ジル=レーバテイン

「あら“エリザ。貴方、足の回転が遅いわよ?その羽と尻尾は飾りかしら?」


「ふふ、そう言う貴方こそ森の民ならさっさと見つけて下さらない“ジル?」


「——は?」「——あ?」


深い森の中を疾走に駆ける二人の女性。一人は白髪で耳の尖った森の民エルフのジル。そして片方は黒髪で黒い翼と尻尾を持つ魔族の姫エリザ。どちらもテオドーラ魔法剣士学園の一年生であり、そして二人とも特待生である。


しかし二人の間柄はとても良好とは言い難いもので、嫌悪な雰囲気が漂い睨みを効かせていた。そんな二人はある目的地を目指して森を駆けている最中、ため息を吐いたエリザはジルにある事を問いかけた。


「まあ、話は後ね。‥‥それよりジル、貴方今までどこにいらしたの?」


「‥‥。少し汗を流すために水浴びをしていたわ」


と問いに答えたジル。しかしエリザは一人だけ水浴びをした事に気に入らなかったのか舌打ちをして悪態を吐いた。


「チッ‥‥随分と余裕なのね?いい御身分だ事」


「——あ?」「——は?」


◊◊◊


——何故、私が腹黒ビッチ魔族と一緒に行動をしているのか、話は少し遡るわ


まず私の本名‥‥ジル=レーバテイン。皆からはジルと呼ばれているわ。テオドーラ魔法剣士学園に通う一年生でSクラス特待生。


そして、私という女は強い‥‥幼い頃から魔法の才能に溢れエルフ大国の同年代の中では一番強いと自負している。


なぜこうも言い切れるのかというと、エルフ族の秘技である精霊召喚は13歳の全階級制定協会と一緒に行われるけど、僅か5歳という年齢で私は精霊召喚に成功。そこで召喚した精霊が一生のパートナーとして決まるのだけど、勿論召喚できない人も大勢いた。この時に召喚できない人達はまた後日召喚の儀を行い、自身の秘められた魔力と器によって精霊の序列が定められる。


そんな中、5歳で精霊召喚に成功した私は他者から称賛され讃えられた。同じ5歳の子達とは比べ物に無いくらい待遇され持て成された。大人は私の将来に希望を持ち、いずれ上に立つ者と何度も言われた。


しかし、中には私の才能と器に恐れ去っていく者も少なくなかった。大の大人が5歳の私を毛嫌いし不気味がり、妬んでさえいた。

それもその筈、私は魔法の才能と精霊召喚に成功したと言うだけではなく、精霊の序列さえも大人を軽く上回っていたのだから。


火の精霊序列2位イフリート


“彼が私の最初のパートナーになってから全てが変わった。男の子に優しくされた時のドキドキ感、助けられた時の胸のトキメキ。私が男の子よりもそして大人よりも強くなったことでそれら全てがなくなった。そして私の男に対する感情や信頼も薄れていった‥‥


男は弱い生き物。体格が大きいだけで威張り、実力も乏しく戦力にならない生き物。それが私の男に対する感想。一部例外もあるけど、大半は変わらない。


大概の男は一眼見ただけで実力が分かる。18年の人生で私よりも強い男は指で数える程度の物。私の見解はきっと狭いと分かっていてもこれが現実だった‥‥だから私は13歳の頃、学園に通う事を決意した。そして学園に通う18歳までの5年間で私はもっと強くなろうと決めた。


しかし、ここで予想外のある事件が起きた。エルフ大国一の天にまで伸びる大木、世界樹を創造し、5000年の長き時に渡りエルフ族から崇拝されてきた精霊。5000年前に召喚されてから今まで誰一人として呼び起こせなかった伝説の精霊。全ての精霊の母であり、四大精霊王のさらに上位の伝説上の存在が召喚された。


その精霊についてある古書にはこう記されている。


その精霊は銀髪を靡かせ、銀色の瞳を宿し光より現れるとその神々しさに全ての生物と精霊は首を垂れた。その精霊は大戦を沈め、世界に平和をもたらした“存在達の仲間にして自身をこう名乗った。『妾は全精霊を統べる王。精霊女帝ヴァルネラ』と‥‥


