アザレアに宿るもう一つの魔力



「だ、誰だお前は?!」 「い、いつの間に?!‥‥どこから現れた?!」




———突如現れた謎の女性に驚く大勢の学生達。満月の夜に舞い降りた黒い影に警戒を募らせる学生達はアザレアに近寄らせないために周囲を囲むが、その行為は直ぐに解かれる羽目になる。


学生達はカメリアと謎の女性の会話を見て、自分たちでは何も出来ない事を知る。カメリアの涙と今にも枯れそうな声に同級生の学生達は悔やみ、自分たちを救ってくれたアザレアを助けようとも助けることの出来ない弱さに悲痛の表情を浮かべる。


そんな学生達を見る謎の女性は学生達の間を縫ってアザレアの元へと歩みを進めた。横を通り過ぎていく謎の女性を呆然としたまま見ていた学生達は一言だけ彼女に告げる。




「「「下手な真似してみろ。俺たちが‥‥『私たちが』‥‥お前を殺すっ」」」




彼らの殺気の籠った警告を身に受ける謎の女性は見向きもせずに、そして何も聞いていないかのようにアザレアの元へと歩み寄る。


顔には仮面を付け、黒いローブを羽織る謎の女性は地面に仰向けで倒れているアザレアを見て確認する。



「———貴方達‥‥‥そこを退いて。大丈夫、一瞬で終わるわ」



アザレアの側にいるカメリアとベラに離れるよう促す謎の女性。二人はいう事を聞き渋々アザレアの側を離れると、互いに涙を拭いだした。そして二人の震える声は今にも膝から崩れ落ちそうな程に精気が薄れていた。


「もう‥‥貴方に頼むしか‥‥私達ではもうどうする事も出来ないっ。頼むなんてどうかしてるけれど、もう誰でもいい!貴方なら‥‥‥お願い!」


「ううぅぅ‥‥グスンッ‥‥アザレアを‥‥アザレアを助けでぇええ!」



そんな二人の願いを聞き入れた謎の女性はアザレアの元へと寄るとボロボロの衣服の上から胸元に手を翳した。



「———おいっ‥‥本当に助けられるのか?アザレアの身に不自然な事をしてみろ———この刀で首を斬るっ!」



その時、傍で様子を見ていたワルドスは鋭い睨みを向けて謎の女性に剣先を向ける。向けられた彼女はそんなワルドスに対して微笑み返し、翳した手に力を込めた。


そんな彼女は誰の耳にも届かない微かな声でアザレアに語りかける。


意識が朦朧としているアザレアに向かって優しく‥‥優しく‥‥



「———貴方、無茶したのね。貴方の魔法からは“想い”が私の胸にまで伝わって来たわ‥‥‥あの人を助けたい、役に立ちたい、一緒にいたい。貴方も私と同じ、同じ男を”愛してしまった”。それに貴方に死なれるとあの人が悲しむの。だから‥‥‥これは特別よ?」



そう、アザレアに語り終えた瞬間、翳していた手に魔力を集約させて胸元に勢いよく押し付ける———そして、、、



「————カハァっ‥‥!」



勢いよく飛び跳ね、意識が覚醒したアザレア。その姿を見たカメリアとベラはアザレアに飛びつき力一杯抱き付いた。


「———ちょ、ちょっと!二人してそんなに慌てて‥‥」


「アザレア‥‥‥アザレア!良かった‥‥本当に良かった‥‥」


「うん‥‥うん!本当にもうダメかと想ったよぉ!!」


涙を流し、震える声の二人の美少女。その姿を見てアザレアは戸惑い赤面する。


また周囲を大勢の同級生達が囲みアザレアを見るや否や歓喜が起こり、涙を流す者までいる。アザレアはそんな皆の反応に困惑して、記憶を遡る事にした。


「———そっか、私また倒れたんだ‥‥‥ごめんね心配かけて。でも、どうして私は‥‥?次倒れた時は最後と忠告されたのに‥‥何故生きているの‥‥‥?」


カメリアとベラの頭を優しく撫でるアザレアは自身の体を見渡して不思議がっていた。衣服はボロボロ、肋骨も何本か折れ、血塗れ状態。そんな状態であの魔法を使えば制御など愚か、自身の死を早めるに等しい。どんな治療も無意味に等しい寿命を代償にした魔法———


