欲望と憧れの力VS守りたい人の力
————月の光が大地を照らす夜の渇き
大地に浮かび上がる一つの影と相対する七つの影
湖底監獄が襲撃にあったという情報は忽ち工業生産地区、そして全地区へと巡り混乱を生じさせる。静寂に包まれていた夜は虫の鳴き声のように騒がしく膨れ上がり、対立する影と影の領域にまで浸透していった。
そして対立する一つの影が騒めく夜空に、その美しく力強い声を奏でる。
「——解放——魑魅姫!」
「——!?ヴァレンチーナ先輩!」
腰に据えている刀剣を勢いよく抜き、名を呼んだヴァレンチーナ。驚くアザレア達を背に、行く手を阻む月下香目掛けて地を駆けた。
「——ハアアアァァァっ!!」
声を振り絞り行く手を阻む仮面へと、解放した刀剣で上段から振り下ろす。
一瞬の隙を突き、間合いを詰めたヴァレンチーナだったが彼女の振り下ろされた刀は空を斬った。
「なっ!?今の一瞬を躱された‥‥。さすがは月下香と名乗るだけの実力を持っているのですね。貴方は強い方なのかしらっ!———」
そう言って再度距離を詰めて刀を振り下ろすヴァレンチーナ。しかし幾千にもなる攻撃を繰り出すが、仮面の人物にその刃が掠りはしなかった。
「な、なぜですっ‥‥?!」
全ての剣技が糸のような細心で躱される現実に驚きを隠せないヴァレンチーナ。
磨き上がれた剣技、鍛え抜かれた剣筋、血反吐を吐くような努力のその全てが意味を成さない感覚に襲われる。後に残るのはヴァレンチーナの刀から放たれた幾千もの斬撃の傷痕だった。
そして二人の戦う戦場をただじっと見ていたワルドスは目の前で起こっている信じられない光景に息を呑んだ。
「まさか‥‥奴は剣筋が視えているとでも言うのか‥‥?Sランクと同等の戦力と言われているヴァレンチーナ先輩の剣筋をいとも簡単に‥‥」
そのワルドスの発言にただ呆然と戦いを見ていたカメリアも続いて話す。
「ええ、受けきるならまだしも全てを躱すなんて悪い冗談ね‥‥。加勢したいけれど、あの二人の間に入って何かをなんて無理よ。私達では足手纏いになるだけ‥‥」
そんな二人の見守る広場には無数の斬撃が刻まれ、綺麗だった広場は見る影もなかった。
『———何で掠りもしないの‥‥何で全てを躱されるの‥‥今までの努力が全て泡のように消えていく‥‥一体どうして‥‥』
力強く握る刀剣で斬りつけながら考えても答えは出ない。仮面の奥の人物はどれほどの領域に足を踏み込んでいるの。どうしたらそこまで強くなれるの。
今の私に足りないのは一体何‥‥
圧倒的な差を前にして次第に私の心に怒りが芽生えてくる。その怒りが私を奮い立たせ、力任せに刀を奮った。当たりも掠りもしないと知ってなおガムシャラに奮う。すると仮面の奥の彼女はクスッと笑ってこう答える。
「——刀が可哀想よ。もっと大切に扱いなさい。それでは私に一生届かないわ」
「——っ!?」
その言葉を聞いて怒りに身を任せていた私は心を沈ませる。彼女の言っている事は憎くもその通りで両手に握る魑魅姫から悲鳴が聞こえた。私は自分自身の未熟さを痛感して、私と行動を共にするアザレアさん達の場所まで退がった。
「先輩!大丈夫ですか!?」
駆けつけてくる後輩達。私はいつものように笑顔を向けようとしたけれど、その余裕すらなかった。
「大丈夫‥‥ではないけれど大丈夫よ。けれど、勝てる気がしないのも事実‥‥何故そこまで強くなれるの。どれ程の修羅場を切り抜ければその領域まで到達するの。貴方は何故そこまで強くなれたの?」
私は深くフードを被る仮面の彼女に心からくる疑問をぶつけた。ただただその圧倒的な力の源を知りたいが為に、私の好奇心と底知れない欲望はその答えを望んだ。
しかし、彼女の言葉から語られたのは私の予想を超えてくる内容だった。
「——貴方に、自分の命を賭けてまで守りたい“人はいる?この命を捨て、全てを捨てでも愛して止まない”人はいる?」
心に針が刺さったように、ズキンと体全身に痛みが走る
「‥‥‥私の守りたい“人」
「そう。貴方にいる?貴方の力の源と私の力の源は根本的に違うわ。欲望と憧れでは越えられない壁がある。その壁を壊せるかは貴方次第よ」
