ゼフの過去

————ドゴオオオォォォオオンッ!!!


と夜の渇きに流れ込んでくる空へと鳴り響く音。

そしてその音に耳を澄ませていた者達の勘が動き出す。


「——レオン行くぞ!標的が現れた!」


「はい!」


宿の部屋で神経を張り巡らせていた時、突如大きな爆発音が聞こえた俺はレベッカ先輩の指示に従い直ぐに宿を飛び出した。

そして音の方角へと走り出すと、目に映ってきたのは黄金の王城だった。


「レベッカ先輩‥‥まさか奴の狙いは‥‥」


「ああ、“復讐だ」


その言葉をレベッカ先輩の口から聞いた途端、俺は心臓を鷲掴みされた。勿論物理的にではない、間接的にゼフの復讐が俺の心を抉ったのだ。


「奴は数百年前の“ある事件をきっかけに国に対して、世界に対して復讐を誓った男だ‥‥」


夜の暗い道を風のように駆けながら、レベッカ先輩の表情は激しい剣幕を見せていた。

レベッカ先輩のような正義を持っている者からすると復讐など無意味と思うのも当然。関係のない他人を巻き込むなどレベッカ先輩の性格上、許し難いことだろう。


片翼のゼフ‥‥彼が侵した罪は決して無視できるものではない。彼の過去に何があったのか俺は知らない‥‥だが、正義が砕け、絶望し、怒りや恨みがこの世界に向けられた時点で

彼に何をしたのかあらゆるパターンが想像できる。


一体何をしたのか‥‥一国の王にして世界を統べる元選ばれし者(セレツィオナート)が復讐するほどの衝動。

俺はそれを知りたい‥‥このまま王城へと着けば、奴と対峙すれば何か分かるのかもしれない‥‥


「レオン!もうすぐだ!気を引き締めて行け!」


「はい!」



◊◊◊



——時はレオンとレベッカが王城へと駆け出している頃、極秘魔法部隊のヴァレンチーナ班が王城へと到着していた。


「——なっ!なんて事‥‥たった一人でここまでやるなんて‥‥!」


「ヴァレンチーナさん!標的はあそこにいます!」


「ええ!アザレアさんは私の後ろに、他は陣形を整えて!」


「「「はい!」」」


負傷者が瓦礫と一緒に地面に倒れている横を走る抜ける私達は、戦闘が過激化している王城の奥へと進む。今まさに戦闘中の鈍い音が何度も耳に届き、音が近づくに連れて血が地面を覆っていた‥‥


「——オラァァ!そんなものか天族!ぬるい、ぬるすぎるぞお!?」


「クっ‥‥!さすが元選ばれし者(セレツィオナート)!250年のブランクを一切感じさせない‥‥っ」


私の見たその光景は戦慄さえ覚える程の存在感。圧倒的な腕力、魔法や剣をその身で受けても傷一つ付かない肉体。自身の身体だけで軍と渡り合うその姿は猛獣そのもの。


「ヴァレンチーナさん!私達も加勢しましょう!」


漠然と立ち尽くしていた私を呼ぶアザレアさん。あまりの事に我を忘れてしまっていた私はアザレアさんの言葉に救われた。


「ええ!私達も行きましょう!」


鳴り止まない甲高い音と、人が何かにぶつかる鈍く低い音が入り乱れる。肌がヒリヒリと撫でるような痛みが襲う。もうすぐ目の前では何人もの兵士が瓦礫とともに横たわり、もう二度と起き上がる事はない。


「——!?何者だ貴様ら!新手か?!」


私達を視界に捉えた四大天族の一人であるガブリエル様が鋭い視線をぶつける。そんな私達は極秘魔法部隊の任務上、素性は答えられません。しかし、味方だと言うことはいえます。


「我らは敵ではありません。同盟軍から馳せ参じました部隊です」


「同盟軍か、しかし若いな‥‥その若さでこの戦場に足を踏み入れるとは‥‥なるほど」


私達の顔を一瞥すると、ガブリエル様はゼフに視線を戻した。今私達は仮面を付けて正体を隠している。素性や年齢が世間に露見されないようにするために‥‥


「——どうしたっ!?この老人一人も止められぬか天族ぅ!」


‥‥なんて戦いでしょうか‥‥これが元選ばれし者(セレツィオナート)。本物の強者ですか


「こんな状況、そう出会すものではありません‥‥死ぬ気で任務を遂行しましょう」


格上相手に今の私の実力がどこまで通じるか‥‥ここで試さずいつ試すのでしょうか!



◊◊◊



「はぁはぁ‥‥どいつもこいつも腰抜けばかりだ!」


ドゴオオオン!! 


