湖底監獄に集う者達

——ハァハァハァッ‥‥!!


息を切らし、階段を駆け上がって行く一人の軍人がいた。足と腕を全力で振りながら慌てふためくその軍人は、扉の前にまでたどり着くと勢いよくその扉を開けて声を振り絞った。


「——襲撃ですっ!門を破壊されました!!」


「——何?!一体どう言うことだ?!」


「——はっ報告によりますとあのバラトロと名乗る闇の勢力がここ”湖底監獄に攻めてきたとの事です!」


「——バラトロだと?!そうかっ‥‥世界最悪の叛逆者共の狙いはもはや?!‥‥すぐに本部へ報告しろ!」


「——はっ!」



◊◊◊



——ここは一体どこなのだろうか?

そんな疑問はこの建物に入ってから解消された。ここは広大な敷地を誇る学園地区内に存在する同盟軍本部。真っ白な外観の軍本部は、この学園都市の中心に位置する。巨大な建物と演習場の数、広さなど学園地区の半分を占領している。ここ学園地区内同盟軍本部には凡そ10万人の軍人が日々訓練をしている。そして各国の種族軍へと配属される。


また、各国の軍から同盟軍本部へと軍人が入れ違いのように配属されてくる。周期は分かっていないが分かっている事はある。ここ同盟軍本部は世界の象徴であり、世界の中心であるという事。世界の最高権力であり、この世界のルールを正す組織。世界の5カ国の軍が一つに纏まり、より強大な力を持ったという事。


今、俺はその内部へと足を踏み入れている。厳重な警備システムに個々の戦闘力、高度な魔法が記されている軍事機密文書。世界の‥‥強さを求める為の全てと言っていいほどの数々が存在する場所。


そんな同盟軍本部内を何の躊躇いもなく歩いていくレベッカ先輩は只者ではない。一概の学生身分が立ち入ることすら出来ない内部を堂々と歩いているレベッカ先輩、そして学園のN O5という立ち位置の存在感と力は相当なものだ。世界中の優れた学生、秀才、天才達が集う学園での一桁とはそういうことなのだろう。改めてレベッカ先輩、そしてヴァレンチーナ先輩の凄さを痛感させられた。


「レベッカ先輩。一体何処に向かっているんですか?」


俺は前を歩くレベッカ先輩にそう質問した。すると黒い尻尾を振りながら堂々と前を歩くレベッカ先輩はこう答える。


「レオン。ここから先は私の後ろにいろ」


強く、重い口調でそう答えたレベッカ先輩。ここまで来てしまうと流石に緊張してくる。この先に何が待ち受けているのか、予想は出来ても当るかはまた別の話。あまり目立ちたくは無いが‥‥まあ無理だろう‥‥


そう考えながらレベッカ先輩の後ろをピッタリとくっつきながら歩くと、ある扉の前でレベッカ先輩の足が止まり、その両手で開けた——————


扉を開けて入ると、大勢の屈強な軍人達が勢揃いして此方を一斉に睨んできた。

不思議に思うその軍人たちの中には、俺の知る人物達もいた。


「——?!レオン何故?!」


最も聞き覚えのある声が会議室全体に響く。俺に気づいたその声は“アザレアが発した言葉だった。そんなアザレアは驚きのあまり席から立ち上がり、俺を凝視している。しかし、その反応すら意に介さない人物がこの緊迫状態の空気で発言する。


「———おいレベッカ遅いぞ。もう作戦内容を話していた‥‥‥‥が。後ろの学生はなんだ?何故、この本部に入りこの場にいる?この場は軍事機密と知っての事か?」


そうレベッカ先輩に向けて鋭い視線で問い詰める最奥にいる人物。教壇のような所に立ち、その背にある黒板には作戦と思わしき内容が書き出されていた。威圧的な態度でレベッカ先輩と俺とを交互に睨んでくるその人物にレベッカ先輩は臆する事なく答え始めた。


「——申し訳ありません“ランベルト司令。今日からこの者は私の部下になり、ここへ来る合間に全ての事情を説明済みです」


と俺の肩に手を乗せて自信満々に説明するレベッカ先輩。


だが、おかしい。物凄くおかしい。はっきり言って何も説明なんてなかったですよね??こう、『察しろ』みたいな表情はやめてください。そして肩においている手に力を込めないで下さい。


ほぼ無理矢理に引き込んでくれたレベッカ先輩には色々と感謝しなくてはならないようだな!その黒く長い尻尾をフリフリと揺らしているのを俺は見逃さないですよ?


