舞い降りた影

———目の前で繰り広げられる幾千の千撃。満月の下で互いに混じり合う二つの影。魔法による魔法の相殺。剣と剣の衝突。何も存在しない空間には二つの影が残した幻影の数々。二人の衝突により衝撃波が幾度となく森を襲い、大地が悲鳴を上げる。


彼女は左腕を失おうと自らの魔法で氷の“擬似腕を創り上げていた。

そして最も興味を惹かれる戦闘スタイルが彼女の魔法だった。


「———はあっ!———氷獄炎華!」


「ハハハハハハっ!二つの属性を同時に扱い、複合魔法を創るなんて貴方いいわぁ!ゾクゾクするっ!」


そう、敵の女性が言ったように俺が庇ったエルフの彼女は二つの属性を扱っていた。


氷艶覇ルーチド・アルジェンテという水属性の剣とそしてもう一つ‥‥彼女の契約した火の精霊イフリートの二つの属性魔法だった。剣の氷艶覇ルーチド・アルジェンテと火の精霊イフリートを今は視認できない。きっと彼女の背後にいる。戦闘の邪魔にならぬよう姿を隠しているのだと思うが、相殺する二つの属性を扱う者を俺は初めて見た。


エルフの精霊召喚の属性と刀剣の属性が異なる場合は二つの魔法を同時に行使できるとは‥‥なるほど、エルフが人族よりも強いのはこういうことか。世の中は広いと改めて認識させられたな‥‥そう考えると人族は弱い種族だ。


他の種族に比べて劣り、器用貧乏と言われているのは納得だ。それでも稀に化け物が現れるのだが‥‥他の種族に比べて少ないのは事実。それでも先祖は多種族と渡り歩いてきたのだから凄いものだ。


と、今は目の前の戦闘を見なくては‥‥


「ハハハハハハっ!!その程度?若いわ‥‥若すぎる!ふふっ、後ろのお姫様が回復魔法を掛けているわね?けれど、それでは私に一撃も与えられないわよ!」


「‥‥‥クっ!エリザ、私に回復魔法を!」


「やっているわ!けれど、これ以上貴方に掛け続けたらその体が壊れるわよジル!」


二人が戦う後方でひたすら回復魔法をかけ続けている魔族のエリザ。

額に汗が流れ、呼吸が荒くなっている。彼女も相当疲弊しこのままでは魔力が枯渇してしまうだろう。



そしてジルと呼ばれたエルフ。


ようやく彼女の名前が間接的に聞けたが‥‥彼女も呼吸が荒い。このままでは流石にまずいな‥‥

それにしても敵の女‥‥俺が倒した雑魚とは大違いに強いな。ジルの魔法や剣技も最早尋常ではないレベルと才能だが、敵の方がそれを上回っている。


ああ、ファシーノまだだろうか‥‥横に倒れているのも飽きてきた。気遣ってか知らんが俺から離れて戦う彼女達には感謝しなくては。ファシーノが到着する前に俺のダミーを今のうちに創っておくか‥‥





「———そこで何をしているのかしら。寝ていたの?」



と、そこに丁度よくファシーノが到着した。しかし、ファシーノの鋭い目つきはとても冷たく、まるで猛獣に睨まれているかように、俺は震え上がりそうだった。


「は、ははは‥‥あの、仮面を、下さい‥‥」



◊◊◊



「———カハァッ」


激戦の末、等々魔力が枯渇した二人。その隙を見逃さずジルに剣を振り下ろした敵の女。胸から腰にかけて斬られ、大量の血が噴き出す。魔法によって創り出した氷の左腕は消え去り、手から落ちた剣は無造作に転がる。口から大量の血を吐き出し、そして倒れた



「———ジル!」



地面に横たわるジルの体を引き寄せるエリザ。その瞳には大粒の涙が溢れ、頬を流れていく


「貴方らしくないわ‥‥ジル!このような場所で死ぬなんて許さないわ!」


「エ‥‥リザッ‥‥ゲホッゴホ‥‥ニゲ‥‥ロ‥‥」


涙を流し抱き抱えるエリザにとても弱々しく、今にも尽きそうな声を精一杯振り絞るジル。そして、その様子を見ていた敵の女は彼女達を見て憫笑していた。



「フフ‥‥ハハハハハ!なーんて綺麗な子供。あぁ、もっともっと壊したくなるわぁ!誰が誰の命を貰うってぇ?身の程を知りなさい———」



その言葉にエリザは顔を顰め殺意を抱く。


しかし、ジルの哀れな姿を見ては絶望という二文字が頭に何度も現れる。魔力の枯渇したエリザは協力してもなお倒せない敵にどう足掻こうと無意味と悟る。

逃げようともせず、太刀打ちしようともしないエリザを見て女は火照り上がっていた。


「いいわぁ‥‥その表情。その絶望した表情が見たかったのよ。もう、貴方達に用はないわ二人仲良く冥府へと行かせてあげる!」



———を握りしめ、神速で詰め寄る敵の女。虫の息のジルを抱えるエリザの首に狙いを定めて横薙ぎに斬った———


がしかし、斬るはずの首は未だ繋がっており森に甲高い音が響き渡るだけだった。


エリザは死を受け入れたにも関わらず、森に響く甲高い音と首の繋がりを確かめると、目の前に立つ存在に目を見開いた。驚きの余り、呼吸を忘れ見惚れるエリザの瞳に映った存在は‥‥‥




