決闘開始 ファシーノの怒り
———一週間後、決闘当日
「ま、まさか一年全員が観客かよ‥‥‥噂が広まるの早すぎないか。やはりあいつは何か仕組んでくる」
時刻は午後の授業が終わった17時。俺ことレオナルドはレオン達を応援する為、第一演習場に駆けつけた。ここは観客専用の舞台。別名、円形闘技場とも呼ばれるこの演習場の上空には森林が映し出されていた。魔法による映像は幾つも上空に映し出され、森林中に張りめぐらせている事が窺える。
そして、この決闘におけるルールは至極単純。どちらかが戦意喪失するまで続けられる。教師の介入は一切無く、ただ見守るのみ。
レオン達の舞台は森林演習場。ここから数キロ離れた学園地区内の管轄内にある全長2キロの森林。そこでレオン達の決闘が開始される。
この決闘を聞きつけた全一年生が観客として集まり、上空に映し出されるレオン達を今かいまかと待ち侘びている状況だった‥‥
「Aクラス同士の決闘とか見ものだな!寮に帰らずよかったぜ!」
「ああ、なんて言ったって相手はあの“7つの大罪”のご子息だ!どんな戦闘を見せてもらえるのか楽しみでしょうがない!」
「え〜!そうなの!?それじゃあもう一方的な戦いになるんじゃ無いの?」
俺の近くに座る一年生の間ではどうやらそこまで情報が漏洩しているようだ。レオンが今回決闘する相手はあの魔族。それも魔族達を束ねる七人の王にして、7つの大罪の一人シン・ヴァンピールの息子‥‥‥ガイ・ヴァンピール。
ガイ=ヴァンピールは入学と同時期に色々な問題を起こしている問題児。魔族の同志を束ねて多種族を劣等種と蔑む男。そしてそんな奴に集まる魔族もろくな奴がいないのは明らか。親の名声と、自身の魔力の才能に溺れた哀れな男。まるで昔の俺を見ているかのよう‥‥‥
『あらあら、レオちゃんたら。同族嫌悪かしら?』
「おい、やめろ」
俺の頭の中に語りかけてくる
そしてもう一つ驚く事がある。それは俺の隣に勝手に座ってきた人物達。
何故、彼らがここにいるのか謎でしょうがない。こんなAクラス同士の子供の喧嘩にしか見えないであろう決闘に彼らがいる事自体おかしい。
そもそも、俺はなぜこんな方々と一緒に食事をとっていたのか今になって思えば胃が痛くなる。
「お、おい‥‥‥あそこにいるのって“Sクラス”の特待生達じゃねーか?」
「え、おい‥‥‥信じらんねえよ。下位クラスの連中なんて眼中にないって感じだった方々が何故‥‥‥」
「ああ、そんな事はどうでもいい‥‥‥あの方々の顔が見れたのなら俺はもう悔いは無い!」
周りの一年生が騒めき出す程の人物達。演習場にいる全一年生達の視線を一気に掻き集めるも全く気にする素振りを見せなかった
「———レオンが決闘って聞いて駆けつけたけど、いつ始まるのカメリア?」
「アザレア、もう少しで始まるから我慢してね」
「おい‥‥‥お前のとこの魔族、躾がなってないのでは?腹黒ビッチ」
「あらあら〜魔族たる者、強者との戦いは本能でしてよ?ムッツリエルフ」
「———あ?」「———は?」
「おいおい、二人とも静かに観戦できないのか‥‥」
とても騒がしい隣の特待生達。観戦しにきたのか喧嘩しにきたのかわからないな‥‥
「「「キャッ——!!ワルドス様よ——!!」」」
「「「コキン様——!!テル様——!!こっち見て——!!」」」
こっちも大概に騒がしい。最近学園都市で流行り出しているアイドルというものか?隣にこんな人達がいては俺が参ってしまう‥‥胃も心も疲れてしまう‥‥
そんな中、俺の隣に座っている彼女が俺を見てこう言った。
「あれ、君レオナルドじゃん!レオナルドもレオンの応援に来たの?!」
「———ビクッ。ああ、そうだ。名前覚えてくれていたのか」
「ふふ、当たり前じゃん!訓練生時代、私に何度も挑んできたもん!忘れるわけないよ〜」