なのにアザレアは生きている。そんなアザレアの疑問に答えたのは傍で見守っていたワルドスだった。


「何故‥‥‥か。アザレアお前を救ったのは俺たちではない‥‥‥お前を救ったのは”アイツ”だ」


そう言うワルドスの視線の先を見たアザレアは‥‥‥


「———っ!?」


その容姿を見てアザレアは目を見開いて驚いた。何故ならその姿は忘れる筈もない2年前、キメラとの戦闘で見た謎の人物と瓜二つだったのだから。


「あ、貴方は‥‥‥どうしてここに?何故、また助けてくれたの?」



「‥‥‥‥」



アザレアの問い掛けに無言を貫く女性。二人の間では数秒の沈黙と視線が交差し、互いに意識し合うがどちらも決して一言も話す事はなかった。


そんな二人の沈黙を見ていた周囲を囲む学生達は息を呑み、緊張を張り巡らせる。誰も話すことすら許されない空気と無言の圧力は警戒をより強める事となる。



しかし、その沈黙もある物音によって塗り替えられる。アザレア達の後方から聞こえてくる人の足音に耳を傾ける学生達。


そしてある一人の学生が足音の正体を打ち明ける


「せ、先生達だ———!助けに来てくれたぞ!!!」



「「「———!!」」」


学生の声に反応して、足音の聞こえる方へと一斉に振り返り確認すると歓声が湧き上がる。そして魔障壁を解除し、ようやく到着した教師陣は直ぐに状況を整理する。



「———課外授業は中止です!皆さん!早く避難をして下さい!教師達と一緒に港の方へ!後は私達、残った教師達で解決します!」


代表の教師が高らかに声を上げて、学生達を誘導する。怯えていた学生は安堵し、緊張の糸が切れたのか膝から崩れ落ちる者が続出する。


教師が到着したことによりアザレアを救った謎の女性はアザレアとの視線を逸らし、森の方へと歩いていく。


謎の女性に視線を逸らされたアザレアは彼女の背中を追いかけて力一杯に声を荒げた


「———待ちなさい!どこへ行くつもり?!」


「———アザレア!離れなさい!そこの貴方、一体何者っ‥‥?」


呼び止めたアザレアの前に教師が数名守るように立ちはだかる。教師達は各々警戒を最大限に引き上げ、刀剣を女性に向けて構える。


教師陣の殺気を浴びても背中を向けて立ち止まる謎の女性は振り向くことなくただ単調に語り出した。



「———貴方達の友達がまだ戦っているわ。来る覚悟があるのなら着いてきなさい」



謎の女性は最後にそう言い放つと森の奥へと疾走に駆け出した。アザレアはそんな彼女の背中を追いかけるように走り出す。しかし、教師陣に全力で止められてしまった。


「お前はもう十分良くやった。一万人もの学生を救ったのだ。その体では邪魔になるだけだ治療を受けていろ」


「し、しかし!まだ私は戦えます———!」



「———引き際を見失った者に明日は来ないっ!」



アザレアの衝動は教師陣の一言に萎縮されてしまい、苦渋の決断を強いられ、渋々頷く。



「わかり‥‥ました‥‥」



教師陣は項垂れるアザレアを引き留め、変わりにワルドスとカメリア、ベラを同伴させて教師陣は颯爽に森の奥へと入り、その後ろに続き三人も向かいだした。


「アザレア‥‥‥ありがとう。あとは休んでおけ。時期にコキンとテルも来る」


アザレアの横を最後に通ったワルドスは一言だけ伝えると森の奥へと消えていった。そして一人取り残されてしまったアザレアは胸のうちに宿る新たな魔力を噛み締める———



「暖かい‥‥とても暖かい‥‥。この魔力を“彼女”は常に感じているのね‥‥でも、なんで‥‥こんなにもこの魔力は‥‥」






———アザレアを救うために行った治療。それは魔力を分け与えるという禁忌に触れる行為。魔力を他人に分け与えるのは重大なリスクが伴う。99.9%は拒絶反応を示し、死に至らしめる神の所業。前例などない。成功などない。魔力を他人に与えること自体、殺す事と同義。



