩いている
誰も知るはずがない、隣を歩く青年がそんな存在などと
「———誰も傷付かず、誰も悲しませない世界か‥‥‥」
そんな溢れた声はこの人混みの中では風と同じく、空へと飛んでいった
「———ん?あれは‥‥‥」
俺はある人に気付いて、その人のいる所まで歩いていく。
小さな公園のベンチに1人で座り、鳥に餌を与えている“彼女”は俺の気配に気づくと手を振ってきた。
「———あら、これはレオンさん。休日に会うなんて初めてですね。今日はファシーノさんがいませんが、お一人ですか?」
「ああ、ファシーノは何度か女子会とかでいないんだ。それよりも“デボラ”は何をしていたんだ?」
そう、1人ベンチで座っていたのは天族のデボラだった。同じ1学年でSクラスの特待生であるデボラはよくアザレア達と一緒にいる。
数ヶ月前に天族国で起こったゼフの復讐事件までは、殺戮兵器として育てられたデボラだったが、その原因である魔法を俺が奪ったことにより彼女はもう殺戮兵器ではなくなった。
あれから数ヶ月経つがこうして面と向かって話したことはなかったな。
デリカートの情報によると魔法を奪われたことで、かつての命を奪う魔法は使えなくなった。しかし、元より魔法の才に溢れ、天族では異例のその年に生まれた子がデボラのみということから学園に通っている。
天族長であるミカエルはデボラに普通の暮らしをさせたいと言う要望から、彼女は極秘魔法部隊に属さずにいるという。
また2年3年の同じ天族の同族からは忌み嫌われている模様。それも天族長のお墨付きであり、魔法の才も自分たちよりも優れているという何とも意味のわからない考えだ。
それに彼女が殺戮兵器として知っているのは天族の上層部と同盟軍の一握りであり、アザレア達も知らない事実だ。
そんな彼女がこうして休日を1人で過ごしているのは必然のことなのだろうか‥‥‥
「———何もすることがないので、鳥さん達と遊んでいました。彼らはとても優しく、自由でこうして見ているだけで、幸せになります」
そういう彼女の瞳はどこか寂しそうにしているのに、笑顔を崩すことはない。
金色の長い髪を垂らして、純白の翼を纏う絶世の美少女。そんな彼女の過去があんな残虐なものだとは俄かに信じられない
きっと彼女自身が分かっているのだろう。汚れてしまった手で今更何を望んで生きていけば良いのかと。幸せになるとはどうしたら良いのだろうと‥‥‥
俺と同じだ‥‥‥その瞳は誰も信じず、誰にも信じてもらえず、誰にも心を開かず、ただ怯えて生きているだけだ
それに‥‥‥‥
「幸せか‥‥‥それと話は変わるが今日の服装は随分と可愛いな。そういう服装が好みなの?」
「———!?い、いえっ!こ、こういう服装しか持ち合わせていなくて‥‥‥ミカエル様がご用意してくださった衣服ですので‥‥‥」
と今度は恥じらいを見せて顔を赤くするデボラ。このような表情もできるのだと初めて知ったな。
それに天族長‥‥‥‥これは貴方の趣味なのかと疑いたくなる。最近流行り出しているゴスロリを可憐で美しく落ち着きのあるデボラに着させるとは‥‥‥‥
俺はそんなギャップ最高に大好きですよ。いい思考してます
「———そうなのか‥‥‥俺も今1人だし良かったら商業地区を一緒に見て回らないか?1人だと行きづらい店もあって‥‥‥」
「———わ、私なんかで良いのでしたら喜んでお誘いに乗ります!」
と言って目をキラキラと輝かせては、前のめりに顔を近づけてくるデボラ。
それに彼女は無自覚なのだろうか‥‥‥その服装とその大きな胸は国を破壊する程の力を持っていることを‥‥‥
「そ、それじゃあ行くか」
