愛が満ちる時


「———はぁはぁ‥‥‥魔法が無力化されるなんて‥‥‥化け物がっ!それにこいつ3属性も扱えるのかよ」


「———ええ‥‥‥はぁはぁ‥‥‥魔法を通さない絶対防御の壁。そして3属性‥‥‥刀剣でなければ傷一つ付けられないのねっ」




———ある一部の森にてSランク魔獣にたった二人で挑む二人の姿があった。


肩を大きく使い息をする二人の若き学生の姿がそこにあった。身体中から血が滴り落ち、傷だらけになりながらも決して諦めない二人。魔獣との戦闘が始まってから数十分しか経っていないにも関わらず、それでも二人して立っているのが不思議なくらいに第三者から見ても身体は血まみれでボロボロだった。


そんな二人の勇士を数十メートル後ろで見守る凡そ一万人の同級生達。彼らは自分達の為に戦う二人に声援を送り、願う事しかできなかった。



何故なら、無力な自分達が加勢したところで邪魔にしかならないと分かっていたから。たった数十分の戦闘を見ただけで思い知らされた同級生達は自分の無力差にただ恨む事しか出来ずにいた。



「———次元が違う‥‥‥俺らでは何もできないっ‥‥‥たった二人があんな化け物と正面切ってるのに俺たちは‥‥‥」


「クソ!俺達は何のために!例え特待生でも女の子が血塗れになっている姿を見に焼き付ける事しか出来ないなんて‥‥‥こんなことってあるかよ!」


「ううぅぅ‥‥ヒック‥‥私達を守る為にっ‥‥あんな姿に‥‥うぅぅ」



ある女子は二人の姿を見て泣き出し、膝から崩れ落ちる。それ程までに目の前で戦う二人の姿は等に限界を超えていた。二人の背中はとても心細く、とても見てはいられないくらいに小さい。それでも二人の勇姿を、二人の力を信じて見守る。また、負傷者の手当を優先するベラとカメリアもまた、二人を信じて治療に全力で勤しんでいた。


「カ、カメリア!ふ、二人がっ‥‥‥二人が!もう、我慢の限界だよ!!」


「ベラ!私だって我慢できないわよ!それでも私達が負傷者の手当をここで遮っては救える命も救えないわ!二人を信じなさい!」


「う、ううぅ‥‥‥二人のあんな姿見たくないよおぉ」



負傷者に手当てを施しながら二人を信じるベラとカメリア。何百人もいる負傷者の手当ては二人の体力と魔力を大いに奪い、汗を額に浮かべる。


すぐ目前で戦う二人を信じて必死に治療を施すが、一点に集中などできる訳もなく‥‥それでも親友を信じて集中するベラとカメリアもまた同級生達にとっては英雄その者だった。


負傷者の治療を施す親友を前線で戦う二人もまた二人を信じていた。四人の気持ちは同じ。ただ皆を守る為、魔力が尽きようとその灯火が消えようと力ある者が全力で守るのみ。


「アザレア‥‥俺の刀ではどうもあいつには届かないらしい‥‥この“暁夜叉”ですらあいつに傷はつけられない」


魔獣を前にワルドスは己の実力不足を実感させられる。特待生であるワルドスの刀“暁夜叉”を解放してもなお、Sランク魔獣ケルベロスには届かなかった。傷すら付けられず、致命傷にもならずしてワルドスは魔力を使い果たし、隣に立つアザレアに任せる決意をした。


そんなワルドスの決意と責任をアザレアはしっかりと受け止め、一歩前に歩み寄る。


「ワルドス‥‥‥貴方がそんなことを言う日が来るなんて思わなかったわ。けど、任されたわっ。私ももう怖がってはいられない‥‥」


「ア、アザレア。まさか‥‥‥するつもりか?」


「ええ、もうそれしか方法は‥‥‥‥」



「———た、助けてくれっ!」



「「———!?」」




———覚悟を決めた私は、刀にある言葉を語りかける瞬間‥‥‥数人の学生が茂みの中から突如現れ周りに助けを叫んだ。


その声に反応したケルベロスは私から視線を外し、彼らに目を付けると三つの口に魔法陣が展開された。


「ま、まずいっ!」


最悪なシナリオが頭を過ぎる。今すぐに助けに行かなければならないのに、足がすくんで言う事を聞かない。身体は血塗れで肋骨も何本か逝き、呼吸もまともではない‥‥けれど、それでも守らなきゃいけないっ


「う‥‥‥動けええぇぇええ!!」


雄叫びを上げ、無理やりに体を動かす。骨の軋む音が耳に伝わり、血管は切れて血が噴き出し、全身に激痛が襲う。




————グオオォォォォ!!!




