残党


———最後に存在が消滅したバッコスの元に置土産があった。地面に落ちているバッコスの物だった刀。俺は刀の元まで歩み腰を曲げて取り上げる


「———これは貰っといてやる。先にそっちに逝ってな。俺もどうせ同じとこへ逝く‥‥」


そのまま辺りを見渡し彼女達の無事を確認する。幸い魔障壁とは反対方向に向けて放ったのだが、ヒビが入りいつでも割れそうな状態だ。女王陛下の方もなんとか持ち堪えた様子


終わっても尚、未だに魔力を放出している


更にはバッコスを消滅させた天まで昇り詰める斬撃は黒い魔力の壁となりそこに存在していた


通称、黒い壁は世界を二つに隔てる領域を創っている。またこの国を囲う山々の一山が黒い壁に呑み込まれていた


それは外の海まで続き、海までも二つに隔てる、


「ありえぬ‥‥‥空が、大地が、山が、世界が二つに裂けるだと!?‥‥こんなこと‥‥神のみにしか為し得ない御技っ‥‥‥」


「お母様っこれが魔法なのでしょうか‥‥?あまりにも魔法と言う器からかけ離れすぎています。国を、世界を滅す恐ろしい魔法‥‥」



———そう、この魔法は魔法と呼んでいい代物では無い。黒い斬撃で斬られた空間は存在せず空虚になり、ただ虚の片鱗が広がり続ける無限の牢獄


一度空間に立ち入れば二度と此方には戻ってこられない


虚無の空間


「‥‥黒い壁が‥‥空まで‥‥」


「‥‥山を断ち斬った‥‥大地が‥‥」


「‥‥俺は一体何を見ているんだ‥‥」


「‥‥はは、これは夢だ‥‥なあ?そうだろう‥‥」


「‥‥あれは人なのか‥‥」


誰もが初めて目にする黒い壁に、目を白黒とさせる軍人達。血の気が失せ、表情の色素が薄くなる。まるで魂を体から引き抜かれたかのようにただ佇んでいた


俺はそんな驚いている軍は無視しある人物の元へと歩みを進めた

バラトロの残党を後にし、ファシーノ達の元に向かい謝罪をする


「すまない。心配をかけてしまった。許してくれ」


「ほんとよ‥‥もう‥‥心配したんだからっ‥‥」


「うぅぅ‥‥無事で良かったですぅ」


「主よ。余り女に心配をさせるでない。我も心配したぞっ」


ファシーノの目を見ると涙が出ていたのか少し赤く色づいていた。そんなファシーノに俺は頭をよしよしと撫でる


デリカートは大粒の涙を子供のように流している

デリカートも頭よしよしする


ヴァルネラは珍しく心配をしていたようだ。よーく顔を見詰めるとファシーノと同じく目の周りが赤く色付いている。よしよしはしない


そして4人目の人物に視線を向ける。デリカートに背におぶられながらしっかりと見据えていた


「もう、安心してくれ。君を狙う者はもういない。——自由だ」


「———っ!‥‥‥自由。そう、私はやっと自由になれたのねっ‥‥‥」


そしてデリカートの衣服を濡らしてしまう程の大量の涙が零れ落ちる


「———ありがとぉっ」


糸が切れた真珠の首飾りのように散らばる大粒の涙


溜まりに溜まっていた泉が堅い地を破って、崩壊するように流れる


それは、彼女の歩んできた道がどれ程過酷な物だったのか推し量るには十分だった。女の身でこの非情な人生でひたすら生き抜き、そして今に至るまで自身を見失わず、どれ程の苦難に襲われたか


花魁と呼ばれたエリーはここには存在せず、他愛もなく泣き続ける少女が存在しているだけだった


俺と3人はその光景をただ見守っていた。いつ泣き止むかも分からない彼女をただじっと見守る


そんな中、俺は大事な事に気づく。足を反転させ無言で歩みを進める先には、体をガタガタと震わせ、座り込んでいるマイアーレがいた。マイアーレの背後には残党が残っているが、全員膝を崩し俺に怯えている



———俺は残党諸共睨み殺す



マイアーレ、こいつは一人の女性の人生を踏みにじった下衆だ。生かしておいてもまた悪を企てるだろう。しかし、こいつは一度バラトロと繋がっていた経歴がある。


こいつを利用して情報を探る事もできる‥‥‥か 


それにファシーノ達が殺したと思われるバラトロの残党も残っている。まあ、もう闘いを挑む者など存在しないが。こいつらもどうせバラトロに消されるだろう、それならばこいつらも一緒に利用する手もあるな


さて、聞いてみるとするか‥‥


「———おいっ、お前達に特別に選択肢をやろう。ここで死ぬか、俺の元で働くか。どっちだ?」


「あ、あ、ああなた様の元で働きますっ!だから、命だけはどうか‥‥」


「お、俺も働きます!」


「私もっ!この命を捧げます!」


「お、俺もっ貴方様の下で働かせて下さいっ!」


「「俺もっ! 私もっ!」」


マイアーレを含む全員が死ではなく働くことを選んだ。俺からの最大の慈悲をくれてやった。これでこいつらは下手に俺を裏切れないだろう。バラトロの元へと戻ればどうせ死ぬ運命だったのだ


その命を救ったのだから恩は計り知れない。こういうとこで売るのも悪くわない


「———ネロ様!そいつらを加えるつもりで?!」


「ああ、こいつらは利用価値がある。バラトロと繋がっていたなら情報を探らせようと思ってな。わがままを言ってすまない」


ファシーノが素早く噛み付いてきたが、俺の考えを聞くと一応は納得してくれた様子だ。しかしその目はとても怖く俺でさえ凝視できない


「貴方がそう言うなら仕方ないわ。———下郎供、もしネロ様に仇なしたならば地獄よりも苦しい苦痛が待ってると思いなさい?返事は?」


「「「は、はぁいっ!!」」」


「‥‥‥全員で50と数名か、まずまずだな。感謝しろ、お前達はどの道組織に殺される運命だったところを俺が仲間にしてやると言っているんだ。充分に働けよ?」


俺の核心をつく言葉が彼らの心を抉りだす。どうやら全員がそのことを予想していたようだった。 


その最中に俺からの助け舟だ。乗らない筈がなかった

そしてファシーノの忠告と殺気を前にもう後戻りは出来ないだろうな‥‥

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