魔法をも氷らせる魔法——無冰 



「ク——っこれは悪寒‥‥‥?」



上空に映し出されているファシーノと三人の魔族の戦闘中、彼女達は何かを話していた。内容はわからない‥‥‥けれど、三人の魔族達がファシーノ一人に魔法を放った。どれも上級魔法となんら遜色無い魔法。


たった一人で三人の魔法から逃れる事は私でも至難の業。それも上級魔法なら尚更レベルが跳ね上がる。


しかし、私は知りたかった‥‥‥彼女の‥‥‥ファシーノの実力をこの目でっ!





「「「———!」」」





そしてファシーノに直撃した三種の上級魔法。この演習場にいるほぼ全員が勝ち目のない戦いと見做している。これ程の魔法をたった一人でどうこうできる訳が無い‥‥そう思っていた‥‥‥





けれど、そうはならなかった





「———アザレア大丈夫?苦しそうよ」


「うん‥‥大丈夫。なんともないから‥‥‥」




———私の体が勝手に震えてしまう‥‥‥この震えは武者振るいの類では無い。演習場まで届く恐怖、そして怒り‥‥悲しみ‥‥私の心に響いてくるあらゆる感情。これはまるで別な人の感情が流れ込んでくる感覚‥‥‥


悲しみの感情を抑え込もうと私は胸を鷲掴む。そして頭を下げて真下を見つめると突然、演習場中に歓声が挙がる。


「アザレア!あれを‥‥‥見て!早く!」


隣のカメリアが私の体を揺らして強く訴えてくる。私はもう一度顔を上げて、上空に映し出されている戦闘を見た。


「———?!‥‥あれは‥‥なに‥‥」


私の目に写った現実はとても信じられるものではなかった。何度も確認してようやく理解が追いつける程の代物だったから‥‥‥




「おい、魔法陣は見えたか?」


「見え‥‥‥ませんでした。それに少し‥‥驚いています。あのような魔法は見たこともありませんもの‥‥」



私の後ろでジルとエリザが話す事は全員が思っている事。私も見たことすらない魔法‥‥‥それはあまりにも斬新で忘れることはない。

ファシーノの実力を確かめるはずが、まさか思いもよらない魔法を見るなんて‥‥



「あれは魔法よね‥‥あれだけの事をしたなら魔力が感じられる筈。それなのに、僅かな魔力しか感じられない‥‥」


そしてカメリアの言う通り。あれだけの事‥‥‥上空に映し出されている魔法を使っておいて僅かな魔力しか感じ取れないなんて異常‥‥


Sクラスの私たちだけじゃない。他の学生も勘のいい人ならきっと感じている。



でも‥‥‥どう説明すればいいの? 



今でも私の中に流れ込んでくる感情。他人であると断定はできないけど、それでもこの感情の正体を知りたい。


それにファシーノは実力を隠している。あれはきっと本気ではない‥‥底知れない魔力が眠っている筈‥‥この私よりも‥‥


だって、そう自分に言い聞かせなきゃ心が落ち着かないもの


あんな‥‥‥あんな魔法を見せつけられて黙っていられないっ

なんて言ったってあの魔法は‥‥‥



「全ての魔法を時が止まったかのように“氷らせたなんて‥‥‥悪い現実よっ」




◊◊◊




「あっ‥‥貴方何をしたの!?何その魔法は?!」


両の目を見開き困惑する一人の魔族。そして目の前の現実を受け入れずにいるもう二人の魔族は呆然と立ち尽くし言葉がでない様子。


その‥‥現実を酷く拒む瞳。体の震え、怯え、恐怖。まるで化け物を見るかのような表情。それも当然の反応‥‥彼女達の魔法はこの私の魔法によって全て‥‥時を止めたかのように氷っているのだから。氷の槍、炎の嵐、雷の雨それら全てが空中で氷り、魔法陣すら氷らせる私の魔法。


