エリーとの休日 Ⅱ
———皆さん初めまして、パンテーラ=ネーラ商会が経営するスイーツ店の従業員パテラです。ここへ就職してもう半年ほど経ちます。仕事にも慣れて毎日が忙しいですが、みんなと一緒に笑いながら働けるのですごく楽しいです!
こんな幸せな日が来るなんて思っても見ませんでした。なんて言ったってここの従業員は全員スラム出身だから、毎日綺麗なベッドや3食付き、衣食住が全て揃えてあるのに感激しました。
数年前まで道端に落ちているゴミを漁る生活からここまで変化したなんて感謝しきれません!
エリー様や五華の方々は私達の命の恩人‥‥月下香なる組織に招かれたあの日から私達の運命が動き出しました。
私達の新たな家、新たな生を与えられて何不自由無い生活を貰っているのに私達が五華の方々に与えられる物はありません‥‥。
私達のような脆弱で下等な者たちに手を差し伸べてくれる心優しいお方々‥‥そんなお方々が統制する組織月下香は世界から“悪と判断されています‥‥
私も、そしてここで働く従業員達も月下香が大好きです。
様々な種族が日々組織の為に行動し、格差や差別もなく接している環境。そして私たちはまだお会いした事ありませんが、精霊女帝ヴァルネラ様による戦闘訓練。あの文献や言い伝えでしか聞いた事のない伝説の精霊様がいるなんて俄かに信じられません‥‥
———そして更に信じられない事があります!
私達が敬愛するお方々の組織月下香には最強の五華の方々がいるにもかかわらず、その頂点に君臨する“あるお方。2年前に突如として現れた厄災の魔獣をたった一振りで薙ぎ払い、頂の魔法を持つ世界に一人だけの者‥‥
虚無の統括者本人様が月下香の真の主だという事です!
しかもしかも、私たちはまだその素顔を見た事はありませんがネロ様と言う方らしいのです!!噂によれば私達よりもずっとお若いという事です!
ファシーノ様やデリカート様もお若くて、羨ましい限りです!
でも私はまだ25ですけど!!
———コホンッ
と、それよりも私は今とても興味深い光景を見ております!それは一体なにかと言いますと、あの“エリー様が少年?と個室に二人だけでとても幸せそうにお茶しています!
毎日花束や愛の文を贈られ、大富豪や貴族から求婚やお見合いを迫られ全て冷たくあしらうと噂されているあのエリー様が!黒髪の少年と二人きりです!
いつもの商談ではない事は確かでしょう。では一体誰なのかと謎は深まるばかりです。私はそんなお二人の姿をドアの僅かな隙間から覗いております。決していかがわしい想いなどありません!ただ、興味があるだけです!
「———ちょっとパテラったら何しているのよ‥‥‥って、あの黒髪の少年は誰なの?!」
と、そこへ私の様子を見にきたエルミーだったけど、私が覗いている隙間に同じく覗き込むとエルミーも驚いていました。
「しっ—!静かに!」
私は騒ぐエルミーを黙らせてまた二人を覗きます!すると私達の様子を見ていた他の子達も続々と集まり、興味本位でドアの隙間から覗きます。
「ええ!?あのエリー様が男性とお茶している?!」
「どんな好物件な求婚もお見合いも即切り捨てるあのエリー様が!」
「世の中の全ての男性を魅了し、現実へ突き落とすあのエリー様が?!」
「「「黒髪の少年とお茶している?!」」」
あの〜、皆さんそんなに大声を出すと聞こえてしまいますよ‥‥もし、こんな光景を見られたら私たちはお説教だけじゃ済まないかもしれません。二人は一体どういった関係なのかとても気になりますが‥‥お二人の邪魔をするわけにはいきません!
ここは身を引くべ‥‥‥‥きではないですね!お説教されようが今この瞬間を見過ごすわけにはいきません!!私達も乙女の端くれ!あんなに楽しそうに話すエリー様を見ていてはこちらも微笑ましくなってしまいます!
グッジョブ!!
◊◊◊
「———とてもおいしいなこのフルーツケーキ。エリーありがとう」
「———いいえ、レオン様の頼みであれば何でも致します。はい‥‥ア〜ン」
————パクッ
ムシャムシャと口の中いっぱいに美味しく頬張る。あのエリーにア〜ンされるのはとても心地良い。久しぶりに会えてとても安心する。フルーツケーキを二人で食べるこのひとときが何よりも幸せだな。
それと‥‥エリー直々に案内された時は驚いたな。今日エリーがいるとは知らず、行列に並んでいたら目の前から見た事のある女性が近づいてきて、それも並ぶ人々を魅了しながら優雅に歩いてきたのだ。俺も目を奪われて固まってしまった。
そして俺の前で立ち止り、俺を個室へと案内した時は周囲の視線がとても厳しいものだった。特に男性からな!今まで何度も同じ視線を向けられてきたが、こればかりは慣れない!
