遂に現れる三つの勢力の衝突 開戦

——時刻は夜8時。湖底監獄が奇襲されてから2時間が経つ。作戦会議を終えた俺とレベッカ先輩はそれぞれの決められた配置へと全速力で向かっていた。俺たちたった二人の班が向かうポイントは東西南北で言えば、西側である。

しかし、残念なことにこの学園都市が余りにも広大なため、湖底監獄の詳細な位置がわからない。なのでここは先頭を走るレベッカ先輩に聞いてみよう


「レベッカ先輩!湖底監獄は何処に位置するんですか?」


風を切る音が耳に直接伝わる為、レベッカ先輩に少し大きめの声で尋ねた。するとレベッカ先輩の猫耳がピクピクと反応して走りながら答えてくれた。


「そうだな‥‥ではこのままのスピードを保ちながら簡単に説明する。一度しか言わないからな———」


と言って案外詳しく説明してくれた。レベッカ先輩が話した内容は、湖底監獄が存在する位置は学園都市内の西側、学園地区と密接するような形で建てられているそうだ。そしてその湖底監獄がある西側とは、工業生産地区内と学園地区とを隣り合わせの配置関係らしい。


うん、これは頭の中に地図がないとわからないと思うので、まずもう一度この学園都市の構造を説明しよう。この広大な土地の学園都市は八角形型をしている。その周囲を厚く巨大な城壁で覆われている訳だが、出入り口は四つあり各国の大陸に繋がっている。


そして学園都市内の地区分けだが、中心には学園地区が円形に土地が広がっている。ここでお菓子のドーナツという食べ物を想像すれば分かりやすくなると思う。中心を学園地区で埋めたら周囲はドーナツの食べる部分だけが残り、そこを刃物で斬るように3分割する。

すると空から見ると東が住居地区、南が商業地区、西が工業生産地区と綺麗な3分割をしている。次いでに北は住居地区と工業生産地区の境界線だ。これで少しは想像しやすくなったと思うのだが‥‥まあ、学園地区を中心としている点は変わらない。


さて、本題に戻ろう。


俺とレベッカ先輩は全速力で走ること1時間。軍本部そして学園地区を出て、工業生産地区内に建てられている湖底監獄の建築物と思われる距離まで来た。その何十階もある巨大な建築を見ると距離感がおかしくなりそうだ。何人たりとも通す事のない数十mもの高い城壁は圧巻するもの。全速力で1時間も走ってようやく湖底監獄の側まで辿り着けたとは笑ってしまう程にこの学園都市は広過ぎるようだ。


「——私達はさらに奥だ!他の一般兵に気付かれぬように素早く迅速に移動する!」


「——はい!」


レベッカ先輩と共に工場などの建物の屋上を飛び回り、目的地点までショートカットをしていたその時———


—————ドッバアアアアンッ!!!!


と凄まじい爆発音が都市に轟いた。


「「——!?」」


俺とレベッカ先輩はその場で足を止め、音の聞こえた方角を見ると数十mもある城壁の一角が木っ端微塵に破壊されていた。


「——行くぞっ!!」


レベッカ先輩の覇気のこもった鋭い声の下、破壊された城壁の現場へと駆け出した。



◊◊◊



「——あらあら、兵士達はどこかしらぁ〜?ああ!そんなとこに寝ていたのね」


「——さっさとズラかるぞ“ミネルバ。軍の犬どもが駆け付ける」


「‥‥セレス。誰のおかげであの地下から脱走できたと思っているの?——今ここで消すわよ——」


砂埃が上がり、瓦礫の山から出てきた二人。そんな二人の間には歪みが生じ、バチバチと火花を散らつかせる。


「やれる者ならな。それに我らの神の従者達を巻き込むとは非情な女だ」


「あら、貴方に言われるなんて反吐が出るわね。“2年前、貴方が失敗した事忘れていなくて?本当だったら2年前にあのお方の計画は最終段階を迎えていた。それを貴方は失敗しあろう事か軍に捕縛され、厄災の魔獣をも失った。貴方に誰も期待していないわ。あの方の命令で助けたに過ぎない」


