新たな夜の女王
———リリーに奥の部屋に案内され、目の前のソファーに腰を下ろす。そしてリリーに紅茶を貰い一息付いたところでリリーに視線を合わせる
「———ありがとうリリー。早速本題に入ろう」
そう伝えるとリリーは引き締まった表情で、例の本題の内容を話してくれた。
「私の情報網を使って得られた情報はただ一つ。“例の彼女は何者かに操られている。彼女の身に着けているネックレスによって‥‥」
そう言うリリーの瞳からは怒りが見え隠れする。そして例の彼女とは、俺と同級生の天族デボラの事だ。ファシーノから伝えられた内容と実際に会って話をした違和感はどうやら的外れでは無かったようだ。
そして俺の反応を見ているリリーに続きを促した
「———その何者かは彼女を兵器として利用する事を企てた
と両目を閉じて、テーブルに置かれた紅茶をゆっくりと口元に運んだリリー。
「ああ、大したものだよ。流石はデリカートが指揮する隠密諜報部隊の片腕だな」
「ふふ、私にはこれしか出来ないだけだよ。エリーのように戦闘もこなせない弱い女さ」
———弱い女か。目の前にいるリリーが弱い女だと思う者は果たして何人いるのだろうか。少なくともこの夜の街に住む者達は彼女を心から慕っている。
なぜなら彼女が‥‥
「弱い女か‥‥それもジョークなのか?巷で噂が飛び交っているのを耳にする。目をつけられた者は消されると言われているぞ。“夜の女王リリー”さん?」
俺はテーブルに置かれた紅茶を口元に運び、一口飲む。すると、リリーは肩を落として全身の力を抜く。俺の向かいで優雅に座っていたリリーは、体勢を変えて横になった。
「仕方ないことさ。エリーにこれ以上無理をさせない為に、私が変わりに就いただけ。夜の女王と呼ばれるようになったのも、可愛い妹達を傷付けた男を徹底的に締め上げた事が原因。私はいつだって家族を大切にする———」
‥‥すごくカッコいい事を話しているのに、ソファーで横になりながら菓子を摘んでいるリリー。親父か?!とツッコミそうになるが彼女も大変な思いをしている。毎日世界中の夜の街へと赴き視察に行くリリーは相当疲れているはずだ。ここは突っ込まずに休息を促そう。
「リリー、少しは休んだ方が良い‥‥」
「ふっ、仕事の合間にこうして休んでいるから心配する事でもない。そんな事よりもう時間だ。すまない、これから打ち合わせがある‥‥」
と、申し訳なさそうに顔を顰めるリリー。俺からしたら忙しいリリーを引き留めてしまって申し訳ない立場だ。
「そんな顔をしないでくれ。俺の我儘をこれ以上押し付けてはリリーに迷惑だ」
「———っ!?そんな事はない!もっと頼ってくれても構わない!私も‥‥そして今では各娼館の責任者を勤めている妹達も主に救われ、心から慕っている。だから、此方は迷惑だなんて一切思わない。むしろ主の頼みであれば、世界中のどこからでも赴き、全てを捨てて貴方の元へと駆け付けよう‥‥私たちはいつでもその覚悟がある。その事を忘れるなよ?私達を救った代償はとてもとてもでかいぞ?」
そう言って俺の唇に人差し指をそっと添えたリリー。俺が何を言うとしたのか、それを言わせまいとリリーは俺の口を止めたのだろう。全く‥‥彼女には敵わないな
「さっお帰りだ主。せっかくだ、街の外まで送ろう」
「ありがとうリリー」
そして俺は胸元からサングラスを取り出す。するとリリーは俺の腕を掴んで外までエスコートする。密室の個室を二人で出ると、先程までいた店内は大いに賑わいを見せていた。
しかし、その賑わいも夜の女王リリーが姿を見せた事でポツンと一瞬で静かになった。
「少し外まで送ってくる。すぐ戻る」
固まっている黒服にそう伝えたリリーは店内を堂々と歩いた。俺の腕をギュッと抱くように、そして店内中の客と嬢達に見せびらかすように‥‥まるで見せ物の気分だ。
外へと出た頃には、背後の店内からは様々な声が飛び交い、それはもう騒がしかった。
しかし、見せ物のようだった店内から脱出しても“外はそれ以上のものだった。
「ふふ、私達を興味津々で見ているぞ」
「当然だ。こんなにも目を奪われる美しい人が歩いているんだ。男も女も関係なく興味を持つ」
「ああ‥‥それに彼らからは主の事を黒髪ではなく、私と同じ金髪に視えている。身長も顔立ちも全くの別人で。ふふ、用心に欠かした事はないぞ。これで誰にも咎められずに独占できる‥‥」
「どうぞ、リリーの好きなように‥‥」
———そして歩く事数十分。夜の街の出入り口まできた。俺とリリーが立つ場所は二つの世界が線引きされている道。この道が混じり合う事は決してなく、何処までも果てしなく続いている。いつかその二つの道が交差する時はどうなるのだろうか。誰も想像できやしない‥‥
「それじゃあリリー、また会おう」
「ああ、今度会う時は朝まで帰さないぞ。だから、今日はこれで満足しておこう‥‥」
リリーの柔らかい唇が俺の唇と触れる。呼吸を忘れ、瞳を閉じると唇が触れている間だけ数秒の感覚が何時間にも思えてしまう。甘い匂いが鼻を擽り、唇を離した吐息は耳にいつ迄も残る。
「ふふ、中々良い男になったじゃないか。エリーに宜しく伝えておいてくれ」
「ああ、しっかり伝える」
そして、別々の二つの世界へと消えていく二人だった。
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