「「「ウワァァアアア!!」」」


——どいつも‥‥こいつも‥‥


「くそ‥‥何故また戦う羽目になるんだ!?」


——一体どこまで落ちれば気が済むのだ


「さすがは“先生だ‥‥その力はまるで衰えを知らない」


——その名で呼ぶな


「ゼフ先生‥‥何故貴方がこの様なことを‥‥」


——その名前を呼ぶんじゃねーよ小僧共


——俺は‥‥俺は‥‥


「お前らの師は死んだ!今ここにいるのは復讐のゼフだ!!」


ああ、俺はもうお前らの師でも先生でもない。俺の正義はもうこの世界にない。

250年前の小僧共が俺と同じ背丈になって襲ってくる世界。なんて面白いのだ。


今の俺を造ったのは一体誰だと思っている‥‥俺の声は天高くまで上り詰める。この声を聞いているのならば良く聞けっ


「引き摺り落としてやるぞ!偽り共!!」


「「「先生!御覚悟っ」」」


「こんな温い弟子など俺は育てた覚えはないぞ!」


幾千もの剣戟、幾つもの攻撃魔法など貴様ら程度ではこの体に傷すらつかんわ。

この胸に刻まれた傷は貴様らでは到底開く事はできん!


「死にたくなければそこを退け!!」


——ああ、我が愛しき者よ。これがわしのケジメだ。


「——待って下さいデボラ!そちらに行ってはなりません!!」


「‥‥‥」


この戦場で久しぶりに聞く声。250年ぶりに聞くこの声は‥‥ハハハ、そうか奴が王か!


「ミカエル!貴様、王になどなりよったか!優しきお前の国らしく天族は落ちたものだ!」


そう言うと何者かを追ってきたミカエルは俺を見ると同情の目を向けてきた。


「ゼフ先生‥‥もうおやめ下さい。彼女はもう‥‥『黙れ』‥‥」


「その同情の目はやめろ‥‥俺をそのような目で見るな。俺の心を分かった気でいるなっ」


ミカエルよ。貴様に恨みなどない‥‥だが、貴様の“後ろにいる奴らを俺は許すことができない。我が娘を奪い、魔法を奪ったその罪を俺は‥‥‥‥


「‥‥っ!?」


ふと目が合った‥‥フードの奥の光瞳が俺の心を覗いていた。その眼差しは見覚えがある。そしてその魔力も懐かしく感じた。


「なぜだ‥‥何故そいつから“あの子の魔力が」


——何故、俺の娘の魔力と同じなんだ‥‥?


——250年前に娘の魔法に目を付け、俺から娘を奪った日から俺の正義が変わったのだ。この国をどこよりも強く、そしてどこよりも子供達が笑える国にと幸せが訪れる国にと俺は誓い、王になった。


愛する妻を娶り、子供も授かり、幸せな日々だった。


だがっ‥‥奴らは娘の魔法、命を奪う魔法に目をつけて私利私欲の為に行使しようとした。俺はそれを断固拒否した。娘を戦場に送り、命を刈り取って来いなど何処の親が言おうか。


そして事件は起こる。娘が15になる日のこと。

突然、信用していた部下達が娘を無理やり奪い、娘から魔法を奪った。そして俺の手元に来た頃には屍の人形だった‥‥それを見た妻も自室で首を吊り、旅立った。


俺の中の何かが切れた。今までの正義も、誓いも全てどうでも良くなった。

全ての怒りも恨みも憎しみも負の感情の渦が俺の中を駆け巡った。


感情に身を任せ、国を壊滅させ、投獄されること250年。今まであの日の事1秒たりとも忘れたことはない


二度と妻にも娘にも会えない悲しみが消えることはない


なのに何故今、俺は娘の魔力を感じている。

俺の手の中で眠っていた娘が何故‥‥


魔法を奪った後の使い道を俺は知らない‥‥

だが、250年前の娘の魔法を感じるなど‥‥


一体‥‥一体‥‥


「——一体貴様らは何をしているのか分かっているのかぁぁ!!!」


俺は怒りに身を任せて魔力を全解放させてやった


「「「うおおおぉぉぉおおおお!!?」」」


俺の魔力に吹っ飛ばされる軟弱な天族。この程度で立てもしないなど滑稽よ。


「どれだけ娘を侮辱し、痛めつけ、嘲笑った‥‥。その魔法を使ってどれ程の命を刈り取った!?今度はそのおなごを使い、罪を負わせようと言うのか!」


「ゼフ先生!これは‥‥‥っ!」


「ミカエルよ!貴様も奴らの犬になったか!?何処まで‥‥何処まで落ちれば気が済むのだ天族共!!覚悟しろ貴様ら!」

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