———放たれる三つの魔法。それは男子学生目掛けて直進し、死を悟らせる。


火の咆哮、水の咆哮、雷の咆哮が混ざり合い、一層に力を増して進んで行く。

その魔法が自分目掛けて放たれた事に気づいた男子学生は避けられないと悟り、絶望し、そして衝突する瞬間に叫んだ。



「く、クソ!ここにも魔獣かよ!なんで‥‥‥なんでこの俺様がこんな醜態を!クソォォオオ!!‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」



「‥‥‥え?」



衝突に備えて咄嗟に目を閉じて腕で庇っていた男子学生だったが、いつまで経っても自身に衝突する気配がなく目を開けると‥‥目の前には身体中血塗れで衣服がボロボロの金髪美少女が庇うように男子学生の前に立っていたのだった。



「———はぁ‥‥はぁ‥‥間に合った‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥大丈夫?どこか怪我は‥‥?」



男子学生は呆気に取られ開いた口が閉まらなかった。それもその筈、先程の魔法を受け止めたのは紛れもない目の前に立つアザレアなのだから。全身血塗れ、ギリギリ局部が隠し切れる程に衣服がボロボロでもなお、自信を心配するアザレアを見て男子学生は再び叫んだ。



「お、お前!なんだその大量の血は?!その体ではもう死んでもおかしくないんだぞ?!なぜ、俺を庇って‥‥‥俺なんかを庇ったんだよ?!おい!?」


「はは‥‥そうね‥‥私はもう、誰一人として二度と見捨てないとあの日決めたの。だから、いくら貴方が誰かを弄び蔑もうとっ‥‥私は決して見捨てはしない!それが私の誓いっ‥‥私自身に課せた切ることの出来ない鎖なのよっ!」


「お、お前‥‥‥あの時の廊下での事を‥‥」


アザレアは気づいていた。この男子学生は弱い立場の他者を蔑み、弄びアザレア自身に注意されていた事を。それでもアザレアは決して見捨てる事なく、自分自身を盾にして彼を守った。


そのことに気づいた男子学生は顔を顰め、拳に力を入れる。自身の非力差と守られた事に腹が立ち拳を地面に叩きつける。またこれまでやってきた自身の器の小ささと女に守られたと言う事に苛立ち、小さな背中を向けるアザレアに吠えた。


「そこをどけ!俺が‥‥‥俺がなんとかする!お前は引っ込んでろ!」


「———黙りなさい!貴方では邪魔なだけ!そこで大人しくしていなさい!」


「———っ!?」


アザレアの声に体をびくつかせる男子学生。アザレアの力の篭った眼差しと表情が男子学生の心に突き刺さり、苛立ち以上の新たな感情が芽生え始めた。胸を鷲掴み、自身の感情の変化を理解出来ずにいる男子学生を他所にアザレアは一歩、また一歩とケルベロスに向かって滲み寄ってゆく。



「私の前に立ちたいのなら卑怯な手を使わず強くなりなさいっ!」



ケルベロスに近づきながら男子学生に最後の言葉を伝えたアザレア。それを聞いた男子学生は全身の力が抜けたかのように呆然とし、アザレアの背中を見つめていた。



「はぁ‥‥はぁ‥‥ケルベロス!どちらが上か勝負よ‥‥私の想いが勝るか‥‥ケルベロスの暴欲が勝るか‥‥‥」





———ああ、今の私は最悪な顔をしているわねキット‥‥全身血塗れで衣服はボロボロで‥‥とてもじゃないけれど貴方には見せられない

今の姿を見たら貴方はどう思うかしら‥‥強い女?‥‥汚い女?‥‥それとも綺麗な女?