———俺は今、どんな表情をしているのだろうか。幸せな表情?それとも顔を真っ赤にしていないだろうか‥‥まさか想い人に名前を呼ばれる日が来るとは、こんなにも胸が苦しくなるのだな‥‥
アザレア、君のその金色の髪も金色の瞳も俺の心を鷲掴んでしまう程に美しく気高い。意気揚々とした表情、何事にも臆さない姿勢。そして一瞬でもスイッチが入ると豹変する表情。
この明るい笑顔があの時‥‥‥ケルベロスから俺たちを守ろうとしたアザレア。
戦闘時の表情とは違う、少女の笑顔。アザレアを見るたびに俺の胸は苦しくなり、もどかしい気持ちが襲う。
これが恋なのだと知ったのはつい最近。レオン達と食事を取り始めた時から俺の気持ちが理解でき始めた。彼女と一緒にいるだけで、これまでの事が全て恥ずかしく後悔の念に駆られる。彼女と一緒にいたい‥‥その笑顔をいつまでも隣で見ていたい‥‥そう思っていた
「アザレア俺はっ——————!?」
そんな彼女はいつも上の空だった。俺と剣を交えていても俺自身を見ていなかった。そして今も‥‥‥彼女はただ一人の男を見ていた。
「「「おおおぉぉぉおおお!!対戦相手の登場だぁぁあああ!!」」」
白熱する観衆。そして上空に映し出される二人の男と女。隣の彼女が見つめる熱い視線。俺は気づいていた。彼女は今まで一体誰を見ていたのか。何年も彼女はただ一人を想っていた。俺の恋が叶うことはない‥‥‥だけど男として負ける訳にはいかない
アザレアがケルベロスから守った一年の中には大勢のライバルがいる。俺はその中でも名前を覚えてもらえているだけで幸せだ。負けは確定していても争うぞレオン‥‥‥こんなに可愛い女を独り占めなんてさせるかっ!あのファシーノまでいてお前は欲張りだぜ!
それにアザレアをこのまま放置していて後悔しても知らないぜ?
◊◊◊
「———ハックション!!‥‥‥誰か俺の噂をしているな」
「あら、今更気づくの?鈍感もいいところよ?」
「‥‥‥?何がだ?」
「貴方もう少し乙女心を理解すべきだと思うの‥‥」
乙女心‥‥こんな俺でも理解しようと頑張っているのだが、ファシーノに言われると今までの苦労が台無しらしい。
と、それよりもこの森林が問題だな。今のこの状況を演習場にいる観客には丸見えらしく、森林中に魔法の目がついている。下手に俺の魔法を見られるのも嫌だが、一つ一つ壊すのも面倒だなこれは。それに俺たちがこの森林に入った時点で戦闘開始の合図らしい。事前に魔族共は色々と準備していたのだろう。
俺たちの向かう方向には魔法による罠が見え見えだ。
「ファシーノ、俺たちは見られている。下手なことはするなよ?」
「ええ、分かっているわ」
と言いつつ絶対にわかっていないだろうなこのファシーノは。なんせ目が怖い‥‥まるで悪魔のようだ。魔族でもないのに‥‥
「それに‥‥私が認めた彼女を馬鹿にされるのは許し難いわ」
そう言うファシーノの表情はとても悔しそうだった。久しぶりにこんなファシーノを見たっと思ったら何やら俺の腕を掴み、茂みの中へと無理やり連行される。
そして茂みの中に連れ込んだファシーノはその麗しい唇を重ねてくる。
「‥‥んっ」
俺の唇に触れる柔らかい感触と甘い匂い。そしてファシーノの唇は深く奥へと入り込む。森林に響く甘い音と吐息が俺の耳に直に届く。
「‥‥ん‥‥ハァハァ‥‥ふふ、この中では見られないわよ」
唇を離したファシーノの息遣いは荒く、その瞳はうっとりしていた。
「随分と大胆になったな。そんなに構って欲しかったのか」
「ええ‥‥‥毎日構って欲しいわぁ」
狭い茂みの中で色気を漂わせるファシーノ。艶やかな体を押し付けてくるが俺もそろそろ理性を保てそうにない。
「貴方は先に行って‥‥私はあの子たちの相手をするわ」