魔法に干渉できる唯一の魔法



「言ったでしょう?誰が主か教えてあげると————」



————ヒッ



一歩また一歩と彼女達との距離を詰めていく。私が近づくに連れて恐怖で腰を抜かす魔族の女子達。まるで生まれたての獣のように足を震わせ、這いつくばる三人。


「こ、これ以上来ないで‥‥!」


必死に叫ぶその姿は先程の傲慢な態度とは比べ物にならない程に弱々しく、目の周りが赤く腫れ上がっている。



「わ、私達はあの男に言われて無理やりさせられたの?!ねえ、信じて‥‥」



助けを求め、挙句の果てに主を裏切る発言。どこまでも矮小な存在。快楽に溺れ、真の忠誠を疎かにした三人。最後まで主を裏切らなければ少しは手加減をしようと思っていたけれど‥‥最後まで期待を裏切らないわね。



「ふふ、ええ信じてあげるわ」



そう言うと急に表情を明るくする三人の魔族。僅かな希望が見えたその表情‥‥けれど私はそんなぬるい事はしない



「でも、主を裏切る行為は見過ごせないわ。知ってるかしら?この演習場では殺生は禁止されている。肢体の一つも制限されている。では、どうやって恐怖を与えられるか‥‥答えは簡単よね?———ゆっくりじわじわと肢体の先から痛みを与え、痛みと恐怖、絶望を感じながら真っ暗の視界の中彷徨うの。もちろん手足に支障を期さない程度にね」



———ああ、いいわ‥‥その表情‥‥希望から絶望に落とされ、その感情が込み上げてくる表情。貴方達を生贄にして、今この状況を見ている会場に伝えてあげるわ。


私達を相手にするならこれくらいの覚悟が必要だと言うことを‥‥


「あ、足が動かない‥‥あ、れ‥‥目の前が真っ暗に‥‥!」


「い、いや‥‥手足が氷っているっ‥‥やめて‥‥もうやめてっ!」


「寒いっ‥‥痛いっ‥‥目が見えない‥‥感覚がない私の手はどこ‥‥もう許して‥‥!」


ゆっくりと‥‥ゆっくりと氷らせていく。彼女達の肢体の先からゆっくりと感覚を麻痺させて、それでいて無からくる痛みを味わいながら‥‥視界を奪う。


彼女達が壊れないように一歩手前まで責め続けようかしら‥‥

それと彼は大丈夫ね。きっと相当怒っている筈だけれど、私の出番はここまでのようね。それまでゆっくりしていましょう


「この決闘が終わるまで一緒にいてあげるわ。だから安心して彷徨い続けなさい」




◊◊◊




「———ファシーノってあんな性格だったの‥‥もしかしたら私もああなっちゃうのかもっ」


「‥‥あれは怒っているように見えるわ。この決闘にどんな意図があるのか私達は知らないけれど、あのファシーノさんが怒る程の理由があるようね」


「———ああ、流石の俺もあれを見せられると体が震える」


「「ってワルドスいたの?!」」



アザレアとカメリアの見事なツッコミを食らわされた。俺って影薄い方だったかな‥‥


「ああ、いて悪いな!それと、ファシーノさんも圧倒的だけど‥‥あいつも圧倒的だな。この5年間遊んでいた訳ではなさそうだ」


それは上空に映し出されている男の姿。森を駆け、大将のいる場まで休みなく走り続けるその勇ましさ。かれこれ何十人と同じAクラスの学生を薙ぎ倒していく猛攻。魔法を最小の動きで避け、振われる幾千もの刃を否し、一撃で相手を仕留める力


本当に同じ実力であるAクラス同士の決闘なのかと誰もが疑うレオンの実力。

未だに魔法を一度も使わずに体術だけで相手を薙ぎ倒していくレオン。

こんな凄まじい戦いを見て燃え上がらない奴など、この観衆にはいない


「これがAクラス同士の戦いなのかよ!?まるで子供と大人以上の差じゃねーか?!」


「いやいやあり得ねーだろ!たった一人で何十人も相手にして、更にまだ一度も魔法を使っていないなんて‥‥!同じ男としてかっこいいにも程があるだろう!!」


「ああ、彼女に俺は踏み潰されてゴミのように扱われたい‥‥「「「それな‥‥」」」」


同学年の観衆が次々に歓声を挙げていく。最初の雰囲気とはまるで正反対だ。おかしな思考をする奴もいるが‥‥たった二人のレオン達を誰もが惨敗するのだと思っていただろう。しかし、その考えは全て塗り替えられたな。


