終戦をもたらす至高の魔法 無慚
————時はヴァレンチーナ班が月下香に接敵して間もない頃。湖底監獄の破壊された城壁では敵対するバラトロと極秘魔法部隊の戦闘が激化し、状況は最悪の一歩を辿ろうとしていた。
「——ハハハハハハハっ!!楽しいわぁ!この高揚感、この優越感‥‥もう、たまんないっ!」
「——く‥‥っ!よくもっ‥‥」
憎き敵であるバラトロの幹部ミネルバがたった一人で第一班、二班、三班、四班の隊員達並びに隊長達を戦闘不能に追い込んだ。今現在、まだ立っているのが俺とレベッカ先輩と第一班の隊長を合わせた三人のみ。状況は極めて深刻かつ最悪だ。第一班の隊長は俺とレベッカ先輩を守るように戦い続けていた。
しかし、隊員達が戦闘不能で次々に倒れていく中、レベッカ先輩は遂に刀を抜きミネルバに刃を向けた。俺は援護を主軸として出来るだけ二人の邪魔にならないような立ち回りでミネルバへと斬りかかったが、気にも止めずに避けられてしまう。
このままでは二人の体力だけが消耗し、いずれ決着が付く。その前になんとか打開案を考えなければ‥‥
「——ク‥‥なんて強さだ。これがバラトロの力か‥‥?隊長‥‥もう充分戦いました‥‥下がっていてくださいっ」
「な、何を馬鹿なことを言う!?私はまだ‥‥戦え———る‥‥」
——バサ‥‥
と地面に倒れる音が耳に届いた。それは第一班の隊長が気絶して地面に倒れた音。横たわる彼女を見ると身体に纏う戦闘服は幾千の斬り傷で機能せず、肌の多くが露出し大量の血で滲んでいる。その横には首筋に手刀を決め込んだレベッカ先輩が立ち、暗く辛い表情をしていた。
「レベッカ先輩‥‥」
俺は辛そうにするレベッカ先輩を見てそんな言葉しか出なかった。
「レオンお前はそこにいろ。私が相手する——」
「いいえ!自分もまだまだ行けます———‥‥‥『解放』!?」
レベッカ先輩を一人で行かせまいと俺は言葉を投げる。しかしその言葉を遮ってレベッカ先輩の口からは解放という言葉が発せられた。その言葉は今までよりも冷たく、暗く籠った声。様々な感情が入り乱れる冷酷で静かな音だった‥‥
「——桜月——」
その言葉を呟いた瞬間、レベッカ先輩の刀が深紅に染まり、美しい女性が背後に現れる。紅髪のその女性はレベッカ先輩の耳元で何かを呟くと、深紅の刀へと戻っていった。
「へえ〜それがあの“桜月ね〜。なかなか面白い刀を持っているわね猫ちゃん?」
「ふん‥‥その口も直ぐに閉ざす事になるぞバラトロ。この世界最強の桜月流を継承する私に負けはない!」
「そう。なら試してみなさいっ———!」
——そして共に向かい合い、走り出す両者。常夜に舞い降りた紅き刀を一閃に、対立する銀の刃。互いに縮まる距離は幾千の時の流れのように、二人の世界では遅く。水の流れのように自然な弧を描きながら二人の手に握られる刀。
————それは吸い寄せられるようにして巻き起こる光の粒だった
ギイイィィイイイン!!!!
凄まじい衝撃波が周囲を襲い、大地を空を揺るがした。
「——舞う花——」
レベッカ先輩の紅き刀が常夜に輝き、まるで刀が舞っているような光景が目の前で繰り広げられる。
「——く‥‥小娘が!」
その紅き刀が何度も斬りつけ、表情を初めて歪めたミネルバ。躱す動作の一つ一つがレベッカ先輩の攻撃には通用せず、その刃を受ければ血が止まる事はない。
「——散る花——」
レベッカ先輩の剣筋が一段加速し、俊敏で直線的な型に変わった。先程の型とはまるで動作が違く、その動きについていけないミネルバを追い込んでいく。
そしてその美しいミネルバの頬に一線の傷を付けた。
「——な、なんて事を!?‥‥調子に乗ると痛い目見るわよ!——ガキだから遊んであげたけど、もう容赦しないわ————」
そしてミネルバから吹き荒れる魔力の嵐がレベッカ先輩を襲う
「——!?な、なんだと‥‥!?その魔力はまさか!」
一瞬驚き、退けるレベッカ先輩。紅き刀を両手で構えて額に汗を浮かばせる。
そして頬に傷をつけられたミネルバは怒り狂い、内に秘められた魔力を解放した。その解放した魔力はレベッカ先輩が驚くのも無理はない。何故ならその魔力は肌に感じ取れて、“目に見えるものだったからだ。
この世界において目に見える魔力は最高峰の魔力にして世界に五人しか現れないと言われている選ばれし者の証。その名も
「し、信じられん‥‥まさか噂が本当だったなど‥‥。
