夜の街で驚かれる存在

「———さあ、いよいよね。どんな子達か楽しみだわ」


「———ああ、年に一度の行事。譲らねーぜ?」


「———それはこちらも同じよ!」









———————カチッカチッカチッ‥‥ゴーン!










「「「「———シャァァアアアアアア!!!!」」」」




鐘と共に大勢の学生がある建物に押し寄せていた。男女構わずに雄叫びを上げて目指す場所は一年生校舎。そして校舎から出てくる一年生を妨げる上級生達。寮に帰宅する道を妨げられた一年生は意味が分からないと言った様子でたじろぐ。



一体今から何が始まるのかと言うと‥‥‥‥


「クラブ勧誘の始まりだ!!野郎共、準備はいいかっ!?」


「可愛い後輩達を連れてきなさい!」


「「「おうよ、キャプテン!!」」」 「「「はい!部長!」」」




———と言うわけで講義も終わり、寮に帰宅しようと校舎から出ると目の前は戦争だった。あちらこちらで上級生の猛アプローチを食い、入部までスムーズに行かされた者。見学をしてから決めたいと言う者。


皆大変そうだ‥‥と言ったものの俺も他人事でも無さそうな雰囲気が迫っている。



「ねえねえ、君は今話題のレオン君でしょ?!たった二人で何十人も倒したっていう!うちの霞斬流とか興味ない?!女の子沢山いるよ!!」


「いやいや、俺らの次元流だろ?!女の流派に入ったってこいつの為にならない!」


「はあ?!むさ苦しい男の流派よりこっちの方がいいに決まってるじゃん!ねえ、レオン君!」




と女性の先輩が物凄い勢いで詰め寄って来る。その距離は互いの息が掛かる程だったので一瞬後ろへ引いた。それでもグイグイと距離を詰めてきて、更に次から次へと新しいクラブが声を掛けてくる。それはもう逃げ場など無く、八方塞がり。


そこで隣を歩いていたファシーノに視線を投げるが‥‥‥




「君!可愛いねえ!ダンスとか興味ない!?」


「スタイルも良いし、容貌も完璧!是非モデルになって欲しい!」


「お断りします。先輩方」




と主に男性の先輩達にしつこく勧誘されていたファシーノ。ニコニコと断ってはいるものの先輩方もファシーノから全く引こうとはしなかった。また続々と勧誘の嵐に巻き込まれ、俺たちの周りは大勢の先輩達で埋め尽くされていた。



「少し、通してもらえますかっ」



俺はファシーノの腕を取って強引に抜けようと試みた。

しかし、その行動は虚しくも意味をなさずに終わる。


ある一人の声と共に‥‥





「———邪魔だ、そこを開けろ———」





何処からか聞こえてきたその声はとても冷徹でいて堂々とした逞しいものだった。そしてその声が響き渡った瞬間、俺とファシーノを囲んでいた先輩方は声の聞こえた後方を振り返ると‥‥衝撃を受ける事になる




「嘘だろ。何故、ここにいる‥‥?」


「わざわざ何の為に足を運んで来たんだ‥‥。今は勧誘だぞ」


「何故、邪魔をするのです‥‥?———“生徒会様”がここへ来る理由でも?」




そう言う先輩方は突如現れた“生徒会?のたった一人の女性に身構えていた。まるでその女性を恐れるように魔力を高めていく。それでも目の前の女性は全く身構える事なく、先輩方を眼中にすら捉えていなかった。


そして先輩方が開けた道を悠然に歩いてくる生徒会と思わしき女性。

また近くで見るとその女性は頭に黒い猫耳がピョコッと出て、お尻と腰の間から黒い尻尾が伸びている獣族の猫族。黒髪をポニーテールに纏め、キリッとした表情でモデルのような容姿は心が惹かれてしまいそうだった。


そして距離として2mくらいまで縮まると、彼女は猫耳をピョコピョコしながら口を動かした。その内容はここにいる先輩方や一部始終を見ていた同級生達も驚愕するものだった。





「———生徒会に来ないか?」







◊◊◊









「———ねえねえ、この後良いよな?」


「だーめっ。これ以上はなしよ」





———お互い他人の男と女が乱れ狂う街





「今日も魔獣討伐で疲れたんだよ〜。癒してくれ〜」


「はぁ〜い!お客さんいっぱい飲みましょうねぇ〜」


「おお!今日はとことん行っちゃうよ〜」





———疲弊した体を癒し、求め、そしてその者の欲を晒す月明かり。そんな星々が輝く雲の下には一角の夜の街が現れる。昼と変わらない明るさを持ち、賑やかさを持つ夜の街にはさまざまな種族が入り乱れる。


酔っ払いの男性、泣き崩れる女性、と言ってもキリが無いほどに夜の街では様々な事が起こる。夜の街は秩序が保たれない、そんな噂は世界中に蔓延んでいる。



しかし、そんな夜の街にはある秩序が存在していた。それは絶対的権力者であり、世界に影響力をもたらす人物によって統治されている事。

その絶対的権力者に目を付けられた者、意を反した者、ルールを破った者は二度と日の光を見ることが出来ないと夜の世界では暗黙の了解として存在していた。


そしてその絶対的権力者とは?世界中に散らばる夜の世界を牛耳る者は誰なのか?と言う疑問や噂が夜の世界の片隅でなされる。





———そして今日もまたいつもと同じ夜の世界が訪れる。俺は一人、そんな夜の世界に足を踏み入れてある場所へと向かっていた。





「———流石は夜の街。俺のような学生が来たら直ぐに追い払われるな。しかし、それを踏んで俺はサングラスを掛けている。ふふふ、バレはしないだろう‥‥多分」


酔っ払いな中年、怖い男の客引き、そして可愛いお姉さんの客引き‥‥っとついて行きそうになってしまった‥‥。決してついて行っては行けないぞ!