「———バラトロ‥‥ようやく見つけたぞ」




白馬の王子とは真逆の存在‥‥‥仮面を付け、闇に溶け込む服を身に纏うその姿はまさに‥‥‥空から舞い降りた影そのものだった



「———あら?貴方‥‥もしかして。ふふ、まさかそっちから出向いてくれるなんてね?——月下香トゥべローザ‥‥‥いいえ、虚無の統括者様っ!」




———こいつ俺の事を知っている‥‥バラトロに俺の存在は認識されているという事か。こいつは恐らく幹部クラスだろう。あのバッコスとそしてセレスト同じ雰囲気を感じる


「お前、バラトロの幹部クラスだな?ここで何をしていた?」


互いの剣と刀が衝突してから数秒。睨みを効かせながら女は引こうとはせず、俺との会話を満悦の様子で楽しんでいた。


「幹部クラス?いいえ、私はオリュンポス十二神ディオ・クレアートが一人、ミネルヴァの名を与えられし女。正真正銘の最高幹部よ。私達の‥‥バッコスとセレスの邪魔をしてくれた貴方には借りが沢山あるわぁ。ま、でも今日はもうお開きね」


そう言ったミネラヴァは重なっていた剣を引き下げ、俺との距離を大きく取ると剣を仕舞った。


「俺がようやく見つけた敵を逃すと思うか?」


俺は剣を仕舞い逃げる仕草を取るミネルヴァに殺気を放つ。するとミネルヴァは周囲を見渡しながら口を開いた。


「ふふ、私だって貴方とヤリあいたいわぁ。けれど、た〜くさんの観客が押し寄せてきてる。私、見せ物は嫌なの。ま、すぐに会うことになるわ。それと、私を追うのは結構だけどそこの可愛い学生は死んじゃうかもね?」


「———っ!クソっ」


ミネルヴァはそう言って森の奥へと姿を消した。残された俺は背後にいる二人に振り返る。ジルを抱き抱え、俺を近寄らせないように睨むエリザ。その瞳は涙ぐんでいるもののしっかりと俺の目を見つめ、鋭い睨みを効かせていた。



「———私達に近寄らないで下さい‥‥!貴方は私達に何を望のですかっ。殺しますか?それとも生かして人質にでも取りますか?答えなさい“虚無の統括者”!」





———俺は随分と嫌われているようだ。このエリザとは入学試験で助けてもらった恩があるが、こうも敵意を向けられると悲しくなるものだな‥‥あの笑顔とは裏腹に今の彼女の表情は化け物を見るのと同じ。規格外の‥‥それも常軌を逸した存在を前にただ睨み、怯えるしかできない彼女。


親を殺された俺は復讐の為に、同じ悲しみを味合わせない為に敵と戦い、身を削り、仲間を集めてきた。人々の裏で誰にも気付かれず、悟られず、彼らの日常を壊さない為にしてきた事。それは間違いではない‥‥しかし、俺達の存在‥‥俺という存在がいることで人々に恐怖を与えているのも事実だ


これまでやってきたことは偽善も良いところ‥‥泣いている者を救い、居場所のない者を救い、厄災の魔獣を倒し彼らを救った気でいる俺はとんだ道化だ。

同級生の‥‥それもこんな美少女に殺意も敵意も剥き出しで睨まれるいるこれが現状。大切なものを守りたいのにその大切なものは避けてゆく。守るが故に誰かを見捨て、こうして敵意を向けられる。


俺は一体‥‥どこを目指しているのか‥‥


覚悟か‥‥そうだよな‥‥俺の選んだ道。決して表舞台に立つことは許されない。俺のこれまで育んできた人生。そして大切な組織とかけがえのない仲間。俺の我儘に付き合い、もう二度と光の道へと歩めない彼女達を俺が守らなくてはいけない。


世界中から悪意を向けられようと、世界中を敵に回しても俺は突き進まなければならない。傲慢不遜、孤独を選んだ修羅の道を‥‥例え隣に誰もいなくとも例え大切な人に裏切られようとも俺は‥‥全てを拾いながら自分に枷をかけながら歩んでいかなければならない‥‥




それが俺の罪でもあり俺の覚悟




「———お前達の命などどうもしない。だが、俺の道に転がるものを見過ごす訳には行かない」


そう言って俺はエリザとジルに歩み寄る。近くで見るとジルと呼ばれているエルフの傷は深い。左腕は斬り落とされ、胸から腰にかけては大量に出血し生きているのが奇跡なくらいだ。


「もうこれ以上ジルを弄ばないで‥‥こんな姿ではもう‥‥普通には生活できない‥‥もう‥‥やめて下さいっ‥‥最後は綺麗なままのジルを私達が‥‥」


ジルを抱き抱えたまま離そうとしないエリザ。その手は血で真っ赤に染まり、涙がジルの傷に流れ落ちる。エリザの腕が緩んだ隙を見て、俺はジルの胸元に手を翳し、魔法を懸けた。


