エリーとの休日 I



———部屋の窓から入る日の光に照らされながら、鳥の囀りと学生達の陽気な声が耳に届いてくる。そんな休日の朝にベッドで寝ているもう一人の人物。

金色の長い髪が無造作にベッドに広がり、気持ち良さそうな寝顔を無防備に突き付けてくる彼女。とても愛らしく、寝顔に悪戯をしてやろうかと思ってしまうがその柔らかい頬を撫でて、俺はベッドから起き上がる。


そのまま部屋内にあるキッチンに移動してポットでお湯を沸かし、紅茶を淹れる。




「———美味いな」




そして一息付いて一杯飲んだ後は未だにベッドで寝ている美少女を起こす。




「———おい、“アザレア”。もう朝だぞ、そろそろ起きろ」




と言って横向きで寝ているアザレアの肩を揺らす。その際に衣服がはだけている胸元からは色々と見えてしまい‥‥目のやり場に困るができるだけアザレアを仰向けに正す




「———うぅん‥‥もうちょっと‥‥」




と、可愛い寝顔で未だ夢の中にいるだろうアザレア。ムニャムニャと口を動かして幸せそうに寝るアザレアを起こして良いのかと葛藤するが‥‥




「———今何時だと思っている。朝の10時だぞ?」



「———んぅ〜‥‥じゅ〜じぃ〜?‥‥‥‥‥‥‥‥えっ!?!」




どうやら時間が起きる鍵だったのか、数字を聞いた途端にベッドから飛び起きたアザレア。

何度も時計を確認してはその顔がどんどん青ざめていく



「おはようアザレア。よく眠れた‥‥というよりそんなに慌ててこのあと用事でもあるのか?」



慌てふためくアザレアに挨拶を言うと、俺の存在を認識したのか青ざめていた顔が見る見るうちに真っ赤に染まりあがった。



「レ、レオン!?お、おはよう‥‥!ってもうこんな時間!?それにこの服で外に出られないよおぉぉ‥‥ううぅ」



赤面したかと思えば今の自分の姿を見て更に顔を赤くしてしまうアザレア。そんな姿を見兼ねて俺は女性でも着られそうな衣服を見繕ってアザレアに渡した。



「ううぅ、ごめん。ありがとう‥‥」



そう言ってそそくさと衣服を身に纏ったアザレアはボサボサの髪を束ねて部屋のドアに手を掛ける



「ごめんね‥‥もっと一緒にいたかったのに‥‥」



そう悲しそうな表情で伝えてくるアザレア。俺はそんな彼女に大丈夫だと言う言葉を掛ける



「大丈夫、アザレアの事情は察している。寂しくなったらいつでも訪ねてくると良い。まあ誰にも見つからずに‥‥」


「さ、寂しくないわ!もう‥‥じゃあねレオン。い、色々とありがとうっ」



部屋のドアをガチャっと開けてこちらに背中を向けるアザレア。遠くなるその後ろ姿を見ながら別れの言葉を掛ける



「———ああ、じゃあな」



アザレアに聞こえるか聞こえないかの声量で言うと、彼女はそのまま廊下に出て部屋のドアが閉まっていった。



そして俺の部屋からいなくなると、残ったのは部屋中に充満しているアザレアの香りだった。男の部屋では到底匂わない花の香り。


流石にこのままではもし、誰かが訪ねて来た時は説得や言い訳が面倒だ。多少残念だが、ここは窓でも開けて女性の香りを外に出そう。


そしてそれが終わったら外出でもしようか‥‥行ってみたいところがあるのだ。が、そこは少し行きづらい場所な為に葛藤してしまう‥‥



「いいや、いくぞ。俺は限定フルーツケーキが食べたい!」



と言う事で限定フルーツケーキを食べに行こう!

目指すは商業地区の“パンテーラ=ネーラ商会!






◊◊◊






———ここはある商会が経営するある店舗。その店舗の従業員はカジュアルなスタイルに身を包み接客を行う。そしてその店舗の取り扱う商品はスイーツ。フルーツやデザート、ケーキなどの女性をターゲットにした甘いお菓子。


またオシャレな外観で惹きつけ、商品で魅了する計画は成功しオープンしてからまだ半年程でその人気は絶頂。店内での食事も可能、テイクアウトも可能で女性だけではなく気を使う男性もその味を楽しめるような様々な工夫。


カップルや老若男女の様々な年齢層に大人気のお店では毎日大忙しのスケジュールが編み込まれている。そんな人気絶頂で大忙しのスイーツ店での店内では従業員全員と支配人がある朝会を開いていた。




全員の姿勢が正され、そして緊迫した‥‥殺伐とした空気が張り詰めていた‥‥





「———皆さんおはよう御座います。今日は皆さんもご存知の通り待ちに待った日です。11時の開店前にあのお方が来られます。開店前であろうと客が大勢並んで居ようと我々全員で店外へと赴きます。決して、我々の主たるお方への粗相がないように肝に銘じて下さい」



「「「———はいっ!」」」



と女性である支配人が伝え、内容を真意に聞いていた従業員達は大きな声で返事をした。



その後、直ぐに解散され各々指定された配置に付き、あるお方を待つ、、、








———そして時刻は11時に差し掛かる頃。店舗前の歩道では大勢のお客が開店を待ち、行列を成していた。わやわやと話しながら開店を待つ大勢のお客。


開店を今か今かとそわそわしている最中、前方からある一台の魔車が走ってくる。その走ってくる魔車を見た大勢のお客や通行人は目を奪われて凝視した



「あ、あの魔車ってつい最近に発表されたばかりのだろ?!最高速度500kmとかいう化け物でレースでもまた無双しちまうって噂されている、あの?!」


「おいおい、なんてカッコいいデザインをしてやがる!?一体誰が乗っているんだ?!」


「何処ぞの貴族か金持ちくらいだろそんなの。俺も一度は乗りてえーな!」




———主に男性達からの熱い眼差しを受け、そのすぐそばを横切る高級魔車。

風を斬るなめらかな曲線、腰と同じくらいの低い車高、そして白よりのアイボリー色を持つ美しいボディ。目に付く人々を魅了していくその魔車は行列を成している店の前で止まった。


また魔車が止まったと同時に店内から続々と現れてくる大勢の従業員とそのトップを歩く一人の女性は店の前に止まる魔車の元へと駆け寄り、整列する。


そして先頭を歩いていた女性が魔車の前でお辞儀をするとドアが開き、その姿が人目にさらされた‥‥



「———あら、皆でお出迎えかしら?とても嬉しいわそれに久しぶりね“エヴァ」



「———はい。お久しぶりでございます」




お辞儀をする女性にエヴァと声を掛けたもう一人の女性。ドレス姿で褐色の綺麗な肌を露出させ、黄金色の大きな切長の瞳を宿し、高級魔車と同じアイボリー色の長い髪を靡かせる女性。その耳と尻尾は希少種の黒豹族の一人であり、男性達を魅了する艶やかなボディは生まれ持った天性の素質。男性も女性も目が釘付けになるその女性とは‥‥‥‥



「———お待ちしておりました、“エリー様」



「ええ、中を案内してくれるかしら。‥‥あと、あのスイーツも用意してくださる?一度味わってみたかったの!」



「はい。勿論ご用意いたします」



そして店の中へと案内されたエリー。彼女が歩く道には従業員が列を成して横に配置され、エリーと言う人物が如何に最重要であり、大物だと言う事を周りに分からせる。


またこの光景を見ていた列を成す大勢の客達はエリーの美しさに目を奪われていた‥‥



「なんて美しい髪‥‥それに綺麗なお肌‥‥」


「同じ女性とは思えないわ‥‥一体何が違うというのかしら」


「大きな胸とお尻、それに引き締まった腰が私達女性でも魅了されちゃうわ‥‥」



と女性達からも視線を集め、様々な称賛を浴びるエリー。そして開店の合図であるベルが鳴ってもエリーの美しさに魅了されその場で立ち続けていた客達だった‥‥






◊◊◊







「———そうですか。それはいい報告を聞きました。これからも私達の為に‥‥あの方の為に励んでください」


「———はい、有り難きお言葉です‥‥。こちらからの報告は以上になります。それでは‥‥例のスイーツを只今お持ちします」


とエヴァは席を立ち、ドアを開けて去っていった。残されたのは私一人だけ。


この個室ではつい先程までこのスイーツ店の支配人であるエヴァと会議をしていました。主にこれまでの決算報告についてです。


このスイーツ店はパンテーラ=ネーラ商会が経営するお店。同じ商業地区にもある支店から少し離れた立地に構えたのだけれど、客足や利益から見て成功したみたいで安心しました。エヴァも従業員の皆さんも頑張ってくれているみたいです。


それに皆さん元々はスラムの出で、私よりもずっと酷い環境下で育ってきた者達。あの時‥‥あの方がスラムの彼女達に手を差し伸べてから笑顔が増えました。エヴァもしっかりと支配人としての責任や自覚が芽生えてもう一人前です。


従業員の方々の仕事ぶりや笑顔を見られて安心しました。あの方はきっと偽善だったり感情に左右されたと仰いますが、救われた者達はその偽善でも嬉しいのです。


誰も手を差し伸べてくれず、闇を彷徨い続け、いつ感情や精神が壊れ死んでいくのかと恐怖し眠れずにいた日から、こうして笑顔を蘇らせてくれたあの時から‥‥皆が貴方に感謝し慕っております。


そして私も救われた一人‥‥学園地区に来たからには久しぶりにあの方にお会いしたいです‥‥考えていると急にあの方が恋しくなります‥‥




と思っていると急に




————————ドンッ!!!





と部屋のドアが勢いよく開いて、私は驚きのあまり体をビクッと跳ねり‥‥恥ずかしい思いをしました



「ど、どうしましたかエヴァ?!そんなに急いで?」



部屋のドアを勢いよく開けて息を切らしているエヴァに尋ねます。するとエヴァは予想もしない言葉を言うのです



「ハァハァ‥‥エ、エリー様ぁ!?は、早くこちらにお越しください!?」


「え、え?!ど、どうしたのエヴァ?!」



私の腕を強引に掴んで、部屋を飛び出した私とエヴァ。店内を早歩きで駆け回り、着いた場所はというとなんと店外の行列でした。一体どうしたのかとエヴァに尋ねてみようとしましたがある人物を見て、私は取りやめました。




行列に並ぶある人物に気づいた私の腕をエヴァはそっと離しました。





そして私の足は自然に“彼の元へと進んで行きます。





「え、あの人ってさっきの人よね?!」


「しかも、何処かで見た事ないかしら?」


「あ、確かに!良く新聞とかに持っているよね?」


「みんな知らないの?あの人はパンテーラ=ネーラ商会の創業者よ?」



「「「ええぇぇえっ?!」」」



行列に並ぶ女性達や男性達の視線、話声、それら全てが今の私には不要です。私が本当に欲しいものは名声でも資産でも地位でもありません‥‥今の私が求め欲するのは‥‥





「———お客様。どうぞ此方へ。お部屋の方はご用意出来ております」



私は彼の前で立ち止まり、深々とお辞儀をする。そんな私の対応を目前で見ていた彼は驚いた表情で私を見ていました



「———エルデ‥‥エリーか。そうか‥‥そう言うことか。ありがとう、お言葉に甘えて行かせてもらうよ」



「———はい‥‥」





———ああ、願っても見ませんでした‥‥まさか彼がこの場にいたなんて。今にでも心臓が爆発してしまいそうです‥‥そのお顔とその声‥‥その逞しい肉体を見られて私は今すごく幸せでございます‥‥“レオン様”‥‥

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