「ねえ‥‥あの人たった一人で何十人を相手しているのに無傷よ!これがAクラス同士の決闘?!」


「最初は負けると思っていたけれど‥‥彼女と彼を見ていたらまさかと思ってしまうわ」


「それにたった一人で挑んでいく姿‥‥「「「かっこいいわぁ!」」」」



あ〜女子達の歓声も聞こえてくるわ。ま、仕方ない。こんな戦いを見せられたら同性の俺でも惚れてしまう。


「レオン‥‥まさかこんなに強くなっていたなんて‥‥あの約束は守ってくれたのね」



ここにも一人レオンにゾッコンの女子がいたな。相変わらず昔も今もレオンの事しか頭にないアザレア。幼馴染は強力だが、あのファシーノさんがいては大変だな。それにずっとレオンを見つめているジルとエリザもライバルだろう‥‥カメリアとベラは知らないが‥‥アザレアがんばれ。俺は応援している



「そろそろ‥‥この決闘も終盤だな」



俺は上空に映っているレオンを見てそう思った。アイツならきっと大丈夫だろう。ただ少しだけ違和感がある。ファシーノさんもレオンも二人は実力を隠している。


何の為に実力を隠しているのか知らないが、少なくともファシーノさんは俺らと張り合える実力者だ。一体彼らは‥‥今度相談でもしてみようかな‥‥




◊◊◊




———森林を駆ける一人の男。迫り来る魔法を刃を躱し、敵を次々と薙ぎ払って行く姿はまさに獣の如し。小さき体で何十倍もの力を行使する彼を見て、戦った者達は揃って同じ言葉を吐く 





『化け物——』と





「———ふう、ようやく一息つける。あらかた相手の戦力は削っただろう。もう襲ってこないしな」


連戦に次ぐ連戦で大分体が温まった。まあ良い準備体操程度の感覚だな。大将を前に体をほぐせたのはラッキーだった。

それにしてもこの演習場も広いな‥‥森林演習場だったか?端からスタートして中心へと走っていたのだが、まだまだ先があるとは。やはり規模が違うな


それにもう誰も襲ってこないので適当に中心に向かって歩いていく。

そして歩くこと数分‥‥森林の木々を掻い潜りきた場所には巨大な岩が立ち塞がっていた。


その巨大な岩の上空には木々が生えない為に岩と同じ大きさの穴が空いていた。空からの光が差し込み、巨大な岩を照していた。

照らされた巨大な岩の頂上‥‥その頂上には足を組み、こちらを見下げている一人の男がいた。紅髪が目立つ美青年、魔族の象徴たる黒い翼と黒い尻尾を見せ付けるように大きく広げていた。


「やっと来たか。雑魚共を倒したくらいで良い気になるなよ。ここからが貴様の晴れ舞台だ」


美青年の顔が怒りで歪み、イケメンの顔が台無しになる程この男は頭にきているのだろう。しかし、それは俺も同じだ。


「そうか、それは感謝する。お前は俺を楽しませてくれるんだよな?期待しているぞ」


「く‥‥っ!貴様っ!」


どうやら俺の挑発に乗ってくれた様子。みるみる顔が赤くなり、ボルテージもマックスと言ったところか?


「このガイ・ヴァンピールを侮辱した事後悔させてやろう。そして俺が勝ち、貴様の女を貰う。指でも咥えながら見ていろ!女が快楽に溺れる様をなっ!!」


どうやらこいつの頭には女しかいないようだ。なぜそこまで女に執着するのかはわからないが、ファシーノとアザレアを侮辱した事を俺は許さない。


「お前の全力を全て受け止めてやる‥‥そしてその身に刻め‥‥抗う事すら出来ぬ格上の存在というものをな」

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