忍び寄る影と決着の一幕


————場面は学園演習場の第14試合、1年特待生デボラ対1年Aクラスのロゼに変わる。そしてその結果はデボラの圧勝であった



「———はぁはぁ‥‥‥クソっやっぱり特待生は強いな!私らと何が違うって言うんだ」


「———違いなどありません。これは運命が齎す結果に過ぎないのです」



そんなデボラの発言は敗北したロゼにとって受け入れられない言葉だった。

力こそ全ての獣族にとって敗北することは、死んだも同義。どんな勝利だとしても死者が勝者にかける言葉などない。


ただ、敗北したという事実が残るだけだった



「———す、すまない‥‥‥もう私はこれまでのようだ‥‥‥」



————バタっ



戦闘開始から凡そ数十分の戦い。最初の勝者は特待生デボラの圧勝で幕を閉じた



「———さて、皆さんの様子でも見に行きましょう」




————そして場面は特待生ジル対1年Aクラスのアシュリー

同族であるエルフ族同士の戦いは、これも特待生ジルの圧勝であった


「———やはりエルフの天才であるジルさんは私の想像を遥かに超えています。精霊すら召喚せずに剣一本で負かされてしまうなんて‥‥‥」


「———とてもいい筋をしている。危うくイフリートを召喚しかけた。私をこうも追い詰めるエルフはそうそういない。いつでも待っているアシュリー」


「———ありがとうございますジルさん‥‥‥とても良い経験ができました‥‥‥‥」


アシュリーは膝を崩して負傷した体を癒す。無防備なアシュリーが傷を癒しているこの時点で特待生ジルの勝利が決まった。そしてジルはアシュリーをその場に残して別の場所へと向かう




————また場面は同族同士の戦いに変わる。魔族帝国の姫君にして特待生のエリザ対7つの大罪の1人、シン=ヴァンピールの息子ガイが戦闘を繰り広げていた。



「———クソ‥‥‥あのアマ」


しかし、優勢だったのはガイではなくエリザだった。どちらも魔族の中で神聖な存在であり、魔族帝国を創り上げた7人の子孫。魔族の中の最上位の存在、悪魔と呼ばれる彼らが共に争えば結果は引き分けかと誰もが思っていた。


だが、結果は違った。


「———ガイ。貴方では私に勝てないわ。太古から続くその血にしっかりと刻み込まれているものね?誰が魔族の王なのかと」


「———テメェ舐めたことしやがって。いつか必ず貴様を道具のように弄んでやるっ」


「———ふふ、それは無理。貴方の道具なんてごめんだわ。ピーピーと小鳥のように鳴いていればいいのよ?ガイ」




———そして場面は特待生アザレア対1年Aクラスのレオナルドに変わる



「———へ〜前よりはだいぶマシになったじゃない!」


「———ああ!あの頃の俺とは違うぞ!アザレア!」


2人の戦いはいまだに続き、どちらも笑顔を崩さなかった。まるで戦いを楽しんでいるかのように2人だけの空間が作り出されていた。


「貴方、前よりも変わったわね!なんか全然むかつかないもん!」


「それは嬉しいな!この戦いをどれほど望んでいたか!」


「そうなの?なら、もう少し遊んであげる!前のようにならないでよ!」


そう言ってアザレアはレオナルドの懐に飛び込み、刀ではなく足で横腹を蹴った


「グハっ‥‥‥こんなもので終わる‥‥‥俺じゃない!」


そしてレオナルドは横腹の痛みを我慢してアザレアの首元を剣で狙うが、、、


「けど、まだまだ貴方の剣では私に届かないわ」


「———!?なっ何?!」


レオナルドの渾身の剣筋はアザレアの最小限の動きだけで交わされてしまい、空を斬る

ガラ空きになったレオナルドの胸を勢いよく拳で殴り飛ばした



————ドゴォォォォン!!!



一本の木に殴り飛ばされたレオナルド。骨という骨が悲鳴をあげる中、膝に力を入れてしっかりとアザレアに剣を向ける。そして、、、



「はぁはぁ‥‥‥解放————紅凛喰アラマント!!」



———俺は目の前に佇むアザレアに向かって剣を解放させる。剣もだめ、魔法もだめときたら最後の切り札はやはりこいつしかいない‥‥‥


こいつから力を借りるしかあのアザレアには俺の剣は届かない‥‥‥



「———行くぞ紅凛喰アラマント!一太刀入れる!」


『あら、あの子がレオちゃんの想い人?あらら‥‥‥これは、どうして。とんでもないわねあの子』


「ああ?!怖気付いたのか?!」


『いいえ、そういう意味ではなくて‥‥‥』


紅凛喰が何かに勘づいているらしいが今はどうだっていい。目の前のアザレアにせめて一太刀入れて俺を認めさせるんだ!訓練生時代の俺とは違うところを今この場で!!