はは‥‥何を考えているんだろう‥‥私。


あの人の顔が、笑っている顔が浮かぶ。その顔をもう一度見られたら私はどこまででも強くなれそうな気がする


貴方をもう二度と見捨てはしない‥‥‥貴方は必ず私が守る。だから‥‥‥今ここにいなくて少し安心している


これからすることは貴方に見せたくないから。でも‥‥‥あの姿を見ても変わらないでいてくれるのなら私は‥‥‥



「———これが“愛”」


この想いが実る時‥‥‥私の中の世界はまた広がる

これこそ、、、



———解放———




愛満刻ティ・アドーロ




名前を呟いた刹那、刀から現れる妖艶な女性。彼女は私の相棒にして、最強最悪な刀。


『———ふふ‥‥‥久しぶりねアザレア。その様子だと私を受け入れてくれるのかしら?』


「力を貸しなさい。受け入れるかはあのケルベロスを倒したら考えるわ」


『お安い御用よ‥‥‥では、覚悟してね?』


そう言うと彼女は私の中に入り込み、精神を同化させる。愛満刻ティ・アドーロはとても特殊な能力を持つ刀。持ち主と同化して魔力を膨張させる強化型。しかし、彼女の特殊な部分はこれだけではない。持ち主が瀕死の状態、そして持ち主の想いが強ければ強い程、それに呼応するように魔力が満たされる。


自信を犠牲にしてでも守りたい者の為に振るう刀‥‥‥



別名、愛の刀



そしてこの愛満刻ティ・アドーロと同化した者は爆発的な魔力を身に宿すけど、必ず暴走すると言われている。それは今までの所有者が愛満刻ティ・アドーロを完全に抑える事が出来なかったから‥‥‥



「——一撃で終わらせるわっ!愛満刻ティ・アドーロ」 


『ええ、主の頼みなら全てを預けるわぁ』


私自身が暴走しない為に一撃必殺で終わらせる事を愛満刻ティ・アドーロに伝え、了承を得た。それでも私はきっとまた暴走するかもしれない‥‥いいえ、抑え込む事が出来るはず‥‥今の私なら‥‥!




————グオオオォォォォ!!!!!




はは‥‥‥私に魔法を弾かれたことで随分とご機嫌斜めな魔獣ね。

そんなに私が気に食わないのかしら。そんなに強い眼差しを向けられるとなんだか‥‥‥私‥‥‥壊したくなるわっ!!




———ドクン




———その瞬間、アザレアを中心に吹き荒れる風。木々が揺らぎ、大地が呼応し、空にかかった雲が避け、満月が姿を現す。月の光が大地を照らし、そしてアザレアの元に降り注ぐ。


空に浮かぶ月がアザレアにまるで力を分け与えているかのような光景が同級生達の前で映し出される。身体中がボロボロになろうと腕の一本や足の一本が折れようと威風堂々と立ち、全てを守ろうとするその姿はまさしく‥‥‥‥‥


「あれが‥‥‥英雄の姿か‥‥‥」


「たった一人でボロボロになっても俺たちを守るのか‥‥‥」


「あの姿を見て惚れない男はこの世にいない‥‥‥血塗れだろうと戦う姿は息を呑むほどに美しい‥‥‥」


その神々しさに目を奪われた同級生達。次第に重い腰を上げると二本の足で立ち、アザレアの姿を目に焼き付けようとする。全員の視線がアザレアとケルベロスに集約し、この戦いの行く据えを祈る。全員の願いは唯一つ‥‥‥



「「「———勝って!」」」



その願いが届いたのかアザレアの口元は少し緩み、微笑む。

そしてアザレアは最後の宣告をケルベロスに下す




「———”月満刻”———」




アザレアの頭上から振り下ろされた刀。それは空を斬り、空振りに終わったかと誰もが思った。その刹那、ケルベロスは空に浮かぶ満月を素早く見上げた。





—————グオオォォォオオオ!!!





