17

ボクらを乗せた車はナビの道案内に従い世田谷区の用賀を進んでいた。


「今思ったんだけど車どうしよう」

「近くにパーキングないの?」

「じゃあ僕はパーキングに停めてから向かうから、とりあえず3人はジョンクさんの家の前で降ろすよ」

「でもアニさん1人でいいんですか?」

「全然大丈夫だよ。それに荷物もあるからね。それはよろしく」


それから少しして案内役のナビが到着を知らせると横には立派な一軒家が建っていた。一応、再度確認をしてからボクとカズとビスモさんは袋を持って先に降りる。


「それじゃあまたあとで」


その言葉を残しアニさんは車でパーキングエリアに向かった。アニさんの車を見送り改めて家を見上げる。


「結構いい家ですね」

「俺も将来はこんな家に住みてーな」

「アンタ意外と現実的ね」

「それじゃあ押しますね」


閉じた門扉とその横に表札がありその下にはインターホンが設置されている。そのインターホンに手を伸ばすがボタンに指が触れたところで一度手を止めた。そして一度深呼吸をしようとしたが、後ろから伸びてきた手がボクの指を上から押しそのままインターホンを鳴らす。


「遅い」

「今、深呼吸しようと思って」

「ちゃっちゃと押しなさいよ。ただでさえ重いのに」


ビスモさんは手に持っている袋の事を言ってるんだろう。でも確かに重い。普段筋トレはおろか運動すらしないボクにとっては今すぐにでも下ろしたい程だった。


『はい?』


振り返って話をしているとインターホンから声が聞こえてきた。


「あっ!どうも。ボク達はじょ...」


ジョンクさんの友人と言おうとしたところでボクは言葉を止めた。別に本当にボクは友達と言っていいのか?なんて考えたわけではない。ただ大きな問題に気が付いただけだ。


『あの?どちらさまでしょうか?』

「何止まってんのよ?」

「いや、今気が付いたんですけどボク、ジョンクさんの本名知らなくて。多分、ネットの名前言っても通じないと思うんですよ」

「はぁー」


ビスモさんは大きくため息をつくとボクの肩を掴んで後ろに移動させインターホンの前に立った。


「アタシ達はお宅の娘さんのネット友達です。急にこんなことを言って訳が分からないとは思いますが、ここ1年か2年ぐらいネット上で娘さんと遊んでて今日は実際に会うっていう約束をしたのでお伺いさせていただきました」


失礼だと思うし声に出したら何か言われそうだけど、ビスモさんも敬語って使えるんだ。少し感心というかやっぱり大人なんだなって思った。うん。やっぱり失礼だと思うしこれは心に留めておこう。


『・・・』


急にこんなこと言われて戸惑うのも無理はない。インターホンからは少しばかり沈黙が届けられた。


『少々お待ちください』


静かな声でそう伝えられちょっとしてから玄関のドアが開く。そして多分、母親と思われる人が出てきた。その人は真っすぐ門扉の前まで足を進める。


「あの。どういうことでしょうか?」

「どういうって。さっき言った通りですけど」


もう一度ちゃんと説明した方がいいと思ったボクはビスモさんの隣に並んだ。


「あの。ボク達はみんなゲームで知り合ったんですけど、えーっと、娘さんも同じくゲームで知り合ってよく一緒にゲームしてたんですよ。それで仲良くなってこの前、その、引きこもっているって事情をきいて....。でも本人は出来ることなら外に出たいって言ってて。ならボクたちが手伝おうってことになって。オフ会も兼ねて勝手ですけど、部屋でやることになって...」


自分で話しててもよく分からなかった。でもせめて何となくで伝わってくれればって思い話したがどうだろうか。


「本当なんでしょうか?」


その表情に疑いがあることは間違えなかった。全然納得はできるし気持ちも分かる。だから何か納得させられるようなことはないか考えてみるが、そうパッと思い浮かぶものではなかった。


