決着
———俺は取返しのつかない過ちを犯した
俺の脳に無理矢理流れ込んでくる“ある魔法の存在を知ってしまったのだ
何故、俺の脳に“ある魔法の存在が流れ込んでくるのか?
脳に‥‥体に流れ込んでくるその”情報は世界の禁忌に触れ、全種族が待ち望んだ至高の魔法‥‥”頂の魔法と呼ばれたある人物が使った代物
この世には知るべきではない事柄が存在するのだと知り、俺は酷く後悔した
そんな俺の瞳にはある情景が映し出されている
何千何万もの死体が散らばる大地を歩く男
死体を踏み越えて、足を掴む亡者の手を引き摺り、たった一人で地獄のような世界を歩く男
そして血で衣服を深紅に染める男の体からは混沌とした魔力が溢れ出していた
男はその溢れ出る魔力を圧縮させると一振りの黒剣を創り出す
そしてその黒剣を男が握った瞬間‥‥世界が闇へと変わった
世界が闇に覆われると俺の視界は次第に光に呑まれていき、現実へと帰還するのだった—————
◊◊◊
「———ようやく戻ってきたか、ガイ・ヴァンピール」
「———お、お前は一体‥‥何故“あの魔法”を‥‥」
———悪い夢から現実に戻された俺を呼ぶこの男‥‥俺の目の前に立っているこの男は一体っ‥‥ただの学生な筈がない。
こんなっ‥‥こんな常軌を逸した存在が同じ学生なわけがないっ
同じ学生でいい筈がないっ‥‥
‥‥いいや、常軌を逸しているのでは済まない。あの、世界に5人しかいない
それ程までにこの男は‥‥“次元が違いすぎるっ
俺の魔法が仇となり、まさかこんな結果になるなど誰が想像できたと言うのだ?
「———おい、ガイ・ヴァンピール。どうやら知ってしまったようだな?俺の事を。そんな可哀想なお前に特別に二つの選択肢をやろう」
———そう俺の耳元で囁きかける悪魔の声。恐怖で震える俺を面白おかしく転がし、意味もない選択肢を与える男。その声は余りにも冷酷でいて、心臓を握られている錯覚すら脳が覚えてしまう程に絶対に抗う事のできない超越した存在。
他者を戦慄させる圧倒的な力で全てを踏み躙り、絶望させる力。
あの莫大過ぎる魔力をその身に宿すこの男は本当に何者なんだっ
魔力の片鱗を吸収しただけで俺の体は組織ごと壊れ、血が吹き出す始末。
なのに‥‥どうして‥‥その体の何処に?あれ程の魔力が入ると言うのだ
たった一人の‥‥それも個人が蓄えられる魔力量ではない。一体‥‥何をどうしたらあのような男になるのだ。一体誰がこの存在を生みだしたのだ?
こんな存在がこの俺たちの世界にいていい筈がない‥‥
誰がどう見ても明らかに異質で得体の知れない化け物だ
そんな化け物が俺の耳に直接、一つ目の選択肢を言い放った
「———一つ目は俺の秘密を知った上でこのまま決闘を続行し、敗北を体に刻むか‥‥」
———あろう事かこの男は俺に決闘を続行し、絶対に勝てる事がないと分かっていながら無様に敗北しろという申し立て。
もし、数分前の俺だったらその言葉で頭に血が上り襲い掛かったに違いない‥‥そう考えると数分前の俺自身が怖くて堪らない‥‥
何も知らない無知な俺がこの男に勝つ、という子供の戯言。もし、もしここが本物の戦場で俺とこの男が本気で戦うことになったら瞬殺は当たり前。何も知らずに痛みすら味わう事のない一瞬で俺はあの世だろう。こちらがたとえ本気だったとしても、この男からすれば蚊を殺すのと同義。息をするのと同じ感覚で死体の山を築き上げていくだろう‥‥
「———二つ目は俺に“従え。お前には“まだ利用価値がある。その矮小な思考を改めて俺の下で動け。さあ、お前はどちらを選択する?」
「ハ‥‥ハハハ‥‥」
———一体‥‥俺は何処で踏み外してしまったのか。ガイ・ヴァンピールとして‥‥七つの大罪の一人シン=ヴァンピールの息子として不自由無い生活を送ってきた。
昔は楽しかった。新たな魔法に、大切な剣に出会えた思い出。
そして、憧れで俺の初恋だった数個年上の女性。同じ吸血鬼一族でとても強かった女性。
そんな女性は吸血鬼一族でも天才と呼ばれる程に同年代を圧倒していた。俺はそんな彼女の戦う姿を見て、憧れを抱いていた。
