悲しみの連鎖
「なんて拳圧だ‥‥っ!奴が拳を振るうたびに、こちらまで衝撃が伝わってくる‥‥っ」
「これが元
———と兵士達が怯む中、俺とレベッカ先輩はゼフの拳圧に耐えながらなんとか前へと歩み出していた。拳圧だけで兵士達が道端にバタバタと倒れ、正気を保てない者は気絶していく惨状。
そして一発一発の拳で吹き飛ばされていく兵士を横目に、攻撃のチャンスを今かと伺っているレベッカ先輩。その目を大きく見開いては、獣族特有の獣の勘を利かせている様子だった。
そして数十mの右隣ではアザレア達の姿も確認された。俺とレベッカ先輩にも気付いているだろうが、標的のゼフの拳圧で今はそれどころではない‥‥
元
俺達も取り囲むように標的の近くまで来ているが、奴の拳圧が攻撃の一歩を邪魔する‥‥
「「「うあああぁぁあああ!!!」」」
次々と兵士達が突き飛ばされ、叫び声をあげる中‥‥
「———っ!?」
ゼフの振り上げた拳が空中で急に止まる。
なぜ止まったのかを考えるよりも、俺やレベッカ先輩、そして誰もが攻撃のチャンスと捉える一瞬の出来事が訪れるが‥‥
「——なぜだ‥‥何故そいつから“あの子の魔力がっ!?」
俺は遠目からゼフが何かに気づき、呟いたかのように見えた。だが、この好機を逃すまいと皆は気にもせずにゼフ目掛けて魔法を‥‥剣を振りかざした———
「一体‥‥貴様らはっ!何をしているのか分かっているのかぁぁ!!」
「「「——っ!?」」」
その瞬間、何かに怒り、リミッターが外れたゼフから莫大な魔力が溢れ出る。
そしてゼフを包むように漂う魔力の渦は、俺達諸共後方へと弾き飛ばした。
「ミカエルよ!貴様も奴らの犬になったか!?何処まで‥‥何処まで落ちれば気が済むのだ天族共!!覚悟しろ貴様ら!」
そして怒りに燃えたゼフは天族の王ミカエル‥‥ではなくその隣にいるフードを深く被る天族へとその拳を振り上げる。
「その魔法諸共っ消してくれるっ‥‥!!」
しかし、フードを被る天族を目前にしてゼフの振り上げた拳は一瞬の躊躇いを魅せる。
それに気づけた者は俺を除いてただ一人だった。
—————ギィィイイン!!!
と甲高い音が空に響き渡る
「——おやめくだいさい!先生!!」
フードを被る天族と拳を振り上げるゼフとの間に天族の王ミカエルがその剣を抜き立ちはだかった。
「「「おおお!!!遂に我らの王が動いた!!!」」」
ゼフの攻撃を感一発で防いだ王ミカエルに対して、天族の兵士達は歓声を揚げていく。絶対的な守護者にして、最強の番人である王の参戦は兵士達の指揮を上げるのに十分なほど効果を発していた。
「ク‥‥っ!そこを退けっ‥‥ミカエル!!」
「いいえ、そうはいきません!いくら貴方でもこの子に手出しはさせません!」
「ははは!!ミカエルよ!そのおなごに同情でもしているのか!?偽善者も甚だしいぞ!」
そう言ってゼフは力強く拳を振り下ろし、王ミカエルの剣を弾く。互いに距離を取り様子を見ると、王ミカエルが先に剣を腰にしまった。
「私にも守るべき正義があります。それは貴方と同じであって違う‥‥世界を守る為、平和の世界を創る為に私は利用できる物を利用しましょう。それがたった一人の命で成されるのなら私は‥‥それに縋りましょう」
その後、瞬時に空へと羽ばたき、手を月へと掲げた王ミカエルは足元のゼフを見下ろし、小さく言葉を呟いた。
その言葉とは、この世界の五人だけに呼ぶ事ができる魔法の言葉
そして勝利の宣言
———来なさい———
———私の剣———
その瞬間、夜空に眩い光が現れる。朝の日差しとはまるで違う、星の煌めきが空中都市全体を照らし出す。
