御伽噺のお姫様
「う、うぁ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥やはり落ちたものだなこの俺も‥‥歳には逆らえぬ‥‥」
——クソっ‥‥また俺は死にぞこなったか‥‥
重い瓦礫を退かし、俺の肢体の確認をするが残念なことにまだ付いている‥‥
そして、この血眼の目で雲ひとつない夜空を見上げて見たものは星々の輝きと月が出す淡い色だった‥‥
——この血塗れの肉体を照らすのに充分な光量だ‥‥
「ああ‥‥もう、指の一本すら‥‥動かすことが出来ん‥‥この儚き‥‥命も‥‥地獄へと‥‥向かうか‥‥カハァッ!‥‥」
ハァ‥‥ハァ‥‥もうこの体も限界のようだ‥‥まさか本当に止めてしまうとは‥‥今の天族もなかなか‥‥やると言うことか‥‥
———コツッ‥‥コツッ‥‥コツッ
‥‥ん?
何処からか人の足音が近付いてくる‥‥
これは遂に頭がイカれたか‥‥または‥‥
「——これがお前のやりたかった事か?」
足音が消えると同時に、いつの間にか俺の前にまで来ては声をかける者。俺は頭を上げ、ぼやける視界で声の主を睨んだ。
しかし、素顔を確認出来ぬように声の主は仮面を付けていた。黒く目元を隠す仮面の主は俺を覗き込むように問いかけてくる。
「——死ぬのか?」
ただ一言‥‥その一言の言葉は俺の心に深く浸透する。
「ああ、そうだ‥‥」
俺はそんな言葉に胸が軽くなる衝動を感じた‥‥そして事の惨状を一瞥すれば一瞬で理解できる‥‥大きく凹むクレーターの外に魔力を使い果たして倒れている者達。
俺の自爆を見事止めて見せた若き芽‥‥
——そう俺は‥‥負けたのだ‥‥
「‥‥後はもう悔いはない‥‥俺の負けだ‥‥」
——今‥‥思い返せば俺の正義は正しかったのだろうか‥‥
娘も妻も失い、国を滅ぼしかけて辿り着いたのは深く‥‥深い湖の底
の冷たい牢獄。誰も悲しませず‥‥誰も怯えぬ世界を‥‥子供の笑顔を守る世界を作りたかった‥‥ただ、それだけが俺の願いだった。
年も取り、弟子を育てては新たな時代を見たかった‥‥弟子達の作る新たな世界を‥‥だが、こんな形で弟子達の成長を見る事になるとはな‥‥
生憎‥‥俺の弟子達は強くなったな‥‥ハハハ‥‥この老ぼれを越えて先へと進んで行くのだろう‥‥頭の固い俺はこの時代には不必要‥‥ここで潮時だ‥‥
「——なんの真似だ?質問に答えろ‥‥お前のやりたかった事はなんだ?」
——俺は首を前に傾けて、落とせの合図を示した。
「‥‥‥」
「この場で黙秘か?では質問を変えよう‥‥最後の望みはなんだ?」
——俺は口角が自然と上がった‥‥この男は俺に対して最後の望みと聞くのだ‥‥俺がやった惨状を目にしても何故、この男は聞くのか理解が追いつかなかい‥‥俺に何を望み‥‥俺にどうしろと言うのか‥‥
この老いぼれの望みを叶えるとでも言うつもりなのか‥‥舐められたものだ‥‥
「——小僧‥‥俺に何を‥‥望む?」
「‥‥気づいていたのだろう?‥‥何故巻き込もうとした?」
——!?何故だ‥‥この男は今までの戦いをまるで見ていたかのように‥‥
いいや、見ていたのだっ‥‥この男は‥‥いいや、この小僧はずっと‥‥そばで見ていたのだっ‥‥
「小僧‥‥貴様‥‥何者だ?」
俺の戦闘に手を掛けず、俺の復讐をずっと見ていた‥‥それも近くで‥‥
そして不思議なことに全く魔力の感じられない‥‥
この世に魔力の感じられぬ者がいようとは‥‥なんと奇妙な小僧だ
だが、この小僧‥‥
「‥‥‥」
そうか‥‥貴様も無言を貫くか‥‥小僧‥‥