野生の勘がケルベロスに危機を伝える。三つの口から月に向かって魔法を放つケルベロスだったが、全ての魔法は上空に浮かぶ魔法陣に吸収された。

それを見たケルベロスは初めて怯み、初めての死を悟。鋭い牙も、全てを引き裂く爪も、強靭な皮膚も全て無意味と知る。


そしてケルベロスは戦いから逃げ出した。全力で背を向け、全力で遠くへと駆ける。その姿を見ていたアザレアは笑う。なぜなら‥‥‥




「月に射程圏外などないわよ?死になさい」




『———愛染———』




アザレアが言い放った最後の言葉。その言葉を合図に上空に浮かぶ魔法陣が森全体を照らす程の輝きを放ち、逃げるケルベロス目掛けて一閃の魔法が繰り出された。


魔法に触れたケルベロスの体はみるみると朽ちていき、最大の痛みを味わいながら灰になり消えていく。


その灰は風に乗り、アザレアの元まで運ばれると手に取って土に返した。




「終わった‥‥‥やっと‥‥‥終わったわ」



————バタ‥‥‥



アザレアはそう言うと地面にバタッと倒れ、意識を失った。その後素早く、倒れたアザレアの体をワルドスは優しく抱えて、皆が待つ場所へと運ぶ。待ち構える大勢の同級生。アザレアを抱えて歩くワルドスの道を開き、医療班であるベラとカメリアの元まで届ける。



「ありがとう‥‥‥アザレアちゃんっ!!」


「貴方のおかげで私たちは生きているっ!!」


「こんな体になってまでっ‥‥本当にありがとうっ」



次々にアザレアに向けて感謝を送る同級生。意識を失っているアザレアには届くことはないと知りながらも盛大に歓声を上げる同級生。

そして急いで走ってくるベラとカメリアの表情は険しく、どこか唯ならぬ雰囲気を感じさせるものだった。



「———アザレア!しっかり!目を覚ましなさい!でないと今度は本当にっ!」


「アザレアァァ!!ねぇ!目を覚ましてよぉ!!このまま目を覚まさないなんて嫌だよぉぉ!!」


そんな二人の慌ただしさを見ていたワルドスは不思議に思う。魔力の枯渇や体の疲労で意識を失っていると思っていたワルドスは二人に問いかけた。


「お、おいどうしたんだよ二人とも‥‥まるでアザレアがこのまま逝っちまうみたいな顔し‥‥て‥‥」


「そうよっ‥‥!あの魔法は制御できないと所有者の命を奪う禁忌の魔法!!このバカったらそこまで‥‥‥想っているなんて」



カメリアの衝撃の事実に驚きを隠せないワルドス。そこでワルドスは気づく。自分たちに心配をかけないようにわざと隠していたのだと‥‥


そんな三人の会話を聞いていた大勢の同級生達も驚愕し、ある学生は泣き崩れ、ある学生は苛立ち、ある学生は拳を強く握りしめる。


何度も何度もアザレアという名前を言い続ける。しかし、目を覚まさず呼吸は次第に衰弱していくのみ。カメリアとベラが全魔力を使い治療を施すも状態は悪化するばかり。名前を叫びながらその瞳に涙を宿すカメリアは何度も何度も眠るアザレアに言葉をかけ続ける。



「アザレア‥‥お願い‥‥目を覚まして‥‥何でも言うこと聞くからっ‥‥美味しいお店奢るからっ‥‥アザレア‥‥お願い‥‥誰か‥‥」






『———そこを退きなさいっ』




「——だ、誰?!」



カメリアは女性の声が聞こえた背後に勢いよく振り返る。そして瞳に映った人物は仮面を付け、黒い戦闘スーツに身を包む謎の人物。大勢の学生達によって開けた道に佇む一人の女性はカメリアにもう一度問いかけた‥‥



「———退きなさい。助けて欲しければね」


その時、涙で視界がぼやける中カメリアは思う。見覚えのある服と見覚えのある仮面、そして麗しい声はある記憶にしっかりと刻まれていたのだったから‥‥‥



「‥‥お願いしますっ‥‥どうか‥‥どうか‥‥助けてくださいっ‥‥」

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