「ふふ、レオン様?目の前に私がいると言うのに何か考え事ですか?」
と満面の笑みでニッコリと笑ったエリー。とてもじゃないが考えことなんて誓ってもしていないぞ!その笑顔と裏腹にエリーの魔力が膨張しているからな!
「こうしてエリーと楽しく会話出来るのは幸せだな、と思っていたよ」
「まあ、それは嬉しいです!私もレオン様と会えてこの上ない幸せです。それと‥‥今夜のご予定は‥‥?」
上品に‥‥そして決して気取らないエリー。片手に持つカップをゆっくり口元へと運び、俺の解答を待っている。当の俺はそんなエリーに対して一つの答えしか持ち合わせていない
「無論、予定はない。明日も休日で俺はフリーだぞ?」
そう言うと獣族であるエリーの尻尾がフリフリと揺れて、柔らかい耳がピクピクと反応した。ガバッと勢いよく顔の近くまで寄り、目をギラギラと輝かせる。
「そ、それでは!あ、朝までレオン様を独占できるのですね?!今からの商談を早急に終わらせ、長引く様であれば切り上げて参ります。あろう事かレオン様を待たせてしまう結果になり、申し訳ございません」
「別に気にしなくても良い。俺はテキトーにぶらついているよ。それと何処に向かえばいいか教えてくれるだけでいい」
「そうですか‥‥では、パンテーラ=ネーラ商会学園都市支店の最上階、夜9時までに商談を終わらせ待機しております」
そう言って深々とお辞儀を熟すエリー。その後『それでは‥‥』と颯爽に個室のドアを開き出ていった。またも残された俺は皿に残ったフルーツケーキを黙々と食べるのだった。
◊◊◊
「ハァハァ‥‥あ、危なかった!」
どうも焦っているパテラです。エリー様が飛び出て行った時は見つかると思ってみんなで全力で隠れました。案の定気づかれる事なく過ぎ去りました。ただ‥‥疑問に残る事が山ほどあります!
今、個室で一人フルーツケーキを食べている黒髪の少年です!一体エリー様とどのような話をしていたか知りませんが、とても親しい中には違いありません!
ここは私が先陣を斬って参りましょう!‥‥‥イテッ
私の頭に何かが落ちてきた衝撃が伝わり、上を見上げるとそこには支配人のエヴァ様の手刀がありました。
「———貴方達ここで何をしているの。まさか『覗き』?ではないわよね。もしそうなのだとしたらお仕置きかしら?」
———ま、まずい状況です!このままではエヴァ様のお仕置きが!
皿洗いや店の床磨きを朝まで命令されてしまいます!ここに募った乙女達にそんなことをさせません!
ああ、どうか‥‥私達に希望を!!
「———そう、図星ね。あのお二方を覗き見るなんて恥を知りなさい!あのお方を誰と心得る?!あのお方こそ私達の‥‥‥っ」
「———ん、エヴァか?久しぶりに見たけど元気で何よりだ」
とそこへ黒髪の少年が私とエヴァ様の間に来て、あろう事か機嫌の悪いエヴァ様を呼び捨てにしました。それも凄くフランクな感じで割り込んでくる少年でしたが、さすがのエヴァ様もこの状況を不機嫌に‥‥‥
「———ネ、ネロ様!?ま、まさか下っ端の私を覚えてくれていたなんてっ。あ、ありがとうございます!!」
あれれれ!!??エ、エヴァ様?!な、なんで乙女の顔になっているんですか?!エヴァ様と言いエリー様と言いその貴重なお顔を初めて見ましたよ?!
っと言いますか!エヴァ様が口にしたお名前って‥‥‥まさか!!
「え?ほ、本物?!」
「え、え?ネロ様ってあのネロ様?!」
「な、なんて事でしょう!」
と、覗き見ていた乙女達にも衝撃が走ります!だって、まさかこんな所で会うなんて誰が予想できたでしょうか?!あのネロ様ですよ?!
月下香の真の主で五華の方々ですら首を垂れる謎の存在!総会議でしかその素顔を晒さない秘匿性。組織内でもその秘めたお力を目にした者は数少ないと言われ、下っ端や新入りの私達ではお会いする事などない天上の存在。仮面の下のお顔を拝見したのは初めてのことです!
これこそが奇跡というものでしょうか?!私はお仕置きという罰よりもエヴァ様のお顔を見たい好奇心の方が優ってしまいました!