呆気に囚われて身動きできないレベッカ先輩は俺に視線を向けて答えを求めてきた。しかし、俺は首を横に振り分からないと伝える事しかできない。
そんな俺たちの行動は
「——この世界に五人だけの選ばれし者?何を言っているのかしら〜?そんなの誰が決めて誰が言ったの、ねぇ?貴方達の世界観はとぉ〜てっも可愛いわね。何も知らない哀れな光の子達‥‥けれど知らない方が幸せだった現実もあるのよ?まあ、貴方達はここでさよならだけれど‥‥じゃあね子猫ちゃん。貴方の剣の腕は認めるわ」
最後にレベッカ先輩の剣を敵ながら賞賛すると、周囲に漂う
「なるほど‥‥私を一瞬で消すつもりらしいがそうはさせん。私もとっておきの魔法を使おう」
先程まで臆していたレベッカ先輩もその瞳には燃えたぎる闘志が宿り、刀を強く握る。そして紅き刀が一層輝きを強めるとレベッカ先輩は深く腰を下ろして構え———
「——最上級魔法——桜花爛漫——」
そしてミネルバはレベッカ先輩目掛けて手を翳し、その魔法を唱える。
「——神殺しの雷冥——」
————刹那、二人の魔法が衝突し凄まじい衝撃波と爆音を轟かせて空に響き渡らせる。光り輝く雷と桜のような淡い桃色の魔法。
巨大な魔法陣から放たれるレベッカ先輩の魔法はとてつもない量の桜の花びら。その一枚一枚が魔法で造られ、触れれば一瞬で斬られる。
それは数年前に戦ったバッコスを思い出してしまう似て非なる魔法。
だが、今度の勝者は違う
「「————はあああぁぁああああっ!!!!」」
そして両者の声は風と共に空へと上り、爆発と共に掻き消えた。
光が二人を呑み込み、ただ見ていた俺は見守る事にした。
そして眩い光が収束し、二人の魔法が消えていく。
「レベッカ先輩!!」
俺は力尽き地面に倒れているレベッカ先輩の元へt急いで駆け寄り。その傷だらけの体を持ち上げる。肩に優しく腕を回して俺の膝に頭を乗せた。そして別の方向を見るとバラトロのミネルバも地面に倒れていた。
「ゲホっゲホ‥‥はぁはぁ‥‥やったのか‥‥?レオン」
弱々しく今にでも意識を失いわそうレベッカ先輩。数時間前までのような態度や口調が嘘だったかのように、傷だらけで口から血を流す彼女は見ていて心が痛む。
俺は偽善者の臆病者だ。自分の正体を隠すように立ち回った結果大勢の人たちを犠牲にし、今こうして死にかけのレベッカ先輩を憐んでいる。同じ学生っであり、先輩であり、上司である彼女を‥‥そして人の為、国の為、世界の為に戦った極秘魔法部隊の人達も俺が最初から力を出していればこんな運命にはならなかった。しかし、この人たちは俺の正体もそのうちに秘める強さも知らない——
「レベッカ先輩‥‥貴方はやりました。遂にバラトロの幹部を倒しましたよ」
俺の腕の中で意識が朦朧としているレベッカ先輩にそう話した。
「そうか‥‥お前が無事で何よりだ‥‥‥‥っ」
喉の奥から振り絞った微かな声を俺は聞き逃さない。最後まで自分の身より、他人の身を案ずるレベッカ先輩。そして最後まで俺を守って戦っていた隊員達。
彼らの勇姿を俺は忘れない。そしてここで死ぬべきではない人達だ。
「はい‥‥あとは安心して眠って下さい。起きた時には全て終わっていますレベッカ先輩」
ピクピクと猫耳を動かすレベッカ先輩はそのまま深い眠りにつき瞼を閉じた。俺はレベッカ先輩を優しく地面へと戻して斬り傷だらけの戦闘服に布を被せた。
すると、瓦礫の中から動き出すある人物が俺に向かって口を開いた。
「——アハハハハハハハ!!!久しぶりに痛みを味わったわぁ!!もう最高!!たまらないわぁ‥‥‥‥って貴方まだ生きていたのね?弱い癖に生存能力はあるのかしら?」
瓦礫の中から出てきたのはレベッカ先輩が倒したミネルバだった。何故なら俺はレベッカ先輩に嘘をついた。安心して眠りについて貰うため‥‥そして後に都合がいいように
「ああ、そうなんだよ。俺はどうやらなかなか死ねないらしい。お前達もだろう?セレス、ミネルバ」
「「“あ”あ??」」
そんな雑魚に名前を呼ばれて二人は顔を歪ませた。そしてミネルバは何の躊躇いもなく俺目掛けて斬りかかってきた。
「——ハハハ!死ね坊や!」
だが、斬りおとされたのはミネルバの方だった。
「——え?な、あれ?わ、私の腕‥‥え?」
「——ミネルバ!そいつから離れろ!!?」