しかし、それを成し遂げた謎の女性。その女性に宿っている魔力もまた、ある一人の人物から分け与えられた魔力———


今、アザレアの中には自身の魔力と、そしてもう一つの魔力が存在している。

それはとても暖かく、とても強大で、とても濃密で、そして‥‥‥



「———なんで、悲しくもないのに‥‥‥助かってとても喜んでいるのに‥‥‥泣いているの‥‥‥?私っ‥‥‥」


アザレアの瞳には自然と涙が宿り、頬を慣れ落ちていく。森を見つめる視界はぼやけていき、大粒の涙が地面に垂れていくのだった———



◊◊◊



「———ふふふ‥‥‥ははははは!!本当に貴方達ってお馬鹿さんねぇ?力量差も分からずにこの私に挑むなんて本当に滑稽だわぁ!」


高い声で笑いあげる女性。その女性が片手に持っているもの‥‥‥それは、、、



「———クっ——はぁはぁ‥‥‥!よくも‥‥‥腕をっ‥‥!」


「ジル貴方っ?!その腕は!?いつの間に‥‥っ!」




———森のある一帯。草木の生えない土だけが広がる森の中心。そこではバラトロを名乗る女性とテオドーラ魔法剣士学園一年生のジルとエリザが苦戦を強いられていた。


戦闘を開始する事既に30分が過ぎた頃の出来事‥‥一人の敵を相手に二人で挑んでいたジルとエリザだったが、格上の敵相手に防戦一方を強いられていた。


二人の剣はたった一人の敵に届く事はなかった。そこで二人は格上の相手だと認識し、剣本来の力を引き出す解放を行おうとした時‥‥二人の内、ジルの肩から下の左腕が消えていた。


「斬られた事にも気づかないなんて哀れねぇ?次はどこがいいかしら?足?腕?それとも‥‥‥首かしら?」


二人の学生を見下すバラトロの女性。ジルの左腕を地面に落とし、再び二人にジリジリと歩み寄っていく。


疲弊し、視界がぼやけていくジルは次第に絶望を味わっていく。今まで強くなろうとしてきた努力が、目指すべき目標が、自分自身の価値が全て崩れ落ちそうな瞬間が脳裏を駆け巡った。


「首、もらうわぁ‥‥‥!」


剣を抜き、神速で大地を駆けるバラトロの女性はジルの首目掛けて剣を振るった。その一瞬、三人の間に割って入ってきた人物がいた。


その人物は黒髪、黒目の平凡な少年だった



「‥‥‥!!貴方は!?」



ジルは視界がぼやける中、その横顔をはっきりと視認する。しかし、ジルに振われた剣はとまることなく、一線に斬り裂かれる筈だった‥‥‥



「———グハァ!!」



ジルに振われた剣はジル自身に届く事はなく、突如現れた少年に振われた。

少年を斬ったバラトロの女性は一旦距離をとり後ろに下がる。そしてジルの目の前に血を吹き出し倒れている少年を一瞥する。


「‥‥‥!誰だこいつは?!せっかく首が飛ぶと想ったのにぃ。邪魔な坊やね」


「———き、貴様ぁ!!!」



その言葉にジルの沸点が爆発することになる————





———あの一瞬‥‥‥彼の横顔を見て確信した


あの時、一緒に水浴びした男。黒髪、黒目の私に色目を使わない不思議な男。


少し気になっていたのに‥‥‥まさかこうも残酷なお別れをするなんて。

自分の命を犠牲にしてまで他人を守れる男がこの世界に一体何人いるの‥‥‥?本当に勿体ない男。でも‥‥貴方に救われたこの一瞬の命‥‥‥貴方に花を手向けなくてはね。ありがとう‥‥‥初めての男



「———私を庇ったのね。自分の命を顧みず‥‥‥なんて男なの。初めてだわ‥‥‥私が男に助けられたのなんて」



そしてさよなら‥‥‥初めてをくれた男



「———解放っ!氷艶覇ルーチド・アルジェンテ



すると氷のように冷たい空気が周囲を呑み込む。冷気が漂い、白い息が三人から漏れ出す。周りの木々は氷、草木の生えない土は霜柱する。


「それがとっておきかしら?少しは楽しめそうね!」


「ええ、腕の一本くらいくれてあげる。その代わり貴方の命を貰うわ!」


激しくぶつかり合う二人の視線は激化を増し、互いに駆ける


「「———はああぁぁ!!!」」




———そして、ある一人は凍える寒さに耐え、今か今かと時を待っていた‥‥‥



「ううぅぅ‥‥ファシーノ頼む‥‥早くきてくれ‥‥」




———最悪だ。まさか仮面を忘れたので斬られた振りをしているんだ‥‥なんて恥ずかしいわ!大量に出血したが、別にどうって事はない‥‥ただ、まさかあの美少女が水浴びしていた子だったとは!顔ガッツリ見られたよな‥‥それに隣にいた魔族の美少女も学園の入学試験でなんか会った子だし‥‥もう、これ死んだ振りにしておかないと‥‥


ここで起き上がったら今までに流れが台無しだ‥‥せめて全てが終わったら実はギリギリ生きてましたって事で‥‥


うぅぅ‥‥それにしても冷えるな‥‥ファシーノ‥‥頼む早くきてくれ‥‥俺に仮面を下さい‥‥

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