彼女の一言一言が私の胸を締め付ける。彼女と私とで力の源が根本的に違う現実。欲望と憧れで上り詰めた先の力は彼女からしたら足元にも及ばない小さな力。最悪の敵である彼女には命を投げてでも守りたい大事な人がいる。
しかし、私には何もない。失うものも、命を投げてでも大切な人もいない。大切な後輩であり部下でもあるアザレアさん達。それは愛情と何が違うのか今の私には理解できない‥‥
守りたい人がいるのといないので、ここまでの実力差が生じるなんて今の私には受け入れられない現実。
だって‥‥それだと‥‥
今までの努力は一体なんだったの‥‥憧れから始まった軍人としての道は間違いだったというの‥‥私はもうこれ以上強くなれないというの————
「——私はいるわ!」
「「「——!?アザレア!」
すると突然、アザレアさんが前に出てきて敵である彼女に向かって言い放った。
「私はある人を守る一心でここまで来た。地獄のような毎日の訓練もこの身体に傷を幾つも付けようと心が折れそうになろうと私は心に誓った人の為に乗り越えてきた。そしてこれからも全ての痛みを身体に刻んで乗り越えていく!例えその人が世界中から罵られ嫌われ、私を避けようとも私は側にいるわ!私もいつか貴方と同じ領域に並んで貴方を越えていくわっ!」
「‥‥ア、アザレアさん貴方っ」
その力強い瞳に、絶対的に自信のある言葉の重みを受けて私の身体を熱くする。アザレアさんはとても強い。人族では英雄とまで言われている程に強く正義感が溢れる子。18歳で数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女達の面構えは私とは似て非なるもの。
守りたい人の為にアザレアさんは痛みを耐え、身体中に傷痕を残して戦場に立っている。
その佇まいも、その言葉の数々の重みも、その力の源も私とは全く異なる。
アザレアさんの姿こそが守りたい人の為に戦う本当の姿—————
————ドゴオオォォォォオンン!!!!
「——な、何?!」
アザレアさんが語った直後、前方の方角から凄まじい爆発音が轟いた。その音は大地にまで振動し、小刻みな地震を起こす。
「——もう時間稼ぎも必要ないわね。貴方達もボーッとしていないで早く向かったら?」
彼女の言葉を聞くと隣に立つアザレアさんの表情が次第に険しくなり、次の瞬間アザレアさんは爆発音の方角へと走り出した。
「ア、 アザレアさん!?」 「「「アザレア!!」」」
仮面の彼女の横を気にも返さず通り過ぎ、物凄いスピードで向かうアザレアさん。私もアザレアさんの後を追うように急いで足を動かした。
仮面の彼女の横を通り過ぎようとした途端、彼女は私に向かってこう言葉を述べた。
「一つ良いことを教えましょう。私は月下香が幹部五華のメンバー。そして月下香を従える序列No1の座にいるのがこの私——」
「——!?それは一体どう言うことです?!月下香を従えているのは虚無の統括者のはず‥‥!」
衝撃の事実に驚愕した私は頭を混乱させる。彼女の語った内容が真実ならば彼女は月下香の中で1番強いと言う事。しかし、それだと虚無の統括者とは一体何者ですか?
彼が月下香を従えているという事は数々の情報で既に認知されている‥‥錯乱させようと敢えて嘘をついた‥‥?いいえ、それだと彼女の異常な強さは‥‥
「ふふ、混乱しているみたいだけど全て事実よ。それじゃあね」
そう言って彼女は影に紛れて消えていった。残された私たちはその事実を受け止めるか、無視するかの二択が迫られていた。その中、アザレアを除くヴァレンチーナ以外の五人はその声と異常な魔力に既視感を覚えていた。
「あの声とあの不気味な魔力‥‥あの時と似ている」
「ええ、私もそう思うわワルドス。アザレアの命を救ってくれた月下香の一人‥‥まさかもう一度会えるなんてね」
「ベラもそう思う‥‥あの人とは戦いたくない。けれどいつかは戦う日が来る」
「‥‥‥アザレアさんを追いましょう。話は全てが終わった後です‥‥」
「「「はい」」」
そして六人全員はアザレアの後を追うのだった。その先に何が待ち構えていようとも彼女達は決して臆する事はない
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