「———紅凛刺突!!」


俺はアザレア目掛けて大地を思い切り踏み込んだ。狙うは体の中心。剣をただ握っているアザレアの余裕な大勢、表情を俺の一撃で変える!



「———うおぉぉぉぉ!!!!」



「———それが貴方の解放?最強の一本、紅凛喰アラマント。私の刀は想いが強い程に力が増す。貴方の想いが誰ほどかは知らないけれど、私の想いは誰よりも上を行く」



—————キィィィィィィン!!!



衝突した剣と刀。森に響く甲高い音。互いに入れ違う立ち位置

そして、、、


「———はは、これでも届かないのか‥‥‥俺の剣は」


「———いいえ、届いているわ。服が少し破けてしまったもの」


「———それだけか‥‥‥やっぱりアザレアは“良い女”だ」


そう言い残して俺は紅凛喰を鞘に納めた


「俺の負けだな」


「前より大分強くなったじゃない。いいわ、認めてあげる。いつでも声をかけてね」


「え‥‥‥」


その言葉を聞いた途端。俺の中の世界が変わった。認めさせるだけに強くなろうとしたこれまでの人生。しかし、そのたった一言が俺の世界を明るく照らし出した。


負けたことがこんなにも嬉しいなんて生まれて初めての経験だ‥‥‥


「ありがとうアザレア」


「?別に感謝されることはしていないわよ」




————そして場面は特待生ワルドス対1年Aクラスのファシーノに変わる

これまで同様に特待生が優勢だと誰もが思っていたが、この2人にとってはそうとも言い切れなかった、、、


「———おいおい、あの英雄ワルドスとほぼ互角に渡り合っていないか?」


「———ああ、他の4人も特待生相手に頑張ったが、あの子は凄まじいな」


「———ああ、確かに凄まじい。もう目が離せない」



会場では大勢の観客がざわめき、2人の戦闘に見入っていた。特に男性陣の視線は胸部に固定されていた。


「男って最低」


と周りの女性達は冷たい視線で男性達を見下す。しかし、それでもモニターに映し出されている2人の戦闘は目が離せなかった————



「———まさかここまでの実力とは、ファシーノさん!


「———あら、イケメンで国の英雄様に言われると嬉しいわね」



————キィィィィィン!!



と幾度となく重なる剣。幾千もの交差する互いの太刀は一向に勝敗の見えない戦いだった


「俺の動きに付いてこられるなんて侮っていた」


「ふふ、とても楽しいわね」



————ハハハ。まさかファシーノさんがこれほどの実力を持っているとは知らなかったな。前の決闘で見せた魔法もそうだが、対面すると彼女の実力が凄みを増す


こちらが幾千もの剣で浴びせようとも彼女はそれらを全て否し、躱し、そして反撃の一太刀を加えてくる。隙を見せたかと思えば、それら全てが仕組まれた罠で相手を翻弄し、自分の世界で剣を繰り出す。


まるで俺の剣筋を全て見切り、全ての攻撃が分かっているかのように見透かされている気分だ。


なぜ、これほどの高度な技術があるにも関わらず、今まで無名の存在だったのか‥‥‥

彼女は何者なんだ?


ここは一か八かだ



「———氷絶剣」


俺の得意魔法である水魔法。その上位派生である氷

そして氷剣の上位魔法である氷絶剣は触れたもの全てを凍らせる剣


彼女のあの魔法と相性が最悪なのか良いのか‥‥‥


「あら氷魔法を使うのね。私も好きよ氷魔法。その氷の剣は見るからに全てを凍らせるってとこかしら?」


「ご名答‥‥‥触れたもの全てを凍らせる剣だ。魔法は凍らせられないが、その剣は凍らせられる」


「なら、掠らなければ良いだけ。全て良ければ済む話ね」


「そううまく行くかな!」



◊◊◊



———なぜ、何故当たらない‥‥‥


「一体‥‥‥どういうことだ」



———おかしい‥‥‥本当に俺の剣筋を全て見切っているのか?

氷絶剣で少しでも擦ればそこから凍っていくというのに、まだ無傷のまま


衣服にすら掠れていない‥‥‥!


「大分スピードが上がったけど見え見えよ」


「———!?」


幾度となく斬りつけても全てが宙を舞う。側から見れば、残像のように捉えられる俺たちの動き。それほどの速さな中、彼女は全て、体を否し、捻り、躱している。



————ガタガタガタガタ



俺の暁夜叉が震えているのか?目の前の彼女に対して?