感情の籠らない瞳、冷酷な声でミネルバはセレスに皮肉を言った。その事を受けてセレスはただ冷静でいた。怒りを見せる訳でもなく、攻撃を仕掛ける訳でもなく、挑発に乗る訳でもなく、ただ冷静にミネルバの話を聞いていた。そしてセレスは瓦礫の下敷きになり呻き声をあげる兵士を見ながら淡々と答えた。


「ああ、そうだ。俺は失敗しあの方の計画に泥を塗った。生かされているだけ有り難いものを救ってくださるとは何たる事か。2年前に俺は敗れた‥‥だが世界に選ばれし者に負けた訳ではない。俺はあの男に————“虚無の統括者に敗れたのだ。あいつがこの世界に現れなければ計画は完璧なはずだった」


と瓦礫の下敷きになる兵士を踏みつけて、両手を強く握りしめる。そしてセレスの視線は自然と前を向き、その瞳に映るのは大勢の兵士だった。刀剣を抜き、魔法の準備をしているその中の一人の兵士が二人に対して声を張り上げる。


「——お前達がバラトロか?!今すぐ投降しなくば、即座に力を持って排除する!」


「あらあら、お優しいのね?」


とミネルバは怪しい笑みを浮かべながら兵士の元へと歩み寄っていく。そんなミネルバを見て不気味に思った兵士が攻撃を仕掛けようと合図を出す。


「——止まれ!それ以上動けばっ——————」


しかし、兵士の言葉が途中で遮られてしまった。ボトっと鈍い音をたてて、その兵士の首が地面に転がり、大勢の兵士は臨戦大勢に入る。


「ふふ、そんなことよりも戦いましょう?そっちの方がとっても楽しいわよ?」


そうミネルバが甘い声で話した瞬間、兵士達の首から上が宙を舞い、絶叫と悲鳴が鳴り響いた。そしてものの数分で数百という頭の無い死体の山が出来上がった。

兵士達の血によって真っ赤に染め上げられた体をミネルバは興奮したように眺める。


「ああ‥‥なんて、なんて気持ちいのっ‥‥。あの声が、飛び散る血がたまらないわぁ」


ただならぬ興奮と歪んだ快楽に浸るミネルバだったが、終わりが突如として訪れる。


「——そこまでだバラトロ。寄り道がてらにお前達の雑魚は私が処理しておいた。この都市から逃げられるなと思うなよ」



◊◊◊



「第一班到着!」 「第四班到着!」 「「第三、第二班到着!」」


声と共に、破壊された城壁に集まる特殊戦闘服を身につけた軍人達。その数は凡そ二十数名。俺とレベッカ先輩が一番乗りで到着し、その後に次々に現れた軍人は極秘魔法部隊の兵士達。俺やレベッカ先輩とは違い、特殊戦闘服を身につけている事からSランク学生ではなく本物の猛者と呼ばれる最強の軍人。


そんな人たちが共に駆け付けてくれてとても心強い。それに一応、俺やレベッカ先輩のような学生も戦闘服を身につけている。一般兵のような軍服ではなく、体にフィットする特殊な戦闘服だが、この駆け付けてくれた人達とは多少デザインが違う。彼らが黒で俺達が青といった色合いだ。


というかこの戦闘服のデザインは俺達の月下香と似ている。戦闘服や動きやすさを求めると体にフィットするピチピチデザインになるのは何処も共通なのかもしれない。


だが、デザインは我ら月下香の方がかっこいいな!


とそんな事よりも俺達の視線の先には、頭部の無い死体の山を築いている二人の人物がいる。空からの月明かりに照らされて一人は囚人用の服を纏い、もう一人は真っ赤に染め上がった露出の高い服を身につけていた。

また同胞と思われる死体の山を見せられてレベッカ先輩も、そして極秘魔法部隊のエリート達もその瞳は怒りに燃えていた。


そして第一班の隊長である魔族の女性が刀剣を抜き、二人に剣先を向けて宣戦する


「何もいうことはない。お前達はここで始末する——力を貸せ、天雙乙姫——」


一班の隊長が刀剣の名を呼ぶと、続いて他の者達が刀剣を抜き名前を呼んでいく。個々の色や性格、種類、魔法でそれぞれ異なる刀剣の真の名前。歴史と共に長い時を越えて歩んできた刀剣達の肌がひりつくような圧は凄まじいものだった。


「——あらあら、まだ遊べるわね。一人ずつではなくて全員でかかってきなさい」


「——!?舐めるなっ——」


第一班の隊長が顔を引き付かせるが、死体の山にいる女性に向かって一瞬でその間合いを詰めた


——ギイイイインっ!!