その内に秘めている力‥‥貴様も‥‥
——ザザッ
「——ん?」
俺から離れ瓦礫の奥へと歩き出す小僧。そんな小僧は瓦礫の中から一人の少女を掘り出し、抱き抱えて俺の目の前まで持ってきた。
「このおなごは‥‥」
「ああ、そうだ。生きている‥‥だが、心は蝕まれている。お前の知っているある魔法によって彼女の心は今も此方には無い」
——フッ‥‥この男‥‥全てお見通しという事か‥‥なんて男だ‥‥
この俺の目で見ても歳の若さを窺える‥‥だが、この余裕と底の計り知れなさは
修羅場をいくつも潜ってきた者と同じ‥‥いいや、それ以上の地獄を歩いた者の足取りだ‥‥
「我が‥‥ゲホッ‥‥娘の魔法は‥‥消さねばならんっ!。可哀想だが‥‥そのおなごの運命は既に喫している。まさか出会いがこの形とは‥‥苦しみが続くのならばいっそ———『俺の物になれっ』!?‥‥‥なんだ、何をしているっ?!‥‥その魔力は一体!?」
なんと小僧はおなごの胸に手を翳すと、そのまま何かを掴みおなごの体から黒い魔力を引きずり出したのだ。
そうこれはまるで神秘的な‥‥神に等しい死をも操る魔法‥‥
「——なんて魔力だ!?‥‥何処にその魔力を秘めていた?!」
この廃れた目でも分かる‥‥なんと美しい魔力をしているのだ‥‥
初めて見た‥‥ここまで洗練された濃密な魔力を‥‥この可視化できる魔力をっ‥‥!
そうか‥‥こいつは‥‥
——あの”御伽噺の
『——ねえパパ!私このお話だーいすき!!』
『そうかそうか!パパも大好きだぞ!ええ‥‥と』
『御伽噺のお姫様よ!悪者達に呪いをかけられて苦しんでいるお姫様を王子様が魔法で助けるの!パパったら何度言ったら分かるの!』
——懐かしい‥‥今になって娘との‥‥楽しい会話が蘇る‥‥
『私ねパパ!私のこの魔法もいつか苦しんでいる人達の役に立てたらって思うの!命はみんなおんなじ!だから、お花を咲かせるんじゃなくてもっとみんなの役に立つ事に使いたいの!』
『そうかそうか!偉いぞ”デボラ!大きくなったらパパとママの3人で世界を見て回ろう!』
『うん!約束だよ!!』
———ああ、我が愛しき娘デボラよ‥‥すなまい‥‥お花を咲かす魔法を
穢してしまった‥‥パパはもう‥‥ママと同じとこへは行く事はできない‥‥
デボラ‥‥ママをよろしく頼む‥‥
「——これも俺の運命だっ」
そして小僧はもぎ取った黒い魔力を自身の胸に押し当て、吸収していく‥‥
この小僧が今、目の前でやり遂げた所業‥‥それは死にゆき俺でも分かる‥‥
「——!?魔法を‥‥娘の魔法をそのおなごから取り出したのか!?何故自身へと移した!それは心を蝕む呪いのような魔法‥‥何故だ‥‥?」
「——これも運命‥‥いつか果ての道へと辿り着く為の切符だ。俺が貰っていっても良いか?」
「そ‥‥うか‥‥貴様に‥‥なら‥‥託せる‥‥だろう‥‥その‥‥魔法‥‥を‥‥」
「——ん‥‥ここはどこ‥‥?」
「「——!?」」
まさか‥‥その瞳‥‥その鼻筋‥‥その髪の色‥‥
「——デボラ‥‥お前なのか‥‥」
自然と胸の奥深くからおふれてきおる‥‥言葉に表せないもの‥‥そうこれは
「はい‥‥デボラです‥‥って何故私はここに‥‥!?なんなのですかこの戦場は!?一体何が起こって‥‥?!」
そうか‥‥どうやら‥‥娘ではないらしい‥‥同じ名前‥‥同じ相貌 ‥‥
250年前の娘なわけがないのだ‥‥全く‥‥何を期待していたのだ‥‥
「——先生‥‥もう終わりです‥‥大人しく捕まってください‥‥」
「‥‥ほう‥‥流石は王ミカエル‥‥魔力が底を尽きておらぬな」
