18

ビスモさんの手を離れ慣性の法則でドアが開いていくと、カーテンが閉め切られ昼だと思えないほど真っ暗な部屋が姿を見せた。そんな真っ暗な部屋にもPCによる唯一の光源はありその前には人影があった。人影はドアが開くと椅子を回転させこちらを向く。ボクは持っていた袋を床に置くとビスモさんの横を通り部屋に足を踏み入れた。そしてそのまま真っ直ぐその人影の前に向かう。こちらを向いた人影だったがボクが部屋に入るのを見るとすぐに身を守るように体育座りで顔を埋め丸まった。その人影の前で足を止めるとPCからの光で人影の姿が一応見えた。半袖パーカーのフードを被った小柄な体が体育座りでより一層小さくなってる。ボクはその人影、いや、ジョンクさんの前で片膝をついた。


「初めまして。なおです。強引に入ってきてごめんね」

「・・・」


ここまで来たらもう仕方ない。


「実は、ボクもさ今日みんなに会うの少し怖かったんだよね。怖いって言うか不安だったって言うかよく分からないけど。集合場所に少し早めに行ってみんなが来るまでずっと緊張してた。ここだけの話、緊張し過ぎてちょっと吐きそうだったんだよね」


最後の部分は小声にしてカズとビスモさんには聞こえないようにした。だって聞かれたら少し恥ずかしいし。あとはジョンクさんが内緒にしてくれるのを願おう。


「だけどカズが最初に来て、実際に会ってみるとやっぱりいつもと変わらなくて全然なんてことなかった。そしてその後にビスモさんとアニさんが来たけど最初だけちょっと新鮮であとはやっぱりいつもと変わらなかった。何かあんだけ緊張してたのが笑えるぐらいにね」


これって伝わってるかな?やっぱりちゃんと言うべきか。


「つまりボクが言いたいのは、緊張で怖くて避けたいと思ってることでもいざ始まれば意外とどうってことないってこと。結局、肝心なのは最初の1歩なんだよね。勇気を出して1歩を踏み出してみたら意外と待ってた景色は違うモノだったりするんだよ。だからジョンクさんも、ほら」


言いたい事が伝わってるのかも分からないけどボクは握手を求めるように手を差し出した。あとはジョンクさんの反応を待つ。そして少し間を空けてからジョンクさんは顔をちょっとだけ上げた。フードと腕との間に出来た隙間からこちらを伺ってるのだろうか?流石にそこまでは見えない。


「私にも..できる?」

「誰にだってそのチャンスはあると思うよ。あとは本人次第。結局ボクらは手助けまでしか出来ないからあとは、歩き出すかは君次第だよ」


まるでそれを伝えろと言わんばかりにボクの頭にはDBさんが配信で言っていた言葉を思い出した。ある小説家が短編に書いた言葉らしくDBさんはいい言葉だって紹介してたっけ。


「人生の舵を握れるのは自分だけ。どれだけ周りから否定されようとも自分が右に行きたいと思えば舵を切ればいい。そうすればその方向に船は進み始める。忘れるな。船長は自分で、その決定は他をねじ伏せる事ができる。嵐に突っ込もうが渦巻く海流に向かおうが全ては自分次第」

「「自分を信じ好き勝手自由気ままに生きよ。それが船長にとって大切なことであり、そういう者だけが最後に宝島に辿り着ける」」


少し驚いたが最後の部分をジョンクさんも口にした。その短編を知ってるのかDBさんの配信を見てたのかは分からないがどちらにせよこの言葉を知っているらしい。


「その本持ってる。それにDBさんが配信で言ってた」


どうやらどちらかではなく両方だったらしい。


「ボクはDBさんの配信で聞いたんだ。良い言葉で印象に残ってたけどそのことを話しながらさらっとクラッチしたDBさんのことでコメ欄はすごかったけどね」

「でもあれはすごかった。特に最後のフリック【瞬時に敵へ照準を合わせるエイム】は完璧だった」

「確かにあれはすごかったね。ちょっと前にマッチしたチーターもあんなエイムしてたもん」

「ふふっ。たまにチーターなんじゃないかってぐらいのスーパープレイするからね」


いつの間にかジョンクさんの顔は上がってて微かだけどフードの中で笑っているのが見えた。


「はいはい。楽しそうでなによりね。それより窓開けるわよ」


するとビスモさんが外を嫌うようにカーテンの締め切られた窓に足を進めた。そして両手で勢いよくカーテンを開く。それと同時に真っ暗だった部屋を暖かな希望色の陽光が照らした。ボクもこの暗さに慣れ始めたせいで最初はその眩しさに顔を逸らしたがすぐに顔を戻すと暖かな光と共に風が頬を撫でそのまま部屋を通り過ぎていった。それを心地よく感じているとジョンクさんは窓の方を見ながら立ち上がりまるで蜜に誘われる蝶のように歩き出した。少し遅れて立ち上がったボクはその後を追う。窓際まで向かったジョンクさんは開いた窓から空を見上げる。そしてボクも1歩後ろから覗き込むように空を見るとそこには雲一つない快晴が広がっていた。


「今日は快晴だね」

「――空ってこんなに綺麗だったんだ」


愛おしそうに呟くその声にボクはジョンクさんの方を見る。丁度その時。外から吹いた少し強めの風が撫でるようにジョンクさんのフードを脱がした。突然の風に瞑った目と幼さ残る顔、雑に結ばれた長い髪。手足と同じで日焼けの足りない肌。ボクは初めてジョンクさんと会うことが出来た。