「なお。今さメッセージ送って家族だから知ってることとか知り合いって証明できるようなこと訊けば?」

「それいいかも!やってみる」


カズの提案にすぐさま乗ったボクはスマホを取り出しジョンクさんにメッセージを送った。事前にもうすぐ着くとかメッセージを送っていたからか返事はすぐにきた。


「えーっと。娘さんの名前がやなぎ 瑠奈るなさんですよね?」

「えぇ、そうよ」

「そしてお母さんの名前が佳奈子かなこさんって書いてます」

「――当たってるわ」

「それから、昨日の夕飯がカツ丼とアボカドの海鮮サラダとぶどうって書いてあるんですけど、当たってるんですか?」


これといって理由があるわけではないがなぜか当たっているか若干の不安がよぎった。


「確かに昨日るなに出した夕飯はそれでした。他にも何か書かれているんですか?」

「――4年前の12月4日火曜日。朝起こしに来たお母さんを無視して引きこもり始めた。それから1ヶ月後ぐらいに部屋の前で説得しようとするお母さんの声に対して私はドアに物を投げつけた。その日の夜、部屋を出た時に1階から

お母さんの鳴き声が聞こえた。次の日の夜。1階から仲の良かった両親の喧嘩をする声が聞こえた。私のせいだ。そして...」

「もういいです」


正直に言って止めてくれてよかった。読んでるだけで辛くなってきてたから。文字だから感情が伝わってくるわけじゃないけどなぜかこの文からはジョンクさんの後悔のようなものを感じた。本人がどういう思いながらこれを書いたかは分からないけどボクはそう感じた。


「分かりました。どうぞ」


先程同様に震えを押さえるような声でそう言うと母親は門扉を開けドアまで先導した。そしてドアを開けて家の中にボクらを招き入れる。


「失礼します」

「お邪魔します」

「娘の部屋は上がって最初の部屋です」


家に上がるとそのまま2階への階段を上った。静かな家に3人の階段を上り廊下を歩く音だけが響く。一定リズムの足音が止まるとボクらの前には1枚のドア。何の変哲もないドアだったがボクにはジョンクさんと外の世界を分かつ重くも固い強固なものに見えた。そんなドアへゆっくりと手を伸ばしてノックで呼びかける。


「ジョンクさん?約束通り来たよ。ボクとカズとビスモさん。アニさんはボクらの為に出してくれた車を停めてて少し遅れるけど。みんなで来たよ」


だけどドアが開く様子はない。


「開けていいかな?」


そう問いかけるが返事は無かった。


「開けるよ?」


念を押すように確認するがやはり返ってくるのは沈黙。ボクは仕方なくドアノブに手を伸ばした。だけどドアには鍵がかかっていてドアノブは固い。するとスマホにメッセージが届いた。


『ごめんなさい。やっぱり無理。どうしても怖い。本当にごめんなさい』

「何だって?」


ジョンクさんからのメッセージを読むと後ろからビスモさんが内容を聞いてきた。それに対しボクはスマホを差し出す。袋を床に置いたビスモさんはスマホを受け取り視線を落とした。


「ふーん」


鼻でそう言いながら何やらスマホを操作し始めた。そしてその操作の後に再びメッセージを受信した音が鳴る。何のやり取りをしてるんだろう。


「なるほどね」


呟いたビスモさんはスマホをボクに差し出す。それを受け取ると次はドアの前から横にずれるように肩を叩かれた。


「だけどアタシは今日、有給使ってきてんの。怖いだけでやっぱなしはなしよ」


そしてドアの前に立つとポケットに手を入れた。


「ビスモさんまさかピッキングできるんすか!」

「は?家の中のドアなんて簡単に開くでしょ。普通」


カズの期待するような目とは裏腹に、冷静に返すとポケットから小銭を1枚取り出した。そしてそれをドアノブの鍵の凹みに差し込む。


「でも無理やりっていうのはどうなんでしょう?」

「本人に出たいって意志が少しはあるんなら多少強引にしてもいいでしょ。むしろ足りない勇気ってやつをこっちが補ってるのよ。多分」


そう言いながらビスモさんはドアのカギを開けた。


「入るわよー」


そして予想してた形ではなかったがジョンクさんの部屋のドアが開かれた。

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