長期休暇 開始

「——やはり不可解な点があるな」


「——ああ‥‥いくら彼女が強いとは言え、バラトロの幹部二人を倒したのは予想外だ」


「——予想外もいいところだろう。だが、死体の調べによれば彼女の魔法では到底説明できない点が多すぎる」


「——第三者が介入したと言うことになるが、軍内部で混乱を抑制する為に彼女の功績にする方が我々としても都合が良い」


——そう言う円卓を囲む数人の軍上層部。極秘魔法部隊所属のレベッカが立ち去った後の軍会議では様々な疑問や今後の対応について議論されていた。


ある者は破壊された城壁の修復とそれに伴い脱走した大勢の囚人達の捕獲を優先すべきと言い

ある者は今回の事件で多くの死者を出し、優秀な部隊や部下が戦死した事の後始末を優先すべきと言い

ある者はバラトロと言う組織の情報収集や戦争の準備を進めると言い、また月下香と名乗る組織との対応を優先すべきと言う


しかし、どれか一つを優先はできず、事件から一週間しか経っていない状況では平行に進めるしかないのが軍の現状である。

学園都市に本部を置いている同盟軍の上層部と言えど2年前までは他国同士でいがみ合っていた種族の違う軍人達。そんな彼らが同じ円卓を囲み、こうして意見を述べる場が設けられたのはバラトロ、月下香という世界を脅かす共通の敵が現れたに過ぎない。


今後、彼らがどのような結論に至るのかは彼らにしかわからない事


「——さあ、各国の王達に報告をしよう。今回の件“我らの勝利だと——」



◊◊◊



「5‥‥4‥‥3‥‥2‥‥1‥‥はいっ!そこまで!」


女性の大きな声とともに、机に勢いよく置いた多くのペンの音が静かな講堂に響き渡る。

そんな講堂で教壇に立つ紫色の髪を持つ女性は次にある言葉を綴った。


「——これにて試験終了です!明日から皆さんは長期休暇に入ります!」


その言葉を待っていましたと言わんばかりに生徒は席から立ち上がり、喉の奥に仕舞い込んでいた声を爆発させる。


「「「「よっしゃああぁぁぁぁああああ!!!!!」」」」


耳が痛い程の大音量の声が充満する。俺はそっと耳を閉じ、肩の力を抜いた。すると、俺の隣に座る美少女の中の美少女であるファシーノが声をかけてきた。


「あら、お疲れのようね?」


「ああ、ようやく試験が終わったんだ。少しくらい休みたいものだ。この1ヶ月は色々な事が起きて眠れなかったからな」


そう‥‥この1ヶ月はよく眠れなかった。それも1ヶ月前にバラトロが湖底監獄に奇襲を仕掛けた時からだ。またあの日に起こった事件の真の内容は一般市民に公開されていないそうだ。どうやら爆発事故という事で収まりがついた。

しかし、俺や一つ年上で極秘魔法部隊に所属するレベッカ先輩等は並々ならぬ経験をした。

バラトロにより多くの兵士が帰らぬ人となり、家族や恋人は名前が刻まれた石碑の前で泣き崩れていた。爆破事故に巻き込まれたという形だが、納得しない家族や真実を知りたがる恋人も続出した。それでも軍は機密を守る為、嘘を吐く。それが軍であり、また極秘魔法部隊に入隊した兵士達の覚悟でもある。

家族や恋人に一切情報を漏らす事なく、戦死した時でさえ彼らが所属していたという情報も漏洩させない。


そんな俺たちはただ見ていることしかできなかった。泣き崩れる人達の後ろで罵声を浴びせられようと、供物を投げられようと「夫を(恋人を)返してっ!」と言われようと俺たち軍人は黙って頭を下げることしかできない。


