すごいもの見ちゃったね【実話怪談】

まちかり

・すごいもの見ちゃったね。

 ある時、会社帰りに何人かで食事をしている時、なぜか経験した心霊体験の話をしようという事になりました。幾つか怖い話が披露されたあと、誰かが訊ねました。


「Eさんは、心霊体験なんてしたことないですよね?」


 Eさんは鹿児島県の出身、からっとした性格で理知的、国文科を卒業されている理路整然とした、『薩摩おこじょ』を絵に描いた様な女性でした。


 そんなEさんには心霊経験なんて無縁そうですし、Eさんの性格からすれば、『幽霊なんて気のせいよ!』という言葉が出てもおかしくないはずです。


 ですが、Eさんの口から発せられたのは意外な言葉でした。


「いちど、泣いて家に帰ったことがあるわよ」


 その場にいた皆の唖然とした顔を尻目に、Eさんは理路整然とした落ち着いた口調で話し始めました。


   ◇


「わたしがまだ小学生だったころ――お姉ちゃんと一緒に、親戚のいる隣の集落から自分の集落へ帰っていくときだったわ。ゆっくりしてきたせいで陽はすでに落ちていて、歩いている田んぼのあぜ道はなんとか見ることの出来るくらい暗さだった。


 懐中電灯? そんなモノなくて平気よ! 通い慣れた道だったし、特に何か意識することもなくて、あたしとお姉ちゃんは自分の家に向かって歩いていたの。


 そうしたら、前方3メートルほど離れたあたりに、〝ポウ〟と明るい丸いものが浮かんだのよ。高さは膝丈ぐらい、中に人が……髪の毛の長い、女性のような人が見えたわ。


 小学生の低学年の膝丈なんて、わずか20から30センチぐらいよ。


 服装はよく解らなくて、ただ人がいることだけがハッキリ見える。そうしたらそれが、スーッとまるで滑るようにわたしとお姉ちゃんの方に近付いてきたの。わたしは言葉もなくて、〝それ〟が近付いてくるのを眺めていたわ。


 はじめは誰かが、ふざけて摺って(=膝で引き摺りながら)歩いているのかと思ったわ。でも、人が歩けばどんな形であれ音とか振動とか何かしら感じるものがあるはずじゃない? そういったものが一切ない……ただ、滑るようにスーッと動いていたのよ。


 光るその小さな人はわたしとお姉ちゃんに関心を示すこともなくて、わたしの横を通ってすれ違うとふっと消えてしまった……。


 わたしは、今見たものが自分だけが見た幻だと思っていたけれども、すぐにお姉ちゃんが聞いてきたの。


『今の見た?』


 即座に応えたわ。


『見た』って。


 そのあと、わたしとお姉ちゃんは泣きながら家に走って帰ったわ。


 でもね、家に着いたら落ち着いたお姉ちゃんが笑いながら言うの。


「すごいもの見ちゃったね」


 そう言われて、感じるところがあったわ。


 確かに見た直後は驚いてしまったけれど、あとから考えるとあれは『怖いもの』ではなく、


『すごいもの』


 脅かそうとか何かを訴えるとかではなく、そこに『有るもの』としての存在、ある種の神性を帯びた何か……そう感じられたわ。


 蛇神様や田んぼの神様とかかな? 全知全能なんていう高次元の存在ではなく、そこにある存在。そんな風に感じられたのよね――。


 えっ? なんでそんなことを感じられるかって? 田舎に住んでいるとね、現界と異界の境って曖昧に感じられるものなのよ。都会暮らしのあなたたちには、判らないかもしれないけれどね」


 そう言って唖然としている私たちを尻目に、Eさんはグビッとビールで喉を湿らせたのでした。


   ◇


 そのEさんも今は会社を退き、故郷の鹿児島県に帰りました。


「その場所って、今どうなったんですか?」


 今回書き残すために、電話でもう一度最初から話を聞いた私は、最後に尋ねました。


「もうコンクリートで舗装されて拡幅されたから、昔の面影はないわね……」


 そう言うEさんの言葉には、ほんの少し残念そうな響きがありました。


 見知ったはずの場所が、変わってしまう。そこにあったはずのものが無くなってしまう。


 ささやかな居場所を埋めてしまったことで、もう二度と邂逅することが出来なくなってしまった故郷。


 変わっていく故郷の変貌に対する残気の念が、Eさんの言葉からふつふつと感じました。


もう会えないであろう〝神様〟。


語られることで新たな神性そんざいになって欲しい、そう祈らずにはいられませんでした。


       了

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