ケルベロス
————冷たい夜風が森を駆け巡り、葉を舞い上がらせ木々を揺らす。
森の四方八方からは魔獣の唸り声が轟き、魔獣はある一定の場所を目指していた。木々を無惨にも薙ぎ倒しながらある匂いをたどり、全力で向かう。
魔獣にとって匂いの先にいる者達は狩の標的‥‥‥ただの獲物でしかない。
何百何千といる獲物の匂いを嗅ぎ、興奮と昂りを得る魔獣。
そんな獲物との距離は僅か数百mにまで縮まり、獰猛な眼光が“彼ら”を見据える。
大地を照らす満月は雲に覆われ姿を隠す。空気が一層冷たく感じ、先程までの魔獣達の唸り声は鎮まり静けさが漂う。
「うぅぅ‥‥なにこの静けさ‥‥」
「魔獣の唸り声がなくなったのはいいけど‥‥これは怖いよぉ‥‥」
「だ、大丈夫!女子達は後ろに!それにあの特待生が俺たちを守ってくれる!」
急に静まり返る魔獣の唸り声と風の冷たさに怯える女子達となんとか勇気づける男子達。恐怖と寒さで体を震わす女子に自身の上着を与える男子もちらほら見受けられた。
そんな彼らを森の奥で鋭く睨む瞳。息を殺し、気配を殺し、一歩‥‥‥また一歩と大きな足を動かし、着々と標的に近づいていく。
「松明だけでは視界が悪すぎます‥‥‥初級魔法——
接近する魔獣をよそに1人の女子が暗闇一帯を照らし出す光の球を生み出した。
視界は格段に広がり、暗闇と光の境界を作り出す。すると暗闇の外側で何かが動く気配を感じた女子は目を細めて一点を凝視する。
「な、何もいないじゃないのもう驚かさない‥‥で———っきゃあぁぁぁ!!」
「「「———!!」」」
光の球を生み出した1人の女子学生が急に叫び出し、それに伴って驚く学生達。
さらに女子学生の悲鳴を聞きつけて駆けつけた特待生のアザレアとワルドスは何事かと1人の女子学生に駆け寄る。
「どうしたの?」
アザレアは膝を折り、腰を抜かしている女子学生に優しく問いかけた。
すると女子学生は森の奥を震える体で指を差し、悲痛な叫びで訴える。
「こ、この奥に何かがいます‥‥っ!すぐ、そこに‥‥もう!」
彼女の指差す先、光と暗闇が別れている境界線の森の奥。アザレアとワルドスは意識を集中し森の奥先を眼で見据える。数秒間の静寂が光と暗闇の境界でぶつかり、そして遂に獣は牙を向ける。
————グルルルル
「——っ!全員下がりなさい!魔障壁の壁まで全力で後退っ!」
「「「は、はい!!」」」
森に響く魔獣の唸り声を聞いたアザレアは大声で支持を出す。同級生達を教師陣がいる魔障壁へと後退させ、暗闇の奥で待つ魔獣に全神経を研ぎ澄ませる。
「ワルドス‥‥‥ここは私たちで食い止めないと」
「ああ、同感だ。前線は二人だけ‥‥‥後の特待生は後ろで一万人の同級生達を守っている。俺たちが突破されたら‥‥‥いや考えるのはやめよう」
「ええ、そうね。どちらかが倒れても一人になってでもここは死守するわ!後ろへは決して通さない!」
覚悟を決めて、腰に据えている鞘から刀を抜くアザレアとワルドス。
並ぶように刀を構えた二人は無言で暗闇の奥を睨みつける。
そして視線と視線が衝突した一閃の時。暗闇の奥では“六つの目が輝き、狩の合図を告げる。
—————グオオオオォォ!
「———!あ、あれってまさか‥‥そんなっ‥‥!」
「こ、こいつは最悪な奴が来やがったな‥‥‥」
暗闇から勢いよく現れた魔獣。光の球がその全身を照らし、明らかになる正体。
全長は凡そ50mもの大型魔獣。四足歩行で歩き、四本の足には鋭い爪が生え、真っ黒な毛並みで全身が覆われている。
そして最も特徴的なの部分‥‥‥首と頭が三つ繋がり、六つの瞳が真っ赤に染まっており、黒く尖った牙を持つ魔獣。一つの体に三つの頭を持つ魔獣の名‥‥‥
それは‥‥‥
「何で、何でSランク魔獣がこの森にいるのっ——!?“ケルベロス”なんて大隊を連れて討伐する程の化け物が何故ここに!」
「アザレア!倒すことを考えるな!俺たちは先生達が魔障壁を解除するまで時間を稼ぐぞ!全力で掛かる!!」
「ええ!わかったわ!」
Sランク魔獣の登場に驚きを隠せないアザレアだったが、ワルドスの声で冷静を保つ。たった二人の前線。戦力差は言うまでもない程に明らか。睨まれただけで死を直感する殺気。
しかし、二人は決して臆する事はしなかった。培った経験と力を信じ、国をも滅ぼしかねない魔獣に挑まんとする二人はまさに英雄。
そして二人の英雄を物陰から見ている一人の女性。彼女はただじっとその時を待ち、仮面を掛けては光りに照らされている戦場を見つめていた。
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