月下香に集う配下と最強の主 帰還
——森が騒つき、大地が呼応し、魔獣が息を潜める狩の夜。夏という季節の暑さが肌に伝わる刻。そして、ここはある国と国の境界線に建てられた建築物。魔獣すら近寄らず、誰からも見つけることが不可能な魔法でそこに建っている。
そんな誰からも見つけられない建物の中では、今まさに重大な事件に直面していた‥‥
「さあ!早くしなさい!あの方々がお帰りになるわよ!!」
「「「はいっ!!!」」」
指揮を取り、構成員達を統制する一人の女性。その女性の一つ一つの言葉を漏らさずに聞き取る数百人の構成員。魔法で床を磨き、埃を見逃さず、光り輝くまで念入りに建物内のエントランス付近とロビーを掃除する班。
「料理の準備はどう?!あの方々の機嫌を損なわないよう細心の注意を!」
「「「はっ!!!」」」
そして構成員の中でも選りすぐりのシェフ達を集めて、料理の進捗具合を確認し厨房へと足を運ぼうとしたとき。外から中へと通じるロビーの扉が開かれた。
「——!?」
指揮を取る女性が驚き、膝を床につけると他の者達も作業を一時中断し一斉に膝をついていく。そんな構成員達の前に現れたのはこの組織の最上位の者達。世界中から恐れられ、軍からも最大限警戒されている最強の構成員。
そしてそんな構成員が所属する世界最悪の組織こそ——月下香
そんな月下香には五人の幹部が存在し、さらにその幹部五人の下には直属の配下が存在する。その直属の配下こそ、膝を床に付いている彼女等の目の前に姿を現していた。
頭をたれる数百人の構成員と足音だけが響き渡るロビーにて指揮を取っていた女性が最初に言葉を発する。
「お帰りなさいませ。“五絢の皆様」
そう跪いている女性が話すと五絢と呼ばれた五人の内、月下香序列6位の猫獣人ミネルバが視線を女性に固定した。
「ええ、留守の間指揮を取ってくれてありがとう。それで進捗は‥‥?」
「はい‥‥各国に散らばっていた構成員並びに傘下を全員招集致しました。“虚無の間の方も世界中から集めた傘下が今か今かと待ち遠しい様子。全て時間通りです」
「そう‥‥それは良く頑張ったわね。さあ、私達も着替えてあの方々が来るのを待ちましょう」
ミネルバは頭を垂れる女性に礼を言い、他の五絢を引き連れて奥へと移動する。
その際に五絢の歩む道では、頭を垂れる配下達全員から敬意の眼差しが背中を押す。
「あれが五絢の方々か‥‥幹部直属の配下とはどれほどお強いのか俺では想像がつかない」
「それはそうでしょ!序列最上位の方々よ?!月下香の上位100人でも充分化け物なのにそれを配下として命令を下すあの方々はもう怪物よ!!」
「最上位か‥‥俺もいけるかな‥‥」
「無理ね、諦めた方がいいわ。五絢の方々でも天上の存在なのに、さらにその上に君臨する絶対的捕食者が存在するもの‥‥」
頭を垂れながら横を過ぎ去る五絢を見据えては小声で各々話し出す構成員達。その会話の内容は主に憧れや尊敬が占める。
そして本当の意味で月下香の序列を理解している者は少数である。序列が低い者ほど上に行きたがり憧れや敬意を抱く者の部下に就こうとする。しかし、序列が上がれば上るほどに
現実を突き付けられる。そして序列上位100人にもなると天才と秀才の集団。何処までも高い壁が行手を塞ぐ。到底の壊すことも、登ることもできない壁が存在し誰もが無理だと悟りを開く。
そんな天才集団序列上位100人すら手の届く事のできない領域が幹部直属の配下にして五絢と呼ばれる最強集団。天才という枠組みから更に突出した化け物の集団にして実質月下香の構成員を指揮する者達。
またその五絢の命令とは更に上位の存在から下された命令であり、構成員や傘下にと伝達して行く。そして序列下位の者では滅多にその姿をお目にかかる事のできない天上の存在が月下香幹部“五華と呼ばれている。
「ふ〜‥‥何とか間に合わせたわ‥‥五絢の方々の圧は凄まじいわね」
と言う先程まで指揮していた女性は頭を上げて、膝を床から離した。それを見た他の構成員等も一斉に立ち上げる。
しかし、そこで思いもよらぬ事が起きる。つい数十秒前に奥の方へと歩いていった五絢が慌ただしくロビーに戻ってきた。
「どうされましたか?!」