驚くエリザとジルの二人を覆う程の魔法陣が地面に現れると、黒い光を放ちながら二人の傷を癒やしていく。最初にエリザの体力と魔力を回復させると、次にジルの深い胸の傷が徐々に塞がっていった。目の前の現実に驚愕するエリザだが、さらに彼女を驚かせる。



「———嘘‥‥腕が‥‥腕が生えていく!?」



そして完全に左腕が生えると、生死を彷徨っていたジルは息を吹き返した。

目をゆっくりと開き、呼吸をすると抱きしめるエリザを見つめて口を開いた。


「———ここは‥‥何処だ?左腕の感覚があるが、私は‥‥死んだのか?」


「いいえ、いいえ!私も貴方も生きているわ、ジル!」


ジルの目覚めに涙を浮かべ思いっきり抱きしめるエリザ。ジルは左腕の感覚と胸の傷を確認すると、頭を抱えて困惑していた。


まあ、それもその筈だ。目覚めていたら腕も生えて胸の傷もないと気づくと夢にいるかのようだろうな。


さて、俺はこの辺でお暇させてもら‥‥‥‥



「「——そこを動くなっ!!———此度の魔獣と魔力波は貴様によるものか!?答えろ!」」




———ほお、まさか囲まれてしまったとはな。四方八方逃げ場なしか。さすがは教師だけのことはある。刀剣を握りしめ、いつでも魔法を放てる体勢か‥‥少しでもおかしな動きをしたら抹殺と。面白いな‥‥


「み、皆さん待って下さい!この人は‥‥‥‥」


「———如何にも今回の騒ぎは俺が引き金だ。ならばお前達はどうする?俺を捉えるか?それともこの場で殺すか?まあ、無理な話だな!」


「ク‥‥!貴様が誰か知らないがそこの二人を解放しろ!」


「さもなくば、ここで消し去る!」




———っとあぶねー!エリザが何を言おうとしたのか大体察しがついたからよかったものの、あのまま言わせておけばこいつもそしてジルもどう扱われるか分からないからな。下手したら彼女らは尋問されるだろう。姫君と言えど、世界の大罪人から助けられたなど口が滑っても言えない事だ。


てか、解放とか別に人質にとってはいないんだが‥‥見方によってはそう見えるのかもしれないが‥‥やはり悲しくなってくる‥‥‥


「———っ!?」


これは驚いた教師達が俺の逃げ場を包囲している中になんとワルドス、カメリア、ベラの三人がいたのだ。まさか、教師達に混じって来るとは思わなかった。この姿では実に2年ぶりと言ったところだろうか?


はは、どうやらあいつらもこちらに気付いた様子だな。ここからでもお前達の驚きようは見てわかるぞ。他の教師達が知らず、お前達が知っているとはおかしな話でもあるがな


「人質なら‥‥ほらくれてやる。さっさと歩け————後ろを振り返るなよ」


「———!?まって‥‥‥キャア!」


ジルとエリザの二人を歩きさせた俺は転移魔法を発動させる。足元に浮かぶ魔法陣は輝きを放ち二人の視界を遮る。



「———放てっ!!奴を逃すな!!」



その合図とともに無数に迫る幾千の魔法。最初の一発が俺に命中すると次々に爆発音が森に轟き、やがて黒煙が空へと上る。


「そこまでだっ!!これ程の魔法を喰らって無傷で済むはずがない‥‥‥奴を捉えろ!」



「———あの程度の魔法では傷一つ付く訳ないだろう?」



「「「———なっ何?!」」」



俺を捉えるため黒煙の中へと入ろうと教師達が視認できるほどにまで黒煙が薄くなるのを待って俺は彼らに声を掛けた。そして黒煙が完全に消え去ると無傷で佇む俺を見て教師達は戦慄した


「ば、馬鹿な?!無傷だと?!」


「あれだけの魔法を喰らっておいて、化け物が!」


「貴様は‥‥一体何者だ?」


呆然と立ちすくす教師、空いた口が塞がらない教師、腰を抜かした教師、震えて膝が折れる教師とさまざまだな。


そんな中でもこの場に相応しくない視線を向けてくる三人の瞳。その瞳に何を想い、何を伝えているのか今はまだ知るべきではない。いずれその答えがわかる時が来るだろう‥‥だから、そのような憐れんだ表情はこの場に相応しくはない



「俺が誰かだと?そうだな‥‥世界を壊し、世界の常識を覆す存在。光に抗い闇に住む住人‥‥そしてお前達が俺に名付けた名」



「我らが貴様に名付けた名などあるものか‥‥!そんなものは‥‥‥

まっまさか貴様はっ!?2年前の?!」


輝く魔法陣に視界を奪われる中必死にこちらを睨む教師陣。そしてようやく目の前の、俺の存在に気がついた一人の教師。


だが‥‥もう遅い。再び攻撃しようとも魔法は発動された


「———そう、月下香トゥべローザの主にして世界の闇を統べる者、、、

”虚無の統括者”だ」

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