殺戮兵器

———そして天族の彼女が来たその日の夜に、ファシーノの部屋に呼ばれてある話を聞かされた。



「———それで天族の彼女は一体何者だ?」


ファシーノの部屋に来た俺は単刀直入に質問を投げる。そして紅茶を片手に持っているファシーノは椅子から立ち上がり、窓の外の夜空を見上げて答える。



「———そうね、手短に話すなら彼女は“普通の学生、普通の天族の少女であり、そして”殺戮兵器。それもあの調停者アルビト直属のね‥‥」


「———何?それはどういう事だ?」



俺は意味が分からないと言った表情をしているだろう。ファシーノの口から発せられた内容は想像の斜め上を行くものだったからだ。


Sクラスであるという事は特待生であり、アザレア達と同じく学園の秩序を守る任務を受けているに違いない。



しかし、何よりも気になるのは天族の学生が少ないという事。それも一年生だけ極端に。二、三年生の上級生でも1000人前後はいると聞く。それなのにここ一年生の天族だけが何者かが操作しているかのようだ。


それに殺戮兵器とはどういう意味だ?そのままの意味か何かの比喩か‥‥‥?




「———ふふ、考えているわね。それも当然よね、殺戮兵器なんて聞こえが悪過ぎるもの。でも、本当の事よ」


「そうか‥‥彼女にどんな過去が?もう‥‥知っているんだろう?」



俺たちと同じ歳に見えた天族の彼女はなぜ、殺戮兵器と呼ばれているのか。

それも謎多き調停者アルビトの直属なのか?あの笑顔の裏には何が隠されているのか‥‥いずれは俺達と衝突する運命なのか。


考えても答えなどない事くらい分かっている。その答えを知っている本人、もしくはその答えを知る人物以外は‥‥




「———彼女が生まれて18年。そして彼女が生まれた18年前、天族国の首都エーテルでは子供が一人しか産まれなかったの。その原因はいまだに不明のままで、その後の彼女の人生は何不自由無い幸せを歩んでいた。しかし、彼女には他とは違う特別な才能があった。それは命を宿らせる魔法」



「命を宿らせる?全てにか?」



「いいえ、命尽きた者には無意味。命がある者に、上書きするように命を与えるの。言わば対象の寿命を格段に伸ばす魔法よ。そしてその魔法が軍に知られてから彼女は少女から兵器として育てられた。命を与えられるのならその逆、命を奪えるのも可能だとね。そして彼女が殺戮兵器と呼ばれるように、命令で他人の寿命を奪い取っていった。そしてその奪い取った寿命は誰かに譲渡できる」




そんなファシーノの声に段々と寂しさや怒りが混じり合い、夜空を眺めている表情を見せようとしなかった。



「奪い取った寿命の行き先は未だに把握していないわ。彼女について情報が操作されているの。今はこのことしか分からないわ。けど、同性として彼女のこれまでの人生が哀れでならないわ‥‥」



そう言ってファシーノは窓を開けて、夜の涼しい風をあびる。俺は何も言えずに、ファシーノの後ろ姿を見ているだけだった。


天族の彼女についての情報を知れたが、気になる点が一つある。それは‥‥




「命を奪い取るか、ファシーノ。君と“同じ魔法だ」


そう言うとファシーノは寂しそうに夜空からこちらに振り向いて答えた。



「ええ‥‥“レオン”これは偶然?それとも必然?」







◊◊◊







———次の日の昼食。俺はいつものようにファシーノとレオナルド君と3人で食べていた。しかし、またいつものように彼女達が昼食を持って俺たちのテーブルに押しかけてくる。



「レオ〜ン!昼食を一緒に食べましょ〜!!」



満面の笑顔でこちらに向かってくるアザレア。そしてSクラスのメンバー達。

空いている席に次々に座り、テーブルはギュウギュウの満員になる。そして新しいメンバーとしてあの天族の彼女も一緒だ。


すると、アザレアが俺達と彼女の自己紹介をリードする。



「それで、こっちが私の幼馴染のレオン!こっちがファシーノ!こっちが‥‥レオナルド!」



と、まさかアザレアが言うとは思わなかったが、まあいい。俺達のことよりも彼女の事を知りたいからな。

そう思っていると天族の彼女は礼儀正しく挨拶をした。それは殺戮兵器とは程遠い笑みで闇をチラつかせなかった。



「———初めまして皆さん。私の名前はデボラと言います。見ての通り天族ですが、皆さんと親しくなりたいです。よろしくお願いします」



あらかた自己紹介が済み、話は休日前に行われた決闘に変わる。最初に話を繰り出したのは魔族の姫様であるエリザだった。



「そう言えばレオン様とファシーノのあの魔法は一体何ですの?私が見た限りでは魔法に干渉していたように見えましたが‥‥」


「ああ、その通りだ。あの魔法は魔法に干渉する。ファシーノは氷らせて、俺は破壊する。まあ、俺の場合はそのせいもあってか初級魔法すらろくに使えないんだけどな」



と言える範囲の事は説明した。公の場で見せてしまった事は責任を持って対処しなくてはならないしな。それにいずれは知られてしまう‥‥その時がいつ来るか分からないが学園が卒業できるまでこの日常を味わっておきたい。



「———そんな魔法聞いた事がない。何故、その魔法を君たち二人が使えたのだ?」



すると今度はエルフの姫様であるジルが疑問を投げてきた。しかし、素直に分からないとだけ伝える。何故、使えるのかと言う質問に俺自身も未だに謎の多い事。この魔力の正体も分からないのに、今ここで真実を話せばどうなるか分からない。この日常も崩れ去り、敵同士になるかも分からない。


今ここで話せる事はそれが限界だった。そんな中天族のデボラは悲しい表情で口を動かした



「———その思いは私も同じです‥‥。何故、自分自身にこんな力があるのか?何故、他人ではなく私なのか?毎日、毎日そう思っています。貴方達、二人の疑問も私は理解できます。ふふ、意外なところに共通点がありましたね。初めてお会いしたのに“心を許してしまいそうです。仲良くしましょう?」



と微笑を浮かべながら楽しく話すデボラ。その言葉一つ一つにどんな意味が込められているのか俺には分からない。ただ、言えることは今俺の目の前で昼食を取り、談笑している彼女は紛れもない女の子だと言うことだ。裏で殺戮兵器と呼ばれている彼女は今ここにはいない。



「レオンのあの魔法カッコよかったぜ。度肝を抜かれたよ」


「ああ、あれは惚れちまう!」 「俺もよ!」




ワルドスとコキン、テルも会話に入ってきた。不思議と彼らは魔法について深く掘り下げようとはせずに、俺とファシーノを終始褒め称えていた。そんなこんなで時間も過ぎ去り、

午後の講義が始まる時間。それぞれ教室へと戻る為、席を立っていく。


そしてずっと黙っていたカメリアはようやく口を開いた。




「———友達として忠告するわ。気をつけて二人とも」



その言葉にどんな意味がるのか、そして何故このタイミングでそれ伝えたのか理解できる。



「ああ、ありがとうカメリア。優しいな」



「———昔からの友達が危険に晒されようとしてるのに、黙っていられないだけ」



「あら、嬉しいわね。けど、心配する事でもないわ。忠告ありがとう」



ファシーノがカメリアとの距離を縮めて視線を合わせる。そんな両者の睨み合いは講義開始のベルで終わりを告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る