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ボクの問いかけに対して真っ先に答えたのはカズ。


「そりゃなりたいでしょ」

「私もなれるならなりたいかな。何もない私が唯一自信を持って得意って、好きだって言えるものだから」

「プロねー。それで食べてけるんならいいけど、何とも言えないわね。でももしそんなのを考えないならなりたいかな。どうせ苦労するなら好きな事で苦労したいし」

「僕も昔からずっと好きなこれが仕事になるんだったら最高かな」


そういえば自分から率先して何かに挑戦したいって思ったのは初めてかもしれない。こんなに熱中したのも、何かを得意って言えるのも初めて。気が付けば友達に囲まれて楽しく笑う日々を送っていた。別に学校でも1人、家に帰ってゲーム(どすこいクレイジーズ)をしてても1人だったあの日々が寂しかったわけじゃい。だけどただ今は、この日々があの日々よりは楽しいってことだけは、自信を持って言える。みんながいるからこそボクはこんなにも上達して大会とかに挑戦したいって思えたのかもしれない。そして今はプロを見てる。プロを夢見てる。


「みんなも賛成なら、その可能性が目の前にあるならボクは挑戦してみたいです」

「まぁいんじゃない?なりたいかなりたくないかって訊かれたらなりたい訳だしまずはやってみても」

「おっしゃぁぁ!俺!やる気出てきた!」

「ただし!なおとカズの勉強時間は削らないわよ?優勝できる保証もその後の保証もないんだから大学は行った方がいいしそのための勉強は削らない。それならいいんじゃない」


前から思ってたけどビスモさんって口が悪い所あるけどちゃんとボクらのこと考えてるし優しいんだよね。


「はい」

「りょーかいっすー」

「あのビスモさん」

「ん?なに?」

「なお君の受験が終わってからでいいんですけど、私にも勉強教えてもらっていですか?」

「別にいいけどどこやってんの?」

「今は中学の範囲を簡単にやって基礎を身に付けてるですけど分からないところ多くて」

「ジョンクさんってどれぐらい勉強してるの?」

「えーっと。最近は8時に起きて12時まで勉強してお昼ご飯の後に1時間ぐらいお母さんのお手伝いしてそこから19時ぐらいまでやってます」


じゃあ9時間とか勉強してるんだ。すごいな。しかも1人で。


「結構やってるんだね」

「中学の範囲なら大丈夫かな。いいわよ」

「ありがとうございます!」


それから勉強と大会に向けた練習、学校も含めてやらないといけないことが多くて大変だった。だけど毎日が楽しかったのは間違いない。勉強も学校も大会の為にやらないといけないことだったからめんどくさかったけど、それも含めて毎日が楽しかった。そしてしばらくは録画したクラン戦のプレイ画面を(もちろん相手に許可を貰って)ビスモさんとアニさんとジョンクさんの3人でそれぞれの画面を見ながら足りない部分やどうしたらもっといい動きができるかとかの分析をしてくれた。それを元に作戦を変えたり自分の動きを見直したりする。やってみて思ったけどこれって意外と効率がいいのかもしれない。そんな感じの日々を送りながらのある日、ボクとカズの手元にはAO入試の結果が届いた。受かっててほしいと強く願いながら封を切る。だが現実は意外と厳しく残念ながら落ちてしまった。しかも2人共。ここで受かってたら楽だったが残念ながらそう甘くはないらしい。


「ということは一般か。ほんとに大会とかやってて大丈夫なの?」

「普通に考えたらヤバいですよね。でもやりたいです」

「俺も逆に大会があるから他の時間の勉強が捗ってる気がするんすよね」

「まぁならいいけど」


それとAOに落ちたからこそこの大会にどうしても出たい理由があった。それは多分、この大会が高校生活最後の大会になる。年が明けてから大会はあるけど受験ど真ん中でさすがに無理だしその後は新yearまでもうないんだよね。だからこれが最後。別に部活じゃないし高校最後とか関係はないけど高1の時に始めたボクにとっては少し節目的な感じで感慨深い。もちろんまだヴィランは続けるけどどうせならここで一度ぐらい優勝したい。だから今日も放課後残って勉強をする。やりたいことの為にやらなきゃいけない事も頑張る。家だとついつい他に気が散るから何もない教室の方が集中できるんだよね。


