月下香の日常

「いやー本部にあの方々全員が揃うなんていつぶりだ?」


ある一室にて男が話し出した。その部屋は組織の休憩所のような場所で葉巻を片手に寛いでいる。そんな男に対して煙を吐く女性は静かに答えた。


「さあね。あの方々の思考も行動も私達には到底理解できないわよ‥‥私達はあの方々の意思や目的に惹かれて集った不成者。世界から拒まれていた私達を救い、先を導いてくださったあの方々にはこの命を持って尽くす。それが私たちにできる唯一の事よ」


「ああ、違いねえ。俺らも強くなってあの方々の足元に近づきたいものだぜ。五華の方々を見たのは初めてで興奮したしよ。世界でも指折りの美女達がこの組織にいるなんて本当どうかしてるぜっ。それに最強ときたらもう敵わねーや」


そう言って男は葉巻を深く吸い込み、吐き出した。女性はその煙を気にもせずに男と同じく葉巻を咥える。


「ええ、本当におかしな事よ。私も面には自身があったのだけど、上には上がいると知ったわ。エルディート様をこの目で初めて見た時は絶望したもの。私はなんてちっちゃな存在だったのかしらってね」


「へぇーお前さんもそう思ってたのかい。顔は良いのにその煙は似合わねーな」


「うっさいわね。昔の癖がまだ残ってるのよ。もうやめようにもやめられないわよ‥‥それにしてもここは本当に居心地がいいわあ。変に男の機嫌を取ることも酒を注ぐ事もない、昔の私が今の私を見たら殺されそうだわ‥‥」


「そういえばお前‥‥娼婦か‥‥」


「ええ、あの地獄のようなとこへは二度とごめんだわ‥‥」


その言葉を最後に二人の間では沈黙が続き、男の葉巻は短くなり部屋を出ようとした時


ガチャ‥‥‥と男が出ようとした扉が向こう側から開かれた。


「——あれまた間違ってしまったか」


と扉を開けた張本人は部屋の中を見渡し部屋を間違えたと口にする。しかし、もともと部屋にいた二人の男女は口を大きく開けて驚き、葉巻を床に落としてしまった。それもそのはず、下位者や気持ちを落ち着かせる以外来ないような休憩室にあろう事か、絶対この場に来ることはないであろう人物が来てしまったのだから‥‥


「「ネ、ネロ様ぁぁあ!!??」」


——と大きな声で騒がれてしまうこの組織の主です。あまりにも広く適当に彷徨いながら扉を開けていったらまさか人が居るとは‥‥いやいない訳がないのだがこうも驚かれるとこちらも驚いてしまう。


「どうした?そんなに驚いては俺が化け物ではないか」


冗談混じりに笑みを浮かべながら話すが二人の空いた口は塞がる事はない。どうしたものかと悩み、双方睨めっこしていると片方の女性が驚きながらも口を聞いてくれた。


「ネ、ネロ様!?ど、どうしてこのような所へ?!」


「ああ、それが道に迷ってしまってな。厨房を探していたらここまで来てしまった。すまない折角の休憩を邪魔したな。俺はもう行くとしよう」


そう言って俺は扉の取手に手を置いて閉めようとしたが、最後に言っておきたい事があったので二人に視線を戻す。


「そうそう、二人‥‥というか全員に共通するが、言っておきたい事がある」


「「な、何でしょうか?!」」


二人はいつの間にか両膝を地面につけて正座のような体勢になり話を聞く構えはとても真意に満ち溢れていた。


「身体に気を付けて。吸い過ぎで壊さないように‥‥俺は飴を舐めている方が気が落ち着く。気まぐれに試してみてくれ。それじゃあ」


そして俺はその部屋を後にした———



またネロがいなくなった後の部屋では‥‥


「はは、まさか当主様がくるなんざ誰が想定してたよ‥‥危うくちびっちまうとこだったぜ。これは皆んなに自慢できる話ができたなあ!?な?!」


と男は女性の方へと一本の葉巻を渡そうとするが手で断られてしまった。


「おいおい、どうしちまったよ?!初めて見るわけでもねーだろう。あれか、女の感性にビビッときちまったか?まさか男を知り尽くしているお前さんがそんな事になるわけねーよな‥‥あ‥‥」


男の言いかけていた言葉は女性のある行動で消されてしまい、男の持つ葉巻が再度床に落ちる。


「私飴にするわ。ちょっと誰かに貰ってくるっ」


そう言って女性もその部屋を後にした。残された男は唖然として再度葉巻を加える。


「‥‥女ってわかんねえなあ」



◊◊◊



「ふう‥‥ここの露天風呂は最高だな」


空に輝く星を見上げながら湯に浸かる最高のシチュエーション。1日の体の疲労が緩和され、力がみなぎってくるようだ。この綺麗な星空と澄んだ空気、立ち登る湯気、見渡す限りの山脈、そして静かな‥‥‥


「ちょっとヴィーナスさん。最近見ない間に随分と張り合うようになられましたわね」


「エルディートさんの美貌と裸体に比べたらまだまだです‥‥」


静かな‥‥‥


「ちょっ!ヴァルネラ様!どこを触っているのですか?!」


「はっはっは!良いではないか、久しぶりに会うというのだから楽しもうぞ!」


静かな空間はどこにもない様子。俺が湯船に浸かっていると後ろの女性陣は体の洗いっこで大盛り上がりだ。あれ、確か前にもこんな状況あったっけ??


いいや、今は気を休めよう。月下香本部へと帰還し、学園の長期休暇に入って一週間。

久しぶりに顔を合わせるヴァルネラやヴィーナスも健在で何よりだ。それに五絢とも久しぶりに会ったが五人とも以前よりも強くなっているのが分かった。佇まいと雰囲気から以前とは比べものにならない程に別人へと変わっていた。今後が楽しみでしょうがない。


また、構成員達も目つきや顔付きも変わり、新人は先輩からの施しを受けているだろう‥‥


「ネロ様、お背中お流ししますよ?」


と気配を完全に消して俺の背後でそう囁くデリカート。蒼髪を頭の上で止めて湯に浸らないようにしているが、なんて綺麗な髪なのだろうか‥‥それに‥‥


「デリカートいつからそうなってしまった‥‥君だけは皆んなで愛でたい可愛い子だったのに‥‥」


「え、ええ?!そんな事言われても‥‥ヴァルネラ様に助言されて‥‥」


「おおい!そう落ち込む事はない!とても綺麗で可愛い!」


「は、本当ですか?なら、いいですよね?」


ヴァルネラめ可愛いデリカートに変なことを吹き込みやがったな。後でデザートのケーキに唐辛子でも詰め込んでやろう。それに明日はレベッカ先輩に緊急で呼ばれているんだった。早朝に学園都市に行かないとな‥‥恐らく軍の事だろうとは予想できるが‥‥果たして穏便に事が進めばいいのだが


「おおい主!何をそこで浸かっておる!こっちに来い!!」


「ヴァルネラの奴‥‥覚えていろといいたい所だが、それよりも早く起きれるだろうか‥‥それだけが心配だ‥‥頼むから寝させて欲しい」


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