斬り落とされた右腕と地面に落ちる右腕を交互に見るミネルバにセレスは声をあげて呼びかける。そして俺の右腕に握られている刀を視界に捉えたであろうセレスは、何かに気づいたのか俺に指を刺してこう答えた。
「——まさかその刀は!?な、なぜお前がその刀を持っている?!その刀は我らの同胞であったバッコスの愛刀‥‥‥‥‥ま、まさかお前は?!」
「ちょっとセレス!何を言っているの?!それだとあの坊やが‥‥‥!?私の腕を斬り落としたのは偶然では‥‥‥ない‥‥ですって」
何かに気づいたのか俺と距離をとるミネルバ。セレスの元まで退き、斬り落とされた右腕の肩を左腕で掴んでいた。
「——そうだ。この刀は数年前にバッコスから奪った刀。お前達バラトロを全て排除する者」
ゆっくりと二人に歩みより、徐々に距離を縮めていく。
「まさか‥‥お前のようなガキが‥‥。何故その力を得られた‥‥?」
「さあな俺でも知らない。だが、お前達のせいでもある」
素顔を隠す仮面は、今はない。それでも俺は奴らとの距離をただ縮めていく。
「ミネルバ‥‥ここは一旦退却だ!奴の情報をあのお方に‥‥!」
「く‥‥っ少し悔しいけれど、そうするしかないようね」
二人にしか聞こえない声で会話し、今すぐに逃げる動作をする。
しかし、その声も俺には聞こえた。
「——二度も逃すと思うかセレス」
そんな二人は影の中へと呑み込まれるように消えていこうとする。どうやらアイツらの逃走手段は面白い魔法があるようだ。だが、一瞬で消えようとも逃しはしない。
先程の戦闘に気付いた軍がこちらに向かってきている。その中にはアザレア達の魔力も混ざっている。ここに到着するまであと1分もないだろう。その前に此奴らを片付けなければな
「ハハハハハハハ!貴様の顔をしっかり覚えたぞ‥‥虚無の統括者!お前を一生付け回してその内臓を抉り取ってやるっ」
「まさか坊やのような子供だったなんてねぇ〜。もし敵じゃなかったら惚れていたかもしれないわ〜ふふ。今度会うときはその肉体を私の部屋に飾ろうかしら——」
——もう一度いう‥‥俺は臆病者の偽善者だ。自分のために行動し、自分の都合の良いように振る舞う。他人を犠牲にし、他人を裏切る男。目的の為なら手段を選ばない偽善の塊。
俺と関わる人は災難に見舞われ、命を落とす事だろう。それでも俺は目的の為に人に近づき、意図しない傷を負わせる。
それが今まさに現実と化し、俺以外の隊員は全員地面に伏している。何人かまだ意識はあるものの大半が心臓の鼓動はない。自分を責める事で、自分を慰める臆病者。それが今の俺だ。
正体を知られたくないが為に人が命を落としても平気で役者を演じる。
それがいつ終わるのか‥‥はたまた誰が終わらせてくれるのか。
自分自身が選んだ修羅の道を俺は他人を犠牲にして歩まねばならない。苦しむ人々を大切な人たちを守る為に犠牲にしていくという矛盾。いつか罰や制裁が降る時が来るだろう。
その時俺の側には何人残っているのだろう‥‥そう考えると怖くて堪らない。
孤独の苦しみも一人にされる悲しみも知ってなお、繰り返す自分がどうしようもなく救いようがない。
それでも俺は‥‥‥揺るぎはしない
「———2年前よりも成長しているぞセレス。二人まとめてバッコスの元へと送ってやる————————無慚」
一振り。たった一振り。左から右にかけての横なぎ。それは黒く闇に覆われた夜に溶け込む小さな斬撃。濃密で莫大な量の魔力がたった一振りの斬撃に凝縮され、距離を制限し、威力を完璧に制御した至高の魔法。
そしてその小さな斬撃は二人の息の根を止めるのに十分だった。
「「カハァ‥‥‥っ」」
二人の上半身と下半身が真っ二つに斬れ、影に呑まれていた下半身だけが消えてなくなった。残された上半身だけの二人は息を荒くして死を待つのみだった。
「‥‥そ、その‥‥魔力‥‥‥な、ぜ‥‥‥貴様なのだっ‥‥‥」
「は‥‥はは‥‥‥数奇な‥‥‥運命‥‥ね‥‥」
そう最後の言葉を残して二人の息は静かに聞こえなくなった。
「——俺も一応倒れておくか‥‥」
横たわるレベッカ先輩の元へと歩き、その隣に寝て瞼を閉じる。遠くから俺の名を呼ぶ声が聞こえてくるが、さっきの魔法は地味ながらも魔力を大量に消耗する。少し眠らせて貰おう‥‥きっとこの魔力の波動はアザレアだろうな‥‥。
そして瓦礫の上で俺は静かに眠りにつく事にした。
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