「あれ?なお。まだ残ってたのか?」


窓から差し込む夕焼けが教室を真っ赤に燃やす時間帯。この問題を終えたら帰ろうと思いながら解いているとボクを呼ぶ声に顔を上げた。ドアを開け教室に入って来たのは健一。1年の時に同じクラスだった健一とは3年でも同じクラスになった。誰にでも分け隔てなく接する彼だけどボクとは住む世界が違うしそこまで話したことはない。


「うん..。勉強してて」

「へー。どこ目指してるんだっけ?」


健一は自分の机まで足を進めると引き出しを漁る。


「創空」

「あぁーあそこか」


返事をしながら引き出しからノートを1冊取り出すとボクの席に近づき前の席に座った。こっちを向きながら。


「俺は賢央」

「さすがだね」

「まぁそれなりに勉強はしてきたからな。おっ、ココ間違ってるぞ」

「あっ。ありがとう」

「なんかお前1年の時より明るくなったよな?」

「――そう?..かな?」


そうは思わないけど。というか1年の時にボクと同じクラスだったって覚えてるんだ。


「1年の時よりも楽しそうだよな」


確かに1年の時とは大きく変わったけど学校に関しては相変わらず友達いないし変化はないと思うけどな?


「そうかな?別に何にも変わってないと思うけど?」

「気が付いてないだけで変わってると思うぜ。自分でいうのもなんだが俺は人の表情読むの上手いんだ。うちの兄貴が昔は全然感情を表に出さないタイプだったからそれで鍛えられたのかもな。まぁ兄貴はだいぶ前から結構表に出て分かり易くなったけど」


健一ってお兄ちゃんいたんだ。聞いてる限り静かそうだけど兄弟でも結構違うんだな。


「ていうか今考えれば兄貴も明るくなったな。今じゃ知ってる人は知ってる割とすごい人になったし。まっ、それが兄貴を明るくさせた一番の要因だと思うんだけど」

「おーい。お前らまだ残ってるのか?閉めるから出ろー」

「あっさーせん」


それからもルーティンのような日々を過ごし続けて、とうとう大会の日がやってきた。どうやらこの大会は決勝だけがオフラインでしかも出場が決まったチームにはユニフォームがプレゼントされるらしい。個人的にボクらは結構いい感じに仕上がってるしもしかしたら行けるんじゃないかって気がしてる。このまま優勝してスポンサーがついちゃってプロとしてのスタートを切れるんじゃないだろうか?そんなことを妄想するとワクワクが脳内にお花畑を作り出した。しかもそのお花畑を彩るように1、2、3回戦と楽勝ではないけど勝ち進んでいく。それにつれ期待も膨れ上がった。だけど期待っていうのは自分勝手に膨らませ過ぎると弾けた時の虚しさというか裏切られた感もスゴイ。ボクらは4回戦であっさりと負けてしまった。


「ミスがあったというよりはシンプルに相手が強かったですよね」

「やっぱランクとかクラン戦とかと違って大会で負けるとイラつくわ」

「私も全然撃ち勝てなかった...」

「まじかー。プロへの道がー」

「負けちゃったものは仕方ないよね。僕的にはもう少し磨ければ勝てたと思うな」

「そうですよね。私ももっと練習しないと」

「これでしばらくは勉強に集中かぁ」

「あぁー!なお。それを言うな...」

「私は行こうか迷ってるんですけどみんなは決勝見に行くんですか?」


決勝か。折角だし優勝者ぐらいは見たいな。そしてこの大会と一緒に一旦ヴィランに区切りをつけて勉強に集中するし。


「ボクは行こうかな」

「アタシは...どーしようか悩み中」

「あっ!そうだ。じゃあみんなで行こうよ。その後に神社へ行って2人の合格祈願して」

「それいいですね!私は賛成です」

「さすがアニさん!優しすぎるぜ」

「いいですねそれ」

「じゃあ車は言い出しっぺのアニで」

「うっ...。でもしょうがないか」


そして次の日。アニさんの運転で大会会場に向かった。

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