そしてこの数分後に大勢の観客が押し寄せる会場にてある事件が起きる


それは黒煙が空に上り、空を黒く染める程の爆発が観客を襲うのだった




◊◊◊




「————ハーハッハッハッハ!!!お前最高だよ!これだけ正気を保って我慢していられた奴は初めてだ!!!」


「———おい、もうやめろ!それ以上は死んでしまう!」


「———黙れ貴様!我らに刃向かった愚かな小僧に大人の怖さを教えてやっているに過ぎない!はぁはぁ‥‥‥これは快感だ!!」


「———クっ!」



————なんて酷いことをする。隣の少年がこのままでは死んでしまう‥‥‥

この鎖さえなければ‥‥‥!今にでも救いだして!



「———はぁはぁ、次は足の健を切ろうか!!!」



————バチ



「———グッ!!」



隣で痛みに耐える少年。声を押し殺して耐えうるその精神は一体‥‥‥


そして、この男は凡そ1時間ほど前から少年の手足を酷いことに斬り刻んでいる

手の指や足の指、腕や足を反対の方向に曲げては骨を折りグチャグチャに少年を悼みつける。


そして左腕の指を全部切り落としては左足の指を全部切り落とした。床に少年の血が広がり、血の海が出来るほどに出血してもなお意識を保つ精神


精神が壊れてもおかしくはない想像を絶する痛みに争い続ける少年


体がぐちゃぐちゃになっても少年は叫び声すらあげなかった‥‥‥

それどころか少年は男に向かって口を開く、、、


「———おい下衆野郎。いつまで続ける気だ‥‥‥」


「ハッハッハッ!!!その目!その口!今度は両方の目を頂こうか!!」


「———!?やめろ貴様!!」



————これ以上壊れていく少年を見たくはない‥‥‥いっそ楽になれるのなら少年を殺したほうが痛みもなく済むというのに‥‥‥最後の最後まで少年を痛ぶる男‥‥‥



私がここに捉えられて1週間。ある重要な任務でわざと潜入し、そして内部から情報を探るために捉えられた。


それはある情報を探るため‥‥‥‥


我ら月下香トゥべローザを名乗る、偽りの月下香トゥべローザの情報


そしてもう一つは対魔力領域の存在。

新たに軍が配備した対魔力領域という代物とそれを応用したこの繋がれた鎖


今、私が繋がれている鎖は対魔力領域が刻み込まれた鎖。魔法おろか、魔力すら出せないある1人を捕獲するために作られた代物


そう、我らの王であり、主である虚無の統括者こそネロ様たった1人を捉えるために開発された軍の兵器


よもやこのような矮小な組織が持っていようとは‥‥‥軍の管理はどうなっているのだ



この鎖のお陰で我らの計画は遅れをとっている。


この月下香トゥべローザ幹部、五絢のアントニがこうも不覚を取るなど‥‥‥あってはならない事実


予想外の事態がおき、そして今では隣の少年は死が間近に迫っている


たった1人の少年すら救えない私など五絢を名乗る資格はない‥‥‥




————ドォォォォォォォン!!!!



「「———!?」



その時、大きな地震とともに部屋が崩れてしまいそうなほどの爆発が起こる。

小さな瓦礫がおち、壁の岩が崩れていく


「もう、足をたどられたか。仕方ない‥‥遊びは終わりだ。この地下空間も時期に埋もれるだろう」


「まっ待て!?俺たちをどうする気だ!」



私は男に叫んだが、男はそれを無視して部屋から出て行った。

残されたのは私と少年の2人


しかし、もう少年は‥‥‥‥



「————少年‥‥‥いいやレオン意識はあるか?」


私は恐る恐る少年に問いかける。微かな息が聞こえるだけで、意識は朦朧と‥‥‥


「ア、アントニさん‥‥‥俺はだい、丈夫だ‥‥‥」



「———だっ大丈夫なわけがあるか!?その身体を見てそう言い切れる君は馬鹿だ!指もない!ありとあらゆる骨は折られ足も腕も曲がり、健すら切られた君にいくら回復魔法を掛けたとこで心の傷は癒せない!!」


私は少年に向かって叫んでしまった。大丈夫という少年の強がりを聞いてはそうせざるを得なかった。痛々しい身体を見ては私の心も次第に沈んでしまう‥‥‥


必ず、必ずこの少年‥‥‥レオンを救って見せよう。我ら月下香の名に掛けて少年の命はこのアントニが守って見せる‥‥‥



「必ず‥‥っ必ず救って見せるレオン。約束しよう必ず我ら“月下香トゥべローザ”が君の命を救うと」


「‥‥‥‥」


そこからは少年は話さなくなり、息の音だけが空間に漂っていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る