「——ほう、あのお前が部下を取るとは何と珍しい‥‥と、この話はまた別の機会にしよう。今はそれどころではない、二人はそこで聞いていろ」


「「——はっ」」


いつの間にか受け入れられた?のか、定かではないが話を聞いていろとのご命令。そしてレベッカ先輩の口から発せられたランベルトという名前に聞き覚えがある。


月下香本部でデリカートから渡された各国上層部の顔と名前が記された記録にランベルト=レオーネという獣族の軍人がいたのだ。S Sランクであり獅子族の長を務め、獣族国ストレニア女王陛下の夫でもあるランベルト。


この同盟軍本部の司令官は周期で変わるという事だが、今回はランベルト=レオーネが司令を務めているようだ。獅子のような髭を持つ顔立ちは、さながら圧巻すべきものだ。

そしてあともう一人この同盟軍本部にSSランクの一人が滞在しているという情報だが、まだ見ていない。


まあそれはあとだ。レベッカ先輩と二人で扉の前に立ち作戦の内容を聞く事にしよう


—————そして数分の時が過ぎ、作戦の内容そして緊急事態の内容を聞いていた俺は『ようやく来たか』と心の中で呟いていた。


緊急事態の内容は一般に知られてはいけない軍事機密。この学園都市の湖底に存在し、悪人や罪人を収容する湖底監獄が奇襲を受けた事態。それも湖底監獄に奇襲を仕掛けた者達は“バラトロとそう名乗っている事。


俺に関わりのある最悪の組織がようやく動き出した。そして目的は恐らくセレスの奪還。2年前に厄災の魔獣を蘇らせ、世界に甚大な被害を被った元凶の男。厄災の魔獣と共に消し去ったと思っていたが軍に回収され、湖底監獄に収容されていた事はヴィーナスに聞かされた。


そしてようやく連中が動き出した。仲間思いのかけらなど一切ないと思っていたがな。


「——作戦は以上だ。現在、湖底監獄のたった一つの出入り口を他の部隊が見張っている。そこで極秘魔法部隊所属のお前達はさらに外側を死守し、市街地へと漏れ出す賊供を捉える又は抹殺せよ。作戦は以上だ。それぞれの小隊は配置に付け!」


「「「——はっ!」」」


屈強な軍人達が一斉に席を立ち、慌ただしく作戦室から出ていく。その表情はとても険しく、戦場へと向かう軍人の顔だった。いつ命を落とすのかも分からない戦場に足を踏み入れる猛者達の面構えは、仲間や友人を戦場で失いそれでも這い上がって来たもの。そして彼ら猛者達のランクは全員Sランク以上。


そんな横を通っていく猛者達が俺を見る目は、どれも憐れんだ眼差しをしていた。

そしてずっと横にいたレベッカ先輩は悲しそうな素振りでその口を開く。


「レオンこれが私達の日常だ。戦場へと赴き、いつ誰が命を落としてもおかしくはない所。私に着いてきたその勇姿を讃えようレオン。お前は本日より私の部下だ。相棒として死ぬ事は許さん、いいな?」


レベッカ先輩の美しい黒い瞳が俺と交差する。その猫目から感じ取れる感情は姉弟のようなもの。まさかこの俺が同盟軍極秘魔法部隊所属のレベッカ先輩のたった一人の部下になるなんて誰が予想できただろうか。

何故、レベッカ先輩は部下を持たずに一人で行動してきたのか謎だが、きっと彼女と足並みを揃えられる人材がいなかったのだろう。


そんな時に偶然現れた俺という存在。レベッカ先輩が言う、桜月流を知っている一人の学生として俺は彼女に見定められた。これを機にレベッカ先輩を利用し、軍部の情報を聞き出せないかと思っていたが、その考えは捨てる事にしよう。


