デボラ
「ほう、ここが空中都市首都エーテルか」
時刻は日が沈む少し前の16時に差し掛かる頃。
同盟軍極秘魔法部隊の面々は片翼のゼフを捕らえるため、天族国に潜入していた。また、そんな重要な任務よりも数々の山脈を見下ろすという目を見開く絶景に心奪われていた。そして再び視線を都市へと戻すと煌びやかに光り輝く発展した街には黄金が至る所に施されている。
俺は目をキラキラと輝かせながら都市の一角を歩いていると、隣を歩くレベッカ先輩から優しく叱られてしまった。
「レオン警戒しろ。いつ奴が出てくるか分からん‥‥あ!あそこのクレープ美味しそうだぞ!」
「いや、レベッカ先輩もじゃないですか!」
と言うことで現在、俺とレベッカ先輩は行動を共にしている。なぜかと言うと、一人行動は非常に危険が伴うからだ。各自2人〜4人行動で警戒している。残念ながら、俺とレベッカ先輩は元々の班が二人しかいないので必然的にこうなった訳だが‥‥
「おい、レオン。今残念だと思っただろう?」
「いいえ!そんな事微塵も思ったことございません!」
咄嗟の状況判断、冷静さを培っている俺だからこその100点の答え。1mmも嘘偽りの無い真剣な眼差しを向けてレベッカ先輩の瞳を覗き込むと、
「——おい、殴るぞ」
と言って拳に力を込めて顔の横で構えているレベッカ先輩。その瞳はまるで狩の獲物を見るよう。どうやら俺はここが墓場らしい‥‥などと覚悟を決めていたものの「はあ〜」
と深くため息を吐くレベッカ先輩は拳をおろして頭を抱え始めた
「ハァ〜お前といるとつい我を忘れてしまう‥‥今は重大な任務中だ。くれぐれも警戒を怠るな。何かあったらすぐ私に報告しろ。今日はもう宿に戻って皆と作戦会議だ」
「はい。レベッカ先輩」
◊◊◊
——そして時刻は深夜。雲と同じ高さの空中都市エーテルには月の明かり、星々の明かりがふんだんに降り注ぎ、地上では見る事のできない神秘的な美しさが漂う。
静かな空、黄金が輝く都市、そして冷たい空気が吐く息を白くする。
そんな空の上を駆ける一人の男。屈強な体を持ち、胸にバツ印の傷痕を刻み、月明かりによって晒されたその灰色にくすんだ翼を広げた。
「——王城は変わらんな、今も昔も。250年前となんら変わらん。変わったとしたら街並みの方か‥‥」
——ハっ、何を懐かしく思っているのだ。我ながら歳を取ったものだな‥‥
700年も死んだように生きれば考えも変わるかものか。夜の街並みは250年前よりも美しく、繁栄している。
それに現王は一体誰なのか楽しみだ。若造のウリエルあたりがなっていてもおかしくはないな!ガハハハハ!!
——だが、手加減はせん。この時代を生きる者に罪はないが、それでもわしの恨みが消える事はない。250年前、わしの愛する者を奪った偽りの王共‥‥今宵、全てを照らしていた月が貴様らを引き摺り落とす!
「誰が相手だろうと今のわしを止める事はできんぞ!!天族共!!」
◊◊◊
——ここは空中都市王城の城壁。
何万人もの軍を待機させた天族長ミカエルは配下のウリエル、ガブリエル、ラファエル等に指揮を煽り、ある者を待ち構えていた。
時刻は深夜を回り、都市の住民が寝静まり、風の音だけがこの戦場に響く。
「‥‥この魔力。実に懐かしい。あの方がすぐそこまで来ているのですね‥‥折角の再会ですが狙いは恐らく‥‥」
天族長ミカエルが何かを言おうとしたその時
—————ドゴオオオォォォオオンッ!!!と揺れるほどの振動と城壁を破壊された音が轟いた。
「ミカエル様!城壁を破壊されました!物凄い勢いで此方まで迫ってきています!」
一人の兵士の報告により、身を引き締め始める天族長ミカエル。ウリエル、ガブリエル、ラファエルに前線へと命令を下し始める。
「あなた方三人は先に前線へ!死傷者を最大限に抑えなさい!」
「「「——はっ!」」」
そして三人は翼を羽ばたかせて素早く前線へと飛んでいく。その姿を眺めていた天族長ミカエル‥‥ともう一人。王の背後で護衛の様に立ち、フードを被る天族がいた。そのフードを被る天族は、天族長ミカエルに対してこう尋ねる。
「‥‥私はどうすれば?」
覇気を感じず、まるで人形のような冷たい口調と言葉を聞いたミカエルは瞳を細めてこう答えた。
「貴方はそこから動かなくていいのです‥‥私が前へ出ようと貴方だけはそこに隠れていて下さい」
その口振りは罪悪感でやるせない気持ちと母親の様な優しく甘い声。まるで子を守るかの様な眼差しは他の者に気付けはしなかった。
「‥‥‥‥」
しかし、フードを被る天族はそのミカエルをただじっと見つめていた。その瞳に正気が失われていようと‥‥‥
——ああ、またこの感覚‥‥何も考えたくない‥‥
——ただ、命令を全うする人形‥‥昔からそうだった‥‥
——小さな檻の中‥‥孤独に耐える苦しみ‥‥
——友達も家族もいない‥‥誰もいない‥‥
——ただあるのは、目の前に積み上げられた山のようは死体‥‥
——私の目に写るのは死体の道‥‥
——もう‥‥何も考えたくない‥‥ただのお人形のように‥‥
——この夜もいつもの様に死体と血の匂い‥‥懐かしい‥‥懐かしい‥‥?
——懐かしい‥‥この魔力‥‥知っている‥‥
——なぜ‥‥どうして‥‥知っているの‥‥?
——誰かが叫んでいる‥‥私を呼ぶ誰かが‥‥行かないと‥‥
「——!?何をしているのです!待ちなさい——“デボラ!!」
急に歩き出したフードを被る天族デボラを見て、呼び止めるミカエル。
しかし、その声は届かず、ミカエルの手を振り解いて外へと羽ばたいていった。
「な、なんて事‥‥あの子が命令を拒絶した!?これは‥‥まずいですね。あの方と会ってしまっては気付かれてしまう‥‥いやしかし‥‥私もいくしかありません!」
そう言ってミカエルは司令部を後にして前線へと羽ばたく。
そしてミカエルが追い付いた時には、戦場の空気が一変しているのだった。
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