とそんなこんなでようやく目的の場所まで着いた。その目的の場所とは接待を生業とするキャバクラと言うお店だ。このお店は女性が客に接待をするという内容。その分殆どの客が男性であり、何故こうも男性達はこのキャバクラに身を運ぶのか。


その理由は一つに断言できない程に様々存在する。寂しさ、出会い、幸福、会話、そして女性。殆どの客は女性目当てで訪れ、気になる子を指名しお酒を飲みながら会話をする。

それだけで男性は喜び、気に入られれば常連になる。どんなに時代が変わろうと男はそうやって心の寂しさを埋めてきた。そしてその寂しさを埋めるのが女性。


しかし、勘違いしてはならない。あくまで女性と男性はお客の関係。それ以上でもそれ以下でもないビジネス関係。そこを勘違いして女性に手を出したり、傷を負わせるものなら夜の街には二度と入れない。手を出したいのなら娼婦に行けば良いのだ。


そのため毎日のように出禁を食う男が多発する。そしてもう一度やらかせば消えていく。





それが夜の街‥‥





「———いらっしゃいませ〜。此方へどうぞ」



受付の黒服に通され、店内の空いているテーブルに腰を下ろす。

そして指名を入れなければランダムで女性が隣に腰を下ろしてくる。



「お客さん〜とてもお若いね〜。もしかしてお忍びで来たの?」


「ええ、そんなとこです」



ドレスを着た嬢は胸を強調し、柔らかく会話をつなげている。とても落ち着き、年上の包容力が心を穏やかに宥める。



「そうなんだ〜。でも、大丈夫?ここ結構取られるよ」


「ええ、問題ありません。それに聞きたいのですが、ここに“リリー”と言う女性はいますか?」


「———っ!?リ、リー‥‥」




そう言うと急に固まり出してしまう嬢。そしてリリーと言った瞬間に周りの黒服もその場にいたお客も固まり出してしまった。騒がしかった店内がシーンと静かになり、時が止まる。


しかし、その静けさに轟いた声は店内を爆笑の渦に変える。



「———プッハハハハ!!!おい、そこのわけーの!リリーだってぇ?あんな真珠をオメーが指名出来るとでも思ってんのかあ?!ここにもう一年も通う俺が未だに指名できない大物の、さらにその上の辿り着けない宝石と同じだ!何百、何千万と出しても出てきやしない女だ!なんせあの世界一の娼婦街を仕切っている女だ!オメーみたいな夜を知らない小僧がその名を口にしちゃいケーねよぉ。ここじゃ暗黙の了解だぜ。ま、今日いるかもわからねー真珠よりも目の前に転がる石を拾っとけ。俺からの忠告だあ」



とグラスに注がれた酒を一気に飲み干し、大胆に足を組む男。両手に嬢を抱え、葉巻を吸うその男は威厳を見せびらかすように堂々と次々に酒を入れる。



「お前みたいなわけーのは高望みしない事だ。そうするといずれ男の方が心をやらちまう。5年前に突如引退し、男の心を何千人と再起不能にした花魁エリー。あの女に心を奪われていた奴は世界中にいる。それは俺含めてな。そんな女が今はあの大商会のトップだ。人生何があるかわからねぇぜたく」



男は葉巻を吸い、天井を見上げた。それは何を想い、誰を想っているのか察しはつく。


そしてそんな男のおかげで店内は再び騒がしくなり、黒服達も忙しく酒を入れていく。



「ねえ、お若いのにどうしてその名前を知っているの?」



俺の隣に座っている嬢が不思議そうにそう聞いてきた。彼女は男が話していても俺を笑わずにただじっと見ていた一人の存在だ。



「どうしてですか。それは‥‥‥———」





「———私を呼んだか?待ちくたびれたぞ?」




説明しようとした時、店内の奥から見知った女性が姿を見せてきた。その女性を見ては店内中のお客と嬢、そして黒服までも全員度肝を抜かれるほどに驚愕していた。



「え、り、リリー様ぁ!?」


「な、なんでリリー様が客の前に?!」


「リリー様!貴方はそうやすやす出てきては行けません!」



と嬢と黒服に体を隠されるもそれを突き飛ばし、あるテーブルに紅ドレスを着て歩いていく。



「嘘だろ‥‥あのリリーが何故‥‥一体どう言うことだっ?!」



先程、俺に忠告した男は葉巻を床に落として唖然としている。目を白黒させて信じられないと言った様子だ。



「え、え?お客さん?まさか本当に‥‥」



俺の隣の嬢は慌てふためいて先程までの年上の雰囲気や仕草も忘れる程に、近づいてくる彼女と俺を交互に見る。そして—————





「———久しぶりだな“主。ここでは話も出来そうにない、奥の部屋へ案内する」


「ああ、ありがとう」




そう言って俺はリリーの後ろを歩いて店内の奥へと案内される。この信じられない光景を見ていた嬢、黒服、客達は皆固まりある疑問を口に出した。





「「「———あるじ?」」」

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