「ええ、先生‥‥も。そして、そこにいるお方‥‥貴方‥‥見たことあります
二度目ですね‥‥何をしに来ましたか‥‥虚無の統括者っ!」
‥‥虚無の統括者‥‥こいつが噂の‥‥そうか‥‥二年前厄災の魔獣を倒したという‥‥牢獄までその噂は届いていたが、こいつがそうとは‥‥なるほど‥‥
どの道俺に勝機はなかったと言うことか‥‥また運命の悪戯か‥‥
『——パパ!』
ああ、そうだな‥‥デボラ。俺ももうやりたい事はやった‥‥だが、最後にやり残したことがある‥‥
「——おい、小僧‥‥俺の人生を賭けた正義だ。俺の首を持っていけ‥‥娘の魔法諸共、貴様の正義を貫けよ‥‥小僧っ」
「——ああ、約束しよう‥‥」
——そうだ‥‥それでいい‥‥小僧‥‥
「——!?おやめなさい!!そんなこと私が許しませんっ!!」
——王ミカエル‥‥やはりぬるいな‥‥昔と変わらん優しい女に育ったな‥‥
「先に地獄で待ってるぞ‥‥」
「——いいや、違うぞゼフ」
「——おやめなさいっ!!虚無の統括者ぁ!!!」
——ありがとう‥‥ミカエル‥‥そしてデボラよ‥‥再びその瞳を見れて‥‥よかった‥‥やはり娘には逆らえぬな‥‥
御伽噺のお姫様は本当だった‥‥‥
————ボトッ‥‥‥
「「———!?」」
「先生‥‥‥?ゼフ‥‥先生っ!なんて事を‥‥!よくも‥‥よくも‥‥先生をっ!!」
俺に剣を抜かず‥‥真っ先にゼフの体に腕を回す王ミカエル‥‥
大粒の涙を頬に垂らして‥‥悔しく、そして怒りで俺を睨む。
王ミカエルは敢えて殺さずに再び‥‥生きていてほしいと願っていた。だが、ゼフにとってそれは地獄と変わらないだろう‥‥生きている限り復讐の衝動に駆られ、苦しんでいた事だろう‥‥
それでも王ミカエルはゼフに対して生きていてほしかった‥‥それは罪人ではなく一人の弟子として、教え子として師を殺したくはなかった‥‥とても優しい王だ‥‥
「——男が正義を貫き、人生を賭けて歩んだ道だ」
「‥‥それでも‥‥それでも私はっ‥‥生きていて‥‥ほしかった」
———天族の英雄ゼフよ‥‥深く眠るがいい‥‥その罪は俺が全て引き受けよう。だからゼフ‥‥お前は娘と妻の元へと逝くがいい。その信念も家族の為に誓った復讐も汚された正義も恥じることはない。
その背中に背負う物は俺が受け継ぐ
「——それと君はもう自由だ。ある”男からの願いだからな」
俺はすぐ横で状況を理解していないデボラに語りかけた。
すると彼女は何かを確かめるように腕を前に出して何かを呟く‥‥
「——!?う‥‥そ‥‥どうして‥‥」
さあ、俺はもうお暇するとしよう‥‥目的の物も手に入れた事だしな
———パチン
俺は指を鳴らして転移魔法を発動させる。王ミカエルとデボラが何かを言いたげでこちらに手を伸ばしてきたが、転移魔法が発動して俺は姿を消した‥‥
そして転移の先はある瓦礫の一角‥‥仮面を外し、ローブも外して先程までいた場所へと走る。
「———う‥‥うぅ‥‥ん‥‥」
——ん?これはレベッカ先輩の声だな‥‥何処に‥‥いた!
すかさず駆け寄り、瓦礫に倒れ込んでいるレベッカ先輩を抱き抱えて平な地面に寝かせる
「レベッカ先輩お疲れ様です。標的のゼフは倒れています。安心して眠ってください」
「ん‥‥レ‥‥オン‥‥無事‥‥だったか‥‥‥」
意識が薄れていく中でさえも、他人のことを心配するレベッカ先輩はアザレアと何処か似ているな。
これでようやく‥‥全てが片付いたな‥‥
あ、夏季休暇もう無いじゃん
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