「ここへ来る合間に説明なんてしていないですよねレベッカ先輩?けど、もう後戻りはできそうにないですね。先輩の唯一の部下として精進しますよ。よろしくお願いします」


と少し冗談を混じらせてレベッカ先輩に本心を伝えた。殺伐とした空気の中で少しは笑ってほしいと思っての事だが、案の定微笑を浮かべていた。


「——ふっ‥‥そうか。レオンお前はどんな男よりも強くなれる逸材だ。私と同じ世界へと足を踏み入れたこと後悔するなよ」


「ええ、先輩の足を引っ張る訳にはいきませんから全力で務めますよ」



◊◊◊



「———ん‥‥?」


光の届かぬ地下深く。唯一魔法で創られた淡い光だけが鉄格子の奥を照らしだす。

水の滴る音だけがこの地下に響き渡り、リズムを刻んでいる。岩盤で造り出された鉄格子の監獄は魔法で強化され絶対的強度を誇り、囚人達の脱走を防ぐ壁。


ここは学園都市湖底監獄のランクS S相当の大罪人が収容されている最下層。

その最下層には囚人一人だけが魔法無効化の鎖に嵌められていた。また囚人の姿は酷く、身体の半身が失われており、立つ事のできない身体をしていた。


鉄格子の外の淡い光が囚人を照らし、時間という名の退屈が囚人を襲う。ここへ幽閉されて年の時が過ぎてもなお、この囚人は飲まず食わずで今も生きていた。


そんな中、囚人を照らしていた淡い光にある影が落ちる。囚人はその影に気付くと込み上げてきたものを吐き出した。


「————フハハハハハ!!まさかこの俺を助けに来てくれるとはな“ミネルバ!どういう風の吹き回しだ」


淡い光から出現した影に鎖に繋がれた囚人が叫ぶ。その言葉に込められたものは喜びの感情か、はたまた疑惑の感情か‥‥囚人にしか分からない。

そして淡い光に影を落とした張本人でもある、ミネルバと呼ばれた人物は囚人に対してこう話しかける。


「———あらあらそんな姿になって可哀想な“セレス。私はあのお方に頼まれて来ただけよ。あの方の命令でなければ負け犬を助けるなんて反吐が出るわぁ」


まるでセレスを下に見ているかのような態度と言葉で挑発するミネルバ。そんなミネルバだが、セレスが幽閉されている魔法の鉄格子をいとも簡単に破壊した。


そして半身がないセレスの鎖を断ち切ると、ある液体を飲ませる。その液体を飲んだセレスは酷い激痛に襲われるが、ものの数分で痛みが消えた。


「はぁ‥‥はぁ‥‥これもあの方の命か‥‥?なんと、なんと‥‥素晴らしきお方だ!」


そう言って“蘇生された半身をまじまじと見つめるセレス。


「フハハハハ!!———さあ、戦いの続きを始めよう!」


そしてセレスとミネルバは湖底監獄最下層からの脱出を図るのだった



◊◊◊



—————そして学園都市緊急事態の情報を速やかに察知したのは同盟軍だけではなかった。常に人々の身近に存在し、人々の見えぬ闇で動く者達の存在。闇を支配し、世界の裏で戦い続けるある組織もまた学園都市を、市民を守るために動き出す。


世界から悪と断言されようと、世界の人々から恐れられ憎まれようとその者達は大切な人を守るために世界を相手に敵に回す———


「———さあ、貴方達準備はいい?」


星々が輝く月明かりを背に立つ禍々しくも美しい五人の女性。黒い戦闘スーツを身にまとい大勢の配下を従える五人の女性は世界を敵に回そうと、命尽きるまで忠誠を誓った一人の人物を想う。


守るべき者のために傲慢不遜を演じ、自ら孤独を選んだ一人の男

どんな言葉で罵られようと避けられようとも、彼を理解できる人に‥‥

たとえ世界中が彼を咎めようとも私達だけは彼の味方に‥‥お側にいると‥‥


「——我らは月下香トゥべローザ!あのお方の意思を、思想を守り世界に挑む者。我らの敵バラトロを討つ者。覚悟ある者は着いて来なさい———任務開始ラ・ミシオネ・シィ・パルテ——」

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