「———ネ、ネロ様。ケーキや菓子の方は如何でしたでしょうか‥‥」
あ、あの冷徹、沈着なエヴァ様がて、照れていらっしゃる!?これはパテラ興奮して参りました。
「とても美味しいよ。この店の商品を全て食べたいくらいに」
「で、でしたらただいまお持ちします!———貴方達任務よ!今すぐに持って来なさい!」
「は、はい!!」
と言うことでなんとか脱出できました!エリー様やエヴァ様のあんなお顔を拝見できて今日はとても良い夢が見れそうです!このままエヴァ様のお仕置きがなくなればの話ですが‥‥。さあ、それよりも任務です!ネロ様に私達の自慢の菓子を味わってもらうチャンスです!気合い入れて行きますよ!!
◊◊◊
———コンコンッ
「———どうぞ。お入り下さい」
部屋の中から聞こえてくる彼女の声。その声の言う通りに重く大きな扉を開ける。中に入ると正面にはガラス張りの大きな窓が備えられ、最上階から見下ろす美しい街並みが広がっていた。
そしてそのすぐ側のベッドに腰を下ろしていた彼女は腰を浮かせ、薄暗い部屋の中で佇む俺へと歩み寄ってくる。
「———お待ちしておりました“ネロ様」
そう言うネグリジェ姿のエリー。部屋の中はとても良い匂いがしてどうやらお風呂上がりだと思われる。
「レオンで良い。昼は誰が聞いているか分からないから気を遣ってくれたんだろ?今は俺とエリーの二人だけだ。誰も邪魔はしない」
エリーの顔を見て真意に答えたが、エリーの方はそわそわしている感じだ。尻尾と耳がとても激しく動いているので無自覚な上機嫌なのだろう。
なんて可愛いんだ!
「はい‥‥レオン様。今夜は私の我儘を聞いてくださり誠にありがとうございます。精一杯努めさせて頂きます‥‥」
凄い色気と凄まじい誘惑だ。艶麗な体と濡れた質感、妖艶な雰囲気が男としての本能を刺激する。しかし、俺も今日一日動き回ったのでシャワーくらいは浴びたいのだが‥‥
「エリー。シャワーを貸しては‥‥『なりません』」
「汗臭いのは嫌だろう?だから‥‥『ダメです』」
と強引に言葉を遮るエリーさんは俺の腕を掴むとそのままベッドに連行し押し倒した。なんだか、昨日と同じシュチュエーションな気がするのは気のせいだろうか‥‥と言いますか二日連続で別の女性となんて俺はクズに成り下がったのかもしれない‥‥
———スンスンッ
とベッドに押し倒した俺の首元を嗅ぐエリー。嗅いだと思ったら今度は俺の首元や肩にエリーの牙で甘噛みされる。するとエリーはこんな事を言う
「———レオン様。”女の匂いがします。それも五華の誰でもない匂いです」
‥‥‥おっとこれは‥‥まずい状況だ。どう説明したら良いのか‥‥はっきり言ってしまった方がいいのか‥‥隠した方がいいのか‥‥
「———この匂いは‥‥わかりました。ファシーノ様から説明があったあの人族の匂いですね。そう言う事ですか‥‥レオン様?」
どうやらバレてしまったようだ。さすが獣族、鼻が効きすぎませんか?隠し事も何もないな‥‥
「ふふ、怒ってはいませんよ。私がレオン様に怒るそんな真似はできません。ただ‥‥少し嫉妬はしてしまいます。ですので‥‥」
————カプ
と言ってエリーは俺の体を隅々まで舐め回し、時に甘噛みしてを繰り返す。
その感覚が癖になりそうで‥‥それにこんなにも美しく柔らかい体が俺に覆い被さり、全身を舐めている事に理性も限界を迎えてしまう。いつまで続くか分からないが‥‥男としての本能が騒ぎ立てる。
「レオン様これは‥‥マーキングです。自身の匂いや印を相手に刻んで他の者に奪われない為に行うのです。レオン様‥‥今夜は朝まで付き合って貰いますっ。私の獣族としての‥‥女としての本能も限界です‥‥どうか受け止めてください」
薄暗い部屋の中で肌と肌が重なり合う感覚。静かな部屋に響く生々しい音。二人だけの世界が広がる空間。俺に覆い被さるエリーの長い髪が顔の左右にかかり、今俺の目に映るのはエリーの高揚した顔だった。
「———エリーの想うままに俺を好きにして構わない。遠慮はするな、こちらも遠慮なく行く」
「———はい‥‥」
カプっと今度は先程よりも大きく、そして強く俺の首元に噛みついたエリー。少しだけ痛いがこれも悪くはないと思う。エリーの愛情表現なのだろう。朝までに俺の体に幾つ歯型の痕が残るのか楽しみだ。
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