戦後の疑問

————おい、起きろ———


「——誰だ?」


暗い闇が果てしなく続く空間に声が響く。現実とは程遠い空間に俺は仰向けになり、その声を聞く。


————いつまで寝ている気だ?————


「——質問に答えろ。お前は誰だ」


————俺が誰かなど今のお前に必要ない———


「そうか‥‥ならここは何処だ?教えてくれよ」


この謎の声はいったい何者だろうか。この闇の空間‥‥どこか懐かしさを覚えてしまう不思議な空間だ。そしてこの声も不思議と安心感がある‥‥一体何なんだここは‥‥


————不思議そうな顔をするな“レオン。10年前と比べて、その力の使い方も多少はマシになったようだ————


「10年前だと‥‥?それって‥‥‥」


————おっと、もう時間がきちまったらしいな。レオンまた会おう———


「な‥‥!おい、勝手に行くな‥‥‥!?」


その直後、闇で覆われていた空間に眩い光が現れて目を閉じる。次に目を開けた時、俺はベッドの上で天井を見上げていた。


「——起きたかレオン」


と目を開けてから聞こえてきた声は隣のベッドからだった。名前を呼ぶその声に俺は反応する。


「おはようございますレベッカ先輩。自分はどれくらい寝ていましたか?」


「私も1時間前に起きたところだが、聞くところに二日は眠ってしまっていたらしい。それよりも怪我は大丈夫か‥‥」


「ええ、自分はレベッカ先輩達のおかげで何ともないです。魔力切れで倒れたのだと思うと恥ずかしいですけれど」


そう冗談混じりでレベッカ先輩に伝えると、彼女は鼻で笑っていた。


「ふふ、そうか‥‥なら良かった。そしてすまないレオン。お前を危険な目に遭わせてしまった」


そう言ったレベッカ先輩の声はとても寂しく、責任を抱いている感じだった。俺の右隣のベッドに寝ているレベッカ先輩に顔を向けると、仰向けで天井を見ている表情は苦痛と悲しみが混在していた。

彼女の潤んだ瞳からは一滴の雫がこぼれ落ちて枕に吸われていく。


「自分なんかよりもレベッカ先輩の体の方が心配ですよ。貴方はバラトロの幹部二人を倒した。それに他の隊長達や隊員達の敵を取った。彼らも覚悟を決めて戦場に立ち、命を落とした勇敢な軍人達です。それに貴方のそんな表情を誰が見たいんです?」