これ以上はまずいと思った矢先ファシーノの方から俺を突き放し、真っ赤だった顔が戻っていた。そして俺はファシーノの言うことに賛成する。
「‥‥ああ、これが終わったら今日はファシーノのいうことをなんでも聞こう」
そう言ってファシーノの横を通り過ぎて森林の奥へと駆け出した。
◊◊◊
「ええ、とっても楽しみにしてて‥‥‥それじゃあ始めようかしらっ」
そして私は茂みに隠れている彼らに魔法を放った。ガサガサと音を立てては私の魔法を全て打ち消すと、彼らは素直に茂みの中から姿を現してくれた。
「へぇ〜私らの気配を察知するなんて流石はファシーノ様〜」
「その美しい顔と美しいラインを汚したいわぁ。私達のガイ様にその体を差し出せば最高の快楽を得られるわよぉ」
「ええ、快楽に溺れるその顔を見てみたい。それに私貴方のこと嫌いなのよね」
現れたのは三人の魔族。三人とも女性でとても気持ちが悪い。従う主が違えばこうも違うとは‥‥‥哀れな従者。
「貴方達の主はガイと言うのね?そうなるとあの魔族の男がそうなのかしら?」
「ええ、当たり。貴方を足止めするように言われてる。だから、倒れてくれる?」
薄気味悪い笑顔を向けてくる三人の魔族。
普段の彼女達はとても可愛らしく、生真面目な性格だと思っていたのだけれど‥‥どうやらこっちが本性のようね。快楽に溺れ、仕える主を間違えた貴方達には悪いけれど私も負けていられない。
「そ〜れ〜に〜あのレオンくん?なんであんな初級魔法も使えない男がファシーノといるの?模擬試合では最上級魔法を打ち破って凄いな〜って思っていたのに、剣技が得意で魔法が使えないなんてほんと時代遅れよね?」
「ほんと、ガイ様の足元にも及ばない雑魚が粋がってるなよってね?」
「あの7つの大罪の一柱、ヴァンピール家の後継ガイ・ヴァンピール様に勝てる訳が無いわ!」
———————ピキッ
私の穏やかな心もこの魔族の言葉によって歪みが生じた。
久しぶりに訪れる感情。
ああ,ダメ‥‥‥このままではこの魔族如き簡単に消し去ってしまう
しかしっ
———私が敬愛しっ!私の全てを捧げっ!私の最も尊き存在っ!‥‥私がこの世で一番愛してやまないお方をこの魔族共はあろう事か貶したっ!
命が幾らあっても足りることはない‥‥魔族共のその腐った価値観と本当に仕えるべき主が誰なのかその体に叩き込んでやるわっ。恐怖と絶望の狭間を彷徨い続けるがいい‥‥
「ふふふ、大事な彼を貶されて怒っちゃった?そうそう、彼の為に私達、魔法しか使わないから————」
「———さっさと来なさい。誰が主か教えてあげるわ」
激情し震える体を抑える。冷静に、そして冷酷に三人の魔族を睨みつける
三人の体が一瞬怯み、後ずさる。そして三人の魔族は私に向かって魔法を放つ。
「クっ‥‥!ええ、そうさせてもらうわ!———上級魔法!豪炎焔舞!」
「腕の一本なくても構わないわ!———上級魔法!氷獄槍!」
「くたばりなさい!———上級魔法!雷轟天翔!」
巨大な炎が舞い降り、氷の槍が降り注ぎ、爆音を轟かせる雷が地上を襲う。
「ハハハハ!私達、三人の魔法をたっぷり味わいなさい!」
高らかに聴こえる声。あの口が我らの主を貶し、罵倒する罪深い音。
———ごめんなさい‥‥‥下手な事はするなと言われたけれど少しだけ本気を出します。後で、何とでも私を叱ってください‥‥それでも私は、貴方を貶したこの魔族共を許すことができない
———降り注ぐ魔法の数々。その中心にいる私は少しだけ魔力を解放する
上空に現れている魔法陣はどうでもいい‥‥私の成すべきことはただ一つ
そう、いつも通り冷酷に‥‥目の前にいる敵に右手を伸ばしてこう言えばいい
———
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