「初めましてジョンクさん。なおです」


そう思っていると自然と口から言葉が出ていた。それに気が付くと少し遅れて手を差し出す。


「ジョンク...です」


そして少し恥ずかしそうにジョンクさんは手を握り返した。


「んで俺がカズ」


ボクらが握手を交わすと横からカズが自分を指差しながら自己紹介をした。そしてボクとカズの顔は同時にビスモさんへ向いた。


「今更いらないでしょ?」

「ビスモさんね。そしてアニさんはもうすぐ来ると思うけど...」

「るな...!」


するとドアの方から聞こえた驚愕に満ちた声にボクら全員の視線が向く。そこに立っていたのはジョンクさんの母親。口元を手で隠し目を見開いたまま目の前の光景が信じられないといった様子で立ち尽くしている。


「お母さん」

「るな!」


そしてもう堪えることのできない涙を流しながら2人は引き寄せられるように駆け寄り強く抱きしめ合った。まるで映画のワンシーンを見ているようで少し涙腺が緩む。


「――ごめんなさい。....私..」

「いいのよ。いいのよ。謝ることなんて何もない。ただこうやってまた会えただけでお母さんは嬉しいわ」


強く抱きしめる腕から伝わってくる温かさかから愛を感じるのだろうそれ以上言葉は必要とせず、ただ今までの分もと言わんばかりに強く抱きしめ合う。するとそんな感動的再会とも言うべき瞬間に水を差すようにインターホンが鳴った。


「ったく。誰よこんなタイミングで鳴らすバカは」


ビスモさんは小さな声で呆れたように呟くと窓から外を見た。


「うわっ。知ってるバカだわ」


その言葉に釣られるようにボクも窓の外に目をやると門前にはアニさんが立っていた。


「あら。誰か来たみたいね」


まだ涙声の母親はジョンクさんから離れると涙を拭いた。


「すみません。ボクたちの友達です」

「なら早く出てあげないと」


母親は涙を拭き終えると階段を下り門を開けるために外に出た。そして母親と何やら少し話をしたアニさんは何度も軽く頭を下げながらどこかへ歩き出してしまった。


「アニさんどこ行くんだろう?」


窓からその様子を見ていたボクは思わず呟く。すると中に戻った母親が2階まで上がってきた。


「先程の方は車を取りに行ったわ。ここら辺のパーキングは高いからうちの駐車場を使ってもらおうと思って」


そういうことか。


「あれ?ビスモさーん。コップって買わなかったですっけ?」


アニさんの行動に納得していると廊下に置いた分も部屋に持ってきた袋から色々出していたカズが不思議そうに訊いた。


「知らないけど、他のに入ってるんじゃない?」

「ないんすよねー」

「ならうちのコップを使っていいわよ。今持ってくるわね」

「ありがとうございまーす。俺も手伝いますね」


母親とカズはコップを取りに下へ下りていった。そしてビスモさんはカズの代わりに袋からジュースやらお菓子やらを出し始める。ボクもビスモさんを手伝おうかと思ったがその前に明るくなった部屋を軽く見回した。別に品定めするわけじゃないけど部屋は思っていた以上に綺麗だった。想像してたのはもっとゴミとか散らかってたりとかそういうの。だけどそんなことはなくむしろ散らかり具合だけで言えばボクの部屋より綺麗かもしれない。そんなことを思っていると腕を突かれるように叩かれ呼ばれた。それに横を向くとまだ涙の足跡残るジョンクさんがボクを見上げていた。


「なお君。――本当にありがとう。なお君のおかげで...。太陽も青空も久しぶり。やることがなくて始めたネットやゲームだったけど、それがみんなと出会わせてくれて結果的に1人じゃできないことを実現させてくれた。でも一番は...。顔も知らない会ったこともないただ一緒にゲームやるだけの私の為にここまでしてくれたなお君のおかげ。本当にありがとう」

「確かにフレンドを切ってしまえばもう繋がりはなくなるぐらいそこまで強い繋がりはないかもしれないけど、みんなと一緒に遊んだ時間は現実で遊ぶぐらい濃い時間だったしボクにとっては大切な時間だったんだ。だからボクにとってジョンクさんはただ一緒にゲームするだけの人じゃなくて友達ぐらい大切な存在だったよ。特に現実で友達のいないボクにはね」


素直な気持ちを言葉にしたが自分の声を聞きながら少し違和感的なものを覚えた。


「あれ?ゲームのフレンドにしては重いかな?」

「んふふっ。いいんじゃないかな。別に外見がなくてもその人の人となりは何となくわかるから。それだけなお君にとってみんなは気が合う人たちだったってことだと思うよ。それに私もチャットだけだったけどそう思ってもらえて嬉しい」


実際に会って、というよりチャットじゃなくて声で話をしてみてジョンクさんってよく笑う人だなって思った。


「そこの2人。手伝ってくれると助かるんだけど?」

「あっ!すみません」

「ごめんんさい。今手伝います」


それからアニさんも合流して初めてのオフ会が始まった。途中、ジョンクさんのお母さんがアルバムなんか持ってきて昔のことを話し始めたり、それを恥ずかしそうにジョンクさんが止めたり、ゲームの思い出を話したり、みんなでパーティーゲームしたり。今までこんな風に友達と遊んだことは無かったボクにとってはとても楽しい時間だった。あの日ヴィランのことを調べなかったら、あの日ヴィランの大会を見に行かなかったら、あの日ヴィランを始めなかったら、あの日カズからの誘いを断ってたら...。今のこの状況は無くて多分、いつも通り1人で過ごしてたのかもしれない。普通なら会うはずのなかったボクらをゲームが、ヴィランが繋げた。そう考えたらゲームも捨てたもんじゃないのかもしれない。

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