「ふ‥‥私のこんな表情はもう二度と見られないぞレオン。何故だかお前には少しだけ心を許してしまいそうになるな‥‥」


「ええ、いつでもこの胸に飛び込んできてもいいですよ?」


「——殺されたいか?」


‥‥レベッカ先輩を慰めようと思いきって出てみたが、案の定怒らせてしまった。せっかく生き伸びたのに、ここで死んでしまうとは情けないな‥‥‥


————ガラガラガラッ


今にもレベッカ先輩に睨み殺されそうな時、医務室の扉の開く音が聞こえてきた。

俺とレベッカ先輩は扉の方に顔を向けると、そこには俺の見知った人物達が慌てた様子で駆けつけた。


「「「レオン!!!」」」 「「「先輩!!!」」」


どうやら彼女達はお見舞いに来た様子だ。この感じだとアザレアには泣きつかれそうだな。

皆んなにも心配をかけたし、ここは大人しく流れに任せよう



◊◊◊



「——とても良い友人達だな。少し羨ましいよ」


アザレア達が帰ってから数時間経ち月が空に現れる頃、レベッカ先輩は不意にそんなことを呟いた。


「レベッカ先輩だってヴァレンチーナ先輩がお見舞いにきたじゃないですか」


「そういうことではない。友人が多くて羨ましいという意味だ」


少し怒り口調で話すレベッカ先輩だが、その表情は恥じらいを見せていた。


「学園でも有名、将来期待されている6人の天才達。まさか同級生で同じ町出身だったとは。昔の事には触れないがレオン‥‥努力したのだな」


「そうですね。大事な人を守る為に自分は強くなりました」


俺はレベッカ先輩にそう答えた。視線が交差するとレベッカ先輩は羨ましがるように優しくその口を動かした。


「そうか‥‥ならレオン、私も強くなれるだろうか?」


ベッドに横たわりながらどちらも天井を見上げる医務室。そんな医務室でレベッカ先輩の言葉は胸に深く沈み込んでいく。


「ええ、レベッカ先輩なら強くなれます」


「ふふ、レオンに言われると悪い気はしないな‥‥」



◊◊◊



「——そうか。よくやったレベッカ。此度の功績は胸を張れ。もう下がって良い」


「——はっ」


私は軍会議室を出て、長い廊下を歩く。あれから一週間の時が経ち体調が優れたという理由で上層部に報告を済ませた。今回のバラトロ襲撃で死者も多く出てしまった。

私の力の無さで多くの負傷者を出してしまった‥‥極秘魔法部隊の4分の1が犠牲となってしまった。第一班の隊長は生き延びたが、あの場にいたその他の隊員は‥‥‥。


「——クソ‥‥」


横を通り過ぎる軍人から変な目で見られようが構わない。誰もが私の責任ではないと言うが、あの場にいては無責任など通すことはできない。犠牲になっていった彼らの家族、恋人に顔向けなどできない。


バラトロの幹部二人を倒した功績は我ら同盟軍にとって非常に良い流れだ。だが、それと引き換えに犠牲は多すぎた‥‥。


「——レベッカ?どうしましたかそんな顔をして」


重苦しい態度で廊下を歩いていると正面からヴァレンチーナが駆け寄ってくる。同じクラスであり、極秘魔法部隊に所属している彼女に、私は心の悲痛を話した。


「そうですか‥‥レベッカ貴方は貫いたのです。責任は誰にもありません。そう言うのなら私は足止めを食らい現場に居合わせなかったのですから‥‥」


ヴァレンチーナはとても優しく暖かい。王族だからと言う理由で見下していた昔を恥じたいほどに彼女はとても強く、慈愛に満ちている。そんな彼女が足止めを喰らう相手などこの世界に数えるほどしかいない。


「——月下香か?」


「ええ、それに“彼女は月下香の序列1位と言っていたわ。虚無の統括者が月下香を統括しているという情報と彼女の序列1位と言う発言‥‥いったいどう言うことかしら。どちらが正しいの‥‥」


ヴァレンチーナの内容は私も少々驚いている。こんな忙しい時にあらゆる情報が流れ込んでくる。その中で1番重要な情報が彼女の内容だ。

虚無の統括者と序列1位を名乗る月下香の幹部。どちらが上でどちらが正しいのか私たちには判断ができない。もしかしたら混乱させる為の嘘なのかもしれないが、真偽は未だ不明だ。


そしてもう一つ‥‥これは私にとって1番重要な情報


「ヴァレンチーナ。私はバラトロの幹部を最上級魔法で倒した。そう言う報告だな?」


「ええ、貴方の桜花爛漫は対象を薙ぎ払い、血も残らない程の威力。それがどうかしましたか?」


「ああ、そしてバラトロの“死体が見つかった。私の魔法でさえも消し炭にはできないだろうと分かっていたが、その死体が問題だ」


そうヴァレンチーナに話すと首を傾げて不思議そうに私を見つめる。私のその瞳に視線を重ねてその問題点を話し出した。


「上半身だけが残り、下半身があったと思われる下は芸術的な太刀筋で斬られていた」


「——!?それはおかしい話です。レベッカの魔法ではそうならないはず‥‥」


「そうだ。あの場にいたのは第一班の隊長、私、そしてレオンの3人だけ。その中で私は魔法を使った後に倒れて、レオンの腕の中で意識がなくなった」


「しかし、私たちが駆けつけた時、レオン君は貴方のすぐ横で倒れていました。それに私やアザレアさん達も貴方の魔法とバラトロの魔法を感じていました‥‥それ以外は何も感じなかったはず‥‥」


ここがおかしな点だ。ヴァレンチーナは私とバラトロの魔法しか感じ取れていない。彼女が他の魔法を感じ取れないなんてありえない。しかし、私が意識を失った後に“誰かがやった。

あのような芸当はいくら私でもできはしない‥‥バラトロの体を斬ったと言うことは生きていた。


では誰が最後に止めを刺したのか? あの場に最後まで意識があったのは彼しかいない‥‥しかし、彼がそんな力を持っていたのなら何故、隠す?何故、最初に使わなかった?


「——レベッカ。きっと彼ではないわ。彼は強いけれど、私達ほどではない」


ヴァレンチーナが肩に手を添えてくれる。安心感のあるとても綺麗な手。そんな手を見て私はなんて恥知らずな事を考えていたのかと我に帰った


「ああ、そうだなヴァレンチーナ。“レオンではないとすると一体あの場では何が起こったのだ‥‥私が気を失っている間にいったい何が‥‥」


「それはレオン君に聞いてみるしかありません‥‥」


私は疑問を拭いきれないままヴァレンチーナと共に軍本部を出た。

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