「「「おお‥‥これが‥‥ミカエル様のっ‥‥!?」」」
そして都市を照らし出す眩い光は徐々にある形へと姿を変え、兵士達が見上げる遥か上空にそれは現れる。
「——ほう‥‥これが貴様の魔法かっ」
そうゼフの呟いた言葉は感心から漏れた類なのか、はたまた落胆からの類なのか‥‥目の前のゼフにしか分からない。
だが、遥か上空に創られた数万という光の剣の矛先はゼフ一点に集中していた。
そんな光の剣を創り出した張本人は上空で浮遊し、右手を掲げる。
「これで終わりにしましょう‥‥」
誰にも聞こえぬ声で呟き、王ミカエルは静かにその右腕をゼフに振り下ろす。
すると光の剣は一直線にゼフ目掛けて落ちていく‥‥
——
その魔法を見たのは実に二度目のこと‥‥この目の奥にしっかりと記憶されている。二年前の厄災の魔獣に対しては効果なかったが、生身の人ならばその効果は絶大だろう‥‥肉体の一片すら残る事なく斬り刻まれる光の剣なのだから‥‥
この戦場にいる誰もがその矛先であるゼフを見た‥‥
しかし、その男は何もせず、何も動かず、ただ落ちてくる光の剣をその両目で見ているだけだった。
「お逃げください‥‥‥せん‥‥せい‥‥っ」
誰もがゼフの死を確信するとともに、その目に雨を降らせる者もいた‥‥
「全員退避しろおぉ!!!」
そして数万もの光の剣はゼフに吸われて行くように一閃の輝きを放って衝突した
◊◊◊
「ゲホッ‥‥ゲホッ‥‥」
「どう‥‥なったんだ」
砂埃で息が蒸せている天族軍を横目に、俺はレベッカ先輩やアザレア達の方へと目を向ける。
「はは‥‥あれが
「ふう‥‥アザレア何を笑っているのよ」
「ごめんカメリア。でも、笑わないと現実を受け入れられないわっ」
どうやら彼方も大丈夫な様子だ。アザレアに関してはあの魔法を見て笑顔でいる。頼もしいのか、ただただバカなのか‥‥ワルドス達なんてあの魔法を見て顔を引き攣っている始末だぞ
しかし‥‥誰もが勝利を確信した空気になる中、レベッカ先輩は気を緩める事はしなかった
「レオン‥‥まだ終わっていないぞっ!」
と声を荒げたレベッカ先輩の言葉は忽ち天族の耳にも届く
「そんなバカな!?」
「何を言うかっ!小娘!」
主君の魔法では殺すことは出来ぬ、そう貶されたと思った天族の軍人は怒りを向けてくる。しかし、ゼフがいたであろう場所を確認すれば砂埃が舞い、大きなクレーターが出現していた。
そして徐々に砂埃が晴れていき、黒い影を目にする‥‥それは大柄な人影を模様し、片翼を背負う者‥‥
「な‥‥なんてお姿に‥‥っ」
「もう‥‥やめましょう‥‥っ」
砂埃が完全に消え去り、大きなクレーターの中心にいる人物を視界に捉えるや否や、その姿に思わず目を背けてしまうのだった‥‥
地面に突き刺さる光の剣を辿り、目にした翼に突き刺さる無数の剣‥‥その足に、その腕に、その体に、その首に、突き刺さる光の剣を受けて尚も仁王立ちするゼフの姿。
「うっぐぅ‥‥先生っ」
「それ程までに‥‥許せないのですか‥‥」
大量の血を吹き出し、足元に血の海を作るそんなゼフは腕を脱力させ、片膝を地面に付き、今にも倒れてしまいそうな微かな声を張り上げる。
「ハァ‥‥ハァ‥‥俺も歳を‥‥取ったものだっ‥‥この程度で‥‥グハァッ‥‥!」
そしてゼフは口から大量の血を吐くと、上空から降りてきた王ミカエルを睨みつける。またゼフの労しい姿を見た王ミカエルはその瞳を赤くさせ、ある衝動を耐えているかのようだった‥‥
「何故っ‥‥何故、その姿になられてもお立ちになりますか‥‥。我々を許せないからなのですか‥‥?もう‥‥私はっ‥‥貴方の弟子でもないのです!」