そんな神のような存在が突如、なんの前振りもなく何者かによって召喚された。

エルフ大国ではエルフと契約している精霊が騒ぎ出し、恐れ慄き、混乱が生じた。そして全精霊が全く同じ言葉を口ずさんだ‥‥『女帝が舞い降りた』


この日を境にエルフ大国の軍上層部では何者が召喚したなどと議題に上がるばかり。世界中探しても召喚主は見つからず、あろう事か精霊女帝様でさえ気配を消してしまう始末。そして一向に足を掴めずして2年が経つ羽目になる。


2年前の当時、16歳で軍の養成所で日々訓練していた頃、例の事件が起こる。


五種族会談の最中、空に現れた伝説の厄災の魔獣‥‥龍が魔族帝国を襲った。選ばれし者セレツィオナートや世界の王達が龍に挑み、魔族帝国の半分の森を消滅させるほどの戦いを繰り広げた。しかし、あの選ばれし者セレツィオナートの戦力を持ってしても厄災の魔獣は倒れず再び世界の王達に襲いかかる時、ある者が立ちはだかる。


その者は厄災の魔獣を一振りで葬り去り、選ばれし者セレツィオナートを震撼させるほどの魔法‥‥頂の魔法を見せつけ、また驚くのはこれだけではなくそこに居合わせた一人の存在に全員が目を奪われた。


ある古書に記されている通り、銀髪を靡かせ銀色の瞳を宿す存在が目の前に現れ、あの四大精霊王が驚きを隠せないでいた存在。精霊女帝ヴァルネラ様のお姿を確認したと‥‥


そして世界中を巻き込んだ厄災にて、その姿を世界の王達に目撃された精霊女帝ヴァルネラ様。エルフ族の悲願が叶った日でもあるけど‥‥かの精霊女帝様の召喚主は厄災の魔獣を一振りで屠った例の人物。世界から追われ、世界の大罪人として名を知らしめた存在自体が不明な人物。


虚無の統括者‥‥


この者が世界の禁忌に触れ世界を知りすぎたと噂され、現在でも行方を眩ませている大罪人。よりによってこの大罪人にエルフ族が崇拝する精霊女帝様を召喚されたことはエルフ族の屈辱。神聖な存在が大罪人の手中にいることを我々エルフが見逃すわけもない。必ず、精霊女帝様を解放しなくてはならない。この想いは全エルフの願いであり、私の願いでもある。


虚無の統括者という存在を見つけ出しては必ず、私が息の根を‥‥


その想いを胸に月日が流れ、学園に入学した今では課外活動のサバイバルをしている。正直、私にとってはどうでもいい活動。私よりも弱い者を陰から助けるよう上から言われているけど、そんなの私の勝手。何故、自分よりも弱い者を助ける必要があるのか理解に苦しんだ。


そして開始から12時間程経った時、水の流れる音が聞こえた私は水浴びを考えてすぐに行動を起こした。とても冷たく、身体の芯から洗い流される感覚がとても気持ちよくいつまでも浸かっていたかった。


けど、安息の時はそう長くはなかった。綺麗な星空を眺めていると後方から人の声が聞こえてきたような気がして私は警戒を強めた。

防護魔法を張っているにも関わらず全く感知できなかった事に驚き、月明かりの川を岸に向かって歩いていくとそこにいたのは一人の男。


川に全身を浸かる男と目が合うけど、男の方は何故だかこの世の終わりのような顔をしていた。男に興味ない私でも少しショックを受けた‥‥一応、私の身体は他の女性から見ても羨むスタイルと自分でも分かっている。胸も大きく、お尻や腰回りも程よい筋肉と肉付きのバランスは神秘そのもの。


な筈が‥‥目の前の男は色目を全く使わない。男特有の気味の悪い視線も全く感じない。もしかしたら女に興味がないのでは疑ってしまう程。


ところが彼と話しをしてみると予想以上に言葉が出てくる。男から聞かれたことは無視するか、一言で終わらせるのに‥‥


私が彼と話すと普通に会話をしてしまう。そしてあろう事か楽しいという気持ちや懐かしさを覚えてしまう羽目。私が私でいられなくなってしまう奇妙な感覚が襲い、危うく機密事項を話してしまいそうに‥‥


私がおかしくなる前に早々に川から上がり、そして持参のタオルで髪を乾かしながら優雅に衣服を着ていると‥‥突然、莫大な魔力の余波が全身を駆け巡った。確実に何かが起ころうとしている事を察した私は髪を乾かすのを止めて急いで森を駆ける。


その時に同級生のアザレアと上から報告が入り、私とエリザが魔力源の調査命令を受けた。その途中でこの腹黒ビッチ魔族のエリザと合流。よりにもよって一番馬が合わない腹黒ビッチと一緒なのは正直最悪。けど、命令なら仕方ない‥‥