そう言って共に歩き出す俺とデボラ。周りをキョロキョロと見渡しながら無意識に俺の袖を掴むデボラは可愛くて微笑ましかった。
◊◊◊
「レオン様。今日はありがとうございます。こんなに充実した休日を過ごしたのは久しぶりです。色々とその‥‥‥衣服やご飯まで奢ってもらって感謝しきれません。レオンさんが気にいるもので何かお返しできるものがあれば良いのですが‥‥‥」
「いや、いいよ。付き合ってくれたお礼だ。別に見返りを求めて君を誘ったんじゃない。ただの自己欲求のためさ」
太陽は沈み、街の街灯が輝き出す時間帯。あれから、商業地区の衣服を見て周り、デボラに合いそうな服を選んだり、カフェにいって寛いたりして半日が過ぎた。
そして現在はおしゃれなレストランに入り夕食を嗜んでいる最中だった
「———レオンさんは何だかとても不思議な人ですね」
と不意にデボラがそんなこと言うので 「いきなりどうした?」 というと
窓の外に視線を向けるデボラだが、彼女が目にしているのは大通りを歩く人々で
「半日一緒でしたが、レオンさんはどこか遠い場所を見ているようでした。笑顔も素敵でとても頼れる人です。しかし、貴方の瞳からは平和や幸せを望んでいるのに真逆の立ち位置に居て常に苦しんでいるかのように見えました。世界の平和よりも自身の周りに集まってくれる人達を幸せにしたい、そんな瞳をしています。とても不思議です‥‥‥貴方のような、周りに人が集まってくる人なら————————」
「————もっと上を向いて自信を持って歩けるのに?」
「———っ!そう‥‥‥です」
デボラのその人を見る力は生まれつきなのだろうか‥‥‥とても俺のことをよく見ている。たった半日でそこまで見透かされるなんて初めてだな
「前を向いてか‥‥‥そこまで見透かされるなんて本当良い眼をしている。俺は別にそんな大層な人ではない。世界を幸せよりも周りを幸せにできないのなら、世界なんて到底無理だからな‥‥‥それに俺自信が幸せになれないのに」
そしてデボラはそんな俺の言葉を聞いて、上品にそして淡々と語り出した。
「———レオンさんに何かしらの辛い過去がお有りなのでしょう‥‥‥私もそうです。この頭から決して消える事のないもの。消してはならない事‥‥‥それがある上で幸せに過ごすにはどうしたら良いのでしょう‥‥‥」
瞳を麗せて、俯くデボラ。悲しみに浸り、今にでもその罪に押し潰されそうだ‥‥‥
「———あの窓の世界で幸せに歩く男女‥‥‥親子‥‥‥彼らの幸せや平和な生活があるのは誰かの犠牲によって作られている。何も知らず、その犠牲を受けている者を知らず、平和に過ごす‥‥‥私は‥‥‥彼らを見ると‥‥‥‥こんな事を決して思ってはいけないのに‥‥‥」
と、感情が高まり瞳に溜まった水が雫となってポタポタと落ちていく
「———憎い!何も知らないその表情が!生活が!男女が憎い‥‥‥‥‥‥‥知らない方が良いことは分かっています!けど‥‥‥けど‥‥‥誰かがその犠牲の重荷や、罪や、恨みや、憎しみ‥‥‥‥自身でさえも恨むこの感情を背負うのは耐えられません。何故、彼らが平然と平和に過ごして、毎日笑って、将来の夢を語っているのか!何故、“私だけ”がこんな罪を背負って生きていかなければならないのか!何故、私だけが‥‥‥‥こんな運命に晒されるのか‥‥‥‥うっ」
遂にボロを出してしまったデボラ‥‥‥‥こんなに感情的な子だったなんて知らなかったが‥‥‥これが彼女の本心か
デボラからすればさぞかし憎いだろうな‥‥‥世界の平和のために幼少から殺戮兵器として育てられ数多の命を奪ってきて、血で汚れた手は拭い切れないほどに汚してきて‥‥‥‥何故、自分だけ‥‥‥何故周りと違うのかと、何故誰も助けてくれないのだろうと