そして俺が13歳になる頃に彼女は学園に通いながらも冒険者として成功を収めていた。数々の魔獣を討伐し、その名を魔族帝国中に轟かせ、吸血鬼一族の誇りだった。彼女に言い寄り、口説こうとする男が何人も何人も毎日のように彼女の家へと押し寄せていた。
吸血鬼一族の当主を父に持つ俺は彼女に相応しく、結ばれるのはこの俺だと当時は思っていた‥‥
彼女の深紅の髪、切長な瞳、男を誘惑する身体。その全てを自分の物にしたいと‥‥支配したいとこの当時思っていた。
そして月日が流れ、彼女への独占欲が高潮する15歳の頃に事件が起きる。
彼女の学園卒業と同時に俺は彼女へ想いを伝えようと走り出した。
そして彼女を見つけた俺は勢いのまま想いを伝えた‥‥しかし、返ってきた言葉は俺の中の何かを変えた
『———弱い奴に興味はない。私は誰よりも強くなる為にここを離れる。当主の息子、強くなってから来なさい』
この言葉を聞いたその当時の俺は意味がわからなかった。吸血鬼一族の当主の息子である俺の告白を拒絶し、当主の息子と分かっていながら俺を弱いと決め付けた彼女。
俺の中で憧れから別の何かへと変化していく事がこの時に起こった。
それからだ‥‥彼女への想いと憎しみと憧れ、独占欲が混沌とし変わっていったのが‥‥
彼女の想いを打ち消すために魔法を磨き、剣を磨き、勉学に励んできた。しかし、それでも彼女を思い出してしまう。忘れようとも忘れられない彼女の顔。
どうすれば忘れられるのかと色々としてきた。男として最低な行為を平気でこなし、人の女を力尽くで奪い、女を道具のように弄んできた。
彼女を忘れようと他の女で埋めようとしても結局俺は忘れられなかった‥‥
そして今の俺は他者から大切な物を奪う最低な男へと成り果てた‥‥
俺はただ‥‥
あの人に‥‥
たった一人の彼女に‥‥
“ヴィオラさん”に認めてほしいだけだった‥‥
噂では世界に10人もいないSランク冒険者にまで上り詰めた最強の女戦士と耳にした‥‥彼女は目標を目指し、日々努力し、上り詰めた地位と名声。
一方の俺は親の名を背に、欲に溺れた最低な男‥‥
今の俺の姿やこれまで他者の大切な物を奪い続けてきた事を知ればヴィオラさんはもう俺の手には入らない‥‥俺は何処までも馬鹿で奪う事しかできない最低な男
そして今まさにこれまで犯してきた蛮行の罰が下されている‥‥
この男に従うと言うことは一生従うと言う事他ならない‥‥そして七つの大罪の息子として俺には利用価値があると理解している。それを含んでこの男は下で動けと言っている‥‥まさに奴隷のような関係を望んでいる。秘密を漏らせばどうなるかなど分かっている。
俺のこの先の人生はこの男の手の中にある‥‥これからの学園生活と7つの大罪の一人シン・ヴァンピールの息子として俺は選択せざるを得ない。
実の親とこの男のどちらが俺の主に相応しいかなど愚問もいいところ
これは絶対的な恐怖からくるものではないっ。俺の体が‥‥吸血鬼としての本能が囁いている。これからの生をどちらで過ごせば俺は強くなれるのか‥‥あの人に近づけられるのか‥‥その答えはひとつしかない‥‥
「———喜んで貴方の下で動きます‥‥家柄も地位も捨てて全てを貴方のために尽くすとガイ=ヴァンピールは誓います。————我が主」
———なんせ俺の主はこの”虚無の統括者様ただ一人なのだから
「———俺の負けです‥‥」
—————ビイイィィィィイイイ!!!
そして決闘終了の合図が森林演習場に鳴り響く。この合図が鳴ると同時に別の演習場で見ていた全一年生が新たな魔法の可能性をその目に焼きつける事となった。
たった二人でAクラスの精鋭何十人と相手し勝利したという事実は忽ち学園全体に広がり、その噂は全教師の耳に行き渡る。
また、この決闘で見せた二人の魔法の正体をまだ誰も知る事はない。学生は愚か教師や魔法研究者までもがこの魔法の正体に辿り着けはしない。新たな魔法の可能性と認識し、誰一人としてその魔法の辿り着く先が“虚無の統括者だと‥‥
ただの少年だと知る事はない。
今はまだ‥‥その時ではない
———いずれ、来たるその時までは誰一人として気づく事はない
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