女性がそう尋ねると五絢は一斉にエントランスの扉に向けて膝を付いた。
「え?ちょどう言うこと?!」
「な、何がどうしちまったんだ!?」
「何故あの方々が!?」
大勢の構成員が驚き、動揺する五絢の姿勢。それは先程まで構成員等がしていたものと同じであり、構成員等よりもさらに深く頭を垂れていた。
そんな五絢の姿を見ている構成員等は未だに理解しきれずにただ呆然と立ち尽くし、呆気に取られている。また今このロビーの構成員の中にも上位100人にいる者達も居合わし、彼らの統率者である五絢が跪いている光景を見て驚きながらも何かを察する。
その直後、扉がゆっくりと開かれていき、その先にいる三つの影を確認する。
一人はアイボリー色の髪を束ね、一人は紅髪を巻いて伸ばし、一人は蒼い髪を宿す三人。
そんな三人は扉の向こうからこの建物内に足を踏み込み、跪く五絢の前へと進んでいく。
そして呆然とたちすくんでいた構成員等も次々に勢いよく跪き始める。額を床に擦り付け、深く深く頭を垂れる。異質な空気と、潰されるような重圧、圧倒的存在感は先程の五絢の非ではなかった。誰もが口を閉し、息を忘れる中、五絢のリーダーであるミネルバが切り出した。
「お帰りなさいませっエルディート様!ヴィーナス様!デリカート様!」
と言うミネルバの言葉はとても力強く、どこか緊張しているかのような声だった。
その声を聞いていた構成員等も目の前の存在は余りにも大きく尋常ではないと悟る。
「ええ、ありがとうミネルバ。その様子だと貴方達も帰ってきたばかりかしら?」
「は、はいっ左様でございます。準備はできておりますっ!」
「そう‥‥では私達も準備しましょう。デリカートさん、ヴィーナスも着替えて“主を待ちましょう」
と言って三人は奥の方へと歩いていく。足音が遠くなり、姿が見えなくなると五絢の五人はようやくその頭を上げて、肩を楽にした。息を大きく吸い込み、深く吐き、心拍数を整える。
三人が過ぎ去った後のロビーは誰も話さず、呼吸の音だけが耳を過ぎる。天上の存在である五華に対して、五絢以外が話す事は暗黙の了解として構成員の中で定められている。
しかし、暗黙の了解など必要ない。こうして誰もが話すことなど出来はしないのだから。
そんな構成員等は五絢の後ろを歩き、ある所へと向かう。
向かった先は装飾が施された大きく重い扉。その扉を開き、中へと入ると中央から伸びる赤いカーペットが何処までも伸び、その左右には傘下や構成員等が列を成して直立している。
五絢や構成員等は赤いカーペットを踏まずに奥の方へと歩き続けると、何段も登った先にある玉座が見え始める。そして構成員は左右に散らばり、列に並び始め、五絢は階段の前で止まり左右に散らばる。
その後、三人の五華がドレス姿で現れ、赤いカーペットの上を歩いて行く。誰も踏む事の許されない赤いカーペットは幹部のみに許された最上の道であり、至高の道標。
そして奥へと歩いて行く三人はある玉座の前まで来ると、くるりと周り歩いて来た道を振り返る。
————ギィィィイイ
と思い扉の開かれた音が響き渡る。
———ゴクッ‥‥
と息を呑み込む音。額から垂れる汗。瞳孔が開くほどの心拍数。
この場にいる数千人という者達が一同に思う心の呟きとは———
「「「遂に来られた‥‥」」」」
直立している体が全く動かず、動かせず。ただ真っ直ぐに見つめていることしかできない。
そんな彼らの前を通る者。赤いカーペットを歩く姿と背後に従える一人の女性を見て、彼らはその存在を改めて実感し胸の高鳴りを抑え込む。
長く続く道の先には誰も座らない玉座が存在し、上からの光がその玉座だけを明るく照らし出す。その玉座への数段の階段を登っていく一人の男。
装飾が施された黄金の玉座に手を掛けて、その腰を深く座り込ませた。
すると、下にいる者達は跪き頭を垂れる。何千人という配下が一斉に跪く光景は圧巻であり、見るものを高揚させた。そして黒く艶のある髪を持つ女性が全てを代表して赤い口を開く。
「お帰りなさいませ。我らが真の主———ネロ様」
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