と雷のように轟く金属音。それは二人の女性が刃を交えてできた音。衝撃波もさる事ながら、その二人の刃は儚い火花のようにこの夜に咲いていた。


「——!なかなかやるわね。案外楽しめそうだわ!」


そして二人の衝突を合図に戦いの火口が幕を開ける。



◊◊◊



————そしてレオン達が衝突した同時刻の別動班。ヴァレンチーナ率いるアザレア班は城壁が破壊された現場へと急行していた。青い特殊戦闘服を身に纏い、一般兵の横を猛スピードで通り抜ける七人。


「お、おい!お前達は何者だ!?止まれぇぇぇ!!」


大勢の一般兵の横を通るたびに引き止められるヴァレンチーナ班。それもその筈、極秘魔法部隊は名の通り、一般兵にすら情報が知られていない極秘部隊。知るのは部隊に所属している者もしくは世界でたった数十名の限られた人物のみ。軍内部でもその姿、経歴、人数も全てが隠された部隊であり、独立した部隊。一般兵の中ではその部隊について噂をする者が後を絶たない。暗殺集団、軍の掃除屋、などと噂されているがどれも事実である。


しかし、その存在や姿、部隊を見た者はごく僅かの運の良い者達だけ。魔法による認識阻害、隠密、情報操作などで守られていた。


その為、今アザレア達を引き留めようとした“目の良い一般兵は情報を漏洩させないため後に裏で工作が生じる。その工作を行う者も極秘魔法部隊に所属する一般兵を装った軍人の仕事である。


「——隊長!もう他の班は戦っている様子です!速く向かいましょう!」


「そうですか‥‥ならもっと速く行きますよ!」


ワルドスの報告を聞いて更にスピードを上げるヴァレンチーナ班。入り組んだ工場を風のように走っているとある何もない広場に出たが、足を止めずにその広場を抜けようと試みた。


しかし、ヴァレンチーナ班の目の前に何者かが立ちはだかり透き通る声が広場に響く。


「——止まりなさい。ここから先へは行かせないわ——」


「——?!どういう意味です!そこを直ちに退いてください!私はこう見えて大人しい性格ではないのですよ」


ヴァレンチーナは腰に据えている刀剣を抜き、目の前の人物に向けて構える。

そんなヴァレンチーナの後ろからアザレア達が歩みより共に刀剣を抜く。そして断言するかのような口調で謎の人物に声を放つ。


「貴方がバラトロね。ここで会った以上はこの都市から生きて帰らせないわ。他のお仲間の情報も吐いてもらうから覚悟しなさい」


アザレアは鋭い眼差しを向けて謎の人物にそう言い放つ。


「ふふ、バラトロね‥‥一緒にしないで欲しいわね?」


しかし、その人物はアザレアの発言を否定し、続けてこう答えた。


「私が誰かはどうでも良い事。私がここにいる理由は彼の邪魔にならないように、邪魔になる者達を足止めする事よ」


そう言って木の陰から月明かりが差し込む広場の中央へと歩き出す謎の人物。コツコツと道の上をヒールのような靴で歩くその者は黒い衣装と仮面に包まれていた。


そして月明かりに照らされたその姿を見たヴァレンチーナ並びにアザレア達は目を見開いて驚く。なぜならその姿は数ヶ月前に学園都市で見たある組織の衣服。アザレア達が課外授業という名のサバイバルで見た、ある一人の女性の衣服と全く同じく、瓜二つの姿だった。


「——ここから先を行きたければこの“月下香が相手になるわ——」

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