‥‥‥王ミカエルはゼフに対して負い目を感じている。嘗ての師を自らの手で殺すとなれば俺でも躊躇う。いいや、躊躇うのが普通であり、それは種族が違えど共通の感情だろう。
「だからっ‥‥もうお立ちにならないで下さいっ‥‥これ以上、貴方を苦しめたくはありませんっ!」
老人の体を‥‥労しいゼフの姿を見て胸を、その瞳を痛める天族。
そして憐れみを覚える俺達部外者は二人の会話に委ねる事しかできなかった。
「ハァ‥‥ハァ‥‥ぬるいっ‥‥ぬるすぎるなミカエル‥‥!この一瞬を貴様は犠牲にした‥‥俺を殺す筈の一瞬を貴様は躊躇った!だから弱いのだ天族っ!‥‥それでは守るべき者も守れんぞぉ!!」
血眼になり、その肉体が血で塗れても、その瞳の奥深くに沈む黒い渦は消える事はない。
この男をここまで奮い立たせる恨みとは一体‥‥
どうしてこのゼフという男は‥‥
「フハハっ!!この俺が‥‥くたばるとでも思ったか‥‥?この程度の痛みっ‥‥腕が落ちようがっ‥‥!足が落ちようがっ‥‥!首を落とされようがっ‥‥!貴様らを地の底まで追ってやろう‥‥妻と娘の味わった痛みを貴様らに倍で与えようっ‥‥!」
笑みを溢し、口角を引き上げるゼフの顔。それはまるで狂乱の戦士と遜色無い風貌をしていた。
「そこの‥‥おなごに宿る我が娘の魔法欲しさに‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥貴様らは奪い、弄び、用済みと殺し、息絶えた娘っ‥‥自殺を図った妻‥‥あれから‥‥グハァッ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥250年の時が経とうとその魔法は‥‥我が娘のっ魔法は引き継がれるっ。娘の魔法を‥‥本来は優しい魔法を貴様らはっ‥‥!命を刈り取る視点に目を付けた貴様ら偽りの王共はっ!!!‥‥決して許さぬぞぉっ!」
その瞬間、ゼフの周囲に魔力が集まり出した。その魔力は徐々に徐々に大きくなりゼフの体に吸収されていく‥‥側から見れば魔力を己に溜めているように見えるが、これは‥‥もしかすると
「これで‥‥終わりにしようっ!この城諸共‥‥そしてその魔法も一緒に地獄に葬り去ってくれるぅ!!」
そう間違いない‥‥このゼフは‥‥
「なっ‥‥何をするつもりです!?それだけの魔力を体内に吸収すれば‥‥っまさか‥‥!? 全軍直ちに退避しっ近くの市民も避難させないさい!!王城から遠くへ行くのです!!」
王ミカエルの命令を聞いた天族はすぐさま命令を実行し、戦場に背を向けて走り出す。ただならぬ声質と表情を見ては誰もが悟った事だろう。
「レベッカ先輩‥‥俺たちも避難しましょう」
俺はレベッカ先輩の身を案じて避難を促す。しかし、レベッカ先輩は首を横に振り
予想外の言葉を投げかけてきた
「私は残る。被害を最小限に止める為に‥‥レオンお前は軍と一緒に王城から避難しろ。このような事態に巻き込んでしまったのは私の責任でもある‥‥」
俺を思ってのレベッカ先輩なりの言葉。俺では足手纏いになるとレベッカ先輩はわかっている。そしてまだ入隊したばかりの俺に対して、レベッカ先輩もまた負い目を感じているのだろう。
「レベッカ先輩を置いて行けというのですか?」
「‥‥‥」
目も合わせず無言を貫くレベッカ先輩。ここで俺が残るなんて言えばレベッカ先輩は剣を抜いてでも俺をこの場から遠ざけようとするだろう。無駄な争いであり、レベッカ先輩のせめてもの優しさ。
「わかりました‥‥御武運を」
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