式の最中、隣に立っていたレベッカ先輩からは「こんな役をさせてすまないレオン‥‥」と言われたが「大丈夫です」の一言で完結した。

ただ、俺は慣れているに過ぎない。数百人の兵士の家族や恋人から批判されようと俺の心は動じなかった。


そして俺は正式にレベッカ先輩の部下になってしまい‥‥軍人になってしまったわけだ。

流れに身を任せるうちに随分と面白そうなとこまで流れ着いたものだ。

その後、学園での試験が間近に迫り試験勉強をしていたらあっという間に1ヶ月が過ぎ去り、明日から長期休暇というわけだ。


「明日から長期休暇ね〜。どう過ごすつもり?」


とファシーノが聞きにきたので俺はまず帰るという事を伝える。


「そうだな、まずは本部に帰ろう。それから実家に少し帰るつもりだ」


「そう、本部へは今日帰るの?それとも明日?」


「あ、明日帰るが?」


不意にファシーノがグイグイと詰め寄ってきたので、少し驚いてしまった。何やら手帳を取り出してブツブツと呟き始める。


「明日なら間に合う‥‥わね。各国で任務に就いている傘下達に連絡するようエルディートさんに伝えないと‥‥」


すごく焦った様子で何度も手帳を確認してはブツブツと呟き続けるファシーノ。一体どうしたのかと聞いたところ‥‥


「な、何かまずいことでも‥‥?」


「ええ、各国に飛んでいる構成員達の任務を放棄してでも、優先する事ができたわ」


「あ、ああ。そうか‥‥」


俺は察してしまった。また仕事を増やしてしまったのだと‥‥

すまないなファシーノ‥‥今度埋め合わせするから‥‥



◊◊◊



——そして各国に散らばる月下香の元に一つの連絡が入る——


「——た、大変です!ミネルバ様!本部から連絡がありました!」


「ええ?!今、任務中だけど?!一体どうして‥‥」


「それが‥‥」



——そしてある国では


「ヒュ〜ねーちゃんそんな格好してSランク冒険者とか信じらんねーぜ」


「冒険者よりももっと楽しいことがあるぜ〜」


ある国のある酒場では酔った男達が紅髪の女性に目をつけていた。その女性は大きな魔獣の首を持ってギルドの受付にて換金中のところを狙われている。


「立った一人で倒すなんてねーちゃん本物だな!俺等と一杯やろーぜ!」


と言って女性の肩に触れようとした途端、紅髪が勢いよく出口に方向へと向かっていった。


「ヴィオラさーん!!!まだ換金中ですよー!!!」


そんな受付の声を無視してでも彼女はただひたすらに外の道を走り続ける。


「早く帰らないと‥‥っ」



——またある国では


「ええ、そちらの方向でお願いできればと思います」


「流石は天下のパンテーラ商会‥‥私どももそちらの方向で乗っかりましょう」


「ふふ、ありがとうございます」


とある一室にて二人の会話が成されていた。それは商談であり、世界一位の座に躍り出たパンテーラ商会とその勢いに順次する商会主との今後の大事な話し合いである。どちらも背後には付き人を立たせ、商談していたところパンテーラ商会の付き人がアイボリー色の髪を束ねる主に耳打ちする。


「———!!?なんですって‥‥っ!それは最優先事項です!」


「ど、どうされましたかな!?」


と相手の商会主は突然の声で驚き、目を大きく広げ慌てふためく。

そんな商会主を気にもしないパンテーラ商会の主は席から立ち、ただ一言こう告げて出ていく。


「商談はこれで終わりです」


「はあ?!」


という声を無視し、付き人を従わせて重い扉を開く。そこで付き人の男性が自分の主人に向かって言葉を投げる。


「エルディート様。よろしかったので?」


「ええ、商談なんていくらでもできます。しかし、時間は無限ではありません」


そして一斉に各国の月下香に連絡された内容は以下の通りであった


『———主が本部へ戻られます。大至急本部へ帰還願います———』


この連絡を受けた各国に散らばる月下香構成員達、そして幹部達はそれぞれ同じ思いで帰還する。


——あの方が


——主が


——ネロ様が


「「「帰ってくる」」」

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