私は命令だからと自分に言い聞かせて任務を遂行する。まず魔力源を突き止める為に、森の妖精達と意識を融合させる。これは森の民であるエルフだけの能力。森を漂い、宙を舞う光の球にしか見えないけど、皆とてもいい子でしっかりと自我を持っている。


「‥‥そう、ありがとう。こっちね」


沢山の妖精に導かれ、深い森の奥まで歩みを進めていると後ろを付いてくるエリザが光の球に興味を持ち質問してきた。


「この光の球が妖精?なんだか愛らしいわぁ〜」


「ふふ、そうでしょう」


頬に手を当ててうっとりした表情を見せるエリザ。この腹黒ビッチと初めて意見が合った瞬間だった。


そして妖精に導かれて歩く事、数分。森の奥地へと進むに連れて魔力の残留がひしひしと肌に突き刺さる。足場はとても悪く、登ったり降ったりと上下を繰り返して行くと平坦な道が現れた。


すると妖精達は『来て‥‥』と助けを呼ぶかのように悲しそうに伝えてその道を案内される。草木が一本も生えない不思議な道が続いて歩いていると出口が見え始めた。


「あそこが目的地のようね‥‥」


「ええ、準備はよろしくて?ジル」


「問題ないわ」


最大限の警戒を張り巡らせて出口まで向かう私とエリザ。魔力の残留が更に全身を圧迫する中、出口の先で見たその光景は‥‥草木が全く生えず、円形に囲まれている一帯だった。


「ここは一体‥‥っ!」


草木の生えない何もない空間を見渡していると、ある一点に視点が固定された。

それは中央に位置する一輪の真っ赤な花‥‥とその横に立っている黒いローブを羽織った人物。私とエリザでその人物を見つめていると首を回し此方に気づいた様で近づいてくる。


「そこで止まれ。先程の魔力は貴様の仕業か?」


私は近づいてくる謎の人物に問いかける。どう見ても怪しい格好の人物。腰に据えている剣に手を掛けて返答を待つと目の前の“彼女はフードを取り素顔を見せた。


「まさか学生がここまで辿り着くなんて思いませんでした。貴方エルフね?ここに辿り着く為には正規のルートがあるのだけれど‥‥妖精の導きってとこね。ああ、それとさっきの事?勿論、私がやった事よ」


包み隠そうと微塵もせずにスラスラと話す謎の女性。一見には危険な人物と断定できない。しかし、先程の魔力はあまりにも異常。そしてこの草木も生えない未開の土地に一輪の花と一人の女性。このことに疑問が募る中、私の思考をエリザが代弁して彼女に話し出した。


「そう、それで貴方は一体何者で、ここで何をしていたの?先程の魔力はあの選ばれし者セレツィオナートと同等と言っても遜色なかったわ。何故、貴方にそれ程の魔力が宿っているの?選ばれし者セレツィオナートでもない貴方が?」


「ふふ、怖い顔をするわね“魔族の姫君?一つ良いことを教えてあげましょう。ここに立ち入った時点で貴方達を生きては帰しません」


「——!?‥‥あら、私の事を知っているのねおばさん?それと私からも良いことを教えて差し上げます。その服装に見覚えがあります。確かこう言われていますわね——バラトロと」


「あら、そこまで知っているの?関心しちゃうわ。でもね、運命は変えられないのよ」


エリザと彼女との間では女同士の火花が散っている。そしてエリザの言うバラトロという言葉。まさかあの世界を巻き込み、厄災を引き起こした最悪の集団の一人が目の前にいる状況とは‥‥彼女をミスミス逃すわけにはいかないわ


「ジル‥‥ここは一旦休戦して協力しましょう」


‥‥あの腹黒ビッチが協力を頼むなんて本当に最悪な1日ね。でも‥‥


「ええ、でないと目の前の彼女に勝てそうにないわ。不本意だけれど‥‥」


まさかこの腹黒と肩を並べるなんてね‥‥思えば私とエリザは学園入学当初から犬猿の仲だったわね。男が大好きなエリザと男が大嫌いな私とでは毎日歪みあっていたわ‥‥それも今は共通の敵を前にして剣を構えている。他の特待生の皆が見たら驚かれるわね


「‥‥お話は終わりかしらお嬢ちゃん達?なら‥‥死んでもらうわっ!」

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