心に思いながら生きてきたのだろう。
憎いだろうよ
たった1人の‥‥‥自身の犠牲にある平和というものは
まるで‥‥‥俺と鏡うつしのようだな
世界の平和の為に殺戮兵器として育てられ、己の意思とは関係なしに命令で殺したくもない人を殺してきたデボラ。
平和の為に己の意思で人々を殺してきた俺とは同じようで違う。
デボラは望まずして手を汚してきた
俺は望んで手を汚してきた
彼女のデボラの心はずっと争ってきたが、誰も助けてはくれなかった。
そして魔法が消えると地獄から解放されはしたが、今度はデボラの知らない平和な世界。
同じ歳の笑う表情、子供連れの親子や、デボラが歩むはずだった男女の交際、女の子としての毎日の楽しみ。それらを知らないデボラがこの平和な世界に、街に来れば必然的にその感情は爆発する。
————彼女もまた、望まぬ運命を背負った者か
「———デボラ。君のその感情は理解できるし同情する。しかし、君1人だけが罪を背負ってはいない。この世界は広い、きっとこの平和な世界も日常も誰かの犠牲の上にあるって事を知って、毎日感謝している者も必ずいる。そしていつか必ず、君の罪は報われるし、その罪を知っても離れない友達や恋人もできる。まあ、結局は望まずして生まれた罪は誰かに罪で上書きされる。それを知っていて欲しい」
「ですが!一体いつ現れると!?そんな存在がいるとなぜ思うのです?!」
声に怒りがまし、声も大きくなる。周りのお客も何事かと、俺たちの様子をチラチラを見てくるが、デボラは何も気にしていない。
それどころか、彼女はただ只管に感情を出したいのだろう。こう見ると、悩みを抱える女の子にしか見えないな
それにそんな存在が現れないと思っているなんてな‥‥‥少し悲しいぞデボラ。
俺の我儘で君をこの世界に引き込んだのは、紛れもない俺だ。この平和な世界を知らずにただ人を殺める兵器でいた方が良かったのかもしれない。
だが、それは本当に彼女が望んだ事だろうか‥‥‥
この世界に引き込んだ以上俺にも責任がある‥‥‥彼女を幸せにするという責任が‥‥‥
全く‥‥‥俺は一体‥‥‥‥
「———もう現れたんじゃないのかデボラ?」
「———っ!?ど、どいうこと?!な、何故あなたが知っ‥‥‥‥‥」
「———おっと、もう時間だな。今日はありがとうデボラ。これから少し用事があるんだ。先に帰らせてもらうよ。お代はもう払っているから気にせずここにいてくれていい」
「え、レオンさん待って!?」
と俺は席を立って、出口の方へと歩いていく。デボラが俺を引き止めようと声をかけてきたが、何も知らないふりをして俺は歩く。
だが、そんな時だ
俺は思わず足を止めて“その言葉”に胸を鷲掴みされた。
俺の背後‥‥‥デボラが放った一言によって‥‥‥‥
「———望まない罪は罪で上書きした後、その罪の全ては一体誰が背負うの?!」
やはり、彼女はとても眼がいい。そして頭もいい。彼女は知っているのだろう‥‥‥けれど、その名はこの場では言えない‥‥‥
彼女の叫びは答えを求めるものではない
彼女は願っている‥‥‥そして望んだ
罪を消して欲しいと
「———望んで罪を犯した者に全てくれてやれ。そいつの望んだ“道”だ」
そして俺はレストランを出て、デボラをおいてきた。側から見れば最低な男だろうな‥‥捨てた男とみられてもおかしくない
はあ、全く‥‥‥‥俺は女性に弱いな‥‥‥
俺1人が全ての罪を背負えば世界が平和になるのなら、この命を魂を罪に染めよう。
それで目の前で泣く子が1人でも減るのなら
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます