アザレアと二人きりの夜を‥‥

———ここはある大会議室。しかし、その実は裁きの間と学園内で呼ばれている。そんな裁きの間では主要な教師達に魔法研究者と思われる方々が円卓を囲み、その円卓の中央に立っている二人の学生を見定めていた。


その内の一人の教師が二人の学生へと質問を投げ掛ける。




「———さて、二人とも此処へ呼んだのは他でもない。決闘で使用した魔法について聞きたい。これは全種族の繁栄の為‥‥理解してくれると有り難い」


その問いに一人の少年が表情を一才変える事なく答えた




「——ええ、分かりました‥‥」






————何故、俺とファシーノがわざわざここへ呼ばれて教師達の目前で決闘での事を説明しているのか。それは無論、教師の口から出たように魔法についてだ。


俺が使った“霧散という魔法。そしてファシーノが使った無冰という魔法。

これらに共通している点がどちらも魔法という事象に干渉しているのが挙げられる。


そして‥‥ファシーノの“無冰という魔法を俺は今日初めて知った‥‥


確かに決闘中、ファシーノが俺の魔力を使ったのは知っていた。ただ、それが俺の知らない魔法だった事にこっちも驚いている。ファシーノから聞いたがどうやら魔法陣や魔法すらも一瞬で氷らせてしまうらしい‥‥なんて恐ろしい魔法を編み出したのだ‥‥


それにファシーノの魔法については水属性の上位互換、氷魔法と思ってくれれば分かりやすい。まあ、その氷が魔法に干渉してしまったのが呼び出された原因でもある。





————そして俺の魔法、霧散はと言うと魔法に対抗する魔法?みたいな位置付けだ。魔法を魔法で内部から打ち消し、無効化する魔法。これも魔法に干渉しているのが原因で呼び出されたわけだ。


まあ、俺自身が初級魔法すらろくに使えないので、その為に編み出した唯一の魔法とだけ伝えておく。イレギュラー感は否めないが、現状はこの説明でいいだろう。後は教師や研究者達の見解に委ねよう‥‥





———ざっくりした内容を聞いていた教師達は険しい表情を作り、一人の教師が話し始めた。




「———なるほど‥‥これは我々の盲点であったが、実現する事が叶わなかったのも理由の一つだ。理論は分かっていた‥‥しかし、誰も実現できなかった。彼女の魔法は水属性の上位互換であると理解でき、彼女自身も相当の魔力を秘めていると分かる。しかしだ、君の魔法は未だに理解が難しい。何故、君は実現できたのかね?」


と、教師の一人が目を細めて俺を睨む。その眼光は相手を畏怖させるだけの鋭さが感じられ流石は学園の教師だけある。普通の学生ならば、ここでボロが出てしまうだろう。


しかし、俺はその鋭い視線を向けられても臆する事はしない。

俺はそんな教師の瞳を見返して突拍子もない事を答える。



「———自分自身は“突然変異の類かと。こう見えて自分は初級魔法すらろくに使えない剣術だけが取り柄のようなものです。そんなある日、この対魔法が脳裏に浮かびました。試行錯誤の末に編み出した唯一の魔法です。それにこの魔法には大きなデメリットが生じ、使用すれば使用した分だけその負荷に耐えられず、寿命が縮みます」


俺の答えを真面目に聞いていた教師達と研究者達。そして俺に質問を投げかけてきた教師は表情が緩むと、突然笑い上げた



「ハッハッハ!なんと突然変異と答えるか!それに寿命を犠牲にする魔法だったとは‥‥その魔法を使用するのに君は躊躇わないのか?寿命を縮めるのだぞ?」


と教師に言われた俺は隣に立つファシーノを見て、その答えを述べた。


「———大切な人達を守れるのならこの力を惜しみません」


「そうか‥‥」




———覚悟のある強い眼差しと揺るぎない意志を感じ取った一人の教師はただ一言だけ述べ、その口元を僅かに緩める。その後、誰一人として発言する事なく静けさだけが部屋に満たされた。一瞬たりとも気が抜けない緊迫した空気が漂い、何方も視線を遮なかった。


そしてこの緊迫した状況を打開したのは先程から俺と話していた一人の教師だった



「———君達の話はあらかた理解した。それに今日は決闘で疲れただろう。たった二人で何十人を相手したとも聞いている。日も落ちて来た、寮に帰って休むと良い」


「ありがとうございます‥‥」





‥‥まさかこうもあっさり帰って良いとは思わなかった。遂、拍子抜けした声を発してしまった。それに俺と終始話していた教師以外の視線はまだ疑っている。本当に返してしまっても良いのか?と言うような声が聞こえてくる。


これ以上ここに居ても何も話す事はない。有り難く、帰らせて貰おう。

円卓の中央にいる俺とファシーノはそのまま出口へと向かい、重い扉を開いて裁きの間を後にした——





◊◊◊





「———あの学生を返していいのですか?!もっと情報を聞き出せば我々の魔法理論はさらに発展させる事が出来ます!」


「その通り!我々が実現できなかった魔法を一概の学生が実現していたなど、どう説明するおつもりか?!」




一同に終わりの見えない論争を繰り返している円卓の守護者達。レオン達が出ていった後の裁きの間では二つの新たな魔法について議論していた。

中には何故学生からもっと情報を聞き出さないのか、何故二人は新たな魔法を発現できたのかと憶測を立てていた。


そんな新たな魔法に興奮を抑えられない魔法研究者の意見が飛び交う中、レオンと話していた教師だけは冷静さを保っていた。



「——鎮まれ。二人の魔法は確かに強力無比なもの。しかし、何かを犠牲にしなくてはならない魔法。それは我々の思想とは異なり、道が違える魔法。これ以上長居させても彼からの情報は無いと踏み、返した。しかし、何もしないとは言っておらん。“彼女に監視させよう」


「彼女‥‥ですか。それなら信頼出来ますね」


「ああ、彼女なら間違いないでしょう。私と同じ獣族の彼女なら信頼できます」


「——後は良い報告を期待しよう」


最後にそう発言して円卓の守護者達は次々に席を立ち、裁きの間を後にするのだった





◊◊◊





————その日の夜、寮に戻ってきた俺は女子寮のファシーノと別れて自室のベッドに横たわっていた。決闘が終わり教師達との面談から数時間経ち、現在は夜中の12時を回る。


部屋の中の照明は全て消され、真っ暗な空間に一人でいる。とても静かで落ち着く、心の安らぎ。暗い天井を見ながら明日の事について考える


「明日からどうしようか‥‥って明日は休みか。気分転換にこの都市を見て回ろうか」


もし、明日が学園だったら俺の立ち位置はどうなっているのだろうか?

ガイ=ヴァンピールの事もあるし‥‥まあ、あいつがまた余計な事をするのなら今度こそは本気で潰しに行こう、と思ったがガイの奴はもう俺に逆らわないだろう。


あの決闘であいつ自身が一番自爆したようなものだ。俺の正体を知られてしまったからには俺の元で働いてもらわないといけない。


無論、ファシーノはこの事を知っている。最初、このことを言った時はホッペをつねられたが、さほど痛くはなかった。ガイの処遇についてはファシーノに「任せて」と言われたので一任しよう。


それはそうと、そろそろ来る頃だろう






—————コンコンッ‥‥






すると部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。俺はベッドから体を起こし、部屋のドアを開けた。



「———?!どうしたんだ?こんな夜更けに」


一応、驚いたふりをしてその人物を見据える。


「———ねえ、少し話さない‥‥」


そう言った“彼女は妙に頬を赤く染めていた。金色の長い髪を下ろして薄着姿でドアの前で立っていた彼女は俺の幼馴染であるアザレアだった。



「ああ、入っていいぞ‥‥それよりも誰かに見つかったらまずいから、取り敢えず入ってください‥‥」


そう言って取り敢えずアザレアを部屋に上げて、ベッドに座らせる。ベッド横の小さな照明を付けてから、俺は暖かい紅茶を入れてアザレアに手渡した。


「それでこんな夜更けにどうしたんだ?もし警備に見つかったら大変なことになるぞ」


「それは大丈夫。警備に見つかるような私じゃない。今日は‥‥その‥‥レオンと二人っきりで話したくて‥‥」


耳まで真っ赤に染め上げてモジモジと恥ずかしそうに声を出すアザレア。更には薄着姿のせいで体のラインが浮き彫りになり、二つの大きな山脈がこれでもかと象徴されていた。



「———っ!」



余りの色気と艶やかさに俺の心臓が跳ねた。とてつもなく可愛い。赤く麗しい唇、それに風呂から上がったばかりなのか妙に火照っている。こんな超絶美人が夜中に一人で男子寮に侵入したなんて誰が思うだろうか‥‥もし、他の男子に見つかっていたら確実に襲われていただろう。まあ、襲われてもアザレアなら返り討ちだろうが‥‥


しかし、今の彼女を見ても本当にあのアザレアなのかと疑ってしまう程に綺麗だ。再開してから初めて二人きりになったが、数年でアザレアはとても大人になった。


もう‥‥ほんと色々と‥‥




「ねえ、レオン。また昔みたいに話そう?5年前にレオンが旅立ってからの事とか今日の事とか‥‥ねえ、お願い」


色々と危ないアザレアの上目遣いを身に受けた俺は必死に‥‥制御した。

危なかった‥‥理性が飛びかけたがなんとか耐えたぞ!


そして俺は紳士を貫き、目線をずっとアザレアの瞳に固定する。その大きな瞳に吸い寄せられるかのように俺は優しく語り出した。


「ああ、話そう。まず最初に俺が向かったのは‥‥‥‥」





◊◊◊





「———ふふ、そんな事があったのね。ファシーノとの出会いは運命みたい‥‥羨ましいな」


大方この5年の内容は語り終えた。しかし、俺が月下香なる組織を創り、虚無の統括者と呼ばれている事は避けて話した。それもこれだけは決してアザレアに教えたくはなかった。

世界の大罪人であり、自分の事すら未だに分からない異質な存在の俺と人族では英雄で世界の光であるアザレアとは真逆の立ち位置。


俺はただ、大切な人を‥‥俺と同じく深い悲しみや復讐を背負わせない為に行動して来た事は多くの種族を犠牲にしている。俺の存在自体が罪の無い人々を怯えさせ、苦しめている。その事実を知ってもなお俺は立ち止まるわけにはいかない。


闇には闇で抗い、人知れずこの世界から闇を無くす。たとえその結果が世界中から憎まれようとも、誰も知る事のない真実であっても俺は進む。


こんな俺と大勢から慕われ英雄と呼ばれているアザレアが幼馴染だったと世界中が知ることになれば必ず彼女に危険が迫る。アザレアだけではない、俺と関わった先輩や同級生までも巻き込まれてしまう。それだけは絶対に避けなければいけない。


俺の復讐でもあるバラトロを滅ぼすまで‥‥いいや、俺が死ぬ時まで俺の正体を知られてはいけない。


いつ、どこで、誰が、俺の大切な人が目の前でまた死んでいくのか‥‥それがただただ怖くて堪らない




俺の両親が殺されたように‥‥




———もう二度と誰も殺させはしない





「———レオン‥‥大丈夫?顔色が悪いけれど」


「ああ、すまない。せっかく二人きりになったのに考え事をしてしまった」


どうやら俺の顔は酷く引き攣っていたのだろう‥‥アザレアに指摘されるまでずっと考え込んでいただろうな。折角の時間が‥‥俺は一体何をしているのか‥‥



「———それってファシーノの事‥‥」





——————!?






悲しい声で話したアザレアは不意に俺の胸に体を預けてきた。俺は戸惑いながらもその柔らかい体に腕を回して答える。



「いいや‥‥なあ、アザレア。俺が5歳の時に両親が死んで、毎日森に足を運んで魔獣を討伐していた事を覚えているか?」


俺の胸に顔を埋めているアザレアはそのまま答える。



「うん‥‥覚えている。5歳なんてまだ両親から離れられない年なのに‥‥町の皆不気味がっていたのを覚えている。まるで別な人格が5歳の体に入り込んだって‥‥」


とても悲しい声で‥‥今にも泣きそうな声で話すアザレア。

そんなアザレアを抱き抱えたまま俺は語り出す




「———5歳‥‥両親が目の前で殺されてから毎日のように“ある声が聞こえて来たんだ。その声の通りに俺は毎日、魔獣を討伐していった。そして5歳にして性格や好物が変わっていった。町の皆が不気味がるのもしょうがないさ、あの時の俺は復讐の為に生きていた。そして13歳の時に俺は旅立つと決意したんだ。大切な人を守れるように強くなる為に‥‥だから5年間すまなかったアザレア」


「‥‥ううん。やっとレオンの口から聞けて嬉しい。5年間‥‥辛かったよぉ」



そう言って俺の胸の中で涙を流すアザレア。その頭を優しく撫でて場に身を流す。そしてアザレアは俺の胸から顔を上げると僅か指一本分までその美しい顔を近づけてきた



「私ね、レオンがどんなに酷い人でも、皆から嫌われて一人になっても決して私は離れないから‥‥例え世界中を敵に回しても私はレオンの味方だから‥‥」


そういう彼女の瞳はとても真っ直ぐで‥‥


「だから、レオンにどんな秘密や言えない事があっても私だけはレオンを信じるから‥‥レオンの一番の女になれなくてもいいから私を側にいさせて‥‥」


「アザレア‥‥どうしてそこまで俺を気にかけるん‥‥っ!?」




「———ん‥‥っ」




アザレアは俺の言葉を遮るようにその柔らかい唇を不意に重ねてきた


「———ん‥‥はぁ‥‥私も同じ。大切な人がもうこれ以上の悲しみを負わないように‥‥私はその人を守る為に強くなると決めた‥‥」



そして今度は深く、深く、熱いものへと変わる



「———それにファシーノもきっと同じ気持ち。なんだか分かるの‥‥彼女も別に一番じゃなくてもいい、レオンの隣に‥‥側に居させてくれるだけで幸せって彼女の心が伝わってくる。おかしいよね‥‥どちらも一番にありたいのに一番でなくてもいいなんて‥‥」


「———本気なのか。まだ引き返せるぞ」


俺は最後の確認をアザレアに取る。するとアザレアは俺をベッドに押し倒して上に跨がる




「———そうじゃなかったらこんな格好で来ない。だからお願い‥‥優しくして」




薄暗い照明に照らされた彼女の身体。その細部までもが綺麗な白い肌。そして実践で受けたであろう無数の斬り傷。その斬り傷までもが俺を魅了し、これまでの努力や辛い経験を思わせる。




「————ああ、アザレア。5年も待たせてごめん」






———二人の夜はまだ長い———

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